(慎と愛)


 久々に、酷かったらしい。部屋の真ん中、血だらけに成って呆然として居る、傷だらけの男。いつもの様に泣くこともせず、座ったまま虚空を眺めて。私の存在にも気付かないのか、ぶつぶつと何かを呟いていた。多分、何かに謝っているのだ。過ちだとも知らず謝罪を繰り返す彼に、よくも私の気が触れないものだと毎度思う。私は思ったよりも神経が図太いらしい。彼が手に握って居るのはカッターだから、今回はそこまで深い傷はないだろう。包丁の時は酷かった、鑑にまで来てもらう羽目に成ったのだから。心底死にたいくせに、どうして回りくどい。訊ねたところで彼は泣くだけだから、私は顔をしかめたり笑ったりしてやることしか出来ないのだ。全部、嘘なのに。私の本来の表情はこんなものではありません、なら何なのかと訊ねられたら私も困って仕舞うのだろうけれど。

「慎、」
「──あ、い?」

 その目が私を捉えると、彼はきっと痛いのだろうにその傷だらけの未だ血の滴る腕を私に伸ばす。今触れ合えば私の服が血みどろになることは明らかだけれど、そんなこと。私だけを見て痛みよりも勝る何かで精一杯微笑んでくる無力なこの男を目の前に、そんなこと、思うだけで犯罪だ。私は私の脳に刻まれつつある愛情と同情に近い何かを誤魔化して、極上の嘘を自分に吐き続ける。

「あい、すきです、から、ぼくにころされないで」
「何を言っているのです、私がそんなに馬鹿に見えますか? 私は、貴方よりずっと賢いですから、無論貴方に殺されなどしません」

 それからごめんなさいと好きですを繰り返す慎を、私の出来る精一杯に優しく抱き締めて、彼が涙を取り戻すのを待つのだ。首にずっと巻いている包帯にはまた新しい赤が着いていて、彼が包帯を取れる日はまだ遠いと頭の片隅が理解した。
 彼は未だ泣かない。ただただごめんなさいと呟いて、私は言葉も使わず嘘で温めてやる。せめて、せめて、泣いて下さい。せめて、自分の為に、泣いて下さい。いつも他人の為にしか泣かない彼は、自分の為にしか動けない私の中で、ただ唯一の理解不能で、純で、真っ白な世界なのだと。
 そんなこと。そんなこと、思ってはいない、口にも出さない。私はペテン師。このままの世界の中で、いつの日か慎よりもあとに死にたいだけの、嘘吐き。







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