言えないことくらいあります

「悠一、怒ってるの?」
「え?別に怒ってないよ」
「怒ってるよね?」
「怒ってないって」
「絶対怒ってる」
「だから怒ってないよ」
「私何かした?何に怒ってるの?」
「いやあの氷麗さーん、おれの話聞いてるー?」
「言ってくれなきゃ分かんないよ?」
「言ってても分かってなくない?」


氷麗が嵐山隊の手伝いをしてから翌日。玉狛支部にてそんな会話が繰り広げられていた。手伝いをした当日は予想以上に忙しくて迅に会う時間がなかったために、翌日になって氷麗は玉狛に足を運んだのだ。そして迅に会って氷麗は開口一番にそう発したのだった。


「会っていきなりなんなの…」
「だって悠一がなんか怒ってるから…」
「いやだから怒ってないって。それより、昨日は一日嵐山隊だったんだろ?どうだったんだ?」


自ら地雷を踏みに行くことしか話題の逸らし方が分からなかったが、よくよく考えると逸らせていないことに気付く。怒っているというよりも、嵐山隊の隊服を着た氷麗が、嵐山とはしゃいでいたことに不機嫌になっていたのだから。
けれど、それは上手く隠していたつもりなのにやはり付き合いが長い幼馴染は侮れないと小さく口角を上げる。内容が内容なだけに喜び辛いけれど、自分の変化に気付いて気にかけてくれることはやはり嬉しいのだ。


「昨日は凄い大変だったよー、やっぱり私はフリーが良いかなぁ」
「だろうね」
「あ、でも悠一とならいつでも隊組んで上げるからね!」
「お、迅隊か」
「真白隊でーす」
「ええー、それ大丈夫?」
「うーん、確かに悠一が私の隊服着るのは大丈夫じゃないかも」
「そこじゃないけどね」


隊服のくだりで思い出すのは昨日のこと。もう忘れよう、氷麗が幸せならそれでいいと言ったのに、やはり氷麗が誰かの所有物になったようなあの感覚は不快だった。


「…悠一、やっぱり怒ってるよね?」
「……」
「昨日見に来てくれると思ったのに、来てくれなかったし…」
「…ちょっとやることあってさ」
「また、1人で何かしてたの?」
「……実力派エリートは引っ張りだこだから。分かるだろ?」


おどけて言ってももう遅い。いつもは心地良いはずの空気が、なんとも言えない居心地の悪い空気へと変わる。しばらくの沈黙後、氷麗はぽつりと呟いた。


「…分かんないよ」
「え?」


悲しげに顔を伏せた氷麗に瞬く。どこか弱々しいその姿に少しだけ驚いた。


「悠一のこと、全然分からない。怒ってるとか、悲しんでるとか、何か隠してるとか、そういう大まかなことはもちろん分かるよ?けど、それが何に対してなのか、何を抱え込んでいるのかまでは分からない」
「……」
「悠一と同じもの見ていたくても、私と悠一じゃ見てるものが…見えてるものが違うんだもん。だから、悠一が今どうして怒ってるのか、全然分からない」
「…氷麗」
「だから、何でも言ってほしいの。全部伝えてほしいの。悠一はいろんなもの背負ってるんだから、これ以上余計に背負わないで?私に対して我慢はしないで?文句でも何でも、私には言いたいこと言って?」


顔を上げて真っ直ぐに見つめてくる氷麗に何と言って良いか分からない。何が正解なのだろうか。どれが最善なのだろうか。その答えで未来は悪い方へと変わらないだろうか。どれだけ考えても、氷麗相手にそんな未来は見えてこない。そんな想いを感じ取ったのか、氷麗は更に続けた。


「私に何言ったって何したって、悠一の見てる未来は変わらないから大丈夫だよ」


悠一の見ている未来に、私はいないんだから。

その言葉は呑み込み、何とか笑顔を向けて「ね?」と念を押す。励ますための言葉なのに、迅にはその表情はどこか悲しげに見えて。未来の見えない彼女が消えてしまいそうで、迅は氷麗を腕の中へと閉じ込めた。存在を確かめるようにぎゅっと抱き締める。


「悠一…?」
「ほんと、分かりたい相手のことが分からないって、辛いよな」
「……うん」


それに応えるように氷麗も迅を抱き締め返した。迅も氷麗も、1番付き合いが長いのに、分かりたい相手なのに、それが叶わない。そのもどかしさは誰よりも分かり合えるのに。


「分かりたいから、言ってほしいよ。ちゃんと、悠一の口から」
「……分かったよ」


諦めたように溜息をつきながらそう呟き、身体を話す。


「ちゃんと氷麗には話すから。そんな顔しないで」
「ふふっ、分かってくれたなら許します」
「ありがとうございまーす」


顔を合わせて笑い合った。今は、心が通じているのが分かるから。先ほどまでの重い空気が嘘のようにただ幸せだ。けれど氷麗の一言がそれを崩す。


「それで?」
「ん?」
「結局悠一は何に怒ってたの?」
「それは……」


そこまで言いかけてピシリと固まる。
言えない。流石に言えない。言いたくない。
嵐山と同じ隊服を着ていたことが不満でそれを引きずっていただけだなんて。あまりにも格好が悪すぎる。あれだけ堂々と全部話すと言ったはずなのにその想いは簡単に崩れていった。


(え、普通にかっこ悪すぎじゃない?それ本人に言うの?風間さんはああ言ってくれたけどやっぱ無理でしょ?だって……うわー…改めて考えるとおれ何に不機嫌になってたんだ…子どもっぽすぎてそんなこと言えるわけないだろ…)
「悠一?」


首を傾げた氷麗に貼り付けた笑みを浮かべる。もちろんそれは一瞬でバレてしまった。


「早速何か隠してる!」
「い、いやこれには海よりも深い事情が…」
「分かったって言ったのにー!」
「秘密がある男の方がかっこよくない?」
「かっこよくない!」
「人は誰しも秘密を抱えてるものだって」
「私は悠一に隠し事ないもん」
「え、マジで?」
「………うん」
「いや絶対あるよね?今目逸らしたよね?」
「悠一酷い!私を信じてくれないの?」
「明らかに黒の発言をした人を信じろって方が無理だろ」


騒がしく言い合う2人をリビングの入り口から覗き見て、中へ入る機会を伺っている修はどうしたものかと頭を悩ませる。その後ろには不思議そうな顔をしている遊真と千佳もいる。


「迅さんと真白さん、ケンカか?」
「修くん、止めなくて大丈夫?」
「喧嘩というかこれは…」
「ただの痴話喧嘩だから放っておいて大丈夫だ」
「お、レイジさん。おはようございます」


現れたレイジに挨拶した遊真に続き、修と千佳も挨拶をする。


「迅さんがあんな風に言い合うの珍しいですね。いつものらりくらりとかわしそうなのに…」
「…まあ、そうかもな。けど昔からあいつらはあんな感じだ」


子供のような言い争いで戯れる2人の姿が少し幼い頃の2人と重なる。やはり昔から変わっていない。いつも通りお互いが1番の理解者で、1番理解出来ていなくて。脆く不安定だけれど決して崩れない絆があって。矛盾が多すぎる2人の関係は言葉では表現しにくいものがあると小さく息をついた。


「あいつらは放っておいていい。朝メシにするぞ」


結局2人の主張はいつものように何も解決することなく、それが日常とでもいうように興味は朝ごはんへと移るのだった。

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