来年も一緒に

12月31日、大晦日。
この日まで様々なことを理由に何とか避けてきた。
そしてもちろん、今日も乗り切る気でいる。



年末の大イベント、大掃除を。




掃除が苦手だ。嫌いだ。
だから年末の大掃除など大嫌いなわけで。

ボーダーを言い訳に家の大掃除から逃げてきた双子は、ほっと息をつくも、対戦ブースにC級隊員しかいないことに顔を見合わせた。


「年末は忙しくてみんな来ないのかな?」
「いや、それもあるだろうけど…槍バカもいないのはおかしいだろ」
「うん、確かに」


2人揃って腕を組み、首を捻る。


「…いたーーーー!!」


その声にびくりと跳ねた2人は、同時に振り返った。その視線の先には必死な形相の太刀川が。思わず逃げようと踵を返したが、仲良く首根っこを引っ張られ捕まってしまう。


「うお、な、なんすか太刀川さん…」
「…なんで私まで掴まれてるの…」
「出水!大掃除だ!」
「「は?」」


同じ色をした瞳がパチパチと太刀川を見つめる。そんな双子に太刀川は繰り返した。


「大掃除!隊室の大掃除!今までサボってなかったことにしようと思ってたら、忍田さんが本格的に怒りだした!やるぞ!今すぐ!」


この焦り方は、忍田が相当怒っているのだと分かる。そのとばっちりが他の隊へも行き、みんな隊室の大掃除でここにいないのかと理解した。


「大掃除…また職員の人に手伝い頼みましょうよ」
「もちろん提案したぞ!けど、散々お世話になった隊室なんだから、最後くらいは自分たちで掃除しろって!」
「……マジすか」
「年明けまでに大掃除終わらせろって!」
「年明けまでって…もう今日、大晦日ですよ?太刀川隊の隊室きったないのに間に合うんですか?」
「おま、失礼だな!出水妹!」
「だからその言い方やめて下さい!」


吠えた紅葉は首根っこを掴まれていた手を払い、太刀川を睨む。


「じゃあ私は行くので、大掃除頑張って下さい」
「ちょ、待て紅葉!お前おれを見捨てる気かよ!」
「自分の隊室なんだから自分でやりなよ。私は関係ない」
「いや、出水妹!ついでだからお前も手伝え!」
「は!?」


再び紅葉を捕まえようと迫った手を避けた。出水が捕まったままのお陰で太刀川の動きは制限され、危なかったと内心ほっとする。


「いや私関係ないですから」
「出水妹だろ!」
「だから何ですか!?」
「人が多けれりゃ早く終わるぞ!」
「別に太刀川隊の大掃除終わらなくても私には関係ないですってば」
「大好きなお兄ちゃんと年越し出来ねぇかもしれねぇんだぞ!」
「公平それ自分で言うとか痛い!」


ジトッと冷たい視線を向ける。


「終わらなかったら太刀川隊で年越しすれば良いんじゃない?」
「紅葉!?」
「国近がゲームで年越しイベント行くらしいから無理!終わらなかったら俺たち殺される!」
「ええ!?何でそういうこと先に言ってくれないんですか太刀川さん!」
「だから忘れてたんだって!」
「あんたほんと何でも忘れるな!?」
「……頑張って下さい」


ぎゃーぎゃーと言い合う2人に溜息をつき、紅葉はその場からそそくさと逃げた。


「紅葉?お、おい!紅葉!マジで手伝う気ないのかよ!この薄情者ーーー!!」


そんな双子の兄の悲痛な叫びを聞きながら、紅葉は廊下の角を曲がった。



「……ふぅ、助かった」


胸に手を当てほっと息をつきながら足を進める。さて、どうしたものかと歩いて、自然と向かってしまったのはいつも通いつめている隊室。
どうしようか迷い、そのまま通り過ぎようとした所で、突然扉が開いた。そして出てきた人物とバッチリ視線が交わる。


「………」
「………」


嫌な予感がした。


◇◆◇



「あーあ、せっかく家の大掃除から逃げてきたのに、まさか隊室の大掃除させられるなんてなー」
「…自分の隊室なんだから良いじゃないですか。私なんか家の大掃除から逃げて太刀川隊の大掃除から逃げてきたのに、どうしてここで何の関係もない二宮隊隊室の大掃除しなきゃいけないんですか…」


いらないタオルで床を擦りながら、紅葉は大きな溜息をついた。

隊室前でばったり会ってしまった二宮は、有無を言わせずに紅葉を隊室へ連れ込んだ。そして嫌な予感は的中し、今に至る。


「お前もかなり出入りしてただろ。文句言わずにやれ」
「やってますー」
「そこ汚れてるぞ」
「このくらい良いじゃないですか…」
「大掃除だっつってんだろ」
「…細かい…」


ぼそりと呟いた言葉だったが、しっかりと二宮の耳に届いてしまったようで、頬をつねりあげられる。


「いいいいったいいたい!!」
「しっかりやれ」


ぱっと離されて、じんじんと痛む頬を押さえる。
手伝わされた挙句になんだこの仕打ちは、と不満だらけだが、また文句を言えば容赦なく頬を抓られるだろうと思い、大人しく床磨きを再開した。


「いやー、紅葉ちゃんが来たから早く終わりそうですねー、良かった良かった」
「少しずつ掃除はしていましたからね」
「そのお陰で楽に終わるね。やっぱり一気に全部、じゃなくて日頃から少しずつやるのが効率良いと思うし」


その言葉を是非とも太刀川隊のメンバーに聞かせてやりたいと思った紅葉。しかし自分も人のことは言えないなと口を引き結ぶ。


「これが終わったら焼肉だし、あと少しちゃっちゃと終わらせよう」
「…犬飼先輩が一番サボっていたんですよ」
「終わればそんなの関係ないよ。ほらほら、辻ちゃん手止めないで!」
「………」
「犬飼くんも手止めないで」
「お前らいつまで同じとこやってんだ」


ワイワイと仲の良い二宮隊に、紅葉は小さく笑った。焼肉を楽しみにしているようだし、早く終わらせてあげようと、少しだけペースを早めて。


◇◆◇


それからしばらくして、二宮隊の大掃除は終わった。


「終わったー!」


ぐーっと手を上げて身体を伸ばす犬飼に続き、紅葉も同じように身体を伸ばした。


「はぁ、やっと終わった…」
「やっぱり綺麗になると気持ち良いね!」
「そうですね。やった甲斐があります」
「さーて、焼肉焼肉!早く行きましょう、二宮さん」
「分かってる。先に行っておけ」
「はいはーい。それじゃ行こうか、辻ちゃん、ひゃみちゃん」


うきうきと隊室を出て行った犬飼に続き、辻と氷見も頭を下げて出て行った。それを見送り、紅葉も続くように隊室を出ようとする。


「それじゃ、私はこれで」
「何言ってんだ」
「?」
「お前も行くぞ、紅葉」
「………え?」


その言葉にぽかんと二宮を見つめた。
二宮隊での集まりなのに、自分はいても良いのかと。


「大掃除した褒美だっつってんだろ」
「で、でも私、二宮隊じゃ…」
「関係ない。良いから早くしろ」
「………」
「…行くぞ、紅葉」
「………はい!」


最後まで悩んだが、二宮に促されるように名前を呼ばれ、紅葉は頬を緩めて頷いた。


◇◆◇


そして二宮隊+紅葉で焼肉屋に行き、普段は食べないような高い肉をたくさん食べた。
主に犬飼がどんどん頼んで。

そして高校生4人が満足する量を食べ、外に出た時にはもう辺りは真っ暗になっていた。


「うーわ、もうこんな時間だ」
「犬飼先輩がいつまでも食べて騒いでいるからですよ」
「だって辻ちゃんも楽しかったでしょ?」
「それは…まあ…」
「ひゃみちゃんも紅葉ちゃんも遠慮しないでもっと頼めば良かったのに」
「お前が言うな」
「そうだよ。犬飼くんはもう少し遠慮した方が良いと思うな」
「俺が遠慮したら誰も頼まなくなるから良いんだよ」
「…確かに、犬飼先輩ぐらいですよね。あんなバカみたいに遠慮なく頼むの」
「へー?紅葉ちゃんも言うようになったね?」


店を出てすぐには解散せず、みんなでわいわいと雑談する。今年もあと少しで終わるせいか、別れるのが名残惜しい。



「…もう遅い。お前らはそろそろ帰れ」


二宮の言葉に雑談をやめ、全員そちらに視線を向けた。

口調はいつも通り乱暴だが、部下たちを心配しての言葉なのが伝わってくる。4人は微笑んだ。



「そうですね。ウチは姉2人が帰ってきてるんで、家族で年越ししますよ」
「俺も、新年は家で迎えるように言われているので」
「私も親が心配しているようなので、そろそろ帰ります」


二宮隊の3人は二宮に頭を下げた。


「今年はありがとうございました」
「また来年も迷惑かけると思いますけど」
「よろしくお願いします、二宮さん」
「…ああ。こちらこそ、よろしく頼む」



その二宮の労いの言葉に驚きつつ、3人は笑った。



「それじゃあまた…明日か。二宮さん、紅葉ちゃん、良いお年を」
「良いお年を」



辻と氷見も挨拶をし、帰り道が同じ3人は二宮たちとは反対に歩き出し、暗闇の中へ消えていった。


それを見送り、紅葉ははぁっと白い息を吐く、


「…それじゃ、私も帰ります」


しかし紅葉の言葉に二宮は反応しない。聞こえていないのかと、紅葉は繰り返した。


「私もそろそろ帰りますね、二宮さん」
「……予定でもあるのか?」


一言返事を返されると思っていた紅葉は目を丸くして二宮を見つめた。


「…えっと…特に友達と年越し参りの約束はないので、予定はないですよ?いつも通り家族で年越し…」
「なら、付き合え」
「え…?」


ぽかんと二宮を見つめる。
二宮は先ほどから紅葉を見ないため、横顔しか見ることが出来ず、表情は読めない。


「二宮、さん…?」
「年越し参りに行くぞ。今年はお前の転機だったろ」
「!!そ、そうですけど…それは…」



年越し参り。
ということは、年越しを2人でするというわけで。寒いはずなのに、身体が熱くなった。



「で、でも、その…遅くに家に帰るのも、家族に悪いというか…ね、寝てると思うので…!」
「……なら、ウチに泊まれば良い」
「っ!!」


紅葉は言葉を失い、顔を真っ赤にして俯く。そのままマフラーに顔を埋めた。



「……嫌なら、無理にとは言わないがな」



強引に行くぞと言ってくれれば良いのに、変なところで優しさを見せる二宮に、紅葉はマフラーを引き上げ、出来るだけ顔を隠した。



「………嫌じゃ、ない…です…」


言葉にすると先ほどよりも顔に熱が集まった。
外気に触れる肌は冷たいのに、身体はどんどん熱くなって。



「…行くぞ」


マフラーを引き上げていた手を取られ、そのまま二宮のポケットへと導かれる。お互いに手袋をしていないせいで体温を直に感じられ、紅葉は恥ずかしさに思わず手に力を込めた。

それに答えるように、二宮の手がしっかりと紅葉の手を握り返す。絡めるように繋がれた手に、紅葉は抵抗することも、何かを言うことも出来ず、頬を染めることしか出来なかった。


◇◆◇


あれから2人とも無言で歩き続け、神社へ辿り着いた。やはりもうすぐ年明けのせいか、たくさんの人たちが集まっている。


「…神社に来るなら、着物着たかったな…」


周りにいる綺麗な着物に身を包む女子をみて、紅葉は小さくこぼした。
どうせなら、自分も綺麗な着物で二宮の隣に並びたかった、とまでは言わずに。


「…来年はちゃんと準備させてやるよ」
「ら、来年…?来年も、一緒に…いてくれるんですか…?」
「なんだ?不器用なお前が1年そこらで射手をマスター出来るとでも思ってんのか?」
「不器用とか!…でも、まあ、マスター出来るとは思ってませんけど…」
「だったら来年も俺が教えてやってるに決まってんだろ」
「………はい」


平然と答えられた言葉に、紅葉は目を逸らした。
来年も一緒にいる。恥ずかしげもなく答えられた言葉は、そう取れるとても嬉しいもので。
紅葉は誤魔化すように携帯を取り出した。



「そ、そういえば家族に連絡してなかったので、電話しても良いですか?」
「ああ。今日は帰らないと伝えておけ」
「…っ、」


電話すると言っているのに繋がれた手は離れないため、紅葉は二宮に背を向け、携帯を耳に当てた。

数回のコール後、はいっと無愛想な声が聞こえる。家の電話にかけたのに、どうしてタイミング悪く出るんだと眉を寄せた。



「も、もしもし、公平?」
『ん?紅葉?』
「うん」
『お前どこにいんだよ?もうすぐ年明けるぞ?』
「あ…うん…」
『どうした?』


やはり少しの変化でもバレてしまう。
しかしなんとか誤魔化したい。


「と、友達と年越しするから、今日は帰らないね」
『は?すげーいきなりだな?誰だよ、友達って?お前友達いたっけ?』
「ムカつく…槍バカしか友達のいない公平に言われたくない」
『おれ友達多いっての!』
「今それどうでもいいし!と、とにかく!今日は帰らないから!」
『友達と年越し参りしたら帰ってくれば良いだろ?』
「…遅く、なるから、友達の家に、泊まる」
『………おい、紅葉。その友達の名前言ってみろ』


何かを疑ったその言葉に心臓が跳ねた。
しかし平常を装い、いつも通り話す。


「…公平の知らない友達だよ。女友達」
『だから名前言ってみろよ』
「な、まえは…えっと…」


しつこい双子の兄に何と答えようか悩むと、後ろで溜息が聞こえた。直後、背中に温もりを感じる。

思わず声が出そうになったが、それを必死に堪えた。



「おい、まだ終わらねぇのか」
「『!!!』」


耳元で囁かれた言葉に、身体が強張った。そしてしっかりと電話の向こうにも聞こえてしまったようで。
やばいと思っても、もう遅い。


『紅葉…!お前今誰といんだ!?女友達とかウソだろ!?』
「う、うるさい!公平には関係ないでしょ!と、とにかく今日は帰らないから!お母さんに適当に言っておいて!」
『おっ前ふざけんなよ!?一緒にいるの絶対二宮さんだろ!おい!紅葉!おい…』


紅葉はぶちっと電話を切った。
そしてすぐに電源を落とす。


「………」
「話はついたようだな」
「何てことするんですか!二宮さん!」


にやりと満足気な二宮に、紅葉は唇を尖らせながらも頬を染めた。

◇◆◇


「くっそ!」


ガチャンっと乱暴に受話器を置き、ムスーとしたままソファへ戻る。


「帰らないとかマジかよ…。…え?てことは二宮さんの家に泊ま……い、いやいやいや、流石にそれは早いんじゃ…って、早いって何だよ!早いも何もダメだろ!」


1人悶々と頭を抱えた。
二宮の家に行くとはそういうことで。
帰らないとはそういうことで。
泊まるとはそういうことで。
2人きりとはそういうことで。

出水の頭はぐるぐると巡った。
いつも冷静な判断を出来る頭が機能しない。



「公平?紅葉からだったの?」
「………あー、うん」
「なんだって?」
「……帰らないって」
「あらそうなの?どこに泊まるか聞いた?」
「知らねえよ!!」


様々な不満や怒りを込めて吠えた。
そして先ほどまで見ていたテレビを頬杖をつきながら不機嫌そうに見つめ、大きく溜息をついた。

年明けまで、あと少し。


◇◆◇


年越し参りをした後、出店でお祭り気分を味わいながら時間を過ごしていると、年明けまであと少しとなった。


「もうすぐですね」
「ああ」


ドキドキと緊張してくる。
年明けにか、二宮といることにか。

周りでは新年へのカウントダウンが始まった。



「…あの、二宮さん」
「なんだ?」
「……今年は、色々ありがとうございました」


視線は向けずに続ける。


「二宮さんのお陰で、その、自信がついたというか…新しい道に行けたというか…」
「…選んだのはお前だろ。それに、俺はただ不器用な奴にやり方を教えてやっただけだ」
「…それでも、私は二宮さんに…感謝、してるんです」


大きく息を吐き出し、紅葉は意を決して二宮を見つめた。


「に、二宮さんに出会えて、良かったと思ってます…!ありがとう、ございます…!」


ぺこりと頭を下げると、周りが騒ぎ出したのが聞こえた。どうやら、年が明けてしまったようだ。

頭を上げるタイミングを逃し、そのままの状態でいると、頭にぽんっと優しく手が乗った。


「……今年もよろしくな」


呟かれた言葉にばっと顔を上げた。

見上げた先には、愛しむような瞳。
そんな瞳を向けられ、喜びを隠しきれずに紅葉は頬を染めてはにかんだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


たまには素直になるのも悪くないと、お互いに顔を見合わせて微笑んだ。

また、新しい1年が始まる。


ーーーーーー
おまけ


「入れ」
(に、二宮さんの家だ…っ!)



ばくばくと飛び出しそうな心臓を落ち着かせ、促されるままに部屋に入った。

マンションに1人暮らしのようだが、とても広い作りに思わず辺りを見回す。


「ひ、広いですね」
「普通だろ」
「…普通の基準とは」


変に緊張していた紅葉だが、思わず笑みをこぼした。口元に手を当てて小さく笑った紅葉を、二宮はじっと見つめる。


「な、なんですか?」
「……紅葉」


名前を呼ばれ、返事をしようと思ったときには何故か視界には天井が映っていた。



「………え?」




状況が理解出来ずに固まっていると、天井の他に二宮の姿も視界には捉えた。そこでようやく、自分の状況を理解する。



ソファに、押し倒されていると。


慌てて起き上がろうとするが、優しく肩を押されてまたソファへと沈む。何かを言う前に、顔の横に手をつかれ、顔が近付く。

その瞳は冷たいようでも愛しむようでもなく、ただ、熱を宿していた。

その熱い視線にどくりと心臓が跳ねる。



「…男の部屋に泊まりに来たってことは、どういうことか分かってんだろうな?」
「っ!!」


声も出せずに大きく目を見開いた。


どういうことか。それは、今の状況が示していることで。冗談ではないことは、雰囲気で分かってしまう。


固まっている紅葉の髪を掻き分け、二宮は紅葉の頬を撫でた。そしてその手はそのまま下へ移動し、首、肩、腕、腰、と身体のラインを撫で、最後に太ももをするりと撫でた。

その動きにびくりと反応し、何も言えないまま真っ赤な顔と潤んだ瞳で不安気に二宮を見つめると、二宮はふっと表情を和らげた。



「…紅葉、お前可愛いな」
「な…!」


突然の言葉にぶわっと身体が熱を持つ。こんなストレートに可愛いと言われることなど初めてで動揺を隠せない。


いつもなら、冗談だと一蹴出来る。いつもなら。しかし今は状況が違う。



なんとか言葉を発せようとすると、二宮の手は再び紅葉の頬を撫でた。そして更に身体が密着し、重みが増す。


「…好きだ、紅葉」


そう愛しげに紡がれた言葉と共に、顔が近付く。そして、そのまま2人の唇が…






「うあああああああああっ!!!」
「いっで!!」



ガンっと額に強い衝撃を受け、紅葉は額を抑えた。自分ではない痛がる声に視線を向けると、そこには双子の兄が額を抑えて蹲っていた。


状況を理解するために痛む額を抑えながら、辺りを見回す。


二宮の部屋ではなく、見慣れた自分の部屋。その事実に大きな大きな溜息をついた。


「ゆ、夢かぁぁぁぁぁ…」
「夢か、じゃねえよ痛ってぇな!」


ベッドの横で蹲っていた出水はばっと立ち上がり、涙目で怒鳴る。同じところを抑えているのを見ると、どうやら紅葉が起き上がったときにぶつかったのは出水なのだと理解した。


「あー、ごめん」
「なかなか起きて来ねぇから起こしに来てやったのに、いきなり頭突きかまされるとは思わなかったぜ!」
「だからごめんって」
「覗き込んだ瞬間、叫びながら起きるとかすげービビったし痛かったし!」
「だーかーらー!謝ってるじゃん!ていうか勝手に部屋に入らないでよ!」
「起こしに来てやったって言ってんだろ!」
「頼んでないし!」
「可愛くねぇな!」
「うるっさいな!」


ぎゃーぎゃーと騒ぐ双子に、下から母親の声が響いた。うるさい、と。


双子は黙り込み、ぽりぽりと頭をかく。


「…早く起きて下りて来いよ」
「…うん」


出水が部屋を出たのを見送り、紅葉は起き上がって着替えた。出かける予定はないため、適当な服を取り、その上にパーカーを羽織る。


そのままラフな格好でリビングへ下りた。


「おはよう」
「…はよ」
「おはよう、紅葉……って、兄妹揃って何着てるのよ…」


母親の呆れた声に双子はお互いに視線を向けた。
先ほどは騒いでいて出水が着ている服を見なかったせいか、同じ服の色違いを着ている。


「…出かけるときは着替えるよ」
「そうして頂戴。それより、紅葉が公平より遅く起きるなんて珍しいわね?」
「あー、そうだね。なんか…………ゆ、夢見てたから…」


なんの夢とは言えずに、ごほんっと咳き込む。


「あら?初夢ね?」
「初夢?今日って3日だろ?」
「初夢は2日から3日の間に見た夢のことを言うのよ」
「…へぇ、そうなんだ」
「それで?どんな夢だったの?」
「え!?え、えっと………あれ?どこからが夢だっけ…」


リアル過ぎてどこから夢だったかと頭を悩ませた。大晦日から今日までの記憶が曖昧だ。本格的にやばいな、と頭を抱える。


「……まあ、でも…ちょっと良い夢、だったかな」



はにかんだ紅葉に、出水は変化に気付いた。


「…まさか、二宮さん関係とか言わないよな…?」
「へ!?」


動揺を隠せずに声を裏返した紅葉。出水はばっと立ち上がった。


「初夢が二宮さん!?マジかよ!」
「う、うるさい!何も言ってない!」
「その反応絶対そうだろ!」
「なに?好きな人でも出たの?」
「ち、違う!」
「なら良かったわね?初夢に好きな人が出るのあまりよくないらしいわよ?」
「…え、そうなの…?」
「何そんな不安そうな顔してんだよ!」
「し、してないから!公平一々うるさい!私がどんな夢見てようと勝手でしょ!」


バチバチと睨み合っていると、紅葉の携帯が鳴った。お互いにふいっと顔を背け、紅葉は携帯を確認する。

表示された名前は夢に出たあの人で。


胸が高鳴るのを感じた。


送られてきたメールを確認し、頬を緩ませて返信をした。


「ちょっと出かけてくるね」
「あらもう?朝ごはんは?」
「いらない」
「そう、気をつけてね」
「うん」


パッパッと支度をし、紅葉はコートを羽織った。


「いってきます!」


どこか嬉しそうな紅葉が家を出ると、出水はむすーっと頬杖をついた。



「どうせ今のも二宮さんだぜ?」


あんなに楽しそうな表情をするのはきっと二宮しかいない。そう思った。だからせめてもの意地悪で、着替えを忘れている紅葉に何も言わずに見送った。


「オシャレして会わせてやるかっつの」


自分はお気に入りだが、周りからは評判の良くない服を着て出て行った紅葉に、出水はいやらしい笑みを浮かべた。

end


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