酸素と君の違い

「陽介ーーー!」


ランク戦を終えた米屋を見つけ、春は嬉しそうに飛び付いた。


「うおっと」
「陽介すっごいかっこ良かったよ!誰よりもかっこ良かった!出水なんて比じゃないくらいに!」
「マジか!弾バカよりってのは嬉しいな」
「陽介はいつも出水より全っ然かっこ良いに決まってるじゃない!」
「おいコラ」


目の前でイチャつく2人に出水は顔を引きつらせた。いつものことだが、いつも引き合いに出されて貶されるのは腹が立つ。
春が米屋しか見えていないのは分かるが、自分を巻き込まないでくれと溜息をついた。


「陽介!週末にデートの約束してるの覚えてる?」
「あ?…あ、ああー、覚えてる覚えてる」
「良かったー!私凄い楽しみにしてるからね!」
「おう!久しぶりのデートだもんなー。オレも楽しみにしてるぜ」
「…!陽介…!大好きー!」
「オレも大好きだぜー!」
「他所でやれバカップル」


人目を気にせずに抱き締め合う2人に出水の声は届かない。出水は再び大きな溜息をついた。


◇◆◇


そして毎日同じようなやり取りをして迎えた約束の週末。
春は精一杯のお洒落をして駅前に辿り着いた。待ち合わせの時間よりも30分も早い。楽しみ過ぎて落ち着いていられなかったのだ。


「どうせ陽介は10分くらい遅れてくるって分かってるのに、楽しみすぎてどうしても早く来ちゃうんだよね」


米屋とデート。それだけで胸が満たされて幸せな気持ちになれる。悪ぃ悪ぃと遅れてやってくるであろう愛しい待ち人を思い浮かべ、春は嬉しそうに微笑んだ。


それから30分後の待ち合わせ時間。予想通り米屋はやってこない。

その10分後。まだ米屋はやってこない。

更にその10分後。やはり米屋はやってこない。携帯に連絡もない。少し不安になって春は米屋に電話をかけた。しかし繋がらない。LINEを送っても既読が付かない。


「…まだ寝てるのかな」


もう少し様子を見ることにして更に10分。
米屋が現れることもなければ着信も返信もない。
もしかしてと嫌な予感が頭をよぎった。


「…またランク戦してて忘れてるなんてことないよね…?」


前に1度そういうことがあり、春が激怒してからはなくなったのだが、あれから随分経っている。米屋ならばまた同じことをやっても不思議ではない。頭の悪さは誰よりも分かっているつもりだ。けれどその馬鹿な所も可愛く思えてしまうくらいは惚れ込んでいる。

しかし、それとこれとは話が別なわけで。


「……前にランク戦しててすっぽかしたとき、次やったら別れるって言ったし…大丈夫だよね…?」


怒りに任せて別れると宣言してしまったが、米屋を好きで好きで仕方がないのに別れたくはない。


「も、もう少し様子見てみよう!陽介のことだからいつもみたいに寝坊してるだけかもだし!」


そう自分に言い聞かせ、春は携帯を握り締めて米屋が来るのを待ち続けた。


◇◆◇


「あれ、紅葉?」
「………」


本屋に行こうと駅前を通りかかった出水は、視界の隅に写った蹲る春を見つけ声をかけた。顔を上げた春にいつもの明るさはない。


「お、おい大丈夫かよ…酷い顔してんぞ」
「………出水、陽介見た…?」
「槍バカ?いや見てねえけど、確か昨日太刀川さんとランク戦する約束したってすげーテンション高かったのは覚えてるな」
「………ぅ…うぅ…っ」
「…え、ちょ、紅葉…?」
「……ぅ…うわあああああん!!いーずーみーーーー!!」
「うお!」


泣きながら抱き付いてきた春を何とか抱きとめた。この反応はもしかしたら。出水の予感は的中することになる。


「陽介…!陽介がまた…!私とのデートすっぽかしてランク戦してるーーー!!」
「…あー…やっぱりか…」
「次やったら別れるって言ったのに!言ったのにーーー!!陽介は私と別れても良いんだ…!私ばっか陽介のこと好きで陽介は私のことなんかどうでもいいんだあああああ!」
「いやそんなことねぇって。槍バカも本当に忘れてただけだろ?」


面倒だと思いつつも放っておくことは出来なくて。呆れながらも春の背中をぽんぽんと叩いて慰めた。


「あいつバカなんだからそんくらい受け入れてやれよ」
「もう3時間も待ってるのに…」
「3時間!?槍バカから連絡は!?」
「ない…。電話してもLINEしても繋がらない…」
「そりゃ怒っていいわ。つか別れた方がいいわそんなやつ」
「うぅ…陽介と別れたくないぃぃぃ」
「こんなことされててよくそんないこと言えるな!?怒鳴って殴って蹴ってハチの巣にして良いレベルだぞ!」
「私、射手じゃないし…」
「なら平手打ちくらいかましてやれ」
「陽介の顔に傷がつくなんて嫌!」
「お前なんなの!?」


慰めているのに春自身が米屋の味方に回るために段々とイライラが募っていく。


「陽介…私のこと好きじゃないのかな…」


らしくなく小さく呟いた春に出水はぱちぱちと瞬きを繰り返す。そして呆れたように溜息をつき、春の頭をスパンっと叩いた。


「痛い!」
「バーカ。あいつが好きでもないやつに好きとか言うわけねぇだろ」
「…陽介優しいから分かんないじゃん」
「優しいかどうかは知らねぇけど、そんな嘘はつかねぇよ」
「……でも、デートすっぽかしたら別れるって言ったのに、すっぽかすし…」
「バカなんだから仕方ねぇだろ。お前も彼女ならそんくらい分かってやれよ」
「………」


わざとでないことなど分かってはいるが、それでも忘れられたことは悲しかった。自分だけが、今日のことを楽しみにしていたのかと思うと余計に。


「……陽介」


悲しげに呟かれた言葉にどうしたものかと思案すると、後ろからばたばたと騒がしい足音が聞こえた。首だけ振り向き、視界に入った人物に溜息をついた。


「遅ぇよ」
「お、おう悪ぃ悪ぃ…いやー…、今回はマジに焦ったわ…」
「!」


聞こえた声にぱっと顔を上げる。
縋り付いていた出水を押し退けてその声の主を視界に捉え、春はぱあっと顔を輝かせた。


「陽介…!」
「よお春、遅れて悪ぃ」


体力バカの米屋が息を切らして汗をかいてる。余程急いで走ってきたということが伺えた。


「遅い!遅いよ陽介!」
「いやほんと悪かったって。忘れ……じゃなかった、ランク戦……じゃなくて…」
「お前もうバレバレだから余計な嘘つこうとすんな」
「もう何でもいいよ!陽介が来てくれんだから良い!」


そう言って春は勢いよく米屋に抱きついた。ずっと待っていた人物の身体はとても熱くて、心臓はどくどくと早く鼓動していた。その鼓動に耳を澄ませるように胸にくっつく。自分のために急いで来てくれた、その証を確かめるために。


「…約束すっぽかしたら別れるとか言っちゃったけど、別れたくないよ…」
「当たり前だろ?だからオレも焦ってきたんだからよ」
「陽介…!」
「待たせて悪かったな、春。今からでもデートしようぜ?」
「…うん!」


嬉しそうに米屋の腕に手を絡ませた春。とても幸せそうな表情に出水は眉をひそめる。


「いやいやいや、連絡なしで3時間待たされた挙句、忘れてランク戦してたから遅れたとか普通許せなくね?」
「陽介だからいいの!」
「それにしたってブチ切れたっていいのに文句の1つもなしかよ!?」
「遅いって文句言ったし、もう言うことないもん!」
「オレもちゃんと謝ったもん!」
「お前はもんとか言うなキモい!」
「酷いもん!」
「しかも使い方ぜってぇ違うからな!?」
「陽介可愛い!」
「だろ?」
「…有り得ねぇ」

完全に2人の流れになり、出水は頭を抱えた。いつもこの2人の相手は疲れる。まるで自分が間違ったことを言っている気持ちになってしまう。はぁっと今日何度目かの大きな溜息をついた。


「陽介!まだ少し時間あるし、デートしよ!」
「おう、良いぜ!遅れたお詫びに春が好きなもん何でも買ってやるよ」
「じゃあ陽介が欲しいなー?」
「オレは非売品でしたー」
「えー!」
「だから無料で春に進呈するぜ」
「え!本当に?」
「おう」
「やったぁ!陽介大好きー!」
「オレも大好きだぜー!」


ぎゅーっと抱き締め合う2人を見て、出水はジト目のまま視線を逸らした。もうこんな茶番見ていられない。自分が本気で心配して慰めたのが馬鹿馬鹿しいではないかと。


「出水!話聞いてくれてありがとうね!」
「へーへー。盛大な惚気ご馳走様でしたー」
「おかわりは?」
「ぜってぇいらねぇ」
「ふふふ」
「弾バカ、何か分かんねぇけどありがとな」
「分かってねぇのに言うなよ」
「じゃあ後で春に聞くわ」
「おれのことは良いから紅葉との時間大切にしろよ」
「弾バカちゃん優しー!」
「お前らのゴタゴタに巻き込まれるのに迷惑してるだけだっつの!」
「へへっ、悪ぃ悪ぃ。んじゃまたなー」
「おう」
「出水またねー!」


先ほどまでの不安そうな表情は吹き飛び、心から嬉しそうに笑って手を振る春に、小さく手を挙げた。やっと去った嵐にどっと疲れ、ガシガシと頭をかく。


「まあ、別れたら別れたでそっちも面倒そうだけどな」


余計なゴタゴタが増えるよりは今のままで良いのかもしれない。やれやれと溜息をつき、駅の中へ消えて行く2人を見送った。


そして次の日に、デート先で起きた2人の惚気と言う名の痴話喧嘩を聞かされ、本部内に出水の怒鳴り声が響くのだった。


end

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リクエストありがとうございました!
米屋くん初書き…!うざバカップル共ですね←
都合良すぎるけどこうしか出来ませんでした…精進します…!

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