お・泊・ま・り(5日目)

5日目の朝、ゆっくりと目を開いた紅葉は、優しく見つめてくる二宮を視界に捉え、今日も慌てて飛び起きた。相変わらず慣れない。
そんないつも通りの反応に安心し、急いで支度をする紅葉を見つめながら二宮は大きな欠伸を漏らした。

◇◆◇

学校で仁礼と熊谷から質問攻めに合い、本部で氷見と三上に問いただされ、そして那須に出会い、何も言わずに微笑まれた。
とりあえず全員から逃げ延び、二宮隊の隊室へ駆け込む。氷見はここに来てしまうが、1人だけを相手にする方がマシだ。
昨日あったことを話すなんて恥ずかしすぎる。
自分の行動と、深いキスと…カァっと顔に熱が集まった。


「紅葉ちゃん隊室来て早々に顔真っ赤にしてどーしたの?」
「!?」


にやにやとしたような声音に、紅葉は慌てて顔を上げた。声音同様、やはり目の前の男はにやにやとしていた。


「二宮さんと何かあったって顔だね?」
「っ、ち、な、そ…!」
「言葉になってないよ」


ケラケラ笑い出した犬飼に眉を寄せる。
そこへ氷見が来たものの、すぐに二宮が来たために特に深く追求されることはなく、ほっと息をついた。

◇◆◇

いつも通りに訓練をし、終われば日課のように二宮の家に向かう。けれど、家に入ってからはいつも通りではなかった。

2人がソファへ腰掛けると、二宮は大きな欠伸を漏らしたのだ。そのいつもでは有り得ない姿に驚いて見つめる。


「…二宮さん…?」
「…なんだ」
「もしかして、眠いんですか?」
「………」


ここ数日まともに寝ていない。紅葉が泊まらなかった3日目は多少眠ったものの、心配でよくは眠れなかった。
当然、眠くて仕方がない。


「…寝ても、大丈夫ですよ…?」
「お前が困るだろ」
「いえ、困らないです」
「いい」
「でもさっきから凄い眠そうですけど」
「…眠くねぇ」
「…絶対ウソだ」


いつもより数割増しに目付きが悪い。嘘なのが丸分かりだ。


「…寝れてないの、わたしのせいですよね…」
「………」


違うと言いたいが事実なだけに否定出来ない。けれどその理由など言えるわけがなかった。結局黙るしか選択肢がない。


「わたし、今日はソファで寝ますよ?」
「何言ってんだ。そんなことさせられるわけねぇだろ」
「このソファ気持ち良いし寝心地良いし、問題ないです」
「大有りだ」
「二宮さん1人で寝た方がゆっくり眠れるじゃないですか」
「…いいんだよ」
「でも…」
「俺がお前と寝たいから良いんだよ」
「っ!」
「腕の中にいる方が安心する。ソファで寝られたら余計気になって寝れねぇだろうが」
「……っ」
「…だから、今まで通りで良い」
「………は、い」


すっと頬を染めて頷いた。もちろん、自分も二宮と一緒に寝る方が好きだから。その言葉に嬉しくなる。
そんな紅葉の肩に、二宮がこてんっともたれかかった。重くなった肩にどきりと心臓が跳ねる。


「に、二宮さん…?」
「…悪いな、やはり少し、寝かせてくれ」
「そ、それは、良いんですけど…」
「重いか?」
「い、いえ!全然!」
「じゃあちょっと肩貸せ」
「…っ」
「…おい、肩に力入れんな」
「…む、む、無理です…!」


身体が強張り肩に力が入っているせいで固い。寝づらいことに文句を言うが、紅葉は緊張でそれどころではないようだった。俯く顔は赤い。


「ね、寝づらいなら、何も、わたしにもたれなくても…っ」
「…問題ない」
「大有りです…!」


先ほどと逆の同じやりとり。
確かにこれでは寝づらい。紅葉も辛いのだろうか。そう考えていると、ふと、スカートをぎゅっと握る紅葉の手が目に入った。
強く握っているせいでスカートはいつもより短くなり、そこから伸びる足に思わず目がいく。
少し悩むも、自分の欲望に従うことにした。最近ずっと我慢していたのだからこれくらいは良いではないか、と。


「………」


二宮は無言で紅葉の肩から離れ、そのまま紅葉の太ももに頭を乗せた。当然紅葉は驚く。


「へ!?に、に、にの、二宮さん…!?」
「…うるせぇ。黙ってろ」
「だ、だまっ、だ、って…!」
「寝ても良いっつったのはお前だろ」
「そう、です、けど…!」
「…嫌ならやめる」
「…っ」


またこれだ。嫌なら。もちろん嫌ではない。恥ずかしいだけだ。文句を唇を噛んで抑え、その恥ずかしさを隠すように小さく息をつく。


「…嫌じゃ、ないです…」
「…そうか」


ちょうどいい柔らかさの太ももに心臓が早鐘を打ち出した。これはやはり寝れないのではと考えていると、そっと、頭を撫でてくる手に驚く。


「…おやすみなさい、二宮さん」


静かな声音で囁かれ、優しくゆっくりと頭を撫でる。普段されない行動に動揺しつつも、その心地良さに瞼が重くなっていく。
これはいつも紅葉がすぐに眠ってしまうのも仕方がないと小さく笑った。


「紅葉」
「は……っ」


はい、と、返事をする前に頭を引き寄せたられて口を塞がれた。目を見開く紅葉ににやりと口角を上げ、二宮は再び紅葉の太ももへ頭を乗せる。


「おやすみ」
「…っ…なさい」


ここ最近の寝不足と、頭を撫でられる心地良さ、そして頬を染める紅葉への満足感と安心のお陰か、二宮はすぐに眠りに落ちていった。

しばらくして重くなった頭に二宮が眠ったことが分かった。それでも頭を撫でる手を止めない。


「…こんな無防備な姿…見せてくれるんだ…」


朝起きると二宮はいつも目を覚ましていて。眠っている姿など初めて見た。貴重なその光景を目に焼き付けるようにそっと顔を覗き込む。


「……かわいい」


子供のように眠る寝顔に頬が緩んだ。
いつもの眉間にシワが寄った表情とは大違いで、思わず言葉が漏れてしまった。


「…普段はかっこいいのに、眠ってるときは、可愛いなんてずるいですよ」


起きていると恥ずかしくて中々言えない言葉も、相手が眠っているなら何でも伝えられる。


「……すき、です。二宮さん」


すやすやと寝息を立てる二宮に紅葉ははにかんだ。
完全に寝入っているのを確認し、紅葉はそっと二宮の頭をずらして抜け出す。刺激を与えないようにゆっくりと。
起こさないように抜け出すのに成功した。顔を覗き込んでも起きる気配はない。


「…よし」


今日はやることがある。
ここ数日全てのことをやってもらっている。だからたまには自分からお返しをしなければ、と。
片付けのときしか立ち入らないキッチンへ向かった。そして冷蔵庫を開ける。
眉を寄せながらも中の物を見つめ、はっとした。


「これなら…作れる…!」


料理が得意なわけではない。冷蔵庫にある適当な食材で作るなど出来ない。けれど前に家庭科の調理実習で作ったものなら出来る。そしてその食材が冷蔵庫には入っていた。


「…おしゃれな料理とかじゃないと喜ばないかな…」


最近習ったのは『豚の生姜焼き』だ。一般的過ぎて二宮が食べているイメージがない。作ろうと意気込んだ矢先、勝手に落ち込む。


「で、でも…!何もしないより良いよね…?二宮さんなら何でも、喜んでくれ………るかな…」


再びがくっと項垂れた。けれどいつも風呂に入っている間に作っていてくれるのは悪い。だから自分も、二宮が眠っている間に作ってあげたい。やっと決心がつき、拳を握った。


「…よし、作る…!」


二宮のために、と気合を入れた。


◇◆◇


少し騒がしい音に、二宮はゆっくりと目を覚ました。まるで何時間も眠っていたようにだいぶ身体が軽くなっている。


「え、えっと…!それから…あ、待って待って焼けるの早い…!」


何やら慌てている声が聞こえ、身体を起こしてそちらに視線を向けた。キッチンで紅葉がバタバタと騒いでいる。何をしているのか声をかけようとしたが、その真剣な表情に口を閉ざす。


(…料理をしているのか…?)


漂う香りに紅葉の動き。そう推測出来た。様子を見ていると時々危なっかしい行動をする。今すぐに手を出したい。良いから座ってろと代わりたい。けれどその真剣な表情がそれを阻む。


(…食いたいものでもあったのか?)



言えば作ってやるのにと思いながらも紅葉を見つめる。自分の家で料理をする紅葉に、何とも言えない幸せな気持ちになった。
まだ夢の中なのではないかと思えるほどに。
抱き締めたい衝動に駆られるが、必死な紅葉の邪魔をしたくはない。起きているのに気付いたら気が散ってしまうかもしれないと思い、二宮は再びソファに横になった。

目を閉じると聞こえるのは料理を作る音。数日間泊まっているだけなのに、まるで、一緒に住んでいるような錯覚を起こす。


(…いつか、な)


そんな未来に思いを馳せた。


「で、できた…!」


もう一眠りしようとした所で、紅葉から声が上がった。再び目を開ける。


「だ、大丈夫だよね…?ちゃんと…出来てるはず……、あ、に、二宮さん起こさないと!…あー…でも起こすのは可哀想な気もするな…でも冷めたら美味しくない…」


1人で唸る紅葉に小さく笑い、二宮は身体を起こした。


「…どうした」
「!二宮さん、起こしちゃいましたか…?」
「良い匂いがしてな。今起きた」


しれっとウソをつく。見ていたなど言えない。もちろんそんなウソに気づく訳もなく、紅葉はまたバタバタと準備をし始めた。
そして目の前に運ばれてきたものに目を丸くする。


「………これは」
「あ、あの…これ…ちょっと焦げちゃって…」
「………」
「料理とか、あまり得意じゃないけど…その、に、二宮さんに作ってもらうばかりじゃ悪いと、思って…食べて、もらい…たく、て…」


尻すぼみになる声と、赤く染まる頬。
けれどしっかりと聞き取れた。食べてもらいたい、と。


「……俺に…か?」
「………」


無言でこくこくと頷く。身体の前で握られている手は震えていた。


「…二宮さんみたいに、美味しいか分からないし、おしゃれな料理とかじゃ、ない、けど…」


その言葉を聞き、もう一度料理に視線を戻した。不恰好だけれど家庭的な料理に心が温かくなる。


(俺のため、か…)


小さく笑って紅葉が作った料理を口へ運ぶ。それをじっと見つめる紅葉は不安そうだ。しっかり味わって、ごくりと飲み込む。何も言わずに見つめ続ける紅葉に苦笑した。


「美味い」
「…っ!!」


たった一言。思ったことを率直に伝えれば、不安そうな表情から一変、紅葉の表情は途端にぱぁっと輝きだす。


「…ありがとうな」
「…っ、い、いえ…!」


優しい表情にはにかんだ。
そして自分も隣に腰を下ろし、作ったものを食べてみる。見た目はあれだが、確かに味は美味しかった。二宮ほどではないが。


「…いつか二宮さんより美味しく作ってみせます」
「……ああ、楽しみにしてる」


そこでも負けず嫌いなのかと思ったが、それよりも。そのいつかは一体どれほど先のことを示しているのだろうか。それまでずっとこの関係が続くと思うと、自然と頬が緩んだ。
ずっと、こうして一緒にいられるのだと。
そのいつかが来ても来なくても、どちらでも良い。紅葉が側にいれば、良い。

隣で不満げに唇を尖らせる愛しい恋人の頭を引き寄せた。



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