一緒にいたいのは君

恐れられる姿なのは理解してた。
でも、君にあの姿ごと受け入れてもらえて、心がふわふわした。たぶん嬉しかったんだと思う。君ともっと一緒にいたら、ずっとあんな気持ちになれるのかな。

ーーーーー

やはり疲れが溜まっていたのか、再び眠った少女を無言で見つめる。笑ってはいないけれど、辛そうでもない。穏やかに眠る表情にどこか安心した。


「よ、眠ったか」


再び現れた迅に視線だけを向ける。


「上には伝えてきたよ。この子も記憶を消す必要はないってさ」
「……迅さん、分かってたんじゃないの?」
「んー?」
「本当は、俺の姿が見られてたこと」
「そりゃな」
「じゃあ何で…」
「彼女はお前を見た。それの何か問題でもあるか?」
「……」


確かにそれだけならば問題はない。
なんて都合の良い言葉だろう。けれど今回はそれに救われた。少女の記憶を消さずに済むのだから。
自分に関わる記憶が全て彼女の中から消えてしまうのは、嫌だった。


「…お弁当、食べられなくなる」
「そこなのね」


苦笑した迅は少女に視線を向け、笑みを消した。


「さーて。問題はここからだ」
「問題?」
「そ、問題。彼女さ、帰る場所がないんだよね」
「は…?」


さらりと放たれた言葉に天羽は首を傾げる。
帰る場所がない。近界民に家を壊されてしまったのか、と。


「おれからあまり言うのもあれだけど、この子はお前と一緒で自分のこと話さないからなぁ」
「…」
「まあとりあえず、彼女には帰る場所がない。小さなアパートに2人暮らしだったみたいだけど、今はその家にこの子1人だ。普通の高校生が1人で生活出来るほど裕福でもないみたいだし、退院したらどうするかってね」
「何で迅さんがそんなこと考えてるの」
「いやー、知っちゃったからには放っておく訳にもいかないだろ?でも近界民のせいってわけじゃないし、ボーダーとして関与出来ない。だからどうしようかと思ってな」
「ふーん」


近界民のせいではない。ならばボーダーで保護も援助も出来ない。当然のことだ。ならば彼女はどうなるのか。天羽は穏やかに眠る少女を見つめる。


「まあ、この子は凄い働いてるみたいだし、学校辞めて働けば生活出来なくもないからな」
「…ダメ」
「ん?」


首を突っ込むつもりはなかった。けれど、彼女が学校を辞める。それを聞いて黙っていることなど出来なくて。


「学校やめるのはダメ」
「ダメって…」
「お弁当、食べれなくなる」
「ですよねー」
「…それに、会えなくなるのも、嫌だ」
「…そっか」


毎回弁当を食べれなくなると答えていたが、会えなくなるのが嫌だと垣間見えた天羽の本音。いつも本音は口にしているが、こうやって人間らしい言葉を口にしたことに安心する。


「学校やめさせない。またつまらなくなる」
「あはは…それは喜ぶだろうけど、この子が学校辞めないで1人で生活するには難しいよ」
「なら俺の家に住ませる」
「………は?い、いやいやそんな犬猫みたいに…」
「人だよ」
「だからお前の発言が問題なんだよ」
「何で?住むとこがないなら俺のとこに住めば良いんじゃないの?俺、お金はあるし」
「いやまぁそうなんだけど…高1とは思えない台詞だな…」
「どうするのか本人に聞けば良いよね」


立ち上がった天羽は一歩踏み出し、少女の肩を揺さぶり始めた。迅は苦笑するしかない。そうきたか、と。


「ねえ、起きて」


容赦ない揺さぶりに少女は驚いたように目を覚ました。突然起こされて何度も瞬きを繰り返している。


「君、帰る場所ないんだよね」
「…!」
「ど直球だなー」


訳が分からず混乱する少女に天羽は続ける。


「帰る場所ないなら俺のとこに住んでいいから、学校辞めないでよ」
「………え?あ、あの、ごめんね…?話が全く見えないんだけど…」
「見えなくてもいいから」
「横暴だなおい」


天羽に説明する気はないと分かったのか、少女は説明を求めるように迅に視線を向けた。しかしそんな視線を向けられても困る。天羽がどんどん話を進めてしまうのだから。


「俺のとこに住めば今まで通り学校通える」
「あ、あのね?よく分からないけど、私は君とは住めないよ」
「…何で」
「何でって…」
「君は1人で、学校やめて働かないと生活していけないんじゃないの?」
「……確かに、1人じゃ生活していけないかもしれないけど、だからって君にそんな迷惑はかけられないよ」
「迷惑だったら言わない」
「……」


天羽は視線を逸らさずに言い切る。その言葉が堪らなく嬉しい。嘘は言わないと分かるから、本音だと分かるから。けれどだからと言って甘えるわけにはいかない。


「…どうして君は、私をそんなに気にかけてくれるの…?ただの他人なのに…」
「先に俺に声かけてきたのは君だけど」
「…そうだっけ?」
「そうだよ」


お腹を空かせている天羽に声をかけてきたのは少女の方だ。あれが、出会いだった。最近のことなのに、随分昔のことのように思える。


「……それでも、一緒には住めないよ」
「…何で」
「一緒に住むのって、大変だよ。君と一緒にいられるのは嬉しいけど、一緒に住んだら私は君のこと嫌いになっちゃうかもしれないし、君は私のことを嫌いになるから」
「…」
「…君とは今のままでいたいよ。だから、嫌われたくない」
「…君が学校やめたら、今のままでいられない」
「……」
「それに、何で俺が君を嫌いになる前提なの」
「……」
「ねぇ」
「…今日は、よく喋るね」
「君が喋らないから」
「……」


少女は黙ってしまった。天羽は少し不機嫌そうに俯く少女を見つめる。ことの成り行きを見守っていた迅は小さく溜息をついた。


「おれはいない方が良いね」


そう言って立ち上がり、先ほどのように優しく少女の頭を撫でる。


「自分の気持ちに素直になりなよ。溜め込んでたって何も良いことないんだからさ」
「……」
「こいつと一緒にいたいかいたくないか、それだけだ」
「……」


こくりと頷いた少女に微笑む。もう、大丈夫だろうと。2人が一緒にいる未来はすぐそこだ。ここで違えるはずがない。大丈夫。


「それじゃおれは帰るよ。仲良くしろよー、少年少女」
「……」
「……」
「ま、良い報告待ってるよ。じゃあな」


少し重くなった2人の空気を明るい声音で去っていく。あとは2人次第だ。沈黙する2人を穏やかに見つめ、迅は部屋を出て行った。
途端に静かになった部屋に、再び秒針の音だけが響く。少女は何度も口を開きかけては閉じてしまう。天羽はそれをじっと見つめた。


「……私、は」
「……」
「私は、おかしい、から…」
「…?」


少女はぎゅっとシーツを握り締めた。


「…おかしいから、君と一緒に、いられない…」
「意味分かんないよ」
「味、が…」
「味?」
「……」


食べ物の味が分からない。だから一緒にいても好みは合わない。今は昔の感覚で料理が出来ているが、そのうちどんどん味を忘れて料理もまともに作れなくなってしまう。そうしたら彼はもう食べてくれない。それが、怖かった。そうなるのが、嫌だった。


「……」
「はっきり言ってくれないと分からない」
「……ごめん、ね。今日は、疲れたから…もう、眠ってもいいかな…」
「……」


つまり、もう帰ってくれと。
遠回しの言葉を理解し、天羽は立ち上がる。


「明日も来るから」
「……」
「考えておいて」
「……」
「俺は、君と一緒にいたい」
「…!」
「…学校、やめてほしくない」
「……うん」
「明日、また来るから」
「……う、ん。…待ってる」


会いたいのは、一緒にいたいのは、同じだから。少女は表情を和らげ天羽を見つめた。


「…待ってるよ。また、明日ね」
「うん」
「約束、だよ」
「分かってるよ」
「…ありがとう」
「…俺も、待ってるから」


少女が天羽の提案を承諾することを。
それを理解しているのかいないのか、少女はにこりと笑った。それに安心し、天羽は病室を出て行く。
明日、学校へ行かず少女に会いに来ようと、迷いなく決めて。


ーーーーー

一緒に住めば全部丸く収まるのに、君は渋い顔をしていた。何がダメなんだろう。分からない。でも君が学校をやめて会えなくなるのは嫌だから、俺はきっと何度でも言うよ。一緒にいたいって。何でそんなこと思うのかも分からないけど、君といると分からないことばかりだから、もう気にしない。

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