人殺し。そう言われて、すんなりと受け入れた自分が居た。人殺し。その貼り紙を、一生剥がせないで生きていくのだろうと、その女の憎悪に満ちた目に悟った。
 あの死は、結局死ぬならいっそと言う意味だと知ったのは、人殺しと呼ばれたその時だった。何もかもが遅すぎで、終わったあとだった。



 いつか君の目の前で死ななくてはならない時が来るくらいなら居ないところで死んでしまおう、君が悲しまないように。ううん、違うの。君にずっと残るために、わたしは残酷になるね。

 ──あの時、彼女、つまりは梨紅の脳内を占めたのはそんな賢いとは思えない無邪気な邪気で、その時、俺がたまたま触れられる程には居なくて、たまたま彼女はいつもよりも上手く死に近づいて、それでも矢張り虚しくも俺が居なくて、だからたまたま、偶然みたいに、死んだらしい。仕方が無く。仕方の無く。だから、俺はなにもわるくないとかしょうがない、とかそーゆー類のことを考えたやつは全員しね。いいからしんじまえ。

 彼女はいなくなった、俺の知らないところで。大切に大切にしていた大事な大事なひとだったのに、彼女の脆さを理解しなかったのは俺だ。なにもかも知らなかったから、なにもかも知ろうとしなかったから、梨紅は居なくなった。俺が、殺した。

 瞬きしたら朝だったとかそんな日常に現れるタイムスリップの感覚が永久に続くみたいに、ぽっかりとその空間は消え続けるらしい。もう分からない。理解しないのか出来ないのかその境目も分からないから分からない。
 露木梨紅は居ない。居ない、居ない、居ない、なんて、嘘だ。分からない。居ない、夢を、見たい。

(ねぇ、ねぇ、黒梨)
(ん?)
(好き……だよ)
(なんだよいきなり)

 たくさん、好きだと言われた。俺から言ったことはあまりなかった。たまに言えばあいつは凄く笑った。そして俺の何倍もの大好きを言った。
 酷く不安定で時々自分が要らないなら死んでしまいたいなどと嘯く女で、面倒で可愛くなくて鬱陶しくて煩くて頭が悪くて最低だった、けど、俺はその最低最悪な露木梨紅が好きだった。露木梨紅の誰でも良いから愛してくれという態度が好きだった。趣味が悪いのはわかってるよ、決して彼女が俺の好みのタイプではなかったことだけは確かだし。梨紅にしたら俺でもよかったんだ。だから俺を必要としてくれて、それで良かったんだなあと思って。

(黒梨だから好きなの)
(……あっそーかよ)
(ちょっと、黒梨淡白! つまんなーい!)
(だって、何を今更)

 曖昧を許容しながらずっと其処に居て、ずっとこれが続く筈で、ずっと。露木梨紅は、俺が居なくなったら死んでしまうのだろうとは思った。気付いていた。それがきっと必要ってことなんだなんて、夢見がちもイイトコな考えで、依存さして。馬鹿だ、俺が居る所為で死ぬんだなんて考えもしなかった。俺が、悪い。悪いんだ、と、考えることから逃げ出したくてそれでもその罪悪感に縋れば言い訳になる気がして、何をどうしたら良いのかの理解を止める。
 本当にどうしようもなかった? 嘘を吐くな、居ても居なくても彼女は死んだ、違う、例えば梨紅が必要としたのがもしも俺でなければ上手く行ったのかも知れない、そんな、彼女は俺だから良いんだと笑ったじゃないか、そんなものは彼女の思い込みと俺の刷り込みだろう、俺だから良いんだと沢山笑った梨紅を片端から否定してみては、あまりの不快感とどうしようもない頭痛に取り敢えず吐いた。この鬱陶しく消えにくい酸味を、俺は知ってる。

(わたしたち、恋人じゃないんだよねえ)
(ああ、まあ、多分)
(ねぇ、じゃあわたしのこと好き?)
(……好き、だけど)

 ソレは友愛で親愛で家族愛で慈愛で信愛で相愛で盲愛で博愛で、恋愛だけど依存愛だった。恋なのかと言われたらイエスだったけれど、恋でないのかと言われてもイエスだった。仕方ない程度にどこまでも矛盾と無謀。そんなものを愛と呼んだら馬鹿だと思う。そして俺は馬鹿だった。頭が悪かったし、可愛くなくて鬱陶しくて煩くて最低だった。こんなところで梨紅と似ていたなら、笑える。だから、笑って、くれ。

(ねえ、黒梨、また好きって言ってね)
(……は?)
(そんでさ、恋人になって、次の日にはデートに行って、また江ノ島の水族館に行こうよ、それからわたしの家で黒梨が夕飯作ってくれんの、あ、ハンバーグが良いなあ)
(梨紅、お前さ)

 かつん、かつん、足音。耳に残るその音、記憶? ガンガンと頭が痛くなる。きっと、こないだ買ったヒールだ。似合うかって言われて似合うよって言ってやった、やつ。ちょっと転びそうなのが玉に瑕だな、と言ったら、馬鹿にすんなと喚かれた。まあ馬鹿にしてたけど。

(ねえ、わたしずっと待ってるから、さ)

 こつ、と、足音が止む。風音らしき何かが、ざーざーとスピーカーを煩く割った。
(ずっとって、だから)
 なんなんだよ。嫌な予感に、ハズレが無い自分が死ね。なんて。今じゃ。洒落、に。なら、な、

(大丈夫だよ、黒梨)
(──ずっとてのは、永遠なんだから、ね)

 途切れ途切れの音を必死に拾い、俺は飛び起きて、お前いまどこに、と聞こうとした。それが梨紅の耳に届いていたら、もしかして万が一でも違ったのか、否か。

(今だとやだよ、そういうの、待ってる間がきっと楽しいんだから)
(ばか、ふざけんなよ。待ってるもなにも、どうせ明日も明後日も一緒に居て、たまに江ノ島にも行くし水族館だって行くし、ハンバーグだって作るんだけど、なあ、梨紅)

 お前、一体。何を。

 ばいばい、好きよ。そう言ったのか、がしゃん、と、何かに叩きつけられたような何かを叩きつけたような、壊れた、嫌な音がした。それから、つー、つー、って無機質な音。
 う、わ、きっとソレが最後の最後で最後が最後だったなんて、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ分からない知らないそんなの嘘だ、嗚呼、だから、だから良いから早く覚めろってばそうしたら言うって、好きだとか好きだとか好きだとか、言うから。お前が飽きて逆ギレしたくなるくらい言うから。何の躊躇も無く思っていることを全部何もかも例えば、つまり好きだって、言うから。言いたいよ、言わせてくれって、なあ、

「り、く?」

 ずっとなんて、俺が待てないのに。

 勝手に身投げて死ぬなんて、反則で、規則外で、最悪で、もう、なんなんだよ。どうせお前泣くんだろ、待たないで泣くだろ。ざけんな、こんな笑えない冗談、やめろ。安っぽいことを言えば、そう。

 夢なら醒めろ。







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