自業自得?

「ってことだから、良い?紅葉ちゃん」
「………」


にやにやと楽しそうな犬飼に紅葉は眉を顰めた。それを聞いていた辻と氷見も呆れている。


「……それ、無理ないですか…」
「大丈夫大丈夫!だって相手は二宮さんだよ?」
「…それ二宮さんに失礼なんじゃ」
「紅葉ちゃんが二宮さんにやるから大丈夫って言ってるんだよ。ほら、準備準備!」
「……はあ」


渋々と双子の兄から借りてきたトリガーを起動する。もちろん現れるのは太刀川隊の隊服で。静かに心を躍らせた。


(か、かっこいい…!)
「紅葉ちゃーん、顔にやけてるよー」
「!に、にやけてないです!」
「ははっ、まあ今回はその方が良いんだけどさ」
「…本当にこんなの信じ…」
「あ、二宮さんお疲れさまでーす」


紅葉が出水のトリガーを起動してすぐ、二宮が隊室に姿を現した。二宮は犬飼の言葉にそちらに視線を向け、ピシリと固まる。


「…お疲れさまです」
「………」


挨拶するも、二宮は紅葉を見つめたまま動かない。言葉も発さない。どうしたものかと紅葉は犬飼を見上げた。


「ほーら紅葉ちゃん、言うことあるでしょ?」
「え?あ、ああ…えっと…二宮さん、わたし今日から太刀川隊になりました。なのでもうここには来ないです」


棒読みな紅葉の言葉に、全員がウソだと分かる。ただ一人を除いて。


「……なんだと…」


地の底から響くような低い声。思わずびくりと背筋を伸ばした。犬飼は必死に吹き出しそうなのを耐える。


「…もう1度言ってみろ」
「え、えと…わたしは…」


そこまで言った所で二宮がずんずんと距離を詰めてきた。焦って無意識に後退ると、隣の犬飼はそれよりも早く紅葉から離れた。それに文句を言おうとするが、近付いてきた二宮に両手首を掴まれ、頭の上で壁に押し付けられる。突然のことにパニックで言葉が出なくなった。


「…え、に、にの、みや、さ…ん…?」
「………」


至近距離でじっと見つめられ、心臓が早鐘を打ち出した。何も言わずに見つめられるだけで、どうして良いか分からない。


「俺もよく聞こえなかったからー、もう一回言ってほしいなー!」


二宮の後ろから聞こえた、姿の見えない人物の余計な一言に眉を顰めた。今このタイミングでなんなんだと。


「…そうだな。もう1度言ってみろ、紅葉」


言ってみろと言う割にとてつもなく不機嫌で。けれど言う以外に解決策は見つからず、紅葉は再び口を開いた。


「だ、だから、あの、わたしは今日から太刀川た……んぅっ!?」


最後まで言い切ることなく唇を塞がれた。
いつもより余裕のないキスに心臓がうるさく鼓動し、上手く息が出来ない。胸を押そうにも、両手は上で強く固定されてしまって。


「…っ、に、…みゃ、さ…っ…!」


合間に名前を呼ぶも、二宮は止めない。
苦しさに涙が浮かんできた。


「い、犬飼先輩?こ、これ、紅葉ちゃん死んじゃうんじゃ…?」
「え?大丈夫でしょ?だってトリオン体だし」
「〜〜〜っ」
「ははっ、それより辻ちゃんが死にそうだね」


トリオン体なのだから紅葉が本気で嫌がれば生身の二宮なら押し返せるはずなのにそれをしない。無意識なのかなんなのか、犬飼は呆れたように笑った。


「辻ちゃんは死にそうだし、ひゃみちゃんは心配そうだし、俺たち邪魔みたいだからどっか行ってようか」
「ん!?ん、んーーっ!!」
「あは、きっこーえなーいっ」
「ぷ、はぁ、…っ、い、犬飼先輩…!」
「…開口一番が犬飼の名前とは、良い度胸だな、紅葉」
「え……?」
「くだらねぇウソついた上にそれか」
「!!う、ウソって気付いてたなら何で…」
「うるせぇ」


再び唇を塞がれ、甘い声を出す紅葉を尻目に、犬飼は辻と氷見の背中を押して隊室を後にした。


「頑張ってねー?紅葉ちゃん」


扉が閉まる直前、語尾にハートがつきそうな言葉を残し、犬飼はにやりと笑った。



そして次の日、紅葉が半泣き半ギレで犬飼にランク戦を持ちかけ、それを見た双子の兄が理由を知ってキレていたのは、また別の話。

--------

エイプリールフールの話

[ 13/52 ]

back