出水妹に出来た秘密

「昨日紅葉とどこに行ってたんすか」


本部の廊下で出水に会って早々に問いかけられ、二宮は表情を変えずに瞬きを繰り返した。


「昨日!紅葉と出かけましたよね!?あいつ仁礼と出かけるとかまた嘘付きやがって…!本人に聞いたらそんな約束してないって言うし!そしたらもう二宮さんしかいないじゃないすか!」
「…俺は昨日紅葉には会っていない」
「は?」


本当のことを隠さずに告げる。
昨日は予定があって本部にも来ていなければ紅葉と会ってもいない。ぽかんと見つめてくる出水に溜息をついた。


「紅葉が何をしていようとお前には関係ないだろ。首を突っ込みすぎだ」
「あんたがまた紅葉に変なことしたんじゃないかって心配だったんです!」
「変なことなんかした覚えねえな」
「よくもまあ抜け抜けと…!…つーか、じゃあ紅葉はどこに行ってたんだ…?」
「好きにさせてやればいいだろ」
「変な奴に絡まれてたりしたら困るじゃないすか」
「………」


そう言われてしまうと強くは言えない。トリオン体ならまだしも、生身では貧弱過ぎるのだから。


「…別にお前が心配する必要はない。あいつは俺のだ」
「おれの!妹です!」


廊下でバチバチと火花を散らす2人。止める人物がいないために今にもここで戦闘を始めてしまいそうな雰囲気だ。


「あ、二宮!」


その雰囲気を割くように聞こえた声に、2人の視線がそちらに向く。2人に向かって走ってくるのは紅葉が昨日出かけた相手と嘘をついた仁礼だ。


「お前なんでこんな所にいるんだよ!紅葉はどうした!」
「…お前まで何なんだ」
「何なんだって、だって今日は紅葉とデートなんだろ?」
「「は?」」


2人の声が綺麗に重なった。


◇◆◇


「…っで、ここって…」
「カップルに人気の遊園地!出水来たことあるんだろ?」
「……まあ」
「………」


目の前に広がる遊園地に二宮は顔をしかめた。またも尾行云々でこんな所へやってくるなど思っていなかったのだから。


「それで?本当に紅葉がここにいるのかよ?」
「アタシたちの情報網舐めんなよ?絶対ここに来てるはずだぞ!」


スマホを確認してから胸を張る。一体どこの情報なんだと2人は口元を引きつらせた。


「けど、紅葉のやつ何でこんなとこに…」
「デート…じゃないよな?二宮はここにいるわけだし」
「つーか紅葉は遊園地とかこういうごちゃごちゃしたとこ嫌いだし、好き好んで来ねぇと思うんだけどな」
「……推測した所で答えは出ないだろ」


そう言いながら二宮は足を進めた。紅葉が本当にここにいるのならば理由を知りたい。最近一緒にいる機会が少なくなっているせいか、余計にそわそわしてしまう。


「あ」


先を急ごうとする二宮を仁礼の短い一言が止めた。その声に振り向き、視線を辿る。


「………いた…!!」


そして視線の先には探していた人物の姿。3人は人混みの中から紅葉の姿を捉えた。


「ほ、本当にいた…!こんなとこで何して…」
「って!紅葉と一緒にいるの…!」


紅葉の隣には、とても見覚えのある人物が。二宮は顔を険しくさせた。


「な、な、な、何で紅葉と犬飼先輩が2人でこんなとこ来てんだよ…!!」


遠くて会話までは聞こえないが、犬飼が笑顔で紅葉をエスコートしているのが分かる。犬飼が差し出した手に、紅葉は戸惑いながらも手を乗せた。


「ちょ、な、はぁ!?て、手!ててて手繋いで…!?はぁ!?」
「おおお落ち着け出水!とりあえず殴り込みにいくか!?」
「お前こそ落ち着け!」


騒ぐ2人を尻目に、二宮は険しい表情で犬飼と紅葉を見つめた。何故犬飼と紅葉が一緒に、しかもこんな所に、お洒落をして、仲良さげにしているのか。
胸の中をもやもやとした感情が渦巻く。


「あ、中入ってくぞ…!」
「手ぇ繋いだままかよ!!」
「慣れた犬飼に対してあの紅葉の慣れてなさ初々しいなー」
「そんな呑気なこと言ってる場合か!つーか二宮さんは何でさっきから黙ってるんすか!紅葉の浮気かもしれないんすよ!?」
「…そんなはずあるか」
「そんな自信なさ気に何言ってんすか!?」
「とにかく!あいつらの後を追うぞ!真意を確かめなきゃ応援も出来ないからな!」
「真意がどうあれ応援すんな!」
「…行くぞ」


前にここで尾行したときよりも人数は減ったはずなのにかなり騒がしい。そして、そのときよりも自分が一番尾行相手を気にしているかもしれない。
真意を知りたいが、もしも紅葉が…

そこまで考えてから思考を消す。紅葉に限ってそんなことがあるはずない。だからそれを確かめるためにも後をつける。二宮は真っ先に2人の後を追った。


◇◆◇

コソコソと後をつけてつけてつけて。
ついに出水と二宮は持っていたジュースを握り潰した。


「イチャイチャしやがって…!!」
「……」
「あんな恋人らしいことしてる紅葉なんて初めてみたなー」
「……黙れ」


地を這うような二宮の低い声に臆することなく、仁礼はズズッとジュースを啜った。

2人を尾行していて分かったことは、これは完全にデートだということだった。
移動中は必ず手を繋ぎ、犬飼が紅葉にクレープを奢って2人でそれを食べる。お土産屋でお揃いのストラップを見たり、耳のついたカチューシャをつけたり。照れながらも楽しそうにする普段見れない紅葉の姿に2人の不満はどんどん募っていくばかりだ。それを横目に仁礼だけが楽しそうに笑った。恋人らしいことをする2人と苛立つ2人を見て。


(修羅場か?昼ドラか?予想以上に楽しいぞこれ…!)


紅葉の恋バナは楽しんで聞くが、別に誰との恋を応援したりしているわけではない。紅葉が楽しそうならそれで良いのだからこちらの馬鹿2人の味方になる気はないのだ。


「…チッ。もっと近付くぞ」
「でもこれ以上近付いたらバレません?」
「会話が聞こえなきゃ真意は分かんねぇだろ」
「そりゃそうすけど…」
「俺は行く」
「抜け駆け…!おれも行きますよ!」
「アタシも行くぞー!」


そして3人は更に紅葉たちに近付いた。隠れて様子を伺う。


「さて、そろそろ乗り物でも乗ろうか」
「………」
「そんなあからさまに嫌そうな顔しないの」
「…やっぱり遊園地って言ったら、乗り物ですか」
「うーん、そんなことはないけど、まあ乗るのが普通だよね」
「………」
「じゃあお化け屋敷にする?」
「!!の、乗り物にします!」
「えー?お化け屋敷楽しいよー?主に紅葉ちゃんの反応が」
「はぁ!?


嫌がる紅葉をお化け屋敷に連れて行こうとする。本気ではなく遊んでいるようだが、それに気付かないほど紅葉は必死だった。


「…何ていうか、嫌がる女子高生をラブホに連れ込もうとする男みたいだな」


仁礼の呟きに顔を引きつらせた。本当にそう見えてしまい、ツッコミどころではない。


「本当に怖いのダメだよね」
「…ダメじゃないです」
「じゃあ行く?」
「…行きません」
「俺がずっと手繋いでてあげるよ?」


優しい声音で微笑んだ犬飼に、出水と二宮はピシリと固まる。やはり2人はそういう関係なのかと。


「…結構です。安心させる振りして1番嫌なとこで置き去りにされそうな気がします」
「ははっ、よく分かったね?」
「犬飼先輩!」


けらけらと笑う犬飼に紅葉が吠える。やはり図星だったと。


「じゃあジェットコースターかな?」
「……」
「…じゃあ、とりあえずコーヒーカップにでもする?」
「!は、はい!それなら…!」


ぱあっと顔を輝かせた紅葉に犬飼は苦笑した。とても分かりやすい。小さく微笑んで繋いでいない方の手で紅葉の頭を撫でた。


「…?犬飼、先輩…?」
「あのさ、とりあえずそれ止めようか」
「?」


きょとんとした紅葉ににこりと笑いかける。


「なーまーえ。折角のデートなのにいつまでもそんな他人行儀じゃ嫌だなー」
「え、で、でもこのデートは…」
「うんうん楽しいよね!ならもっと楽しむために俺のこと名前で呼んでよ」
「……それは別に良いですけど」


若干渋る紅葉の耳に口を寄せて囁く。


「名前呼んだら、きっとあの人も喜ぶよ」
「!!そ、それは、まだ、むり、ですけど…」
「やっぱり緊張感しちゃう?」
「と、当然です!」
「ならやっぱり予行練習は大事だよ」


にこりと笑って犬飼は離れた。赤くなった紅葉にそろそろ尾行者2名の限界が近い。
もちろんそんな2人に気付くことなく、紅葉は犬飼からすっと視線を逸らした。


「……す、すみはる、先輩」
「うんうん。なんか新鮮だし紅葉ちゃんからの名前呼びは特別感あるよねー」


無駄に大きな声で話す犬飼がちらりと視線を寄越した。3人と視線が交わる。完全に尾行に気付いているように笑った。


「あいつ…」
「気付いてて今までのやり取りやってたのかよ…!性格悪…!」
「てかどこから気付いてたんだ?紅葉は気付いてないみたいだけど…」
「そんなことはどうでもいい。犬飼が気付いているならもう隠れている必要もないだろ。行くぞ」
「え、ちょ、二宮さ…!」
「お、おい二宮…!」


2人の制止も聞かずに二宮はズカズカと紅葉たちの方へ歩み寄っていく。それに気付いた犬飼は楽しそうに笑みを深める。


「澄晴先輩?」
「凄い修羅場になりそうだねー」
「え?」


犬飼の言葉に首を傾げた紅葉。何のことかと口を開こうとした所で、ぐっと腕を引かれた。簡単に犬飼との手は離れる。


「…!!」
「お前はこんなとこで何してやがる」
「は、え、な、なに…?なんで…?」


腕を引かれてそのままその腕に閉じ込められる。声もなく驚いたが、抵抗する前に感じた香りと耳に届く声はとても馴染みのあるもので。紅葉は暴れずに恐る恐る顔を上げた。


「あーあー。俺と紅葉ちゃんの秘密のデート見つかっちゃったなー」
「ちょ、澄晴先ぱ…!」
「このあともっとイチャイチャして最後は観覧車でちゅーって定番やりたかったのにー」
「は、はぁ!?」


にやにやと楽しそうな犬飼の言葉と二宮の眉間に増えていくシワにすでにパニックなのに、後からきた出水と仁礼の登場に紅葉は更にパニックになった。意味のある言葉を発せなくなる。


「おい紅葉!お前浮気か!浮気したのか?二宮が嫌で犬飼にしたのか!?」
「な、なに言って…!」
「二宮さんと別れるのは良いけど犬飼先輩は止めとけ!絶対この人は遊びだ!」
「出水ひど!」
「な、なんで光と公平…?二宮さんも、なんでこんなとこに…?意味分かんない…」
「…お前は分からなくて良いが、俺には分かるように説明してもらう」
「え、二宮さ…!」
「来い」


腕の中に閉じ込めていた紅葉の手を引き、二宮は紅葉を連れてこの場から離れて行く。それを唖然と見つめる出水と仁礼。ひらひらと楽しそうに手を振る犬飼。

言葉を発する間もなく、2人は人混みに紛れて消えてしまった。


◇◆◇

強く手を引かれて連れて行かれる。歩幅が合わずにもつれそうになる足を必死に動かした。
何度も呼びかけても返事はなく、ようやく二宮が止まったと思えばそこは人気の少ない場所で。紅葉は伺うように二宮を見上げた。


「…あの、二宮さん…?」


人気が少ないと言っても誰もいないわけではない。カップルたちがちらほらいる。だから少し油断していた。

ダンっと壁に追い詰められてすぐに唇を塞がれた。突然のことに驚いてその胸を押すも、開いた隙間から舌を入れられ、息をつく間もない深いキスに力が抜けてしまう。押し返そうとする手は、弱々しく二宮の服を握りしめた。


「ふぁ…っ、ん…!」


今この瞬間、紅葉の頭の中は自分のことだけなのだと思うと先ほどまでのもやもやは消え去り、満たされた。自分にしか見せない必死になるその姿が愛おしい。


二宮はゆっくりと唇を離した。つーっと銀色の糸が引く。はぁはぁと息を乱した紅葉に再び優しく口付ける。


「んっ、は、にの、みやさ…」
「…好きだ」
「…っ」
「…お前の気持ちが俺ではなく犬飼に向いたとは思えない。どういうことだ」


腰に腕を回して逃げられないように、至近距離で見つめる。


「…っ、に、二宮さん…!」
「犬飼のことが良くなったのか」
「ち、違います!」
「じゃあ、あれは何だったんだ」
「あれ…?」
「…犬飼と、デートしていたんだろ」
「ちが…!…くはないですけど、違くて、そのそれには、理由が、あって…」


気まずそうに視線を逸らした紅葉の顎を掬い、無理矢理に視線を合わせる。真っ赤なその表情はやはり愛おしい。けれど、流されるわけにはいかない。しっかりと理由を聞かなければ。


「理由があるなら言え」
「……そ、の…」
「何だ」
「……だか、ら……しゅ…を…」
「あ?」


至近距離にいるにも関わらず消えそうな声に聞き取れない。更に顔を近付ける。


「ち、近いです…!」
「だったらはっきり言え。何なんだ」
「………だから…!練習、です…!」
「…練習?何のだ」


表情を変えない二宮に対し、紅葉はどんどん涙目になっていく。しかしヤケになったようにキッと二宮を睨んだ。


「よ、予行練習です…!二宮さんと、で、出掛けたときの、ための…!」
「………は?」
「わたしは他の子みたいに遊園地で可愛い反応とか出来ないし恋人とか初めてで恋愛慣れてないし!でもデートって言ったら遊園地が定番ってみんな言うし…!」


不機嫌剥き出しで二宮に吠える。


「だから!澄晴先輩が女の子らしい反応とか、デートがどんな感じなのか教えてくれるっていうから…!二宮さんとお出掛けする前に予行練習してもらってたんです!!」


顔を真っ赤にして言い切った紅葉を二宮はぽかんと見つめる。この表情からして、嘘ではない。嘘ではないのなら…


「…俺のことを好きすぎての結果か」
「な、ぅ…わ、悪いですか!!」


泣きそうになっている紅葉に優しく微笑み、今にも噛み付いてきそうな紅葉を優しく抱き締めた。


「だが、それでも今日のことは簡単に許せねぇけどな」
「なんでですか…」
「そもそも、俺は今のお前が好きなんだと何度言えば分かる」


自分好みになりたいと頑張る姿は愛おしいが、周りと同じ反応など求めてはいない。前からずっと変わろうとしすぎる紅葉の髪に顔を埋めた。


「…け、ど…わたしは、可愛い反応とか、出来ない、から……飽きられたらやだ…」
「飽きるわけねぇだろ」
「そんなの分からないじゃないですか!…もっと、二宮さんの好みの人とか、現れるかもしれないし…だから、少しでも…………す、好きな人に、可愛くみられたいと思うのは、仕方ないじゃないですか…!」


ばっと顔を上げた紅葉の頬に手を添え、優しく、けれど熱くその瞳を見つめた。


「これ以上可愛くなるな。俺が止められなくなる」
「…っ」
「…まあ、もう止められねえけどな」
「え、ちょ、ま、待って下さ…」
「待たねえよ」


その言葉を最後に再び吐息ごと塞がれた。
ただでさえ愛しい恋人に「大好きで仕方がない」というようなことを言われ、我慢出来るはずもない。愛しさが募り、抑えきれなくなる。


(散々妬かせた罪は払ってもらうぞ)


腰から手を離して紅葉の手を恋人繋ぎで壁へ繋ぎ止めた。紅葉もそれをきゅっと握って答える。
その仕草に、しばらく開放は出来なさそうだと心の中でほくそ笑んだ。


「愛してる」


カップルの集まる人気が少ない場所。
そこでどのカップルよりも熱い口付けを交わした。


ーーーーーー
〜おまけ〜
二宮が紅葉を連れて行ってしばらくした後。

「お兄ちゃんは追いかけない方がいいよ」
「何でっすか!紅葉が二宮さんに拉致られたってのに…!」
「ほんっとシスコンだよなー」
「うるせぇ!悪いか!」
「認めた」
「認めたぞ」
「とにかく!二宮さんが紅葉に変なことする前に追いかける…!」
「まあまあ、今日は2人にしてあげようよ」
「そうだぞ出水、犬飼と恋仲疑惑も晴れたわけだしな!安心だろ?」
「二宮さんとが一番安心出来ねーよ!」
「まあ確かに危険だろうけどね」
「追いかける…!」
「ダーメだって。3人で大人しく帰るよ」
「離せ!!」
「君たち兄妹揃ってたまに俺にタメ口入るよね」
「紅葉が今幸せなんだと思ったら邪魔するわけにはいかねーしな!帰るぞー出水」
「ちょ、お前も離せよ…!」
「仁礼ちゃんとは今度じっくり紅葉ちゃんとのこと語りたいね」
「お!マジか!アタシもそう思ってたぞ!」
「語るなよ!だーくっそ!紅葉ーーーーー!!」


end

色々やり過ぎたとは思ってます反省してます。割とキャラ崩壊…いやいつも通り…?もっとしっかりした内容でちゃんと書けるようになる…!
名前呼びの下りとか回収してないこと多い気がする…小ネタに入れようかな…
澄晴くんと紅葉ちゃんのデートしてるとこも書きた……

[ 9/25 ]


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