(慎と愛)


「はい、これ」
「……ご自分で」

 そこらで売ってた、安物の使い捨てのピアッサー。衛生的に許されるのかも不明な程チープな、それ。つまりは合法的かつ安上がりな身体の傷つけ方である。
 5つか6つまとめ買いしたら店員に少し不思議そうな顔をされた。髪に隠れて僕の耳は見えなかっただろうけれど、見えていたらもっと嫌そうな顔をしただろう。
「……いいんですか、自分でやっても」
 僕の訊き方は最低だ。自覚はある。その自覚をそっくりそのまま跳ね返すみたいに、愛は此方を睨む。

 もう何度目だろうか。こうして僕の部屋の真ん中にサイドテーブルと合わせて置いてあるソファ(本棚を除けば、僕の部屋にはこいつ以外まともな家具がなく、つまり愛がソファに陣取ると僕は所在ない)に座る愛に、ピアッサーを放るのは。
 無論そいつは払われる。いつものことだ。それから床に落ちたそいつを拾って、俺はさっきの様に訊ねる。

「いい、ですか」
「……貸しなさい」

 彼女は手に持っていた読みかけの本を乱暴に放り投げる。僕の本だ。ハードカバーは下の階に響くくらいの音を立てて落ちた。ひどいなあ、僕のなのに。昨日から読んでいたのだっけ、だとかどうでもいいことに思考を飛ばす。

「貸しなさい、慎!」

 苛立った風に、彼女は僕の手からピアッサーをひったくり、そのまま僕の腕を力任せに引っ張る。崩れたバランスは保つことも叶わず、僕はソファに手を付く形で腰を曲げた。丁度、顔が愛のすぐ近くに寄って、その黒々とした目を間近にした。
「何処がお望みです」
「今日は、ロブかな」
 このピアッサー軟骨用じゃないし、なんて言う暇なんかくれない。一瞬の間もなく、ちりりと耳から火傷みたいな痛みが走り抜けた。
 からん、と、役目を終えたプラスチックが放られて、愛は僕を突き飛ばす。容赦が無いから、いいな、やっぱり。

 そっと触れた耳には、ファーストピアスがくっついている。最近のピアッサーは楽に出来ているのだなあとか、考えもしないでそいつを引っ張って取った。なるべく乱暴に、じわじわと痛むように。

 ひりひりと、先とは全然違う痛みが広がりだす。今の僕は酷く無表情だったろう。僕を見る愛が無表情なように。

「勿体ないことを」
「毎回穴作ってたら耳が無くなりますからね」
「……気狂い」

 そう呟かれて、そうだねぇとのんびり答える。とても満たされた気持ちだった。愛が付けた傷だというそれだけで、こんなにも違うのだ。自然、出来たばかりの傷が愛しくて愛しくて笑いだしそうになる。
 こんなの、自分でしたら一つなんかじゃ済まなくて、しまいには安全ピンと保冷剤に行き着くことを愛はよぅく知っている。血まみれの耳を、幾度と無く目にしている。そんな愛の優しい感情に付け込む僕が嫌いだ。
 僕の身体の中で唯一好きな所、この耳。塞ぎきれない傷が醜く残るこの耳が、彼女の傷であるならば、死ねるくらいに綺麗なのだと僕は知っていた。







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