お・泊・ま・り(最終日)

カーテンの隙間から朝日が差し込み、その眩しさに二宮はゆっくりと目を開いた。すぐに視界に入る愛しい者の姿に小さく微笑む。
腕の中で静かに寝息を立てる紅葉の温もりにぎゅっと抱擁を強めると、紅葉は僅かに身じろいだ。首筋にある赤い華に、昨夜紅葉と1つになれたことを思い出し、額に口付けた。


「ん…」
「起きたか」
「……にの、みゃ…さん…?」


ゆっくりと開いた瞳はとろんとしていて、舌ったらずに名前を呼ばれ、下半身が反応してしまうのは朝だから仕方がないと何とか自制する。昨夜は1回だけでなく何度も何度も求めてしまい、無理をさせてしまったのだ。これ以上負担はかけられない。眠そうな瞳を見つめながら柔らかな髪を優しく撫でると、紅葉は気持ち良さそうに再び目を閉じた。そしてそのまま胸に擦り寄る。紅葉が眠いときの行動にはまだ動揺はするものの、この数日でかなり慣れたものだ。しかしお互いにシャツ1枚しか着ていないため普段よりも体温が伝わり、僅かに鼓動が早くなる。


「…紅葉」


どこまでも優しい声音で名前を呼んだ。しかし胸に擦り寄ったまま、紅葉はすでに規則正しい寝息を立て始めていた。
安心しきって眠るその表情に二宮は目を細め、髪を撫で続ける。

やっと手に入れた大切な恋人と迎える朝に、幸せを噛み締めて。


◇◆◇


ベッドから起き上がれずに呻く紅葉に、二宮はそっと頭を撫でる。しかし朝のときのようにはいかず、じとっと睨まれた。


「…身体痛いです…」
「…悪かった」
「…わたしも、もう1回とか、言っちゃった、けど、もう1回どころじゃなかった…」
「…だから悪かった」
「嫌だって言ったらやめるって言った…」
「それは最初だけだ。それ以降止められるわけねえだろ」
「…………」
「だから悪かったっつってんだろ」


優しい仕草から無造作にぐしゃぐしゃと撫で回す。振り払われないのはその行動すら辛いのか、満更でもないのか、今の二宮には分からない。


「…せっかくお休みなのに…」
「休みで良かっただろ。むしろ今日が学校だったら手出してねえよ」
「っ、と、泊まりに誘ってくれたのって、最初から、その、こ、これ、が、目当て…だったんですか…?」
「馬鹿言ってんな。抱きたいとは思っていたがそれ目当てじゃねぇよ。お前と一緒にいたかっただけだ」
「…っ!ば、ばかじゃないですか…!」
「お前が聞いたんだろうが」


二宮の偽りのない言葉に顔を真っ赤にして、紅葉は枕に顔を埋めた。隙間から見える耳が真っ赤になっているのに思わず口角が上がる。そのままその真っ赤な耳に口を寄せた。


「紅葉」
「!!」


耳元で低く名前を呼ばれ、びくりと反応した。その反応に気分が良くなる。


「本当に何も慣れねぇな」
「…う、うるさいです…!」


最近素直だった態度が一気に元に戻り、一切二宮を見ずに頭から布団をかぶった。


「まあ、どっちでも良いんだがな」


どちらも自分が愛した紅葉で、どちらも愛おしい。丸く膨らむ塊に小さく笑みを浮かべた。

そのとき、二宮の携帯が鳴る。この幸せな時間に何なんだと渋々画面を見ると、表示された名前は犬飼だった。
ならば出なくてもいいだろうと携帯をしまおうとした所で、紅葉が布団からそっと顔を出す。


「出ないんですか?」
「犬飼だ。構わん」
「でも二宮隊、今日防衛任務でしたよね?そのことかもしれないですよ?」
「変な気を遣うな」
「むしろ二宮さんがわたしに気を遣わないでほしいです。だから出て下さい」
「………」
「わっ」


無言で布団をかぶせられ、暴れた瞬間に身体に痛みが走り、大人しくなる。それを確認して二宮は電話に出た。


「…何だ」
『うわー不機嫌ですねー!あ、紅葉ちゃんとお楽しみ中でした?昨日の夜はまずいと思ったから今日にしたんですけどやっぱり朝からまた…』
「いいから用件を言え」


何でもお見通しの部下に眉間に皺を寄せつつ、先を促した。電話の向こうで僅かに笑い声が聞こえ、更に皺が増える。


『あ、それで防衛任務のことなんですけど、今日の防衛任務なくなりましたよ』
「何?」
『たまたま仁礼ちゃんに会ったときにちょーーーっと話をしたら、影浦隊が防衛任務代わってくれたんで』
「意味が分からん」
『俺も仁礼ちゃんも紅葉ちゃんが幸せになること願ってる同盟ですからね』
「だから意味が分からん」
『え?だって紅葉ちゃん今二宮さんの家にいるんですよね?たぶんベッドの上かなー?』
「………お前は俺の家を盗聴か盗撮でもしてんのか」
『ははっ、やだなー!そんなことするわけないじゃないですかー!たぶんそうだろうなーって思っただけですよ』
「………」
『まあそういうことなんで、防衛任務はないから今日は紅葉ちゃんとゆっくりして下さい』
「………ああ」
『でもあんまり無理させると明日帰ってくるお義兄さんが確実にぎゃーぎゃー言うと思うので、程々にして下さいねー』
「…うるせぇ」


電話越しに笑う犬飼に小さくお礼を言い、返事を聞く前に切った。


「犬飼先輩何の用だったんですか?」


再び布団から少しだけ顔を出す紅葉。どこかあざといその仕草は態となのかと責めたくなる。


「今日の防衛任務がなくなった」
「え?」
「影浦隊が代わったらしい。何故か知らんがな」
「影浦隊が…?影浦先輩、犬飼先輩も二宮さんも嫌いなのにどうして…」
「仁礼がどうとか話してたな」
「光?どうしてだろう…」
「さあな。だが、」


ベッドに腰掛けて紅葉へと手を伸ばし頬に触れた。


「今日1日は、ずっとお前を独占していられるという訳か」
「…!」


大きく目を見開いた紅葉はまた布団をかぶろうとしたが、それを阻止して顔を寄せ、口付ける。


「ん…っ」


ぐっと布団を握り締めた紅葉の唇に何度も何度も短く触れ、最後に指で撫でて離れた。布団から覗く二宮のシャツを着た姿に満足気に笑う。全て自分のもののようで満たされる感覚だ。


「今日くらいは何でも言うこと聞いてやるよ。どうせしばらく動けねぇだろうからな」
「………」
「紅葉?」
「……じゃ、じゃあ…もう1回…、…キス、してほしい…です…」
「……煽ってんじゃねぇよ」


そう言いながらも再び紅葉に口付けた。今度は先ほどよりも深く、求めるように。しばらく口付けてから唇を離すと、やはり紅葉は息を乱していた。蒸気した頬と潤む瞳に、ずっとこのまま初な反応も良いかもしれないと密かに思う。


「…お腹空いた」
「てめぇキスした直後の感想がそれか」
「か、感想ってわけじゃないですよ!キスは、その、いつも、気持ち良いし……」
「………」
「じゃ、じゃなくて!お昼!お昼食べたいです!」
「……はぁ。じゃあ作ってやるからゆっくり起きて来い」
「!はい!」


くしゃくしゃと頭を撫でられ、紅葉は頬を緩ませる。何度撫でられてもやはり気持ちが良い。二宮に頭を撫でられるのが何よりも好きなのだ。
まるで犬猫のように撫でるときもあるが、愛しいものを扱うように撫でるときもある。その違いが最近分かり始め、そこで二宮のそのときの気持ちも分かるようになった。そのお陰か、今までよりももっと撫でられることが好きになったのだ。


(…これは、ちょっと動物と同じ扱いだけど…これも結構好きなんだよね…)


二宮に触れてもらえるのは何だって嬉しい。相当自分は惚れ込んでしまっていると呆れた。


「…相当惚れ込んでるな」
「!!」


心を読まれたのかと驚いて二宮を見つめると、愛し気な瞳と目が合った。


「傍にいるだけで良いと思ったが、それじゃ足りないようだ。いつでもお前に触れたくなる」


撫で方が変わった。これは、愛しいものを扱うときの撫で方だ。紅葉の心臓が早鐘を打ち出す。
同じ気持ちであったことが嬉しい。けれど、それを口にすることは出来なくて。頭を撫でる二宮の手を取り、頬を寄せた。


「紅葉?」
「………」
「どうした?」
「……いえ。お昼、楽しみにしてますね」
「ああ。動けるようになったら夕飯の買い出しにでも行くか」
「は、はい!行きます!」


嬉しさにがばりと起き上がり、身体に走った痛みに呻く。それに小さく笑い、ゆっくり起きて来いと再び声をかけて二宮はキッチンへと向かった。
その後ろ姿を頬を染めて見つめる。
大切にされているのが痛いほどに伝わりむず痒い。
早く普通に動けるようになって二宮の手伝いをしなければとベッドから降りようとし、固まる。

きっちりとボタンは止まっているが、服は二宮のシャツのままで、下には何も身につけていなくて。今までこれで二宮と話していたのかと思うと、急激に顔に熱が集まった。ぶわっと頬を染める。痛む身体を動かして慌てて着替えを始めた。

◇◆◇

昼食を食べ終え、紅葉は満足気にソファへと寄りかかる。家で食べるとはまた違う料理が美味しい。しかし昨日自分が作ったものとはやはり違い、どこか複雑な気持ちになる。


「どうした?口に合わなかったか?」
「え!そ、そんなことないです!凄く美味しかったです!」
「そうか。なら良いんだが」
「……ただ、ちょっと嫉妬しました」
「嫉妬?」
「……わたしのと比べ物にならないくらい二宮さんの方が美味しいから…」
「そんなことねぇだろ。お前のも充分美味かった」
「………」
「俺は紅葉が作った料理の方が好きだがな」
「!、で、でも…もっとちゃんと作れるようになるまで二宮さんには作りません…」
「俺のために練習か?」
「わ、悪いですか!!」


何故か半ギレの紅葉に二宮は喉を鳴らして笑った。そのことに紅葉は眉をひそめる。


「いや?悪いどころか良いな。だが、それまでお前の料理が食えない上に、練習するのはどうせ家だろ?それを毎日出水が食うのかと思うと妬けるな」
「や、妬けるって…公平相手にですか?」
「当然だろ。お前はもう少し双子としての距離を考えろ」
「?」


分かっていない紅葉に溜息をついた。兄弟がいないためにどの距離が正しいのかなどは分からないが、出水と紅葉の距離感が間違っているのだけは分かる。


「でも失敗したのとか食べさせるなら公平が1番良いんですけど…」
「…失敗したのも俺が食うから練習はウチでしろ」
「それ練習じゃなくて本番じゃないですか!」
「本番、か」
「な、なんですか…」
「いや」


二宮のために作るという言葉が嬉しかった。ただそれだけだ。


「俺が教えてやるからそれで良いだろ」
「え…?」
「俺のために作るなら、俺が教えた方が俺好みの味になるだろうしな」
「二宮さん、好み…」
「今日から教えてやる。少ししたら買い出しに出かける。用意しておけ」
「は、はい!」
「その前にとりあえず服買いに行くぞ」
「服?」
「お前の服だ」
「え?何でですか?」
「その格好に言いたいこともたくさんあるが、まあそれより、ウチに何着か置いてあればいつでも泊まりにこれるだろ」
「!!」


いつでも。また泊まりに来て良いのかと思うと胸が高鳴った。また、二宮と一緒に、この幸せな時間を過ごせる。そう思うだけで頬が緩んだ。


「はい!」


意外にも素直に頷いた紅葉に、二宮は小さく笑みを浮かべた。

◇◆◇

出かけるにしては少し遅い時間。そんな時間に二宮と紅葉は家を出た。服と夕飯の買い出しのために。
先に服屋に来た2人はうろうろと店内を見回す。


「服って自分で選ぶと光や友子たちがうるさいんですよね」
「だろうな」
「だろうなってなんですか」
「そのままの意味だ」
「……じゃあ、二宮さんが選んでくれるんですか…?」


ちらりと隣を伺って問えば、にやりと口角を上げて見つめ返される。どきりと視線を前に戻した。


「俺好みになりたいとは殊勝な心がけだな」
「…そんなの…二宮さん好みになりたいに決まってるじゃないですか…」


小さく呟いた言葉に今度は二宮が動揺する番だった。絶対にぎゃーぎゃーと突っかかってくると思っていたのに予想外の反応で。頬を染めて俯く姿に胸が高鳴った。


「…選んでやるから試着してみろ」
「…は、はい」


微妙な距離をあけて店内を歩き出す。服は二宮に任せ、紅葉は下着を買いに。流石にこれを選ばれるのは恥ずかしい。何よりサイズを見られたくない。


「……二宮さんはどんなのが好みなのかな…」


そう口にして慌てて頭を振る。しかし昨日のことを鮮明に思い出してしまい、顔を真っ赤にした。一体何を考えているんだと大きく深呼吸をする。
気を取り直して下着を選んだが、それが二宮の色みたいだと選んだことに気付かず、そのまま二宮の元へ戻るとすでに数着の服が選ばれていた。それを渡される。


「着てみろ」
「ショートパンツにミニスカートにワンピースに…」
「どれが良いかは見てから決める」


しっかりと全身コーディネートされたものを渡され、紅葉はうっすらと頬を染めて頷いた。自分のために選んでくれたことが嬉しい。
試着室に入って着替えている途中、これはデートなのかと疑問に思った。付き合って間もないわけなのだからデートというデートはしていない。ほとんど模擬戦ばかりだ。


(で、デート…だったりするのかな…)


そう思うだけで浮かれた。
遊園地などの人が多い所は好きではない上に、乗り物全般は嫌いだ。だからといっておばけ屋敷など以ての外で、普通の可愛らしい女子のように楽しめないことは知ってる。だからこういうデートは理想的だった。


「おい、着替え終わったか?」
「あ、は、はい!」


そこから二宮が選んだたくさんの服を着ては見せを繰り返し、無言で次だ、という二宮に不安を覚えつつ、全ての試着を終わらせた。
紅葉はあまり服にこだわりがないため、着れれば何でも着る。気に入るか気に入らないか、それだけだ。そんな紅葉からするとどれも可愛かったのでどれになっても良いのだが、二宮は無言のまま最後の服を試着している紅葉をじっと見つめている。

どれも似合わなかったのではないかと不安になった。


「に、二宮さ…」
「次は夕飯の買い出しだな」
「は?」
「支払いはもう済ませてある。行くぞ」


そう言いながら踵を返した二宮の手には大きな紙袋が。恐らく全ての服が入っているのだろう。


「……ちょ、はあ!?」
「何だ」
「な、何だじゃないですよ!え、ぜ、全部買ったんですか!?」
「ああ」
「は、え、な、何で!?どれが良いかは見てから決めるって…」
「どれも似合ってたんだから仕方ねぇだろ」
「!!」


紅葉に視線を向けることなく進む二宮を追いかけ、その背中に問いかける。店を出てからも二宮は紅葉を見ようとしない。


「……に、似合って、ました…?」
「…ああ」
「……二宮さんが、選んでくれたから、ですかね…?」
「……そうだな」
「………二宮さん好みに、な、なりました…か…?」
「………」


勇気を出して恐る恐る問いかけた言葉。何も答えてくれないかと思ったが、斜め後ろから見えた耳は赤く染まっていた。そして、ぽつりと小さな小さな声が聞こえ、紅葉も顔を真っ赤にするのであった。


最初から俺好みだ。っと吐き出された言葉に。


◇◆◇

もどかしい雰囲気のまま夕飯の買い出しを始めた。最初はお互いに固かったが、段々といつも通りに戻ってきて。惣菜のコーナーでコロッケを見つけた紅葉が瞳を輝かせたのに溜息をつき、作ってやるからと手に持ったコロッケを戻させた。

あれが食べたいこれが食べたいと楽しそうに話す紅葉を穏やかな瞳で見つめ、今度作ってやると次の約束をする。

そして買い出しをし終え、二宮の家へと向かう。全ての荷物を持つ二宮に自分も持つと食い下がり、1番小さな袋を渡された。少し不満だが、気を遣われているというより大切にされている気がして微笑む。


「どうした?」
「い、いえ!こ、コロッケ、楽しみだなぁって…」
「今日はお前に教えるためだぞ」
「分かってますよ!」


一緒に作れることすら嬉しい。緩む頬を抑えられず、それを見られないように二宮の前を歩き出した。


「随分とご機嫌だな」
「……いつもと変わらないですよ」
「まあ、確かに泊まってる間はずっと機嫌が良いみたいだしな」
「………」


二宮と一緒にいられるのだから当然だ。しかしそれは言わずに足を早めた。


「おい、転ぶぞ」
「そんな子供じゃないですけど!?」


思わず振り向くと優しい瞳で見つめられ、紅葉は慌てたように再び前を向く。恥ずかしくて視線を合わせていられない。
そしてそこからは2人とも無言で家へと歩き続けた。気まずいわけではなく、沈黙すら心地よく感じ始めている。
歩幅が違い、ズレて聞こえる2人の足音。こうして一緒にいられるだけで満たされていく。
頬を染めたまま、紅葉は小さく笑った。

帰ったら2人で料理を作り、一緒に食べ、いつものように一緒に眠る。そんな甘い幸せな時間に思いを馳せて。


◇◆◇


6日目をゆったり過ごし迎えた7日目の朝。

今日は紅葉を帰らせなければいけないために夜は必死に理性と戦った。
料理に顔を綻ばせる表情も、新しいパジャマに身を包む姿も、風呂上がりに香る好みの香りも、全てが理性を壊しにかかったが、初めてで無理をさせてしまったためにこれ以上はダメだと必死に自分へ言い聞かせ、何とか朝を迎えることが出来た。

腕の中で眠る姿に小さく微笑む。どこまでも安心しきったその表情を見つめて。


「…起きろ、紅葉」


昼ぐらいに遠征部隊が帰ってくる。紅葉が昨日、それを迎えに行くと言っていたために起こすが、起きる気配はない。


「おい、起きろ。本部行く前に家に帰るって言ったのはお前だろ」


泊まったことを双子の兄にバレないように家に荷物を置き、親にも口止めをしなければと話していた。だから早めに起こそうと頬を軽く叩くと、紅葉はようやく身じろぎする。


「ん…む…」
「起きろ。早くしねぇと家に帰ってる時間なくなるぞ。俺は構わんが、お前が困るんだろ」
「…あと…1時間…」
「なげぇよ」
「うー…」


むにーっと頬を引っ張ると紅葉は目を瞑ったまま眉をひそめた。今日はいつにも増して起きない。


「…じゃあ…あと、5分…」
「……ったく」


そう言いつつも甘やかしてしまう。頬から手を離して頭を撫でた。紅葉は気持ち良さそうな表情で擦り寄ってくる。
眠っている姿が可愛くて仕方ない。けれどこの寝顔を見れることはしばらくはないのだ。双子の兄が帰ってきたら、次はいつ泊まりにこれるか分からないのだから。


「知らねぇからな」


優しく頭を撫で、眠りを促した。


◇◆◇


「もーーーー!!二宮さんのばかぁぁぁぁ!!どうして起こしてくれなかったんですか!」
「起こしたって言ってんだろ」
「公平を迎えに行く前に家に戻って色々やることあるのに!ギリギリじゃないですか!」
「お前が起きなかっただけだ」
「二宮さんいつも起きてるから安心して目覚まし任せたのに!」
「おい」
「でもとりあえず間に合う…!」
「本当に寝てるときとは大違いだな」
「あ、二宮さん今日が防衛任務になったんですよね?わたしのことはいいので本部行って下さい」
「ああ」
「えーっと、制服も着替えも荷物も持って…忘れ物は…」
「紅葉」
「はい?」


玄関で最終確認する紅葉に二宮は袋を差し出した。それを見て首を傾げる。


「これ、持って帰れ」
「これは…」


受け取った袋の中身を覗くと、そこには新品のシャンプーセットが入っていた。もちろん紅葉が二宮の家で使っているものだ。


「え、こ、これ…!」
「帰ったらまたその香りが消えるだろ。だから家でもそれを使え」


まるでどこにいても自分のものでないと気が済まないような発言。その独占欲が嬉しく感じてしまった。はにかんで大きく頷く。


「…はい…!」


その笑みに二宮も小さく笑い、ぽんっと頭を撫でた。


「何か忘れもんがあってもまた来れば良いだろ」
「っ!あ、遊びに、きます…」
「泊まりに来い」
「……い、良いんです、か…?」
「良いに決まってんだろ。むしろずっと帰したくはないな」


頭から手を下ろし、紅葉の顎をすくう。途端に赤くなってしまった紅葉に口角を上げた。そのまま顔を近付け、口付けを落とす。


「んっ」


漏れた声に一昨日の夜を思い出した。身体目当てではないが、紅葉が良ければまた、と。触れるだけでは足らずに舌を入れると紅葉の身体に力が入った。
口内を荒らすと、恐る恐る紅葉から舌を絡めてくる。積極的になるその行動に笑みを深めた。
散々紅葉の口内を荒らし、満足してゆっくりと離れる。息を乱す紅葉はぎゅっと二宮の服を掴んでおり、その手を外させ、ある物を握らせた。
きょとんとした紅葉が握ったものを確認しようとした所で、今度は軽く口付ける。触れるだけの甘い口付けを。


「これでまた、いつでも泊まりに来い」


そう小さく微笑んだ二宮に、紅葉は頬を染めて頷いた。やはり、幸せを感じている。


「って、あ、時間!そ、それじゃ二宮さん!また!行ってきます!」
「ああ」


バタバタと慌ただしく出て行った紅葉に名残惜しさを感じた。すぐにまた本部で会えるというのに。昨日ずっと一緒にいたせいだろうか。けれどまだ、一緒にいたいと思ってしまうのだ。


「相当惚れ込んでるな」


分かってはいたがそう呟かずにはいられなかった。


◇◆◇


一方紅葉は近くのバス停からバスに乗り、自宅方面へ向かっていた。やっと落ち着くことができ、そこでやっと二宮に握らされたものを思い出し、握り続けていた手を開いた。


「…っ!!!」


掌に乗っているのは1つの鍵だ。
叫びそうになるのをバッと口を押さえて悶える。

二宮は、"これで"また泊まりに来いと言っていた。つまり、この鍵は…


(合鍵……っ!?)


ぶわっと全身が熱くなるのを感じ、その気持ちをどうすることも出来ずに目の前の席にガンっと頭を打ち付ける。幸い人が少ないために前の席には誰も座っていないし音にも気付かれていない。
そんなことを気にかけられる余裕もなく、真っ赤な顔でその鍵を握り締めた。


(二宮さんの、ばか…!)


本部で会ったとき一体どんな顔をして会えば良いのだと、嬉しすぎる出来事に頭が追いつかず、心の中で暴言を吐く。
とりあえず二宮に伝えることは3つだ。


ばか、と。ありがとうございます、と。




大好きです、と。


−−−−−−−−

お泊まり完結!

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