その落とし“者”は、何故だかわざわざ俺の部屋の前に落っこちていやがった。あのクソ大家鑑畜生め、間違いねぇアイツだ。また飛んでもなく厄介そうなモノを拾って、結局俺がお守り役かよ。
 階段を上りきり、真っ直ぐの廊下突き当たり一つ手前の部屋の前。つまり俺の部屋だが、俺の部屋の前に子供がうずくまっていた。
 その状況を確認したのはまだ俺が階段に居たときであり、そこで回れ右をしてそのよく分からない未確認生命体から逃げ出し大家クソ野郎に文句を言ってやることも出来た。はずだ。
 と、気が付いたのは俺が子供をひっぱ叩き起こして、目を合わせてしまってからのことだった。まったくもって、よく考えて行動しなさい、俺。

「んー、ん?」

 やけに色素の薄いそいつは、ぼんやりと、本当にぼんやりと俺のことを眺めた。焦点の合わなそうな瞳。その景色に、一応人間っぽい何か(俺だけど)が映ったことは認識してくれたらしく、一つ瞬き。

「だれ?」

 少年らしいアルトで小さな声。お前がだよ! お前が誰だって話がしたいよ俺は! とかなんとかツッコミを入れることすら鬱陶しくなるこの透明な目。

「あー、俺は「暗清黒梨、ふぅん……7月29日生まれA型身長172センチ体重59キロ座高87センチ……って、でもこれ高1の時から計ってないのか、じゃあもうちょい伸びたかな? ああ、面倒臭がりだけど他人放っておくの無理なんじゃない、おにーさん。自他共に認めるお節介。人に好かれやすいタイプだけど利用もされやすそうだね……って言っても、おにーさんも相当善人面で他人を利用する節があるみたいだけど。あと凄くサイテーな嘘つきだ。そうとうに悪い毎日送ってたみたいだし、……ねえ」」

 ねえ、今は幸せ?

 その光を宿さない無関心そうな目線のまま、淡々と言い放った。本当、に、厄介で面倒でどうしようもない落とし物。最後の一言が厭に抉るから、一瞬呼吸の仕方を忘れかけた。

「確かに偽善者万歳揉め事大嫌いどっかいけ、だよ。面倒ごとなんざ全部投げたい。お節介は承知だが、今も昔も善人なつもりは毛頭ねえな。で、最後の質問についてはノーコメ」

 そう適当に受け答えると、少年はきょとんとした顔でこちらを見た。
「なんだよ」
「おにーさん、変だね」
「……は?」
「気持ち悪い、って、言わないなんて、気持ち悪い」
 気持ち悪い、ねえ。俺はまじまじと少年を見つめ返す。

 華奢過ぎる身体は少しばかり異常だけれど、まだ幼いのようだからそこそこ普通かもしれないな。整った顔立ちをしているし、淡い髪が繊細そうで好印象。
 中性的で、美少年。下手をすれば美少女顔だが、別に、気持ち悪いだなんて思う理由はない。

「お前は相当に普通だよ、気持ち悪くないだろ」

 少なくともこのアパートにおいて、正常やら異常やらに捉われては適わないのだ。
 ぱすぱす、としゃがみこんで頭を撫でる。今まで触れたこともない柔らかな感触だった、くそう、恐らく男だということが勿体ない。

「馴れ馴れしいね、おにーさん」

 無感動な無表情が、少しだけ笑った気がした。やけに綺麗な顔なので、少々見蕩れる。もう少し笑ってもらいたいかもしれない。そのために夕飯を作ってやってもいい。
 なんて、淡々と言葉を放ったその表情がどこか泣きそうに見えた瞬間から、俺はこいつを家に入れるつもり満々になっちゃってたけど。

「あー、改めてだがおにーさんの名前は暗清黒梨だ、お前は?」

 頭に乗せたままの手をどけながら、訊ねる。
 すると、少年はふと顔を曇らせてまた俯きながらつぶやくように言った。

「……名前、は、ない」

 うあ、と俺がため息を吐くよりも前に、少年は少しイタズラそうに俺を見上げて笑った。

「ねぇ、暗清黒梨。僕に名前をくれる?」


(厄介な落とし物)
(いきなりの来訪者にはそうだな、星の名をやろうか)






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