もしも迅さん連載だったらの第1話
スコーピオンを華麗に操るその姿。
敵の急所を確実に仕留める無駄のない動き。
そしていつでも浮かべている余裕な表情。
その全てが…
「ムカつく…!」
ガンっと壁を叩いた。
思ったよりも強く叩いて走った痛みに、紅葉はうっと顔を歪める。
その自業自得の痛みによって生まれた苛立ちを込め、トリオン兵を全て倒し終わった迅をじとーっと睨んだ。
迅は口元に笑みを浮かべて紅葉を振り返る。
「よう、紅葉。大丈夫か?」
「………ええ」
「トリガー忘れてるのにこんなところ歩いてたら危ないぞ?」
「忘れたんじゃなくて今修理中なんです!」
「持ってないなら同じだろ?」
「うぐ…」
普段ならいつもトリガーは持ち歩いているが、前回の任務で調子が悪くなってしまい、今日はたまたま修理中だったのだ。
そんなタイミングの悪いときに近くでゲートが発生してしまい、今に至る。
確かに自分の不注意だ。それは認める。
「ま、怪我がなくて良かったよ」
きっとサイドエフェクトで見えていたのだろうと思うと余計に腹立たしく思えてしまう。
しかし。
わざわざ助けに来てくれたと思うと…
紅葉ははっとして勢いよく頭を振って思考を消した。
「…み、見えてたならここはゲート発生するって言ってくれれば良かったじゃないですか」
「んー?それじゃ紅葉を助けられないだろ?」
「……は?」
迅はにやりと笑った。
「紅葉がおれを好きって言えるくらい、良いとこ見せないとだからな」
「っ!」
自信満々のその表情に、顔が熱くなった。
差し出される手も、見つめてくる瞳も、優しい表情も。その全てが動揺する原因となる。全てが、紅葉にとってかっこよく映ってしまう。
「ほら、帰るぞ、紅葉」
「!う、うううるさい自称実力派エリート!誰があんたなんか好きになるかーーーっ!!」
叫びながら迅とは反対へ走り出した。
その背中を見送り、迅は笑う。
「相変わらず素直で可愛い奴だなー」
いつも素直な反応を見せる紅葉を見たいがために少し意地悪してしまうこともあるが、嫌われない程度にちゃんと未来を見てから実行している迅。
「反応が素直なんだから、ちゃんと気持ちも素直になってくれれば良いんだけど…まだまだ先は長そうか」
長期戦になるのは覚悟の上だ。
気長に紅葉の気持ちが素直になるのを待とうと、迅はもう見えなくなってしまった紅葉の後を追った。
一方、紅葉の方は。
迅から逃げるために全力疾走で自宅を目指していた。
玉狛に戻ろうかと思ったが、もう夜も遅い。明日早くに行けば良いと考え、とにかく走り続けていた。
(違う違う違う…!)
考えてしまうのは先ほどトリオン兵を華麗に倒していた迅の姿。それを必死に消そうと更にスピードを上げる。
ドキドキと高鳴る鼓動はトリオン兵に襲われたせいだ、ひたすら走っているせいだ。
「絶対迅さんのせいなんかじゃない…!」
赤くなっている顔を伏せ、紅葉は全力で走った。
この気持ちは絶対に違うと否定しながら。
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