ただし君に限る


本部の廊下を歩いていて、偶々耳に入った会話。可愛い可愛い恥ずかしがり屋な恋人とその後輩たちの会話に思わず足を止めた。


「春先輩は何でイケメン先輩のこと名前で呼ばないんすか?」
「………ふえ!?!?」
「…春先輩、驚き過ぎ」


純粋な疑問を投げかけた夏目に大きく反応する。そんな春の大袈裟な反応に絵馬と千佳は苦笑した。


「な、ななな、な、何でいきなりそんな…こと…!?」
「え?いやただ疑問に思っただけっすけど…。だって春先輩
アタシのことも千佳とユズルのことも名前で呼んでるじゃないすか?」
「そ、それは、出穂たちとは凄く親しくなったし、年下だし…私のこと名前で呼んでくれるし…」
「普通に恋人の方が親しいと思うんすけど」
「う…」
「同い年なら年下より親しいんじゃないの?」
「…うぅ…」
「烏丸先輩も春先輩のこと名前で呼んでますよね?」
「…こんな所で連携しないで…」


千佳のとどめに春は撃沈した。
3人は追い詰めすぎたかと苦笑しながら顔を見合わせる。
しかしここまで来て追撃を止める優しい後輩たちとは違い、更に追い詰めるべく、立ち聞きしていた烏丸は春たちの方へ足を進めた。


「それは俺もずっと思っていたな」
「!!!か、かかかかからす、ま、く…!な、ななん、なんで、こ、ここに…!?」


思わぬ人物の登場にまともに言葉すら発せなくなる。はわはわと口を開閉させて烏丸を見つめた。


「千佳たちのことは名前で呼ぶのに、どうして俺の名前は呼んでくれないんだ?」
「ど、どどど、どうして、って…!」


無表情のままじりじりと距離を詰めてくる烏丸に思わず後退る。
どうしてと言われても、自分が名前を呼べない理由は1つしかないではないかと言いたいが、上手く言葉にならない。ただただ目の前の烏丸のことで頭がいっぱいになるだけだった。


「呼び捨てにしろとは言ってないんだ。呼べるだろ?」
「え、あ、そ、れは…!え、と、だだだから…その…か、からすまく…」
「京介だ」


その言葉と同時にだんっと壁に手をついた。壁と烏丸に挟まれた春はびくりと肩を縮こまらせる。


「京介だ」


再び繰り返した烏丸を恐る恐る見上げ、あまりの近さにぴしりと固まる。


「俺はお前に名前を呼んでほしい」
「ぁ…う…」
「春」
「〜〜〜っ!!!」


ぐっと距離を縮めて低く名前を呼ぶと、春の顔が真っ赤に染まった。声にならない悲鳴があがる。


「あのー、イケメン先輩。このままだと春先輩心臓発作起こすんじゃないすか?」
「春先輩、大丈夫ですか…?」
「ぁぅ…あ…」
「…大丈夫じゃないね。烏丸先輩、少し離れてあげなよ。春先輩死にそうだよ」
「まだ大丈夫だ」


きっぱり言い切る烏丸に、どこが大丈夫なんだと問いたかった。顔から湯気が出そうなほど真っ赤にし、口をぱくぱくと開閉させる春に更に顔を近付ける。


「ち、ちちち近いです…!」
「呼ばなきゃこの距離がなくなるな」
「!?!?」


片手は後ろの壁に、もう片方の手は頬に当てられ、春は爆発寸前だ。


「はわー、イケメンは何やっても様になるなー」
「夏目、感心してる場合じゃないよ。このままだと春先輩ほんとに死ぬんじゃないの?」
「ちゃ、ちゃんと呼吸してるかな…?」
「かろうじて息してる感じ?」
「今にも止まりそうだけど」


3人が心配そうに見守る中、烏丸はどんどん春に迫っていく。


「慣れなきゃいつまで経っても呼べないだろ。とりあえず呼んでみろ」
「よ、よよよ呼べな、い…!」
「絵馬のことは呼べるのに俺のことを呼べないわけないだろ」
「ある…よ…!か、かかか烏丸くん、の、な、なま、名前、呼ぶ、なんて…!」


"烏丸くん"とそう言葉にするだけでもまだ緊張しているのに、名前を呼ぶなど高度過ぎる。


「し、心臓でる…!絶対でちゃう…!」
「いや絶対でないから安心しろ」


烏丸の言葉に中学生3人が同時に頷いた。


「ま、まともに、呼べない、だろう、し…!た、たださえ、ちゃんと…まだ、しゃ、喋れない、のに…!」
「吃ってたって途切れ途切れだって構わない。お前の言いたいことを俺が分からないわけないだろ」
「…!」
「まあウソだが」
「な…!か、烏丸くん酷い…!」
「酷いのはどっちだ」
「…うぅ…ごめんなさい…」
「なら、俺の名前呼んでくれ」
「そ、それ、それとこれとは…!」
「別じゃない。呼んでくれ」
「〜〜〜っ」


真剣な眼差しに捉えられ、再び何も言えずに顔を真っ赤に染める。ばくばくと破裂しそうな心臓に、熱くなる顔、緊張に震える身体。今の春には刺激が強すぎたせいか、ついに瞳に涙が浮かんだ。悲しいわけではないのにキャパオーバーでどんどん溢れてしまう。
さすがの烏丸も驚いてぱちぱちと目を瞬いた。


「あ、イケメン先輩が春先輩泣かした」
「今のは烏丸先輩が悪い。虐めすぎだよ」
「修くんたちにはいつもこんなに追い詰めないのに…烏丸先輩、どうかしたんですか?」
「…悪い。泣かせる気はなかったんだ。春の戸惑う姿が可愛くて思わずな」


春の頭を優しく撫でて慰めながら僅かに微笑む。その笑みに夏目は思わず顔を引きつらせた。


「うわー…ドSっすね」
「そんなことない。春だけだ」
「いやそれの方が問題だよ。春先輩も厄介な人を好きになったよね」
「…っ、ゆずるに、言われたくない…!」
「!」


収まってきた涙を拭いながらの春の反撃にユズルはびくっと反応する。


「あー、確かに。狙ってる男は多いし誰にでも優しいし存在が天使だし超強いし鈍感だし、まあユズルも厄介な子を好きになったなー」
「ちょ、な、夏目…!」
「え?ユズルくんの好きな人?」
「な、ななな何でもないから!雨取さん、わ、忘れて…!」


春のように赤くなって否定する絵馬に、千佳は首を傾げた。それを見て春の表情が和らぐ。どうやら落ち着いたようだ。


「落ち着いたな。じゃあもう1度言うぞ。俺の名前呼んでくれ」
「へ!?ま、また…!?」
「またって、まだ1回も呼んでないだろ」
「だ、だだだだって、そんな、む、むりです…!」
「無理じゃない。"京介"。そう呼べばいいだけだ」
「無理です…!!し、心臓爆発する…!」
「心臓でる、の次は爆発する、か。大変だな」
「ぜ、全部烏丸くんのせいだよ…!」
「そりゃ有難いな」


にこりと僅かに微笑んだ烏丸に何も言えなくなってしまう。ただこうして一緒にいて、少し話をしているだけでも緊張しているのに、名前を呼ぶなんてこと、今の自分に出来るはずがない。けれど烏丸も春を逃がす気はないようだった。
再び背後の壁に優しくとんっと手をつかれ、逃げ道を塞がれる。縋るように見上げれば、額にちゅっと口付けられた。ぴしりと固まる。


「呼べないなら練習するまでだな」
「え、れ、れれ、れ…!?」
「京介って呼ぶこと。もし烏丸って呼んだら…」
「よ、呼んだ、ら…?」


ちゅっと、今度は瞼に口付けられる。


「これがどんどん下がってくだけだ」
「え…!?!?え、ま、え、ま、まって、え、ど、どこ、どこど、どこまで…!?」
「さあな」
「烏丸くん…!」
「言ったな」


今度は鼻の頭に落ちる口付け。
春だけでなく見ていた絵馬まで顔を赤く染まらせた。目の前で起こることに千佳と夏目はきょとんとそれを見つめている。
そこへなかなか訓練室に来ないからと様子を見に来た当真。一部始終だけを見て大体を理解し、にやりと笑いながら成り行きを見守る。


「み、見てる…!みんな見てる、から…!」
「そうだな」
「そうだなって…!」
「俺は気にしない」
「わわわ私はするよ…!」
「名前呼べば良いだけの話だ」
「う………あ…えと…むり、です……」
「……」
「…………」
「何も言わなくてもキスしていくぞ」
「今決めたよねそれ!?」


頬に口付けられ、身体が固くなる。一体あと何回、どこに、この幸せすぎる拷問を続けられるのか。名前を呼べば終わる。1度だけでも呼べば終わる。緊張で浅くなる息を必死に吸い、大きく深呼吸をした。


「………っ、…、……〜〜っ、き、…き、…!きょ、きょうす……っ!?!?」


すっと、唇を塞がれた。
まるで、名前を呼ばせないように。
大きく見開いた目に、楽しそうに微笑む烏丸が映った気がした。


「はいはい、中学生にはちと刺激が強いからなー」


キスする寸前に3人の視界を遮った当真。
見たいと騒ぐ夏目のブーイングと、少し見えてしまって固まる絵馬と、よく分かっておらずに首を傾げる千佳。
目の前には熱い口付けを交わす2人。

さてどうしたものかと、当真は呆れたように溜息をつく。タイミングが良いのか悪いのか。楽しいには楽しいが、この光景を見た絵馬や他の純粋な隊員たちは恐らくまともに戦えないだろう。ランク戦や訓練に響くことだ。
東辺りに見つかれば説教があってもおかしくない。もしそうなれば止めなかった自分もお説教は間違いないのだ。それだけは避けたい。


(とりあえずあれだな、ご愁傷様ってか?)


烏丸は春を虐めて反応を見るのを何より楽しんでいるようだと、たった数分で理解し、そんな人物を好いて好かれたことを哀れに見つめる当真だった。


end

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すみませんオチ見失いました。
途中も色々迷子になって繰り返し…!
最近この2人は距離が近付いたのばっかり書いてたので、付き合ったばかりの頃を書こうとした結果です…うぅ…慣れないことはするもんじゃない…でもこれ増やしたいしちゃんといちゃいちゃさせたいしもっと狙撃手組たちと絡ませたい。

千佳ちゃんは烏丸さんって呼んでたかなと思いながら書いてました。もっと頑張ります…!



title:LUCY28

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