夏休みだよ!第1弾!【肝試し】



「絶対やだ」


夜に学校の校庭へ緊急招集だと呼び出され、双子の兄と何事かと来てみれば楽しそうな米屋と犬飼に出迎えられた。その2人から発せられた言葉に紅葉は即座に拒否する。
寄せられた眉に不機嫌そうな顔。そんな紅葉の表情を見て米屋と犬飼は吹き出した。


「ははっ、言うと思ったよ」
「だったら聞かないで下さい」
「いや一応聞いとかねーとさ」
「…わたしは参加しないから」
「まさか紅葉ちゃん怖…」
「怖くない!!」


犬飼が言い切る前に否定した紅葉。その必死さに、こちらは笑いを堪えるのに必死だ。


「おま、そんな全力でかよ?それ怖いですって言ってるようなもんだぜ?」
「怖くないってば!」
「あ、後ろに…」
「なにもいない!!」


そう言いながらも隣にいた双子の兄の前へ立ち、寄りかかるように背中をくっつける。出水は苦笑しながらその肩を抱いた。


「こいつそういうのダメなんであんまからかわないで下さいよ」
「はぁ!?ダメってなに!」
「お化けとか幽霊とか嫌いだろ?」
「そ、んなのいないし!」
「そういう強がってるやつからいなくなってくよな」
「!?だ、だからわたしは、肝試しなんか参加しないってば!」


今回紅葉たちが緊急招集と称して呼び出されたのは、肝試しのためだった。学校の校庭に集められた多くの生徒たち。普通校だけでなく進学校組がいるのは犬飼のせいだろう。
理由を知っている者から知らない者まで様々なようだ。


「ここまで来て参加しないはないんじゃない?」
「緊急招集とか言われたから来ただけなんですけど!」
「だって怖がるやついねーと面白くねーじゃん?」
「意味分かんない!ていうかわたしは怖くない!」


先ほどからきゃんきゃん吠えっぱなしの紅葉に米屋と犬飼はにやにやを抑えきれない。それがまた紅葉の機嫌を悪くしていく。


「だーからあんま紅葉をからかわないで下さいよ。槍バカお前もな」
「おーおー。お兄ちゃん今回はお優しいことで」
「過保護だねー」
「公平…」


縋るような瞳で見上げた紅葉に、出水は優しく微笑んだ。そしてぽんっと頭を撫でる。


「お兄ちゃんが一緒に行ってやるから安心しろ」
「1人で勝手に行けばか!」


乗せられた手を勢いよく跳ね除け、距離をとった。
じんっと痺れた手に出水は眉を寄せる。


「おま、人が折角優しくしてやったのに何だよその言い草は!」
「強制参加させようとしてるその言葉のどこが優しいわけ!?」
「おれが一緒なら怖くないだろ!」
「公平なんかいたって怖いに決まってるでしょ!」
「あ」
「今怖いって言ったね」


気付いた米屋と犬飼だが、本人たちは気付かずに言い合いを続ける。そんな騒がしさに人が集まってきた。


「先輩方、何騒いでるんすか。もう時間すよ」
「おー、京介。今何とか紅葉を参加させようとしてんだけど、こいつがまた頑固でよ」
「紅葉先輩、怖いんすか?」
「怖くない!…って、あ、京介」
「どうも」
「このばかたち止めて!」
「無理すね」


間髪入れずに答えた烏丸に眉を寄せる。今日はずっと不機嫌な顔のままだ。せっかくの夏休みが何も楽しくない。


「紅葉ちゃん、夏休みの大切な思い出なんだから参加しようよ」
「嫌です。わたしにはまだ来年あるので」
「俺にはないから紅葉ちゃんとの思い出欲しいなー?」
「…っ」
「一緒に行かない?」


来年はもう犬飼はいない。学校が違うせいでボーダー以外での交流はほとんどないが、その事実に口ごもる。
意を決して口を開こうとすると、目の前に人影が立ち塞がった。


「おい紅葉、こんなやつの言うことなんざ聞くことねぇぞ」
「……影浦先輩…?」
「えー、カゲひどーい。カゲも思い出作りしたいでしょ?」
「少なくともてめぇとは作りたくねぇよ!」
「紅葉ちゃんと作りたいって?」
「はぁ!?」


何故か反応したのは出水だった。


「ちょ、影浦先輩まで紅葉を狙ってんすか!?」
「あ?狙ってねぇよ」
「ダメですよ!紅葉はおれと肝試しするんすから!」
「だからしないってば!」
「…めんどくせぇ…」


犬飼の思い通りになるのが嫌で割って入ったが、更に騒がしくなったことに溜息をつく。そこへ今度は苦笑した北添がやってきた。


「ほらほら、みんなもう時間だよ。相方決めた人はスタート位置についてね」
「北添先輩、わたしは…」
「紅葉ちゃんも早く並んでね!後がつっかえちゃうから!」
「え、ちょ…!」


北添にぐいぐいと背中を押されて列に並ばされた。何故か一緒に背中を押されてきた影浦と一緒に。


「………」
「………」
「……うそ…」
「諦めろ」


ぽんっと頭を撫でられた。影浦の優しい行動に一瞬落ち着いたが、それどころではない。勝手に参加することになってしまったのだから。
列の後ろの方で双子の兄の声が聞こえる気がするが、そこはもう聞こえないことにしようと大きな溜息をつく。


「……なんで肝試しなんか…」
「お前が怖ぇって言わねぇからだろ」
「こ、怖くないですから!」
「何言ってんだ。うちの隊室でホラー映画見てたとき超びびって泣いてたじゃねぇか」
「な、泣いてないです!」
「まあ半泣きだったな」
「どこ見てたんですか!半泣きでもないです!」
「お前、あいつに半泣きの顔写メ撮られてたからな」
「〜〜〜っ!」


楽しそうににやにやと笑う影浦に何も言えなくなる。仁礼が撮った決定的証拠があるせいで反論したいのに言葉が出て来なかった。

仁礼に影浦隊の隊室へ呼ばれて頻繁に出入りしているお陰か、珍しく2人でも会話がなくなることはない。
泣いた、泣いてない、と同じようなやり取りを繰り返し、いつの間にか世間話になり、何故かランク戦の約束を取り付けると、あっという間に肝試しの順番が回ってきた。


「はーい、じゃあ次はカゲと紅葉ちゃんだねー」
「…!なんで普通に並んでたんだろう…!」
「くくくっ、お前ほんとにアホだな」
「影浦先輩が話振ってきたからですよ!?」
「あ?乗ったのはお前だろ」
「むかつく…!」
「んだとこら」
「はいはい喧嘩しないの!ていうか俺への反応はないんだね?」
「「………」」
「ははっ、2人とも視線が冷たいなー」


影浦と紅葉から同じような冷たい視線を向けられ、誘導していた犬飼はケラケラと笑った。


「本当は俺が紅葉ちゃんと肝試ししたかったんだけど、いつの間にかカゲと並んでるから仕方なく誘導に回ったんだよ」
「聞いてねぇよ」
「カゲが抜け駆けするから出水怒ってたよー?」
「……なんで公平が…」
「面倒くせぇな…」
「俺も参加したかったなー」
「じゃあ今からでも良いので交換しましょう。わたしが誘導に回ります」
「紅葉ちゃんが参加しないんじゃ意味ないでしょ?」
「え?」


きょとんと首を傾げた紅葉に、犬飼はにこりと笑みを浮かべた。


「紅葉ちゃんが本気で怖がるの見たいから参加しようとしてたのに、それが見れないんじゃ意味ないからね」
「はぁ!?」
「それ撮って色々やろうと思ってたのになー」
「なに考えてるんですか!?」
「おい紅葉、こんなやつ相手にすんな。うざさが移る」
「え、ひどいー」
「さっさと行ってさっさと終わらせりゃ良いだろ。行くぞ」
「え、ちょ、わたし参加しな……ああもう!!待って下さい!影浦先輩!」
「いってらっしゃーい」


先に校舎へ入っていった影浦を追う紅葉。そんな2人にひらひらと手を振った。その口元ににやりと笑みを浮かべて。

◇◆◇

真っ暗な校内に2人の足音が響く。
1人は堂々とした足音。もう1人は怯えたように恐る恐る進む足音。

突然かたんっと何が倒れた音がした途端、紅葉は身体を跳ねさせて悲鳴をあげた。


「きゃあぁぁぁぁ!!」
「…うるせぇな…何か倒れただけだろ」
「……す、すみ、ませ、ん…」


震える声はすでに泣きそうだった。ただ歩いているだけでこれなのだから、ひしひしと感じている視線の正体である脅かそうとしている人物たちが出てきたら本気で泣いてしまいそうだと頭をかく。


「…泣かれるのは勘弁だな」
「…っ、泣きませんけど…!」
「すでに泣きそうじゃねぇか」
「泣きません!!」


涙目できっと睨まれ、溜息をつく。そして脅かそうとする感情を強く感じ、紅葉の腕を引いた。


「え、」


自分の方へ向かせた紅葉の耳を両手で塞ぐ。
直後、白い布を被ったお化け役が出てくる。


「うおー」
「クオリティも何もねぇな」


キッと睨みつけると、お化け役はびくりと肩を跳ねさせてそそくさと逃げて行った。その姿が見えなくなり、影浦は紅葉の耳から両手を離す。


「……影浦先輩?」
「あ?」
「なんですか今の?なにか言いました?」
「何でもねぇよ。おら、行くぞ」
「え、は、はい…」


先に進んだ影浦の後を追いかける。
何が起こったのかは分からないが、少し恐怖が軽減した気がする。本当に少し。


「…………」
「わ、なんでいきなり止まるんですか…」


突然止まった影浦の背中にぶつかり、眉を寄せて見上げると、その顔は不機嫌極まりなかった。


「……影浦先輩、どうしました…?」
「……うぜぇな」
「え?」


脅かそうとしてくるような感情ではなく、何やら嫌な感情を向けられてチクチクと刺される。その感情が不快で仕方ない。
そして前にもこんな感情を感じたことがある。これは確か。


「…嫉妬ってことは、あいつか」
「?」
「ゾエに無理矢理連れて来られて参加しちまったけど、やっぱりくそめんどくせぇことばっかだな」
「…す、すみません…」
「お前のせいじゃねぇよ。お前の保護者のせいだ」
「保護者?」


訝しげに問いかけた紅葉の頭を、影浦はざかざかと無造作に撫で回した。その乱暴さにぎゅっと目を瞑るも、拒絶することはせずに大人しくされるがままになる。


「まあ、迎えが来て良かったな」
「…さっきからよく分からないんですけど」


ぼさぼさになった髪を整えながら呟くと、影浦は窓を開けてその縁に足をかけた。突然のことにぽかんとそれを見つめる。


「俺はリタイアするからお前はもう少し進んでこい」
「はぁ!?い、いやいやいやいや無理です!!」
「怖くねぇんだろ?」


にやりと笑いかけられ、言葉に詰まる。


「こ、わく、ないですけど…!」
「なら大丈夫だな」
「!!か、影浦先輩…!」
「じゃあまたな。会ったらうざい感情向けてくんなって伝えとけ」
「え…?って、ちょ、か、影浦先輩!?」


影浦は言うだけ言うと、ばっと窓から飛び降りた。消えた姿に慌てて窓から身を乗り出すと、下では華麗に着地をしてにやりと笑っている影浦が。軽く手を挙げると、そのまま校外へと出て行ってしまう。


「…うそでしょ…!?ここまできて置いてかれた…!」


1人になってしまった途端、恐怖に足が動かなくなる。誰かがいるといないでは明らかに心の余裕が違った。どくどくと嫌に鼓動する心臓を押さえるが、恐怖はなくならない。
真っ暗で無音。いつも通っている場所のはずなのに、まるで知らない場所に見えた。

ごくりと唾を飲み込むと、こつんっと足音が響いた。もちろん紅葉のではない、別のもの。その足音はゆっくりと紅葉の方へと近付いてくる。


「…やだ…」


泣きそうになりながら必死に足を動かし、一歩踏み出した。足音から逃げるように震える足を前へ前へと進める。

こつこつと近付いてくる音。逃げる紅葉。恐怖で涙が出そうなのを唇を噛んで必死に耐える。
足音がどんどん早くなっていく。どんどん近付いてくる。必死に足を進めながら、ぎゅっと目を瞑った。


すると、通りかかった教室の扉が開き、突然腕を掴まれ引き込まれる。

恐怖も限界だった。


「いやあぁぁぁぁ…ん…っ!?」


悲鳴を上げるとすぐに唇を塞がれた。驚いて突き飛ばしそうだったが、その暖かい感触は覚えがあるもので。恐る恐る、ゆっくりと目を開いた。

涙で歪む視界に顔の判別は出来ないが、見なくても分かる。この暖かい口付けは。


「ん…っ、は…」
「いきなり悲鳴上げてんじゃねぇよ」
「……にの、みやさ…ん…?」
「ああ」


その声に、言葉に、安心した。
目の前の人物をやっと視界に捉えて緊張が解れた。
そのせいか浮かんでいた涙がぽろぽろと溢れ出す。


「何泣いてんだ…」
「…っ、泣いて、ないです…!」
「泣いてんだろ」
「うるさい…!」
「あ゛?」


不機嫌そうな低い声に反応することなく、紅葉は声を押し殺して涙を溢し続ける。
そんな姿に小さく息をつき、二宮は無言で紅葉を自分の胸に押し付けた。そのままぽんぽんと頭を叩く。


「っ、…っ、ぅ…」
「何でこんなのに参加してんだ。苦手なら断れば良いだろう」
「………っ…」


何も答えずにただただ涙を流す紅葉。ぎゅっと縋るように背中に手を回され、二宮は落ち着かせるように紅葉の背中を叩いた。


「…もっと早く出てくれば良かったな。悪い」
「……い、え…」


紅葉の縋りつく腕に力が込められた。ぐりぐりと擦り付けてくる頭に愛しさが募っていく。


「何かあったら俺を呼べ」
「…呼ぶ前に、来て下さい…」
「無茶言うな」
「…じゃあ、他の人を呼びます…」
「おい」
「………」
「……ずっと傍にいることになるぞ」
「………」


無言でこくこくと頷く紅葉に、小さく笑みが溢れた。元々手放す気はないのだ。ずっと傍にいるなど当然のことで。


「帰るぞ。こんなくだらねぇ企画はリタイアで良いだろ」
「……嫌です」
「………」
「リタイアしたら、犬飼先輩たちに絶対ばかにされる…」
「…お前な」
「それだけは絶対嫌です」


瞳は潤んでいるものの、涙は収まったようで。紅葉の瞳には闘志が燃えている。
そんな姿にはぁっと溜息をついた。


「だったらさっさと終わらせるぞ」
「………はい…!」


肝試しのクリアは3階の1番奥の教室においてある紙に名前を書いてくること。それをすればさっさと帰れる。

しっかりと握られた手に、恐怖とはまた違う感情でドキドキと胸が鼓動した。同じようにしっかりと握り返す。



「…そういえば、二宮さんどうしてここに?」
「お前を迎えに行ったら学校にいるって言われてな。それでここに来たら犬飼にここにいればお前が来るって聞いたんだ」
「……犬飼先輩…あの人なんなの…」


どこからどこまで仕組まれていたのとなのか全く分からない。けれど先ほどの足音も犬飼の策略なのではと思えてきた。


「……ていうか、わたしを迎えに?」
「ああ。終わったら家に来い。泊まれ」
「!良いんですか…?」
「夏休みの間ずっといても良い。むしろいろ」
「ふふ、これで宿題は安泰です」
「出来る体力があれば良いな」
「な…!?」


カァっと顔を真っ赤に染めた紅葉に、二宮はにやりと笑う。


「何を想像してんだ?」
「な、ば、ばかじゃないですか…!」
「俺は聞いただけだぞ」
「性格悪…!」
「期待してるやつが何言ってやがる」
「き、ききき期待なんかしてません!!」
「そうか。なら期待してろよ」
「〜〜〜っ!!」


二宮のペースに呑まれ、もう恐怖など微塵もなかった。それどころではなかった。
先ほどまでとはまるで違う気持ちで教室を出て廊下を進む。真っ暗な廊下も、時折聞こえる何かの音も、全てが気にならなくなった。


「…ありがとうございます」


引かれる手の温もりに安心し、小さく呟く。歩きながらそっと、隣の恋人に寄り添って。


end

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