僕が出来る最大を 君に

一緒に勉強しようとうるさい犬を追い払い、逃げるように図書室へと駆け込んだ。中へ入って息を落ち着かせ、静かに足を進める。いつも自分が勉強している指定の場所へ。
しかし、いつもの場所へ行くともうそこは別の生徒に座られていた。見覚えのある後ろ姿にはぁっと溜息をつく。


「そこ、いつも私が使ってるの知ってるよね?」
「決まってねぇよ。早いもん勝ちだろ」


相手も話しかけてきたのが春だと分かっているのか、参考書に向かったまま会話をする。春は仕方なく向かいの席に座った。


「わ、もうそこまで復習してるの?」
「お前と違ってすぐにここに来たからな」
「荒船が犬の世話しないから私が面倒見てあげてたんだけど。感謝してよね」
「あいつは俺のペットじゃねぇよ」
「でも荒船のこと探してたよ」
「……テストはともかく、受験勉強まで面倒見れねぇぞ」
「お母さん頑張って」
「ふざけんな」


はぁっと深い溜息をつく。春はくすくすと笑いながら勉強道具を広げ出した。


「レイジさんみたいな完璧万能手になりたいなら母性も磨かないと」
「ありゃ磨いてどうにかなるもんじゃねぇだろ」


他愛ない会話をしながら各々勉強を進める。
1度会話が終わってから、春は再び口を開いた。


「…荒船は、さ」
「あ?」
「ボーダー提携の大学を受けるんだよね」
「そりゃな」
「…そう、だよね」


いつもと様子の違う春に、荒船は手を止めて視線を向けた。けれど春は視線を参考書に落としたままで。


「お前もだろ?」
「……どうしようかな、って」
「は?」
「…ボーダーにいても、私はあんまり役に立たないし。だから大学は別の所を受けて、ボーダーは、やめようかなって」
「いきなり何言ってんだよ」
「ずっと考えてたよ。ずっと、思ってた」


どんどん力をつけていく荒船や犬飼とは違う。勉強とボーダーを両立出来ずにどちらも中途半端だ。だったら片方を捨てて、片方に専念した方が良い。そう思っての判断だった。


「私は隊も組んでないし、やめても問題ないしね。だから大学は少し良い所に行こうと思ってるよ。荒船よりも良い所」


自分で決めたはずなのに、春は少し悲しげに笑った。荒船は眉をひそめて春をじっと見つめる。


「…本心かよ」
「…本心、だよ」


春の言葉を聞き、荒船は溜息をつきながら席を立った。そして頭をがしがし掻きながら春に近付いていく。春は荒船を見上げた。


「だったら何でそんな顔してんだバーカ」
「…いたっ!」


容赦なくぺしんっと額にデコピンをかまされる。予想外の痛さに春は両手で額を押さえた。


「ちょ、い、痛い!何いきなり…!」
「お前が本心じゃねぇことを本心だとか抜かすからだろ」
「…本心だよ」
「まだ言うか、てめぇ」
「…ふふっ、今の喋り方、穂刈みたい」


悲しげに話していた春の表情が変わった。楽しそうに笑っている。その笑顔に荒船は表情を和らげた。そしてその頭をぽんっと叩く。


「学校違うんだから、穂刈にはボーダーにいないと会えないぜ」
「…そうだね」
「カゲにも鋼にも、お前を慕ってる他の奴らにも」
「……うん」
「それでも良いのかよ」
「…そんなこと言われても、私じゃボーダーと大学の両立なんて出来ないんだよ…」


膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。
頭を撫でてくる荒船の手があまりにも優しく、涙が出てしまいそうだった。


「ボーダーは楽しいし、大学でもみんなと一緒に騒いだりしたい…!荒船とまたこうやって話したい…!けど…!私はどっちも中途半端だから、円満に物事を進められない…!ボーダーにも、大学にも親にも…迷惑かかっちゃう…」


唇を噛み締めた春に、荒船は呆れたように溜息をつき、撫でていた手を離した。荒船にも呆れられてしまったかと不安げに顔を上げると、今度はボスっと鋭いチョップが落とされた。デコピンよりも遥かに痛い。
春は頭を押さえて痛みに唸り声をあげる。


「ちょ…本気で痛いんだけど…!」
「本当にバカだなお前は」
「……」
「何で仲間を頼んねぇで全部1人で抱え込んでんだよ」
「え…?」
「勉強が追いつかねぇなら俺が教えてやる。ボーダーでついて来れねぇなら俺が模擬戦で強くしてやる」
「荒船…?」
「何のための仲間だ。一緒に騒ぐだけの友達じゃない。俺たちは一緒にやり遂げるための仲間だろ」
「……」
「…俺がこんなに傍にいるんだから、少しは頼れよ」
「………うん。ありがとう、荒船」


うっすらと頬を染めてそっぽを向く荒船に、春は笑いかけた。今まで悩んでいたことが馬鹿らしくなってしまう。こんなに心強い仲間がいるのだから、怯える必要はなかった。


「荒船と会えなくなるのは嫌だし、受験のこと、考えてみるよ。ちゃんと親とも相談してみる、私の気持ちを伝えて」
「お前も穂刈みたいな喋り方になってんぞ」
「あれ?本当だ」


ここにはいない仲間のお陰で2人は笑い合った。やはりボーダーはやめたくない。改めてそう思う。


「…俺も春と会えなくなるのは嫌だしな」
「え?」
「何でもねぇよ」
「私に会えなくなるの、嫌だったの?」
「聞こえてんじゃねぇか!」


春からの視線に耐えられずに逸らしたが、春から痛いくらいの視線を感じる。


「…荒船」
「…何だよ」


甘い雰囲気が2人を包んだ。


「私の心配ばっかりして、自分が大学入試落ちないようにね」
「うるせぇ」


けれど出てくる言葉はお互いに甘くはなくて。それでも穏やかに笑い合う。今はこの距離が丁度良い。


「さて、勉強再開しよ。荒船より上位で合格しないとだからね」
「上等だ春。負けたらカゲんちのお好み焼き奢れよ」
「荒船もね」


今はこの距離だけれど、ボーダーを続けつつ大学に受かったら、この気持ちを伝えても良いかもしれない。そう思いながら春は微笑んだ。
相手も同じことを考えていたなど、微塵も思わずに。


end

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ほの甘でも甘くもない気がするけど敢えてほの甘と言い張ります。
もどかしい距離感とか良いですよね!両片想いが好き…!あれでもこれだとリクに沿えてない…?やってしまった。
大学入試で励まし合ってるということで!
荒船呼びか荒船くん呼びで迷って荒船になりました。←
荒船さんかっこいいから難しいんだよ…


title:きみのとなりで

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