マシュマロはミルクティに溺れたらしい

開始早々にバッグワームを起動し、隠れて狙撃場所を決める。高い場所からターゲットを捉え、イーグレットを構えた。


「…二宮さんなら防がれる可能性はあるけど、辻くんなら落とせるはず…!」


スコープ越しに辻を捉え、頭に標準を合わせた。
今なら、当てられる。自分でもポイントを取れる。静かに深呼吸をして引き金に指をかけた。


『春ちゃん!すぐにそこから離れて!』
「加賀美先輩…?」
「春ちゃんみーっけ」
「!?」


その声に振り向いた瞬間、にこりと笑みを浮かべた人物に首を飛ばされる。


「犬飼、先輩…!」


ベイルアウトする間際に見た相手の表情は、とても満足げだった。




どさっと飛ばされた隊室のベッドの感覚。それを背中に感じ、自分がベイルアウトしたのだと理解した。


「…また…。すみません、加賀美先輩…」
「お疲れ様、春ちゃん。気にしちゃダメだよ。切り替えて」
「…はい」


最近いつもこうだ。
二宮隊とランク戦をすると必ず犬飼に見つかり、すぐに落とされる。始まって早々に、毎回、笑顔で、容赦なく。
人当たりの良い笑顔だと思っていたが、最近は恐怖すら覚える。


「始まってすぐにバッグワーム起動してるのに…何でバレちゃうんだろう…いつも首狙ってくるから怖い…」


毎回二宮隊とのランク戦が怖い。けれどそんなことでやらないわけにもいかず、何とかポイントを取ってからと思うのだが、最近は調子が狂って二宮隊以外でもポイントを取ることが少ない。完全にお荷物だ。
おまけにランク戦だけでなく学校が同じせいで学校でも犬飼に意地悪をされるのだ。どこにいても気が休まらない。


『あ、荒船隊のお荷物ちゃん、おはよー』
『…おはよう、ございます…』
『昨日もランク戦1ポイントも取れずに落ちてたねー?』
『……』
『ダメだねー。俺ならともかく他の奴に落とされちゃうなんてさ。本当にお荷物ちゃんになってるよ』
『わ、分かってます!だから必死に頑張ってるんです!』
『頑張っても結果が出ないとね?』
『……分かって、ます…』
『勉強ももう少し頑張らないとクラス落ちるよ?なんなら教えてあげようか?』
『結構です!』



そんな会話をしたのは記憶に新しい。顔を合わす度にメンタルを折られて荒船に泣きつくのが日課になりつつあるのだから。

結局ランク戦の結果は二宮隊の圧勝に終わり、反省会で落ち込む春に荒船と穂刈がぽんっと頭を撫で慰めた。半崎と加賀美からも優しい言葉をかけられたが、春は落ち込みながら隊室を後にした。


「…本当にお荷物…。私が落ちなきゃ勝てる試合もあったのに…」


はぁっと溜息を吐くと、先ほどのように後ろから頭をぽんっと叩かれた。驚いて振り向くと、別れたばかりの荒船隊のメンバーが。春は申し訳なさそうに眉を下げた。


「何でそんな顔してんだよ」
「…すみません」
「行くぞ、今から」
「行くって…どこにですか?」
「狙撃訓練すよ。紅葉先輩、気分転換しないとやばそうすよ」
「や、やばい…?」
「良いから行くぞ。俺より上手くなってたら昼飯奢ってやるよ」
「……はい!」


慰めてくれる荒船隊のメンバーにはにかみ、連れられて狙撃ブースへやってきた。ランク戦がない隊員たちが何人か狙撃訓練をしている。春たちも位置につき、それぞれ武器を構えた。

大切な仲間に心配をかけないようにと気持ちを切り替えようとしたが、やはり調子は悪いままで。
狙撃の順位はかなり下の方だった。

更に落ち込む春に、3人がなんと声をかけようか思案していると、そこへこの場所に来るはずのない人物が現れた。
先ほどまでランク戦をしていた人物。その人物の登場に春は身を固くする。


「あーあ。春ちゃん狙撃下手くそだねー」
「ちょ、調子が悪かったんです…!」
「そうだね。けどランク戦や実戦じゃそれは言い訳にならないよ?」
「分かって、ます…」


的を得ている犬飼の言葉に語尾が小さくなる。本当のことなのだ。強く反論出来ない。悔しくて目の奥が熱くなり泣きそうになってしまう。

しかし犬飼はそんな反応を知ってか知らずか更に続けた。


「そろそろ自分の身の振り方考えた方がいいんじゃない?」
「身の振り方…?」
「君が荒船隊にいたら荒船隊は上に上がれないってこと」
「…っ」
「君にはもっと相応しい場所があるんだからいい加減そっちを早く見つけなよ。じゃないとまた迷惑かけることになるんだよ」
「……分かってます…!」


そんなことは自分で分かっていた。けれど荒船隊が好きだから、そこに甘えていた。自分を受け入れてもらえているから。
犬飼の言葉に胸が締め付けられるようだった。爆発しそうな気持ちを抑えるようにぎゅっと服を握り締めたが、追い詰められすぎた春はもう抑えきれなかった。


「君には君の居場所があるでしょ。荒船隊にこだわってないで早く俺の…」
「もう分かってます!自分で分かってます…!なのに…!なのにどうしてわざわざそんなこと言ってくるんですか!」


涙目で睨んでくる春に、一瞬驚いた犬飼だが、すぐに口元に笑みを浮かべた。


「君の反応が面白くてつい」


にこりと微笑まれ、馬鹿にされているとしか思えないその言葉と表情に、春は限界だった。


「もう犬飼先輩なんて嫌いです!!」


そこまで言うつもりはなかったのに、無意識に出てしまった嫌いという言葉。予想以上にその声は訓練室に響き渡り、何事かと疑問符を浮かべる周りと、珍しく唖然とした表情をする犬飼。
けれどそれを冷静に判断出来る頭は残っていなかった。涙を浮かべたまま、ふいっと顔を逸らして訓練室を出ていく。

去っていく春の後ろ姿。予想外に大きかったダメージに、犬飼は後を追うことが出来なかった。


◇◆◇

あれから数日間、学校で見かけた春にいつも通り声をかけると華麗にスルーをされた。何度声をかけても無視をされ、一切の笑顔を向けられず、声も聞けない。それなのに他の友達とは楽しそうに話しているのだ。完全に避けられている。そう理解するのに時間はかからなかった。


「こりゃやり過ぎちゃったかな…。さーて。どうしたもんか…」


とりあえず下級生を追い回すのはあまり良い印象を持たれないため、本部でどうにか話そうと考えた。

そして本部に来たものの、今の状況を打開する良い案が見つからず、犬飼はうーんっと唸りながら廊下を歩く。


「…ああやって必死に言い返してくるとことか、何も言えずに泣きそうになるとことかすっごく可愛いんだけどな。流石に虐めすぎちゃったか」


まさか嫌いと言われるなど思っていなかった。
春は自分をどこかで好いている。だから懐いてきていたと分かっている。それを確信してから反応が面白くて虐め始め、いつしか春が自分に怯えだし、少し離れていったことに気付いた。けれどやはり春の笑顔も悲しむ顔も悔しがる顔も怒る顔も、全て自分に向けてほしくてやめられなかった。
それでも嫌われない自信があったから。

しかし先日本人の口から直接出た嫌いという言葉。未だにあの声も表情も頭を離れない。どこか傷付いている自分がいる。


「…あれは撤回させなきゃね」


どうにかして、嫌いという言葉を。
前のように慕ってほしいから。好意を向けてほしいから。打開策を探しながら廊下を歩き続けていると、先の方に見知った人影を見つけた。B級2位の自分のことが嫌いな人物だ。
にこりと口角を上げ、少しからかおうかと近付いたが、近付くとはっきりと見えてくる。
影浦に壁に追い詰められ、所謂壁ドンをされている春がいることに。その頬は薄っすらと赤く染まっている。
目の前の光景に犬飼はピシリと固まった。理解出来ずに頭が一瞬真っ白になったが、理解するよりも先に身体が動いた。
自分以外へあんな表情をする春など見たくない。春の表情は全て自分のものなのだ。


「もう俺たちのチームに入れ」
「で、でも…!」
「俺の隊にいればお前を守ってやれるだろ。早々に落とされるようなことさせねぇよ」
「雅人先輩…」
「ねぇ、何してるの」


冷静に努めようとし、冷たい声が発せられた。
ふつふつと湧き上がるこの感情は何なのだろうか。気分が悪い。
声をかけた犬飼を振り向き、影浦はぐっと眉をひそめた。


「あ?てめぇには関係ねぇだろ」
「あるよ。その子、俺のだから」
「は?」


無意識に出てしまった所有物宣言。
春はぽかんと犬飼を見つめている。その表情に少し心が満たされた。そして再び影浦へと視線を向ける。


「だから悪いけど、狙ってるなら他の子にしてよ」
「意味分かんねぇ」
「理解は求めてないからさ。とにかくカゲ、その子から離れてくれる?」
「…離れさせてぇなら、力付くで離れさせてみろよ」
「ま、雅人先輩…!」


何か言いたげな春の頭をぽんっと叩いた。その行動にぴくりと眉を動かす。
そしてスコーピオンを出し、影浦へと斬りかかった。
しかしあっさりと避けられてしまう。攻撃手相手に接近戦は不利だが、この距離で銃を撃てば春に当ててしまう。


「ちょ、ま、待って下さい!やめて下さい2人とも!」


春の声など聞こえていないかのように2人はスコーピオンで斬り合う。珍しく笑っていない犬飼と、犬飼相手に珍しく笑っている影浦。いつもと反対の2人に春はあわあわと慌てた。


「オラどうした。そんな攻撃当たる訳ねぇだろ」
「攻撃手が銃手相手に何言ってるのさ」


ガキンガキンっとスコーピオンのぶつかる音が響く。狙撃用トリガーしかセットしていない自分では間に割って入ることが出来ない。春はどうにかこの2人を止め、犬飼の誤解を解こうと必死に頭を回転させた。
けれど、2人の言い合いと武器のぶつかる音。その2つに焦らされ追い詰められ、もうこれしかないとアイビスを生成し、構えた。

それを視界に捉えた2人が固まる。


「もういい加減止めて下さいーーー!!」
「おい春…!」
「ま、春ちゃ…!」


一本道の廊下で、廊下を埋め尽くすような威力の一発が放たれた。




「………あ、あれ…?」


荒れ果てた廊下に、春はやっと我に返った。状況を見てさあーっと顔を青ざめさせる。


「や、やっちゃった…!鬼怒田さんに怒られる…!」


今度は違う意味でわたわたとしていると、ボロボロになった影浦と犬飼がゆらゆらと立ち上がった。何とかシールドで防いだようだが、至る所からトリオン漏れている。それを見て更に春は慌てた。


「すすすすすすみません!雅人先輩…!犬飼先輩…!だ、大丈夫ですか!?」
「…大丈夫………なわけねぇだろボケ!!」
「いたっ」


近付いてきた春の頭をスパンっと叩いた。トリオン体で痛みはないはずだが、咄嗟に痛いと口から出てしまう。
叩かれた場所を抑えて影浦を見上げた。


「んなとこでアイビスぶっ放してんじゃねぇよ!」
「ご、ごめんなさい…」
「死ぬかと思ったわ!」
「でも雅人先輩トリオン体…」
「あ゛?」
「い、いえ!何でもありません!」


距離の近い2人に、犬飼はゆっくりと近付いた。その表情がいつものように笑っていないことに気付き、影浦は面倒そうに頭をガシガシかく。


「ったく、くそめんどくせぇな」
「雅人先輩?」
「俺がさっき言ったことは忘れろ」
「え?」
「変に心配して首突っ込むことなかったな」
「あ、あの」
「うるせぇ。うだうだしてねぇでちゃんと話してこいボケ」
「わ…!」


ぐしゃぐしゃと春の頭を撫ぜ、影浦はそのまま去っていく。それを訳が分からずに見つめていると、後ろからいつもは聞かない低い声が聞こえた。


「何話してたの?」


びくりと振り向くと、目の笑っていない犬飼の姿が。
いつもの笑顔ではなく、いつもの声音ではなく、柔らかい雰囲気もなく、ただ怖い。 そんなに自分は犬飼に嫌われているのかと眉を下げた。


「ねえ、聞いてる?」
「…犬飼先輩は、そんなに私のこと嫌いですか…?」
「は?」
「私に対しては辛辣だし、怖いし、意地悪するし、いつも狙ってくるし……そんなに嫌いなら関わらなければいいじゃないですか!」


目に涙を浮かべて睨んでくる春に、犬飼はきょとんとそれを見つめる。
そして、ふと、表情を和らげた。


「好きだから苛めたくなっちゃうんだけどね」
「…え」

先ほどまでの冷たい雰囲気ではなく、いつも通りの暖かく柔らかい雰囲気。だがそれよりも、犬飼の言葉に今度は春がきょとんと犬飼を見上げた。


「好きな子ほど苛めたくなるっていうでしょ?君の反応が可愛いからついつい苛めすぎちゃってたみたいで。そんなに悩んでるとは思わなかったよ。ごめんね」
「え、え?」
「動揺しすぎ。俺の言ってることちゃんと理解してる?」
「い、え…?ど、どういう…」
「にぶいなー。君が好きだって言ってんの」
「…………へ!?」
「そういう鈍いとこも鈍臭いとこも弱いとこも泣き虫なとこも頑張り屋なとこも可愛いとこも全部ひっくるめて君が好きなんだよ」


さらっと挨拶をするように綴られた言葉に春の頭は理解出来ずにぐるぐると回る。しかし春が理解するまで待つ訳もなく、犬飼は春を壁に追い詰め、ドンっと手をついた。はわはわと頬を染めたまま春は犬飼を見上げる。そんな反応に犬飼はにやりと笑みを浮かべた。


「で?君は前に俺のこと嫌いって言ったよね?」
「い、いいいい、犬飼せんぱ…!」
「今この状況でも同じこという度胸はあるかな?」


ぐっと顔を近づけられ、綺麗な瞳に覗き込まれる。お互いの吐息が分かる距離に、春の心臓は破裂しそうだった。


「好きだよ、春ちゃん」


低く色気のある声音。身体の体温が一気に上昇したのが分かった。嫌いな相手ならば今すぐに突き飛ばして逃げてしまえばいいのに、それは出来なくて。今の状況が恥ずかしくも嬉しくて。ドキドキ高鳴る胸は心地良かった。


「わ、たしも…すき、かも、しれない…です…」
「かもはいらないんだけどな」
「…分からなくて…」
「…まあ、嫌いじゃないだけ良いかな。俺は春ちゃんを好きだから、すぐに俺のこと好きだって言わせてあげるよ」


にこりと笑って唇を塞ごうと近付けると、遠くから鬼怒田の怒鳴り声が響いた。それに雰囲気も何もなくなり、犬飼は苦笑して離れ、声の方に視線を向けた。


「そういえば春ちゃんの狙撃でどっかに穴空いたんだろうね」
「……あ…!!」
「とりあえず逃げようか」


すっと手を取られ、走る犬飼に連れて行かれる。春は置いていかれないように慌てて足を動かした。


「で、でも謝らないと…!」
「バレなきゃ良いんだよ」
「でも…!」
「バレたら一緒に怒られてあげるから、とりあえず逃げるよ」


いつもの意地悪な言葉ではなく、優しい言葉に胸が暖かくなった。自然と頬が緩んでしまう。


「…はい…!」


好きだと答えられない代わりに、繋がれた手をぎゅっと握り返した。


◇◆◇

後日。
二宮隊とのランク戦。


「だから何で私ばっかり狙うんですかー!!」


イーグッレットを持ったまま逃げ回る半泣きの春。その後ろからは銃を撃ちながら追いかける犬飼の姿。今までもよくみる光景だ。


「だって怖がる君が可愛いから」
「趣味悪いです!」
「そんなやつに絆されたのは誰かな?」
「う…」
「ほらほら、ちゃんと逃げないと首飛ばしちゃうよ」
「物騒なんですけど!? 」
「そんな俺は嫌い?」


振り向かなくても分かる。にやりと口角を上げている表情が。分かっていて聞いている辺り、本当に性格が悪いと小さく息をついた。けれど、そんな性格の悪い相手に絆されたのは事実だ。

イーグレットをライトニングに変え、春は振り向いた。そして向かってくる犬飼に銃口を向ける。


「大好きです!」


好きか嫌いか分からなかった相手へ気持ちを伝える。どんな意地悪をされても少しの優しい一面で全て許してしまえる愛しい人へと、引き金を引いた。

もちろん結果はいつも通りだが、想いはいつも通りではなく、春は楽しそうにはにかんだ。


End

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