周りと同じ色の特別な君

何故か泣き出してしまった君に驚いたけど、初めて君の本当を見た気がした。それからちゃんと病院の食事を食べてやっと退院。
食べてるとき複雑そうな顔してたけど、やっぱり美味しくなかったのかな。俺の持って行ったチョコレートは嬉しそうに食べてたから。
俺の好きなものを好きなことが、何故か嬉しかった。…君には言わないけど。

ーーーーー

少女がようやく退院し、2人で病院を後にした。迅にお礼を言いたがっていたが、そんなのは後回しでいい。
未だに一緒に住むことを遠慮している少女が逃げてしまわないように、天羽はその小さな手を引いて自宅への道を歩き出す。


「…本当に、良いの…?」
「ずっとそう言ってるんだけど」
「それは、そうなんだけど…」
「遠慮するなんて君らしくない」
「それは酷いんじゃないかな!」
「その方が、君らしい」
「……ふふっ、喜びづらいよ」


涙は綺麗だったけれど、やはり笑っている方がいい。その自然な笑顔に天羽も小さく笑みを溢した。


「それなら、遠慮しないね!」
「うん」
「…いっぱい働いて、お金貯めて、自分で住む場所見つけて、1人で生活出来るようになったら出て行くから。それまでよろしくお願いします」
「別にずっといても良いのに」
「そんなに迷惑かけられないよ!」
「だから迷惑じゃないってば」
「君は頑固だね」
「君がだよね」


手を引きながらいつものように。
これからずっと一緒にいられる場所へ。


「君がずっと俺に料理作ってくれれば、いつまででもいて良いから」
「作らなく…作れなくなったら?」
「作って」
「君は酷なこと言うね。んー、じゃあ、どんなに不味くても食べてくれる?」
「不味いのは嫌だ」
「ふふっ、君のそういうとこ好きだよ!」


好き。たった2文字の言葉が暖かかった。
繋いだ手に力を込める。そっと、その手を握り返された。


「ねえねえ、じゃあ早速だけど、今日は何が食べたい?」
「何でもいいよ」
「またそうやってー!それが1番困るんだよ!」
「…だって本当に何でも良いし」


少女の作ったものは何でも好きだから。少女が作ったものが好きだから。何をとは選べない。


「じゃあ一緒にお買い物行って、一緒に決めよう?」
「うん」
「明日の朝ごはんとお弁当のお買い物もしないとね!」
「…うん」


弁当だけでなく、朝食も夕食も。彼女が作ったものを食べられる。その嬉しさに胸が高鳴った。これからずっと、美味しいものを食べていける。ずっと、一緒にいられる。


「…やっぱり、出て行かなくてもいいのに」
「まだ一緒に住んでないからそういうこと言えるんだよ」
「一緒に住んでも同じこと言うよ」
「人は、変わるから」
「じゃあもっと一緒にいたくなるかもしれない」
「!」
「……例え話だから」


ふいっと顔を背けられた。少女はその反応にくすくすと笑う。


「…ほら、着いたよ」


手を引かれ辿り着いた天羽の家。普通のマンションだった。そこに1人暮らしなのかと驚きを隠せない。


「…こんなとこに…1人で…。君って実はお金持ちなの?」
「ボーダーでたくさんお金貰うだけだよ」
「ボーダーは、たくさんお金貰えるの?」
「階級にもよるけど、優秀なやつはたくさん貰える」
「…そっか…そうなんだ…」
「お金貯めたいなら、ボーダー入る?」
「んー、やめとくよ。私は優秀じゃないし」
「…そっか」


少女がボーダーに入れば一緒にいられる時間が増える。そう思ったけれど、安全な場所にいてくれるのが1番だった。


「どーしても早くお金貯めなきゃいけなくなったら、ボーダーに入隊してみるね!」
「そんなときないけどね」
「君に出て行けって言われたらボーダー行かないとダメだと思って」
「だから言わないってば」


流石に同じことを言われ過ぎて不機嫌になってしまった天羽に、少女は苦笑する。小さくごめんね、と謝った。


「これから毎日ご飯作ってくれるならいいよ」
「もちろん作るよ!それが居候させてもらう私の役目だからね!」
「…これから、よろしく」
「うん!よろしくね!……えっと…」


少女はぴたりと止まり、じーっと天羽を見つめた。天羽はきょとんと少女を見つめ返す。


「…そういえば私、君の名前知らないや」
「…俺も君の名前知らない」


名前も知らないのに一緒に住もうとしていた。お互いの無関心さに思わず笑ってしまう。けれど、そんな距離がやはり心地良かった。お互いのことには無関心だけれど、お互いにお互いを必要としていて。

無関心の反対は愛とはよく言ったものだ。2人とも、愛を知らないのだから。


「ここまで名前を知らずに話してきた人は君が初めてだよ」
「それはこっちの台詞。それに、こんなに俺に関わってきた人は君が初めてだよ」
「じゃあ君も私も、特別だね!」
「…特別…」
「うん!特別!君は私にとって、特別だよ!」
「……俺も…君は、特別かもしれない。…うん、特別、だ」


お互いに見つめ合い、ぎゅっと手を握り合った。愛が足りない2人には愛が分からなくて、愛は囁けなくて。精一杯の愛情表現は、きっとこれだけだから。
少女は微笑み、天羽を見つめた。


「私は、七海日向」
「…?」
「私の名前だよ!日向!七海日向!」
「日向…。七海…日向…」


小さく復唱する。何度も何度も。初めて聞いて言葉にしたのに、しっくりくる名前だった。とても彼女らしい。言葉にするだけで心が暖かくなる。


「ねぇ!」


笑顔で覗き込んでくる日向に、天羽は首を傾げた。もちろん今の流れからして、日向が言うことは決まっている。


「君の名前、教えて?」
「…俺の、名前はーーーー」


強い風が吹き、天羽の小さな言葉は流される。流されたはずなのに、日向にはしっかりと届いていて。彼らしい綺麗な名前に日向は目を輝かせた。

これからもっとお互いのことを知っていくだろう。知りたくないことも、知られたくないことも。けれどそれも全て、受け入れられる気がしていた。どんなことでも、特別な相手だから受け入れられる。

日向は溢れんばかりの笑顔を浮かべた。空に上る眩しく暖かい太陽のような笑顔。天羽から見える色は変わらないのに、初めて会ったときとはどこか違っていて。
ずっと、見ていたいと思えた。


「よろしくね!月彦くん!」
「…よろしく、日向」


耳に馴染む声と名前。

ここから、2人の新しい日々が始まる。

いつも通りの、いつもより楽しい、いつもより賑やかな、いつもより、幸せな日々が。


ーーーーー

ずっとずっと続きますように、なんて。
俺らしくないこと願ったことは、君には……日向には絶対に秘密だ。




end

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