いつもと違う君

学校に行かなくていい日曜日がこんなに退屈になると思わなかった。早く月曜日になればいいのにって、君のことを思い浮かべた。今度の口約束は、守られる気がしてたから。

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退屈な日曜日。
月曜日のもどかしい授業の時間。
それを全て乗り切り、昼休みのチャイムが響いた。
はやる気持ちを抑えながら急いでいつもの場所に向かう。今日は晴天だ。あの少女のような太陽が輝いている。だから今日は絶対にいる。そう信じて辿り着いたいつもの場所。
木の根元にはもうすでにあの少女が腰を下ろしていた。


「…いた」


無意識にぽつりと出た言葉。いると思っていたけれど、本当にいたことに安心する。
少女の元へ近付こうとし、天羽は気付いた。
少女の表情が、いつものような表情でないことに。今日の太陽とは真逆のように、暗い表情をしている。


「……」


自分が気にする必要はないと、天羽は少女の元へ歩みを進めた。じゃりっと地面を踏んだ足音に気付き、少女はぱっと顔を上げる。そしてその表情を和らげた。いつもよりどこか無理をしているような笑顔で。


「こんにちは!」
「…うん」
「今度はちゃんと約束通りお弁当作ってきたよ!」
「…うん」
「作りすぎちゃったから、いっぱい食べてくれると嬉しいな」
「……うん」


何かを隠している。それは分かる。けれどそれを聞く資格は自分にはない。そんな仲ではないのだから。少女の隣に腰を下ろし、広げられた弁当を受け取る。弁当は変わらずに美味しそうだった。
しかしそれだけでなく他にも弁当が出てくる。いつもより1つ多い。


「弁当箱…何で3つもあるの?」
「……作り、すぎちゃって」


ただの純粋な疑問だった。それを困ったような笑みで返される。


「…やっぱり3つは多すぎるよね。捨てるのもったいなくて持ってきちゃったけど…その…ごめんね」
「何で謝るの」
「…何で、だろう」
「……別にいいけど。どうせ食べるし」
「え…?」


天羽の言葉少女はきょとんとする。少女から視線を外し、いただきますと弁当を食べ始めた。少女はそれをただただ見つめる。


「美味しい」
「!あ、ありがとう!」
「だから全部食べる」
「無理しなくても良いんだよ…?なんなら君の友達にあげたり…」
「いやだ」
「…?」
「……俺が全部食べる。それで良いでしょ」


一瞬モヤっとした直後に無意識に出た言葉。視線は弁当へと向けたまま、何故か少女の方を見れなかった。


「……ありがとう」


見なくてもどんな顔をしているか分かる。
天羽は無言で頷いてぱくぱくと弁当を食べ進めた。
それを見て少女は弁当を広げた。同じようにぱくりと口へ運ぶ。嬉しそうに。


「…明日は?」
「ん?」
「…明日は、また作ってきてくれるの?」
「……うん。作ってくるよ。…君が食べてくれるなら」


少しの空いた間を疑問に思いつつも、それ以上は何も言わなかった。自分は深く入り込んでこないでほしい。だから相手にも深く入り込まないように。


「食べるよ」
「……じゃあ、作ってくるね…!」
「うん」
「…………」


笑顔で答えてもすぐに表情が曇ってしまった。やはりいつもと違う。
少女は箸を置き、何かを悩むように顔を歪ませた。そして意を決したように天羽を向く。


「…あの、ね。…やっぱり…お弁当…これからは、もう…」


悲しげな表情で発せられる言葉を待っていると、ふと、嫌な気配を感じた。直後に屋上の方で門が開く。門からは次々とトリオン兵が現れた。


「近界民…」


トリオン兵は窓を破壊し、学校の中へと進入する。学校中から悲鳴が聞こえた。


「え…?何、あれ…?」
「君は早く避難して」
「ひ、避難って…」
「俺の近くにいると危ないから」
「君はどうするの…?」
「あいつらを壊す」
「危ないよ!一緒に逃げよ!」
「逃げないよ」


自分が戦わなくてもここにはたくさんのボーダー隊員がいる。すぐに対処するだろう。けれど近くにいるこの少女を危険に晒したくはなかった。普通のトリガーなら、自分の姿を見られても恐れられることはない。いつも通りに接することが出来る。


「…何を、気にしてるんだろう」


嫌われたって恐れられたって、そんなの今更なのに。何を、嫌だなどと思っているのだろうか。天羽は強くトリガーを握り締め起動した。


「早く逃げて。他のやつらも避難してるからそれについて行けば大丈夫」
「で、でも君が…!」
「俺は戦えるから」


そう言って近くの窓から校舎内に入る。校舎内でなければ安全だ。早く逃げれば問題ない。そう、思っていたのに。
後ろからどすんっと何かが落ちる音が聞こえ、天羽は振り返った。
中庭には、少女の目の前には、モールモッドが降ってきていた。校舎内だけでなく外にも出てきてしまったようだ。
他の隊員たちは何をやっているんだと呆れながらそちらに向かおうとした。しかし天羽の目の前にもモールモッドが落下し、立ち塞がる。


「邪魔だよ」


一瞬にして破壊した。しかしどんどんとモールモッドは落下してくる。天羽は僅かに眉を寄せた。


「…っ」


モールモッドを目の前に少女は息を飲んだ。
見たこともない化け物を前に足がすくんで動けなくなる。早く逃げなければと思うのに。助けてと、声が出せない。
けれど、これで良いのかもしれないと思った。
帰っても誰もいない。自分はもう1人だから、これからも1人だから。そんな想いをするくらいなら、と。
思い残すことは、ただ1つ。
弁当を作ると約束したのに、それをまた破ってしまうこと。それだけだ。


「…ごめんね」


振り上げられた刃に逃げることなく、少女は天羽の方を向いて笑いかけながら呟いた。


「…!」


遠くで少女が切り裂かれるのを見てしまった。飛び散る血飛沫に無表情のまま目を見開く。トリオン兵の動きが、倒れていく少女が、全てがスローモーションのように見えた。ただ、心がざわざわと音を立てる。殺気を含んだ視線はたった1体のモールモッドへ。
立ち塞がるモールモッドを一瞬にして全て破壊し、許可されていないもう1つのトリガーを握る。辺り一帯を平らにしてしまう、黒トリガーを。
そんなこと気にしている余裕はなかった。迷いなく黒トリガーを起動する。現れた異形の姿。倒れる少女と目が合った気がした。


「天羽!!」


自分を呼ぶ声と共に飛んできたスコーピオンがモールモッドの核を潰して破壊した。それを認識した直後、天羽は横から強い衝撃を受けて地面に倒され、その衝撃に我に返ってトリガーを解除する。元の姿に戻った天羽に馬乗りになる人物は珍しく焦っていた。


「…迅、さん」
「お前は何やってんの」
「……」
「黒トリガー起動して、それで近界民を倒そうとしてただろ」
「……」
「間に合って良かったよ。こんなとこで黒トリガー使って戦われたら、流石におれや上層部でもどうしようもないからな」
「…別に、使うつもりなんかなかったよ」


別にどうでもいいやつなんだから、使うつもりなんてなかった。そう思ったものの、無意識に起動してしまっていた。
あの少女は他の人と同じ、その他大勢と同じ、なのにどうしてこうも心がざわついたのか。


「とにかく、後は他の隊員に任せよう。今はあの子を病院に運ぶ」
「…助かるの?」
「助かるよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」


いつもの迅の言葉に安心した。少女はいなくならない。それだけで先ほどまで焦っていた心が落ち着いていく。
迅は気を失った少女を抱え上げた。


「それじゃこの子は連れて行くよ。お前も来るか?」
「……行く」


天羽の答えに、迅はその頭をぽんっと撫でた。


「よし、行くぞ」
「うん。けど分かってたならもう少し早く来てよ」
「悪かったよ。色々やることあって間に合わなかったんだ」
「やること?」
「んー、ちょっとした趣味をね」
「ふーん」
「相変わらずお前も人に興味ないなー」


苦笑しながらも早足で進む迅の隣に並んだ。ちらりと少女を覗き込む。傷は痛々しいが、ちゃんと息はしている。心の中だけではなく、ほっと息を吐き出した。


「…そうでもなかったな」


迅は天羽と少女を交互に見つめ、小さく微笑んだ。
見えた2人の未来を信じて。

ーーーーー

君に刃が向けられたとき、心臓が冷えた。
君が傷けられたとき、怒りで頭がいっぱいになった。
君が助かると知ったとき、安心した。
君のことで、俺の気持ちが動いてることが不思議で仕方がない。けど、今は君が目を覚ますのを待つよ。お弁当、作ってもらわないとだから。

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