双子の日常(3)if

「あれ?母さんたちは?」
「みんなお出かけで夜まで帰ってこないって」
「マジかよ。昼は?」
「適当に食べてって」
「適当にって…カップラーメンぐらいしかなくね?」


昼頃に起きてきた出水は寝巻きのままキッチンをガサガサと漁る。お菓子とインスタント食品しか置いていない。
カップラーメンは気分じゃないとガシガシと寝癖のついた頭をかいた。


「寝癖酷い」
「お前こそ」
「わたしは寝癖じゃない!梳かしたから!」
「跳ねてるなら意味ねぇだろ!」
「…今日は家から出ないし」
「おれも」


そう言って出水はソファへ寝転がる紅葉の背中に上から覆いかぶさった。


「ちょっと、重い」
「んー…眠いな…」
「こんな昼まで寝てたのになに言ってるの」
「お前いつもより少し早く起きたからって……つーかソファでゴロゴロしてんなら同じだろ」
「だってやることなかったから」
「誰かと出掛けるとかなかったのかよ」
「ない」
「寂しいやつだな」
「うるさいばか」


会話しながら出水は紅葉の髪に顔を埋める。自分と同じシャンプーを使っているはずなのに自分とは違う香りがして。けれどそれに心が落ち着いて。そっと髪に口付けた。


「?なに?」
「いーや何も」
「…ていうか重いってば」


出水の下でもぞもぞ動き、身体を反転させる。そして出水の胸を押した。


「苦しいから降りて」
「少しくらい良いだろ」


胸を押す手をどけて紅葉の首すじに顔を埋める。やはり安心する体温と香り。自分よりも遥かに細いその身体をぎゅっと抱き締めた。


「…公平、どうしたの?」


今日初めて聞いた名前に少し心が満たされた。1番馴染んだ声に、いつも通り名前を呼ばれるだけでこんなにも心が満たされる。


「んー…紅葉の充電中」


愛しい妹の名を口にしても同じ気持ちになれた。瞼を閉じると今にも寝てしまいそうに心地が良い。


「ちょ、寝ないでよ、重いってば!」
「じゃあ逆な」
「え?…きゃ…!」


狭いソファの上でお互いの身体が反転する。
出水は自分の上へと紅葉を乗せ、変わった視界に満足そうに笑みを浮かべた。


「これなら重くねぇだろ」
「……公平が重いんじゃないの…?」
「紅葉のこと重いとか言ったら布団もかけられねぇよ」
「どういう例えなの…」


呆れながら苦笑すると、にかっと笑みを返された。重くないならば問題ないと出水の胸に倒れ込み、顔を寄せる。


「…公平あったかい」
「眠かったからな」
「わたしまで眠くなってきたんだけど」
「いつもより早起きするからだろ」
「あ」


唐突にぱっと顔を上げて出水を見つめた。ばっちりとお互いの視線が交わる。


「ん?どうした?」
「そういえば言ってなかったと思って」
「何を?」


こてんと首を傾げると、紅葉は柔らかい笑みを浮かべた。


「おはよう、公平」


表情と同じく柔らかい声音。外では滅多に聞けない上に見れない光景だが、家に2人きりのときはこれが通常で。それを見て出水も表情を和らげ、そっと紅葉の頬に手を当てた。


「おう。おはよう、紅葉」


ただの朝の挨拶。けれどいつもとは違い、2人きりのときだけの挨拶。
お互いにゆっくりと目を閉じ、どちらからともなく顔を寄せ、そしてちゅっと触れるだけのキスをした。

離れながらお互いの瞳を見つめ合う。愛しそうに。
紅葉は頬に添えられる出水の手に自分の手を重ねた。


「……」
「……もっかい?」
「……うん」


無言の意図を読み取り、愛しげに微笑んで再び顔を寄せた。今度は何度も何度も啄むように繰り返す。僅かに紅葉から鼻に抜ける甘い声が漏れた。それに気付いてゆっくり離れる。


「ん…公平…」
「いきなりすげぇデレられるとおれが困るんだよな」
「…なんで」
「普段から可愛くて仕方ないお前が、おれと2人きりのときだけすっげぇ可愛くなりすぎて抑えが利かなくなりそうだからだよ」


そう言いながら紅葉の後頭部に手を回し、優しく引き寄せて口付ける。紅葉も抵抗することなくそれを受け入れた。


「…別に、抑えなくても、良いけど…」
「そんなわけにもいかねぇだろ」


自分たちは双子の兄妹だ。越えてはいけない一線があることはちゃんと自覚している。
だからこそ、この程度の触れ合いくらいは許してほしいと、誰にでもなく乞うてしまう。

お互いに自覚しながら一線は越えないように。親にも、誰にも気付かれないように愛を確かめ合う。熱い瞳で見つめ合い、何度も、何度も。


今はまだ昼。
親たちが帰ってくるのは夜。

2人きりの時間は、これからだ。


End

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