コロッケの日

「にーのみーやさーん」
「……何の用だ」


にっこりと何かを企んだように笑顔を浮かべる出水に、二宮は眉をひそめた。その後ろにいる紅葉は何やら気まずそうで。


「この前、紅葉から聞いたんすけど」
「…何をだ」


そう問いかけると、出水はまた良い笑顔を浮かべた。紅葉と付き合い出してからこんな笑みを向けられたことがないために不気味で仕方がない。


「二宮さんのコロッケ、すっげー美味いらしいすね」
「………」
「……だって前に作ってくれたの、美味しかったから…」


無言で紅葉を見つめれば、紅葉からぼそりと言い訳が聞こえた。その言葉に小さく溜息をつく。


「それが本当だとしたら何だ」
「おれも美味いコロッケ食いたいんすけど」
「勝手に食ってろ」
「作って下さいよー」
「何で俺がお前のために作ってやらなきゃなんねえんだ」
「だって紅葉が二宮さんの作ったコロッケ、今までに食べたことがないくらい美味かったとか言うから!そんなの聞いたら食べたくなるに決まってるじゃないすか!」
「誰が作ったって変わんねえよ」
「なら作ってくれたって言いじゃないすかー」
「…おい紅葉」


出水の頭は美味しいコロッケでいっぱいになり、二宮が断っても引き下がらない。いつもの敵意はなく、うきうきしている。
その反応に再び溜息をつき、出水の後ろにいる紅葉を呼んだ。どうにかしろとの意味を込めて。


「…わたしも、また二宮さんのコロッケ食べたい、です」
「………」


視線を下に落としたまま呟いた紅葉は、恥ずかしそうに自身の手を弄る。チラリと様子を伺うように二宮を向き、真っ直ぐに交わった視線。紅葉は慌てて視線を逸らした。
その頬は赤く染まっている。


「……いつ食いたいんだ」
「!」
「え!良いんすか!」
「お前はついでだぞ」
「美味いコロッケ食えるなら何でも良いですって!今日食いたいんで今日二宮さん作って下さい!」
「ふざけんな。いきなり言われて…」
「わたしも今日二宮さんのコロッケ食べたい…!」
「……材料ないから買い出し付き合え」
「「はーい!」」


紅葉からの期待に満ちた視線に断るという選択肢はなかった。17歳の双子に振り回される自分に呆れつつ、惚れた弱味だと諦めて溜息をついた。


「あ、なら俺たちもご一緒して良いですかー?」
「おい…」
「出水兄妹と二宮さんとか不安すぎますし、俺たちがいた方が良いじゃないですかー!ね、辻ちゃんもひゃみちゃんも行きたいでしょ?行きたいよね!よし行こう!」
「……はあ」
「…二宮さんの迷惑でないなら…」


呆れる辻と苦笑する氷見。犬飼はついてくる気満々だ。二宮は今日1番の大きな溜息をついた。


「…食ったらさっさと帰れよ」
「はーい!」
「…すみません」
「お世話になります、二宮さん」
「二宮さんの家、こんなに多勢入れるんですか?」
「広いから大丈夫」
「何で紅葉が答えてんだよ」
「…だと思うから」
「………」
「………」
「はいはいそこ険悪にならないの!コロッケパーティー楽しもう」


犬飼の仲裁に瞳を輝かせた双子。
余程コロッケが好きらしい。

この人数のコロッケを作るのは骨が折れるが、キラキラと瞳を輝かせる紅葉に、こんなに喜ぶ姿が見られるなら良いだろうと小さく微笑んだ。


「…二宮さん」
「どうした?」


盛り上がる出水と犬飼から離れ、紅葉は二宮の隣に移動してきた。やはり視線は合わない。


「…すみません、ありがとう、ございます」
「お前が喜ぶなら構わん」
「…っ、わたしも、手伝います」
「…ああ」


騒ぐ出水たちに気付かれないよう、そっと手を繋いだ。


End

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