我慢するのは慣れている

不機嫌なオーラを隠そうともしない年相応な実力派エリートを見つけたNo.1攻撃手は、にやにやと近付いて肩を組んだ。無神経なその行動にNo.2攻撃手が溜息をつく。


「…何、太刀川さん」
「いーや?随分不機嫌そうだと思っただけだ」
「そうだよ、その通り。だから放っておいてほしいんだけど」
「気晴らしにはランク戦が1番だぞ!」
「やらないから」


見るまでもなく分かりきっていた台詞をぴしゃりと切り捨てる。今度は太刀川が不満そうな表情になった。


「うじうじしてるくらいならぱーっと戦ってスッキリした方が良いに決まってんだろ?」
「太刀川さんは単純だからそれでスッキリするのかもしれないけど、おれは深刻なの」
「深刻?何か悩みでもあるのか、迅」


これ以上太刀川に絡まれるのが可哀想になり、風間が助け舟を出す。迅はぐっと顔を歪めた。へらへらしていないのは珍しい。


「悩み?悩みがあるなら俺と戦って…」
「太刀川、黙っていろ」
「じゃあ風間さんが俺と…」
「太刀川」
「……」


有無を言わせぬ圧に不満そうにしつつも大人しくなる。怒られるのは本意ではない。
静かになった太刀川と、先を促すような風間の視線に、迅ははぁっと溜息をついた。


「……氷麗が」


その一言でやっぱりか、と納得する。迅のあからさまな悩みなど氷麗のことぐらいだ。分かっていても聞いた以上は蔑ろにすることも出来ない。迅が続けるのを待った。


「…氷麗が、1日嵐山隊になるって…」
「「………は?」」


太刀川と風間の声が重なった。


「木虎ちゃんが体調不良らしくて、明日の新入隊員への説明に嵐山隊として出るって…」
「まあ、氷麗ならフリーだし強いし愛想もいいし、適任だろうな」
「それの何に不満がある」
「…嵐山隊の隊服着るんだよ!?おれだってペアルックとかしたことないのに嵐山と氷麗が!同じ服で並ぶとか…おれ立ち直れないかも…」


随分と弱くなってしまって実力派エリートの影もない。そこまで嫌なことなのか理解に苦しむ。


「ペアルックって…ただの隊服だろ?みんな着てんじゃねぇか」
「そこまで気にすることでもないだろう」
「気にするよ!だって嵐山だよ?絶対に爽やかな笑顔で氷麗に似合ってるとか同じ隊服着てくれて嬉しいとか言うでしょ!」


その場面は簡単に想像出来た。


「その言葉に氷麗もにこにこ笑って自分も嬉しいとか絶対言うよ!2人でふわふわした雰囲気になるよ!おれのサイドエフェクトがそう言ってる!」


その場面も想像に容易かった。まるで太刀川たちも未来視のSEに目覚めたかのように、2人の反応が手に取るように分かる。それほどに分かりやすい2人なのだ。


「ただでさえあの2人は仲良くて、いつ嵐山が氷麗に手を出すか不安なのに…」
「なあ風間さん」
「何だ」
「これ本当に迅か?」
「恐らくな」
「キャラ違くない?」
「真白の話になると大抵こうだろう」


特に驚いた様子もなく淡々と答える。太刀川も分かってはいるが、自分と戦っているときの迅からは想像も出来ないほどだ。


「隊服なんてペアルックとは言えねぇだろ?そんな気にすんなよ」
「気にしないように出来たらこんなに悩んでないよ」
「あー…それもそうだな」
「なら嫌だと真白本人に言えば良いだろう。お前の言うことなら真白も聞くんじゃないか?」
「氷麗にそんなかっこ悪いとこ見せられるわけないでしょ!」
「……」
「お前面倒だな」


風間の気持ちを太刀川が代弁した。


「安心しろ、迅。お前が思っている以上にお前は真白に格好悪い所を見せている」
「風間さん、それフォローになってないよ」
「うん…トドメ刺された気分…」


がっくりと項垂れてしまった迅に太刀川は憐れむ。今の迅のように弱っていなくてもトドメを刺せるほどの容赦のない一言だった。


「何を落ち込む必要がある」
「……」
「風間さんがそれ言っちゃう?」
「俺は間違ったことは言っていないぞ。真白はお前のそんな格好悪い所も含めて受け入れているんだろう。お前はお前だと。今更何を言っている」


さらりと言い放った言葉に太刀川は思わず感嘆の声をあげた。さすが風間だ、と。迅も僅かに嬉しそうな表情になる。見えていても実際に言葉にされるとやはり違う。他人から氷麗と自身のことをいい関係に見られているのが嬉しい。抑えきれずに口角が上がった。


「お前いきなりにやにやして気持ち悪ぃぞ」
「そんなこと言う太刀川さんとはもう絶対ランク戦しないから」
「は!?」
「風間さん。おれ、氷麗に1日嵐山隊はやっぱり止めてほしいって言ってみるよ」
「そうか」
「おい迅?さっきのは嘘だぞ?嘘だからな?」
「そこからどうなるかは分からないけどね」
「普通は未来なんて分からないものだ。お前もたまにはそういう気持ちも理解しろ」
「え、風間さんも俺のこと無視?」
「そうだね。でもそっか…風間さんから見てもおれと氷麗ってそんなにお似合いなんだなー」
「そこまでは言っていないがな」
「迅!?聞いてるか!?無視すんなよ!なあ!おい!」


あえて太刀川を無視し続ける2人は怖いほどに自然で。近くを通る隊員たちからは不思議そうな視線を向けられていた。


◇◆◇

嵐山隊の隊室前。氷麗に嫌だと言いに行くと言った迅だけではなく、通りかかっただけの風間や太刀川もその場にいる。


「何故俺たちも連れてこられるんだ。1人で行け」
「そう言いながらもついてきてくれる風間さん本当に優しいよね」
「そうか、斬られたいか」
「おれ褒めたんだけど…」
「氷麗どこだ?もう着てるのか?」
「ちょ、太刀川さん押さないでよ」


こっそり嵐山隊の隊室を覗くと、ちょうど氷麗がトリガーを起動する所だった。起動合図とともに氷麗の姿が変わっていく。


「お、嵐山隊の隊服普通に似合ってんな!うちの隊服も着てみてくんねーかな?」
「太刀川さん黙って」


嬉しそうに地雷を踏み抜いた太刀川に眉をひそめつつ、迅も隊室を覗いた。確かに氷麗は嵐山隊の隊服がよく似合っている。悔しいけれど、そう感じた。それに、氷麗が笑顔だった。その光景に僅かに表情が曇る。


「えへへ、准くんとお揃いだねー」
「ああ!似合っているぞ!氷麗!」
「ふふふっ、ありがとう准くん!嵐山隊の隊服ってヒーロー!って感じだからずっと着てみたかったんだー」


にこにこと楽しそうに笑う氷麗の姿を目にし、迅は笑み浮かべて踵を返した。


「おい、迅…」
「風間さん、やっぱり言うのはやめとくよ」
「何?」
「氷麗が、笑ってるからね。おれはそれを邪魔出来ない。氷麗が楽しいなら、幸せなら、それが1番良いんだ」


振り向いた迅の笑みは、どこか寂しげに見えた。本心を隠すのが上手いはずなのに、今は隠しきれていなくて。


「…全く。自分の気持ちを後回しにしてしまうのはいつものことだが、長年連れ添っている幼馴染相手にすらそうなのか」
「氷麗が幸せなら、おれも幸せだよ。おれは自分の気持ちには正直だから……だから、これが正しい道」


先ほどの寂しさが浮かぶ笑みは消え、それを隠すようにいつも通りに笑う。正しい道。一体何が正しいのか、本心がどうなのか、2人には分からない。2人は何も言うことが出来ず、去っていく迅の後ろ姿を見つめた。


「でもねー」


そこへ氷麗の声が響く。風間と太刀川は再び部屋の中を覗いた。


「1番着たいのは、悠一の隊服なんだよ?」


驚いた2人は思わず顔を見合わせる。


「迅の隊服か!きっと似合うぞ!」
「えへへ、ありがとー」
「迅の隊服はどうして着たいんだ?」


嵐山の問いかけに氷麗ははにかみ、当然だとでも言いたげに嵐山を見つめる。


「もちろん、悠一の隊服だからだよ?」
「本当にお前たちは仲が良いな!」
「うん!それに、悠一と同じ隊服で任務出来たら、きっと凄く幸せだろうなぁって思ってね?」
「迅隊か!」
「真白隊でーす」
「ははっ、そうか!真白が隊長なら迅を上手く使えそうだな!」
「もちろん!私は悠一の1番の理解者だからね!」


誇らしげに胸を叩く真白は、風間たちから見てもよく分かるほどに幸せそうで。この場に迅がいないことに深く溜息をつく。


「つくづくタイミングの悪い男だな」
「今の台詞、迅が聞いたらすっげー喜びそうだったもんな」
「真白にサイドエフェクトが通用しないのは、迅にとって最大の問題だろう」
「別に問題じゃなくない?」


太刀川の言葉に風間は視線を向けた。


「普通みんな未来なんて見えてねーんだし、そんなもの問題になんかならないでしょ」
「……そうだな」


深く考えないからこそ出た結論に、ふっと表情を和らげる。けれど、それで解決すれば迅があんなに悩むことはない。


「迅、お前次第というわけだ」


見えなくなった実力派エリートの背に、風間は小さく呟いた。

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