双子のオオカミ

「「トリックオアトリート!」」
「………」


本部の廊下で目の前に現れた双子のオオカミに、米屋は顔を引きつらせた。


「…お前ら、なんだかんだ言ってやっぱすげー仲良いよな」


少しだけアレンジは加わっているものの、色味も形もほぼ一緒で。オオカミの耳と尻尾をつけた双子を見つめて改めて実感する。


「その歳でお揃いの仮装ってどうなのよ」
「似合うだろ?」
「弾バカのドヤ顔腹立つなー。そんで紅葉もノリノリなわけ?」
「…く、国近先輩がトリオン体設定変えてくれただけだから…」
「で?ノリノリなわけ?」
「…っ」


頬を染めて視線を逸らす。すぐに反論してこないあたり、やはりこの仮装を気に入っているのだろう。


「よくやるよな」
「ハロウィンなんだから楽しまないとだろ」
「双子でお揃いとかよくやるなって言ってんだよ」
「「なんで?」」


揃って首を傾げられ、溜息しか出なかった。


「まあ今更だよな。んで?お菓子だっけ?」
「おう!早く寄越せ」
「陽介だけに構ってられないから早く」
「こんの上から目線の双子オオカミども…」


貰う側なのに2人とも上から目線な物言いで両手を出す。そして再び最初の言葉を繰り返した。


「「トリックオアトリート!」」
「へーへー」
「お菓子くれなきゃ」
「ハチの巣にするぜ!」
「弾バカ訳にすんな」


違う和訳だがまあいいかと、米屋はポケットに入れていたチョコを2人に渡した。ちょこんと手のひらに乗せられ、双子はそれをじっと見つめる。


「なんだよこんだけかよ」
「陽介ならもっと良いもの持ってるかと思った」
「だからお前ら何でそんな上から目線なわけ?」
「まあいっか。さんきゅーな槍バカ」
「ありがと、陽介」


2人はぱくりとチョコを口に放り込んだ。
双子の尻尾が左右に揺れる。トリオン体設定のせいか、感情と尻尾は連動しているようで。どうやら文句を言う割には喜んでいるようだと呆れたように笑った。


「よし、次行くぜ紅葉!」
「うん!」


ノリノリな悪気のない迷惑な双子のオオカミ。まだお菓子をたかるのを続けるようで、被害者が出るであろうことに頭を抱える。


「何でオレがこんなに気遣ってんだか」


双子の後始末はもう自分の役割な気がしていて。楽しそうに尻尾を振って去って行く双子の後姿を追いかけた。


◇◆◇

次のターゲットは双子がよく舐めた態度をとる犬飼と、同じ隊の辻だった。遠くからその姿を見つけ、心の中でご愁傷様、と呟く。


「お、ターゲット発見!」
「絶対お菓子持ってるよ!辻は甘いもの好きだし、このイベントに犬飼先輩がお菓子持ってないはずない」
「だな!作戦メテオラ!」
「全攻撃で!」
「おい何だそれ」


米屋の問いかけを聞くことなく、双子のオオカミは楽しそうに犬飼たちの元へ走っていった。
近付いてくる双子のオオカミに気付き、犬飼は楽しそうに笑い、辻は身体を固くする。


「「トリックオアトリート!」」


ぶんぶんと尻尾を振って両手出す。
オオカミというよりただの犬で、犬飼は笑った。


「双子のわんちゃん、本当に仲良しだね」
「いや犬じゃないすけど」
「オオカミです!」
「うんうん、可愛い可愛い」
「紅葉は可愛いすね」
「ちょ、な、なに言ってるのばか!」


犬飼の言葉に真顔で頷いた出水に、紅葉はうっすらと頬を染めた。


「公平が可愛いんでしょ!」
「おま、男に向かって可愛いとか言うな」
「だって人懐っこくて可愛いオオカミだもん」
「紅葉は人好きだけどなかなか素直になれないオオカミだよな」
「それいつも通りじゃん」


後から追いついて突っ込んだ米屋に、犬飼は確かにと吹き出す。むっと眉を寄せた紅葉は再び犬飼に向かって両手を出した。


「犬飼先輩、トリックオアトリート!お菓子くれなきゃメテオラかまします!」
「可愛い格好してるのに言ってること物騒だねー」


楽しそうに笑いながら、犬飼は可愛らしい袋を紅葉の手にちょこんと乗せた。ハロウィンらしい絵柄の袋に紅葉はキラキラと無言で瞳を輝かせる。先ほどよりも嬉しそうに尻尾が揺れた。これは分かりやすいとにやりと笑みを浮かべる。


「あ、ずりぃ!犬飼先輩!おれにもくれなきゃメテオラですよ!」
「はいはい、双子のわんちゃんにちゃんと用意してるよ」


そして出水にもお菓子を渡す。双子は嬉しそうに顔を見合わせた。左右に振られていた尻尾がぺしんっとお互いの尻尾に当たり、そのまま絡み合う。それを見つけて米屋は苦笑する。


「無意識にイチャイチャしてんぞー」
「見えてないと思って目の前でイチャつかれると困っちゃうね、辻ちゃん」
「…!!え、あ、は、い…」


距離を取っていた辻にわざと話を振る。
そしてそのせいで辻に意識が向いた双子。辻に近付き、両手を出した。


「「辻、トリックオアトリート!」」
「あ、ああ…」


一口サイズのシュークリームが入った箱を開けた。双子のオオカミはぱぁっと顔を輝かせ、出水はその箱から1つ取る。端からではなく、真ん中から。


「紅葉」


そして紅葉の名を呼び、紅葉が箱から出水に視線を向けると、その口にシュークリームが運ばれた。紅葉は反射的にそれを指ごとぱくりと食べる。
その指で出水はまた1つシュークリームを取り、今度は自分の口へ運び、一口で食べてからぺろっと指を舐めた。
再び嬉しそうに尻尾が揺れる双子。その表情もとても幸せそうで。
しかし一連の行動に辻は固まったまま動けない。


「美味しい…!」
「ほんと美味いな!」
(いま、指、あーんして、指、舐め、指…!?)
「辻、気にしたら負けだから今のは見なかったことにしとけよ」
「そーそー。これが普通なんだから一々反応してられないよ」


慣れない自分に対し、米屋と犬飼は慣れたものだった。これがこの2人の普通だと分かっていても、目の前でやられると動揺してしまう。


「ありがとな、辻」
「ありがとう、辻」
「い、いや。よ、喜んでもらえたらなら良い」
「あれ?そういえば俺はお礼言われてなくない?」
「それじゃ次行くか!」
「うん!」


手を出した出水に、紅葉は何の躊躇もなくその手を乗せた。そして走って行く双子。


「あれも無意識?」
「まあ、いつも通りっすね」
「今回は俺たちだから良いけど、色々誤解されないように頑張ってよ」
「やっぱり後始末はオレっすか」
「そのためについてきてるんでしょ」
「まあそれもありますけど、あいつらといるの楽しそうだったんで」
「それは分かる。俺も見てたいけど用事あるからなー」


頭の後ろで手を組むと、双子が振り返った。きょとんとそれを見つめる。


「犬飼先輩!」
「お菓子、あ、ありがとう、ございました…!」
「……どういたしまして」


ぺこりと頭を下げた双子に小さく呟き、片手を挙げる。言われないと思っていたのにお礼を言われたことが予想外で少し動揺したのを隠し、米屋に向き直る。


「ま、いつも通りまた楽しい報告待ってるよ」
「了解す。そんじゃまた」
「うん、頑張ってねー」


双子を追いかけた米屋にひらひらと手を振った。そして、目の前で繰り広げられた双子のイチャイチャに慣れない辻を笑いながらフォローして隊室へと戻る。
双子が色々やらかすことを楽しみにして。


◇◆◇


そして双子のオオカミは様々なボーダー隊員にお菓子をたかり、たくさんのお菓子を貰うことが出来た。両手いっぱいのお菓子に2人とも頬が緩んでいる。


「いやー、大量大量」
「みんないろんなお菓子用意してくれてたね」
「美味いのとか変なのとか」
「来馬先輩のとか高級そうだし…!」
「ほんっとあの人は良い人だよな」
「その良い人の前でお前らは何てことしてんだ」
「「え?」」


無意識だと分かっているが、免疫のない人の前ではやめてくれと頭を抱えた。フォローしきれずに固まった人物を何人か思い出し、何故か米屋が心の中で謝罪する。
その中でも来馬の前でやったことが1番酷かった。


「2人の飴の味が違うからってベロチューして交換すんなよな…あれはさすがに焦ったわ」


無邪気に高級菓子の詰め合わせを喜んだ双子が飴を口へ運び、その後に目の前で行ったことに来馬は笑顔のままで固まっていた。


「まあ、すっげー面白かったけど」


その後の誤解を解くフォローは大変だったが、やはり面白いと、その気持ちが1番大きい。来馬には同情しつつ、笑いは堪えきれなかった。


「これでとりあえず知り合いには貰ったか?」
「たぶん」
「じゃあ太刀川隊の隊室で広げるか!おれも紅葉も荷物そっちだし」
「うん!食べたい!」
「槍バカも来るか?」
「いんや、オレはいいわ。どう隊室で2人でイチャイチャすんだろ?」
「あ、何か変な色の飴がある」
「うわ本当だ。誰から貰ったやつだ?」
「話振っといて聞いてねぇとか」


自由過ぎる双子に口元を引きつらせた。
しかしこれもやはりいつも通りで。米屋はガシガシと頭をかくと踵を返した。


「じゃあオレは戻るぜ。奈良坂は分かってるだろうけど、秀次と古寺には改めて誤解解いておかねぇとな」
「陽介戻っちゃうの?」
「おー」
「おれたちに言うことねぇのかよ」
「は?」


お菓子を抱えた双子のオオカミが米屋を見つめる。米屋は一瞬きょとんとしたが、はっとして口角を上げた。


「弾バカ兄妹、トリックオアトリート」
「遅ぇよ槍バカ」
「ていうか弾バカ兄妹って言わないでよ!」


そう言いながら双子は米屋に向かってチョコを投げた。2つのチョコをキャッチし、けらけらと笑う。


「サンキューな」
「おう」
「うん」
「そんじゃ、また明日なー。オレのいないとこで人様に迷惑かけんなよー」


そんな面白いことは見逃したくないから。
米屋はひらひらと双子に手を振り、隊室へ戻って行った。


双子の距離感、関係性が間違っていることは分かっている。双子がお互いにどんな感情を抱いているかも、知っている。けれどそれを止める気も非難する気もない。
一線を越えていても、それが一般的には間違いなのだとしても。自分はどんな双子も受け入れるつもりだ。

それでこその出水公平と出水紅葉なのだから。

2人の関係を知っているのは自分だけで良い。
犬飼に報告用の写メだけ残し、広まらせる気のない過激な写メを削除した。


◇◆◇


米屋と別れ、太刀川隊の隊室へ向かっている中、紅葉が出水に片手を出した。


「公平、トリックオアトリート」
「は?」
「そういえば公平から貰ってないと思って」
「それならおれだって紅葉から貰ってねぇよ」
「トリックオアトリート!」
「へーへー」


繰り返した紅葉に、出水はお菓子の山の中から怪しい色の飴を取り出して口へ運んだ。そのまま紅葉の後頭部に手を回し、口付ける。


「ん…っ」


お菓子を落とさないように力を込めつつ、片手で出水の胸を押したが、もちろんそれだけで離れることはなかった。


「ん…は…っ、こ、へ…!」
「は…」


散々口内を荒らされた後、ころんっと飴が転がり込んできた。その飴ごと舌を絡めとられる。
くちゅくちゅといやらしい水音が鳴る度に、ぴくんっぴくんっと獣耳が反応した。それに薄目を開けてにやりと笑みを浮かべる。

紅葉の膝がガクガク震えてきた所で、ようやく出水は口を離した。崩れ落ちそうになる紅葉の腰を支えて。
紅葉も崩れ落ちないようにぎゅっと出水に縋る。


「は、ぁ…はぁ…、ばか…!」
「何でだよ?トリートだろ?」


にやりと余裕そうな笑みを涙目で睨む。
その瞳にぞわっと良からぬ感情が沸き出した。はぁっと、出水から熱い息が漏れる。


「……やべ。ちょっと我慢できねぇかも」
「……隊室、大丈夫…?」
「たぶん誰もいねぇよ」
「たぶんじゃ困るんだけど」
「おれもこのままは困る」
「…ばか」
「お前が可愛いのが悪いんだよ」


そう言いながら紅葉の手を引いた。足早に隊室へと向かう。


「家帰らない?」
「家までもたねぇ…」
「発情期」
「オオカミだからな」
「いつもでしょ」
「いつもじゃねぇよ。紅葉といるときだけ」
「…うん、そうじゃなきゃやだ」
「…ほんとそういうとこ…」
「ん?」
「可愛すぎて無理」
「わざとでも?」
「こんにゃろ。覚悟してろよ」


顔を見合わせて無邪気に笑い合う。
今までのことも、これからやろうとしていることも、普通ではないのに、普通のことのように会話をして。

手を繋いで、いつも通りに。

End

ーーーーー

双子ifのハロウィン!
犬飼くんのとこまでは普通に双子ハロウィンを書いてたのに途中からifじゃなきゃダメな内容になったので。
続き書きます。苦手な方、嫌いな方もいるだろうけど…!

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