違うと否定しないのは

「お、氷麗さんじゃん」
「んー?あー、いずみんによねやんだー」
「今日は一段と緩いすね」


本部のラウンジでうとうとする氷麗を見かけ、出水と米屋は声をかけた。はっと目を覚ましたものの、やはりどこか眠そうで。


「氷麗さんがそんな眠そうなんて珍しいすね」
「うーん、昨日は悠一に寝かせてもらえなくて…」


健全な男子高校生はぴたりと停止した。思わず顔を見合わせるが、すぐに米屋はにやりとした笑みを氷麗に向ける。


「え、もしかして昨日は迅さんとお楽しみすか?」
「お楽しみ?」
「2人で一夜明かしたんすよね?」
「おいこら槍バカ…」
「うん、悠一のとこに泊まったよー」


にこにこと嬉しそうに話す姿に、出水は額に手を当てた。普段の2人を知っているせいか、あらぬ妄想をしてしまうのは仕方がないというものだ。


「玉狛支部の同じ部屋で?」
「そうだよー?悠一の部屋」


だから全然寝かせてくれなかった、と唇を尖らせる氷麗だが、あまり不満そうには見えない。


「ずっと一緒にいられるから悠一のとこに泊まるのは好きだけど、次の日絶対寝不足で学校で寝ちゃうから困ってるんだよー」
「あんま困ってる顔に見えないすけど…」
「悠一はずっと寝てられるから良いけど、私は学校があるんだからね!」
「はぁ…そっすね」
「学校で寝てると倫ちゃんに怒られるしー!」
「あ、分かります分かります。オレも秀次に授業中に寝てたのバレて本部でよく怒られますよ」
「おれが三輪に言ってるからな」
「裏切り者はお前かよ!」
「ふふっ、2人とも仲良しだねー」
「迅さんと氷麗さんの仲には負けますよ」


ふわりと微笑む氷麗に出水は呆れたように返す。こんな自分たちが仲が良いなら氷麗と迅は一体どう表現すれば良いのか。


「えへへ、嬉しいなー」
「そりゃ男女の関係なら仲も良いすよね」
「男女の関係?」


こてんっと首を傾げた氷麗に、出水と米屋も同じように首を傾げた。


「え?そこ疑問に思うとこっすか?」
「男女の関係って?悠一と私はただの幼馴染だよ?」
「いやいやそりゃみんな知ってますけど、付き合ってんすよね?」
「誰が?」
「氷麗さんが」
「誰と?」
「迅さんと」
「どこに?」
「……」


これは根本から話が違うのではと2人は顔を引きつらせた。付き合っていないのに、そういうことをしていたのか。聞きづらい質問にも関わらず、米屋はグイグイと聞いていく。


「え、え、付き合ってないのに迅さんとそういうことしたんすか?」
「お前デリカシーねぇのかよ…」
「そういうことって?」
「そりゃだから、そういう男女の関係の…」
「やめろバカ!」


昼間から堂々と危ない発言をしようとする米屋の口を慌てて塞いだ。セクハラもいい所だ。けれど氷麗は疑問符を飛ばしながら平然と口を開く。


「付き合ってなくても誰でもやるよね?」
「「え」」


2人はごくりと息を飲んだ。今、氷麗は何と言ったのか。印象がガラっと変わってしまう発言だ。けれど氷麗の言葉は予想外の方へと続く。


「トランプ。2人はやらないの?」
「「………は?」」


もしかして自分たちは盛大な勘違いをしていたのではと、ぱちぱちと瞬きをして氷麗を見つめた。


「ずっとババ抜きしてたんだけどね?悠一は私の未来見えないはずなのに全然勝てないの」
「……え、まさかそれで寝かせてくれないって…?」
「そうだよ?」
「いやそれむしろ氷麗さんが迅さんを寝かせてないんじゃないすか!」
「違うよー、悠一が私に負ければ良いだけだもん。そうすればすぐに終わったよ?」


意外と負けず嫌いな一面に乾いた笑いがもれる。言葉が足りない氷麗のせいで勘違いをしていた自分が恥ずかしい。


「ちぇー、何だよただのトランプかー」
「そうだよ?何だと思ってたの?」
「え?そりゃもちろん…」
「おーまーえーは黙ってろ槍バカ!」
「むぐっ」


余計なことを口走りそうな米屋の口を再び両手で塞いだ。氷麗はにこにことそれを見つめる。


「悠一と付き合うなんてないのに、2人は面白いこと言うんだねー」


静かに攻防していた2人は、氷麗の台詞に再び固まることになる。


「つ、付き合うなんてないってマジすか?」
「マジだよ?」
「え、でも氷麗さんは迅さんのこと好きですよね?」
「うん、大好きだよ?」
「じゃあ何で…」


両想いなのは誰から見ても明白だった。本人たちも好きだと口にしている。それなのに、何故なのか。


「悠一は幼馴染だから」
「それは知ってますけど、幼馴染は恋愛対象にはならないってことすか?」
「幼馴染だけど、もう家族みたいなものなの」
「…つまり、迅さんを男として見ていないと…?」
「悠一は幼馴染で家族。大切な仲間だよ」


にこりと微笑む姿はいつも通りだった。悲しげでも、愛しげでもなく、いつも通りで。何を言うか決まっていないのに口を開こうとすると、氷麗はぴくんっと何かに反応した。そしてくるっと振り返る。


「あー!悠一だー!」
「お、氷麗だ」


振り向いた氷麗の視線の先には迅の姿があり、お互いに嬉しそうに微笑む。


「それじゃあね、いずみんとよねやん。またお話しようねー」
「あ、はい」
「つーか今度はランク戦して下さいよ」
「いいよー?楽しみにしてるねー」


またね、っと迅の方へ駆け寄って行った氷麗を見送り、米屋は小さくガッツポーズした。


「よっしゃランク戦取り付けたぜ」
「忘れられてないと良いな」
「それマジでよくあるからやめろよ」


先ほど自分たちと話していたときも笑顔だったけれど、今迅と話している笑顔は無邪気に見える。とても楽しそうだった。


「あんだけオレらと迅さんで態度変わってんのに付き合ってない、だもんな」
「けど…氷麗さん、1つだけ否定しなかったよな」
「おう、オレもそれ思った。違うことは違うって言ってたくせによ」


迅を恋愛対象として見ていないのか、男として見れないのか。その質問に対して一切否定はしていない。あえてその質問に触れないようにしているようだった。


「迅さんも氷麗さんも、あの人たちの考えてることはオレには分かんねぇわ」
「おれも。…分かる人なんていないんじゃねぇの?」


恐らく、背負っているものが違うから。


「あの2人はお互いが一番の理解者で分かり合ってるんだって思ってたけど…」


楽しそうに迅と話す氷麗を見つめ、出水は溜息をついた。


「本当は一番、お互いのこと分かってないのかもな」


けれどそれを本人たちに伝えても理解しないのであろう。当人たちで気付かなければ意味がない。特に迅や氷麗の場合は。

お互いのことも、自分のことも、恐らく一番分かっていないであろう2人に背を向け、出水と米屋は対戦ブースへと入っていった。

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