今出来ることは今やらないと

いつも明るく元気に振舞っている彼女が弱っている姿を見れるのは、きっと極限られた人物だろう。
定期検診のために病院へやってきた那須は、けほけほと咳き込む人物にそっと近付き、その背中を優しく撫でた。


「けほっ、けほっ…、…?あ、れ…?玲、ちゃん…?けほっ」
「真白先輩、大丈夫ですか?」
「けほっ…、う、ん。…うん、玲ちゃんのお陰でもう落ち着いたから大丈夫だよー。ありがとう」
「いえ」


落ち着いた氷麗に微笑み、那須は隣に腰かける。氷麗は胸に手を当ててほっと息をついた。


「んー、やっぱり薬が切れちゃうとダメだねー」
「またお薬切らせたんですか?」
「えへへ、忘れちゃってて」
「気を付けて下さい、真白先輩。何度目ですか?」
「それ悠一にも言われちゃった」
「当然です」


氷麗の身体は強くはない。生身で激しい運動をすれば発作を起こしてしまうため、薬は常に必要だった。薬があれば問題ないのだが、本人がそのことに無頓着のせいで薬を切らすことが度々ある。その度に迅は怒り、一部の人たちに心配をかけるのだ。


「悠一は過保護なんだよー」
「真白先輩を心配するのは当然ですよ。迅さんの気持ちも分かってあげて下さい」
「分かってるよ?でも玲ちゃんだって分かっててもやったりしない?」
「ふふ、そうですね。私も生身で無茶してよくくまちゃんに怒られちゃいます」


口元に手を当ててくすくす笑う那須に、氷麗も同じように笑う。


「くまちゃんも過保護だよねー」
「ええ、本当に」
「私は悠一が思ってるより、玲ちゃんはくまちゃんが思ってるより強いのにね?」


お互いに過保護な相手がいるからこその悩み。けれどそれが贅沢な悩みだと分かっている。それも含めてやはり自分は幸せなのだと感じていた。大切な人が傍にいて、1番に心配をしてくれる。
病気でも、病弱でも、人より枷が多くても、幸せは人一倍だ。


「けほっ…私はあと薬は貰うだけだけど、玲ちゃんはまだ検査?」
「はい、もう少し時間かかるみたいです」
「じゃあ終わるまで待ってるから遊びに行こー?」
「え?」


那須はきょとんと氷麗を見つめた。にこりと微笑み返される。


「あ、でも先に悠一に謝ってくるね?その頃には玲ちゃんの検査も終わってるだろうし、迎えに来るよー」
「玉狛に行ってから病院に戻ってきて、それから本部に行くんですか?」
「うん、そうだねー」
「体調崩したばかりで大変じゃありません?」
「んー?大丈夫だよ?」


あれだけ けほけほと咳き込んでいたのに、そこまで歩かせてしまって良いはずがない。那須は少し悩んだあと、氷麗に視線を向けた。


「私と本部へ行くのはまた今度にしましょう?」
「えー、どうして?」
「やっぱり真白先輩が大変だからです。けどだからって迅さんに謝りに行くのを後にはしてもらいたくないので、私と本部へ行くのを今度にしましょう?」
「いーやーだ」
「え?」


即答されてぽかんとする。氷麗はにこにこと那須を見つめ返した。


「全部今日やるの。悠一に謝るのも、玲ちゃんを迎えに来て本部に行くのも」
「でも…」
「私たちはさ、普通の人よりもいつ何が起こるか分からない所にいるんだよ?近界民と戦ってるだけでも充分危険なのに、生まれつきの身体のこともあるからね」


確かに、ボーダー隊員ではない健康な人と比べればまるで条件が違う。自分にとってはそれが当たり前で、気にもしていなかった。


「いつ何が起こるか分からないなんて誰にでも当てはまることだけど、私たちは普通の人以上に日常でもそのことを危惧しないといけない。だから今出来ることは今やるの。後回しにして出来なくなって、後悔したくないから」


穏やかに微笑む氷麗をしばらく見つめたあと、那須はふわりと表情を和らげた。


「…そう、ですね」
「うん」
「やっぱり真白先輩は凄いです」
「んー?」
「真白先輩、今日私と一緒に本部に行ってくれますか?」
「もちろん!最初からそのつもりだもん。久しぶりにランク戦しようねー」
「はい。…あ、くまちゃんを誘っても?」
「いいよいいよー。玲ちゃん独り占めしたら熊ちゃんがヤキモチ焼いちゃうしねー」
「ふふっ」


楽しそうに笑う那須ににこりと微笑みかけると、氷麗はさっと立ち上がった。


「それじゃあ悠一のとこに行ってくるねー」
「はい、ちゃんと仲直りしてきて下さい」
「大丈夫だよー、悠一は優しいから」
「優しいから真白先輩を心配して怒っているんですしね」
「そうそう」


そう話す氷麗はどこか嬉しそうで。やはり仲の良い2人だと羨ましくなった。お互いを信頼し合って、離れていてもお互いのことを考えて。無意識に頬が緩む。


「それじゃまた後でね、玲ちゃん。いってきまーす」
「いってらっしゃい。待ってますね」


けほっと咳をしてからひらひらと手を振り去って行く氷麗に、那須は小さく手を振り返した。
氷麗とのランク戦が楽しみだ。自分ほどではないにしろ、氷麗の身体は丈夫ではないはずなのに、精神的にも戦闘でもとても強く憧れてしまう。
いつか自分もあんな風に強くありたいと、その背中をじっと見つめた。


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