知らないはずないけど覚えてない

授業の終わった放課後。帰り道のコンビニを通りかかると、よく知る人物が集まっていた。氷麗に奢らされている村上に、影浦は鼻で笑いながら近付く。


「なんだよ、また奢ってんのか?」
「ふふふ。また奢られてるのー」
「ランク戦するときの条件だからな。この条件じゃないと真白がランク戦してくれないんだ」
「毎回毎回こんなの賭けてよくやるな」
「アイス美味しいよ?食べる?」
「食わねーよ」


差し出されたアイスクリームを押し返して氷麗の口に突っ込む。美味しそうにもぐもぐと口を動かした。


「つーか鋼はまた負けたのかよ」
「ああ、今回も勝てなかった。やっぱり真白は強いよ」
「学習出来ないしな、サイドエフェクトでも」
「えへへ」


コンビニから出てきた穂刈の言葉に氷麗は嬉しそうに笑った。

サイドエフェクトの効かない氷麗には村上のサイドエフェクトでも学習出来ない。そのせいで未だに氷麗を越えられずにいる。鈍臭そうに見えても、太刀川や風間、影浦も認める一流の攻撃手なのは間違いなかった。


「昔から迅さんと手合わせしてきたんだろ?迅さんには勝ち越したことあるのか?」
「あるよ?だって悠一は私に本気だしてくれないもん」
「本気出さない?迅さんが?」
「そうなのー。真面目に戦ってくれないんだよ?」


むーっと頬を膨らませた氷麗に村上は苦笑した。あまり2人の関係は知らないはずなのに、迅が過保護過ぎるのは痛いほど伝わっていた。


「あの人があんなに分かりやすく大切にするほどの仲なんだな。一体いつから一緒にいるんだ?」
「ずっとだよー」
「いつからなんだ?具体的には」
「んー…知らない!」
「………」


少し考えて出された答えに村上と穂刈は再び苦笑した。


「悠一とはずーっと一緒にいるよ」
「幼馴染なんだよな」
「幼馴染?…そうなのかな?」
「いやこっちが聞いてんだろ」
「んー、そういう風に考えたことないからなあ。一緒にいるのが当たり前だったから…いつからなんだろう?」


はむはむとアイスを頬張りながらうーんと思案する。一体いつから一緒だったのか、いつから迅のことを知っているのか。そんなこと考えたこともなかった。側にいることが当たり前になっていて、今の関係に何の疑問も抱いたことがなかったのだ。


「やっぱり知らないね」
「知らないわけねーだろ」
「じゃあ覚えてないね」
「頭よえーな」
「カゲくんひどいー!私は頭も攻撃手としてもカゲくんより上だよ?」
「言ったなてめ」
「だって本当だもん」
「上等だ真白。相手してやるからブース来いや」
「えー」


ランク戦は面倒だと言いたげな氷麗と、本気ではなく怒る影浦。氷麗からは感情が刺さらないせいか、影浦はどこか楽しそうにも感じた。唯一、サイドエフェクトの作用に関係なく普通に話せる相手なのだから。


「お前が勝ったらウチのお好み焼き食わせてやるよ」
「え!本当?」
「お前が勝ったらだからな!」
「うん!じゃあ戦ってもいいよ?カゲくんとランク戦久し振りだねー」


問題ばかり起こしている影浦とのランク戦は久し振りだ。今のところ負け越したことはないが、影浦の戦い方は面白く、対戦するのは楽しい。またその楽しい戦いが出来るのかとわくわくしていると、氷麗の携帯が鳴り出した。全員の視線が氷麗に向く。


「あ、悠一だ」


メールを確認すると、氷麗は穏やかに微笑んだ。


「ごめんねカゲくん、ランク戦はまた今度にしよ?」
「あ?」
「悠一が呼んでるから」


頬張っていた残りのアイスをぱくぱくと口の中へ押し込み、空になった袋をゴミ箱に捨てる。


「それじゃあ鋼くん、アイスご馳走さま!ポカリンもカゲくんもまた明日学校でねー」
「ああ、気を付けてな」
「よろしくな、迅さんに」
「今度ぜってぇ勝負しろよ」
「分かってるよー。ばいばーい」


ひらひらと手を振り、上機嫌で玉狛へと向かって行く。今日1番の楽しそうな表情で。
学校でぽやぽや歩いているときとはまるで違い、足取りの軽い氷麗。その背中を見送り、村上は優しく微笑んだ。


「真白は迅さんの話題になると本当に楽しそうだな」
「少し寄り道して遅くなっただけで連絡くるほど過保護にされて、あいつはよくうざくならねーな」
「嬉しいんだろ、大切にされるのが」
「うざいだけだろ。理解出来ねーよ」
「ははっ、あの2人だから成立してるのかもな」


前に迅に同じ質問をしたときも、いつから一緒にいるのかは覚えていないと言っていた。ずっと一緒にいるのが当たり前だ、と。
丸っきり同じ答えを返されたのだから、最早笑うしかない。


「真白の強さの秘密、何か勝てるきっかけでもあるかと思ったけど、地道に頑張っていくしかないか」
「何だよ。楽しそうだな、鋼」
「ああ、楽しいよ」


今までのようにただ眠って学習して越えることは出来ない。ひたすらに己を高めなければ勝てない相手なのだ。数少ないそんな相手に楽しくないわけがなかった。


「いつか必ず、真白も迅さんも越えてみせるさ」
「俺に勝ってから言いやがれ」
「もちろん、カゲにも勝つつもりだよ」
「けっ。何なら今から相手してやっても良いぜ」
「ああ、よろしく頼む」
「大変だな、攻撃手は」


狙撃手の自分は縁のない話。けれどみんな楽しそうに話す姿は微笑ましく思えた。
恐らく自隊の隊長に言えば2人の所へ参戦しに行くのだろう。


「教えてやるか、真白が参加するときは」


とりあえず今日はいいかと携帯をしまう。
氷麗とランク戦したがる者は多い。けれど氷麗が優先するのはいつも迅で。今日は恐らく本部には来ないだろう。


「穂刈も本部行くだろ?」
「行くぞ、狙撃訓練しに」
「明日こそ真白取っ捕まえてランク戦してやる」
「捕まれば良いけどな」


未来の見えるエリートに邪魔されないことを期待しつつ、3人は本部に向かった。

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