頼むから危ないことしないで

氷麗が玉狛に来ると行っていた時間から数十秒が過ぎた。それだけで迅はそわそわし始める。ソファから立ち上がってウロウロ、座ってそわそわ、再び立ち上がってウロウロ…それを何度も繰り返す様に、烏丸は何も言えずにそれを見つめた。

「…来ない」
「まだ2分しか過ぎてないすよ」
「氷麗は時間はきっちり守る子なんだよ。それなのに何の連絡も無しに遅れるなんておかしい」
「…確かにいつも時間ぴったりっすね」

待ち合わせ時間にはぴったりにくる。10分前や5分前行動などせず、本当にぴったりに。だからあえて待ち合わせ時間を5分前に伝えるときもあるくらいだ。

「…何かあったのか…?1番有り得そうなのは誰かに捕まって話し込んでるだな…」
「だったら別に良いじゃないすか」
「有り得そうだけどそれだけじゃない気もする…」
「迅さん本当に真白先輩の未来見えないんすか…?」
「見えないよ。SEが効かないSEが氷麗の体質だからね」
「…それにしてはいつも真白先輩の行動とか分かってたり予想当たってたり…盗聴でもしてるのかと」
「一回やろうとしたらバレたんだよなー。氷麗はあんなんだけど意外と鋭いとこあるし」
「………」
「京介?ウソだよ?盗聴のくだりはウソだからね?」
「…迅さんが言うとシャレにならないんで止めて下さい」

いつも騙す側でウソは見破れる自信があったが、迅の言葉に動揺を隠せなかった。暗躍が趣味の迅ならばやりかねないと思えてしまうのは仕方がない。しかも相手が相手だ。小さく溜息をつく。

「……やっぱり来ないな。京介、おれちょっと氷麗迎えに行ってくるから」
「迎えにって、場所分かるんすか?」
「分からないけど、行かなきゃいけない気がするんだよ」
「……そっすか」

未来視以外のサイドエフェクトにでも目覚めたのかと疑ったが、やはりいつものことだと深く突っ込まず、どこか慌てて出て行く迅を見送った。

◇◆◇

とりあえずは氷麗の家に行ってみようかと向かっている最中、なにやら近くの公園が騒がしい。子供や大人で人だかりが出来ていた。迅は嫌な予感を感じながらそちらへ足を進める。

公園に集まる人だかりからひょこっと顔を出し、そして見えた光景に思わず顔を引きつらせた。

「……なにやってんの…」

ぼそりと呟き、人だかりをかき分けて進む。
その視線は2人の男女に向けられていた。

「准くん、もう少し右ー」
「ああ!」
「あ、行きすぎだよー、もう少し左ー」
「了解だ!」
「だから准くん歩幅広いってばー!」
「すまない氷麗!」

たくさんの人の視線を集めているのに気付いているのかいないのか。氷麗を肩車する嵐山と、肩車される氷麗。氷麗は必死に木に向かって手を伸ばしている。

「……お前ら、何やってるの…」

ひくひくと顔を引きつらせて問いかけた。
その呼びかけにきょとんとした瞳が同時に迅を捉え、ぱぁっと輝いた。

「迅!」
「悠一!」
「フルネーム呼ばなくていいから。…それで、氷麗は玉狛に来ないで嵐山とこんなとこで何してるの?」

腰に手を当てて呆れ気味に問うが天然2人は意に介さない。笑顔のまま木の上を指差した。その先を辿ると、そこには怯えた猫が1匹、木から下りられなくなっているようだった。

「あの猫ちゃんを助けようとしてるんだよー」
「ちょうど近くを通りかかったら氷麗が困っていてな!だから手を貸していたんだ!」
「…だからって肩車…」
「准くん力持ちだよねー」
「氷麗を肩車するなんて簡単だぞ!氷麗は軽いからな!」
「本当に?やったぁ!准くん優しいねー」
「………氷麗、降りて」

目の前で花を飛ばす2人にもやもやとした。悪気がないから余計に複雑な気持ちだ。しかし迅の言葉の真意などこの2人に分かるはずもなく、揃って首を傾げた。

「なんで?じゃなくて、いいから降りてよ」
「え!悠一どうして分かったの?私の未来見えないはずなのに!」
「は?」
「さすがだな!迅!氷麗と俺の言いたいことが分かるなんて!ついに氷麗の未来も見えるようになったのか!」
「いや普通に分かるからね?サイドエフェクト関係なく誰でも分かるからね?」
「凄いね!悠一!」
「凄いな!迅!」
「………頭痛い」

キラキラとした2人の視線を受け、迅は額に手を当てて溜息をつく。すると、木の上で猫が小さく鳴いた。

「あ、早く降ろしてあげないと」
「この辺か?」
「うん!…もう少しで…届く…」

氷麗は嵐山の上でぐっと腕を伸ばした。

「!」

瞬間、嵐山がバランスを崩して倒れる未来が見えた。見えた未来に氷麗がいなくても、嵐山が倒れればもちろん肩車されている氷麗も落ちるわけで。

「あ!届いた、もうだいじょ……あ、ちょ、暴れないで…!」
「氷麗!暴れると危ないぞ!」
「わっ、まっ、きゃ…!」
「うお…!」
「…!」

暴れる猫に氷麗が慌て、不意な動きに嵐山がバランスを崩した。目の前でゆっくり倒れて行く2人。迅はすぐさま飛び出した。

どたーん、っと倒れた大きな音に周りにいた人々は心配そうに3人を見つめる。しかし全員無傷だ。
氷麗と嵐山の下敷きになった迅はなんとか2人を抱きとめ、はぁっと溜息をつく。

「…だから危ないって言っただろ?」
「…悠一…?」
「迅!大丈夫か!」
「大丈夫だよ、おれはトリオン体だし。それより2人ともケガはない?」
「ああ!助かった!俺は大丈夫だ!」

嵐山はさっと立ち上がり身体を確認して爽やかに頷く。しかし氷麗はなかなか迅の上から退こうとしない。ケガでもしたのかと不安になり、慌てて起き上がると、迅の足の間で氷麗は何故か頬を膨らませていた。

「…氷麗…?」
「悠一のバカ!」
「え…?」
「なんで自分を犠牲にして助けるの!」
「いや、何でって…おれはトリオン体だったし…」
「トリオン体でもこういうのはダメなの!」

むーっと膨れる氷麗に迅は困惑している。そんな2人の様子を見て嵐山は小さく微笑んだ。そして無事に降りられた猫を抱き上げて保護する。そのまま少し離れた所で2人を見守った。

「トリオン体じゃなくても同じことするでしょ!」
「そりゃあね。あの高さから落ちたら大ケガするだろ?」
「下敷きになった悠一の方が大ケガだよ!」
「おれは氷麗にケガしてほしくないの。だからおれがケガして氷麗が助かるならそれで良いんだよ」
「良くない!悠一のそういうところ嫌いだからね!」
「え゛……って、氷麗…?」

嫌いという言葉がぐさりと胸に突き刺さったが、氷麗の瞳に涙が浮かんでいるのに気付き、何度も瞬きをする。

「自分を大切にしない悠一なんて嫌いだからね…!大っ嫌いだからね!」
「ちょ、わ、分かったからあんまり嫌い嫌い言わないで…結構傷つく…」
「…本当に分かった?」
「……うん、分かったよ。氷麗に嫌われるのは相当辛いから、これからは気をつける」
「…約束だからね!」

やっと笑った氷麗を抱き寄せた。
表情を見られないように。

(ごめん、氷麗)

口では何とでも言える。けれど迅の言葉を素直に信じて微笑む氷麗。
またこのようなことになれば生身であろうと同じことをする。そう確信している。嘘を吐くのは心苦しいが、これは譲れないことだ。

「じゃあ氷麗もさ、約束してよ」
「なーに?」

身体を離して見つめ合う。
唇を奪える距離なのに、そういう関係ではないせいでそれが出来ないことが少しもどかしかった。そんな思考を消し、迅は氷麗に微笑む。

「おれが危ないことしないように、氷麗も危ないことしないって、約束して?」
「それは無理かなー?あ、でも悠一は危ないことダメだからねー!」
「………」

笑顔で理不尽な言葉をぶつけてくる氷麗にぴくりと頬を引きつらせた。

「あのねえ、どうしてそんな理不尽なこと…」
「悠一が危なくなったら、私がいつでも助けてあげるから心配しないで?」
「…おれは氷麗を助けたいんだけど?」
「悠一がいるだけで私は助けられてるよー?だから、悠一のことは私が助けてあげるからねー」
「…ありがと」
「ふふっ」

嬉しそうに首に手を回して抱きついてきた氷麗の頭をぽんぽんと叩いた。これ以上何を言っても無駄だろう。

助けられているのは自分の方だ。
氷麗がいるだけで助けられている。そう思っていたのに、相手も同じことを思っていてくれて。氷麗の言い分には納得いかないが、その言葉は素直に嬉しかった。

(…危ないことしないのが一番だけど、おれが氷麗を守るよ。例え未来が見えなくても、氷麗の未来は守ってみせるから)

そう決意し、氷麗の背中に手を回した。

集まっていた人だかりに興味津々に全て見られて聞かれていたことなど気付かず、猫を抱いた嵐山にとても良い笑顔を向けられて。

[ 3/11 ]

back