「黒梨くんって呼び方、マジ違和感」
「今まで散々呼んどいて、なに言ってんだ」

 でも違和感なんだもん。露木は俺の作ったチャーハンを食いながら、何の気なしに言う。最近いっつもこのパターンだ。呼ばれて、飯を作り、だらだらして、帰宅。てめえ自炊はどうした、自炊は。

 あの意味の分からない出会いから三日、露木から「部屋片付いた!」といういかにも頭の悪そうなメールが届いた。仕方ないから制服のままチャリで向かったら「うっそ、その制服中学!?」とか言われた。銀髪以外は年相応だと思うんだけど。
 メールの通りちゃんと片付いていて(後々、これは実は全て押し入れにものを放り込んだ結果であることを知る。結局最初っから俺はこいつの部屋の掃除を手伝うことになった)、やれば出来るじゃんと笑ったら、当たり前じゃんと笑い返された。笑顔はそこそこ可愛い。

「“こくりくん”の中に“りく”という自分の名前が入ってるのが、だめ」
「あっそ、しらねー」

 というか、駄目ではない。一応、言わせてもらうと。俺は露木と呼んでいて何の問題もないわけだし、全然要らない情報だし。
 要はそこんとこは露木の感覚なわけで、「だから黒梨って呼ぶね」「は?」「いいよね」、だって今更他人行儀じゃない。露木は言った。

「って、他人だろ」
「でもさ、仲良くなる第一歩でしょー? そんっなだから黒梨は友達少ないんだよ!」
「うっせーな!」
「ね、黒梨もわたしのこと、梨紅って呼んでもいいよ」
「……なんでそうなるんだよ」
「かたっぽの一方通行は寂しいからさ」
「頭痛が痛いと同じ事になってるけど」、かたっぽの一方通行って。バカ丸出しなんだけど、露木さん。

「にしても、黒梨は料理上手だよね」
 チャーハンを綺麗に平らげた露木は、皿を片付けながら言った。自炊はいまだにできないが、皿洗いは出来るので、任せている。
 すっかり名前が馴染んでやがった。結構ぽんぽんと呼ぶもんだ。俺はここ最近この見た目の所為か(本気で母親を呪う)あまり人が寄らず、特に女子に呼び捨てられるのなんてお母さんから位のもんだった。

「あー、まぁ、お母さん家に居ないから」
「ふうん?」

 ざーざー流れる水の音にまぎれて消えればいいだけの言葉だった。露木を後ろから見ながら適当に言った言葉だ。
 家に居ない自由人な母親。たまに帰って来たかと思えば、やりたい放題な女。メーワクで、意味わかんなくて、思考が乙女。多分あの人、俺を息子だとは思っていないんじゃないかな。なんだろう、誤解を恐れずに言うなら、恋人とか、そういうのの類。嫌いじゃないけどね、あの人のそういうとこ。言葉は流れて消える。それで、俺は俺を安くする。彼女は水を止めた。

「てゆーか意外! 黒梨って、お母さんって呼ぶんだ」
「え、あ、うん」

 なんか見た目怖いからお袋とかババアとか呼んで、「なわけねーだろ」いつに時代の反抗期だ、それは。「だから、ごめんってばー」言いながら、泡だらけの手のままこっちに向かってくる。流せ。

「でも、偉いじゃん。お母さん待って毎日作ってたんでしょ」
「言ってねーよ」
「だって、黒梨のご飯って、誰かに食べてほしそうな味がする」

 美味しいよって言われた時の黒梨、めっちゃ嬉しそうだし。にやにや笑いを浮かべるその顔はすんごく腹立たしいんだけど、なんだか言い返せない。

「不味いなら不味いって、」
「おいしいのは、ほーんーと!」

 梨紅がわしゃっと俺の頭を撫でた。整えられた爪は少し伸びているからか、頭皮に引っかかって痛い。子ども扱いを受けたのは分かるんだけど、少し、落ち着いてしまって。
 温かい手だった。きっと、湯を使って皿洗いをしていたのだろう、そういえばこいつ今皿洗いを、って、

「っざっけんな馬鹿梨紅! 泡! 付く!」
「あ、今、」

 ばしっとそこそこ容赦なく叩いたのに、梨紅はきょとんと俺を見たまま動かない。頭のねじでも抜いてしまっただろうか。なんだろう。
 ぴ、と、まだ泡の残る人差し指を俺に向ける。

「ね、いま、梨紅って言った」

 へらりと笑うその顔は、さっきまでの年上っぷりは欠片も残って無くて、ただ、だから別に可愛くないのに可愛くて、むかつく。






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