お・泊・ま・り(4日目)

朝にぐだぐだとする仁礼に溜息をつき、その仁礼にくっついている紅葉を起こそうとすれば擦り寄られる。その行動に熊谷は苦笑した。


「まさか二宮さんにもこういうことしてるんじゃないでしょうね…」
「くまちゃん、早く紅葉ちゃん起こして?遅刻しちゃうわ」
「はいはい」
「じゃあ私たちは先に行くね」
「ごめんね、那須ちゃん」
「こっちこそバタバタしちゃってごめんなさい」


進学校組の2人は少し遠いからと先に出て行った。まだ眠そうにする2人を叩き起こし、熊谷たちも学校へ向かう。

そしていつも通り何事もなく学校生活を送り、放課後。紅葉は本部へ向かおうとしてはっとする。


「今日は…二宮さんの家に泊まって良いのかな…」


昨日一言送っただけでそれ以降連絡をしていない。
いきなり泊まらないと言って、それなのに今日普通に泊まろうとするのはおかしいだろうか。


「………」


それを許可するのは二宮だ。とりあえず電話をすることにした。1日振りに声を聞く。ドキドキと通話ボタンを押した。
そしてワンコールですぐに繋がり、心の準備も出来ないままに二宮の声が聞こえ、固まった。


「…紅葉、何で今まで繋がんねぇんだよ」
「…え、あ…すみません…」
「すみませんじゃねぇ。今日は絶対来い」
「はい、これから本部に行きます」
「それは当たり前だろ。本部じゃなくて俺の家だ」
「…え…?と、泊まって…良いんですか…?」
「泊まれ」
「……はい!」


声音はどこか不機嫌だが、その言葉にはにかんで返事をした。

◇◆◇

自宅で再び泊まる準備をし、本部へ向かう。真っ直ぐに二宮隊の隊室を訪ねると、二宮隊は全員揃っていた。紅葉に気付いた氷見が小さく手を振り、それに振り返す。最近かなり仲良くなったと思っている。


「紅葉ちゃんとひゃみちゃん、随分仲良くなったねー?お泊まり効果かな?」
「泊まり…?」
「あれー、二宮さん知らなかったんですか?昨日紅葉ちゃんたち女の子同士でお泊まりしてんですよー」


自分で言うなと口止めしたにも関わらず、白々しくにやにやと答える。しかしそれに気付かないほど二宮の表情は険しくなっていた。


「どうして俺に連絡してこない」
「え、しましたよ?」
「あんな一文で納得出来るわけねぇだろ」
「二宮さんの家に泊まらないことだけ伝えれば良いかと思って…」
「良くねぇよ。心配するだろうが」
「…っ」


頬を染めてばっと顔を逸らした紅葉の反応に、自分が何を言ったのか気付き、二宮もそっと視線を逸らした。


「ほーら、二宮さんは紅葉ちゃんのこと好きで好きで心配で堪らないんだからあんまり心配かけちゃダメだよ」
「…おい」
「…っ…ていうか、犬飼先輩は何で全部知ってるんですか…」
「さあ?何でだろうねー?」


にこにこ笑みを浮かべる犬飼に、二宮と紅葉は同時に溜息をついた。


「紅葉、今日もやるんだろ」
「!はい!お願いします!」


ただそれだけを言って訓練室へ向かう二宮に、紅葉は慌てて追いかけた。それを見送って犬飼は小さく溜息をつく。


「やるならもっと違うことがあると思うんだけどなー。家で2人っきりなんだから。ねぇ辻ちゃん」
「な、ど、どうしておお俺に聞くんですか…!」
「あれ、辻ちゃんってば何動揺してるの?いっやらしー!」
「ち、ちが…!」


真っ赤な顔の辻をからかう犬飼。その光景に氷見は苦笑した。今日の紅葉のお泊まりは、本当にどうなることかと心配して。


◇◆◇


射手の訓練が終わり、車に乗って二宮の家へ。前に車でキスをしたせいか、やけに警戒している紅葉の唇を奪うことが出来ず、家に着いた二宮は再び不機嫌になっていた。昨日から触れていない紅葉に触れたい。

少し慣れたようにリビングへ向かう紅葉。その後姿に我慢出来ず、そっと、抱き締めた。もちろん突然のことに紅葉の身体は固くなる。


「に、二宮さ…!」
「少し大人しくしてろ」
「な、な、なん、で…!」
「……何でもだ」


ぎゅっと抱擁を強くした。鼻をくすぐる香りは確かに紅葉のもので満たされていく。しかし髪に顔を埋めると、あのシャンプーの香りはしなかった。僅かに眉を寄せる。


「に、匂い嗅がないで下さい!」
「暴れんな」
「二宮さんが嗅ぐから…!」
「安心するからな」
「あ、安心…っ…は、離して下さい!」


前よりも強く暴れる紅葉に思わず手を離した。二宮から距離を取った紅葉の顔は赤い。それを隠すように俯く。


「きょ、今日…体育あったから…!」


そんなことかと呆れたが、その雰囲気を感じ取った紅葉は二宮を睨んだ。


「嫌なものは嫌なんです!」
「何も言ってねぇだろ」
「…そんな空気でした」
「だから俺は気にしねぇって…」
「だからわたしは気にするんです!」


赤い顔で睨んでくる紅葉に溜息をついた。まさか車で警戒が強かったのもこういうことだったのか、と。
面倒臭いと思いつつ、それを気にしているのが可愛くて仕方がない。今日もまた我慢が続きそうだ。

◇◆◇

前と同じように紅葉が風呂に入っている間に二宮が料理を作る。やはり豪華だった。


「…二宮さん何でも出来ますね」
「ああ」
「否定しないとか…」
「事実だか…」


そこでやっと風呂上がりの紅葉を見て固まる。あのダサいTシャツではない。女の子らしく可愛いパジャマだった。思わず頭を抱える。


「え、に、二宮さん?」
「…その服」
「あ、これ玲に借りました。いやむしろ貰いました。…なんか、持ってけって言うんで」
「………」
「でも玲が着る分には可愛いけど、わたしはあまりこういうの着ないから変な感じです」
「………」


困ったように笑った紅葉に、似合っていると言うことが出来なかった。言えばきっと今度は照れたように笑う。その表情を見たい気持ちもあったが、そんな顔を見てしまえばまた自滅することは目に見えている。少しは学習したのだ。


「…似合って、なくはない」
「え?」
「何でもない。さっさと食え」
「はい!いただきます!」


隣に座った紅葉からあのシャンプーの香りがした。元に戻った香りに頬が緩む。美味しそうに料理を食べる紅葉を優しく見つめ、自分も料理に手を付けた。


◇◆◇


どうせ今日も自分が風呂に入っている間に寝てしまっているだろうと油断していた。
しかし、風呂から出てリビングへ来てみると、紅葉はしっかりと起きている。


「…起きてたのか」
「…いつも、先に寝ちゃってるんで…たまには起きてないとと思って…」
「別に気にしないで寝てて良い」
「………」
「紅葉?」


こちらを向かない紅葉の名前を呼びながら隣に腰を下ろした。俯く顔は何故か赤く染まっている。


「………わたし、が…二宮さんと、もう少し、話してたい、から…」


きゅっと膝の上で握られた拳を二宮は優しく取る。驚いて顔を上げた紅葉のその手を引き、自分の胸に抱き寄せた。中途半端に二宮の膝に乗り上げ、両手を肩に置いて態勢を保つ。


「…っ!」
「お前が昨日ウチに泊まらねぇから話し足りねぇんだろ」
「…ま、まだ、言いますか、それ…」
「当たり前だろ」


最初は抵抗されると思ったが、紅葉は至近距離の態勢で大人しくしている。


「随分大人しくなったな」
「…二宮さんが、さっき、大人しくしてろって…」
「それで大人しくしてなかったのはどこのどいつだ」
「…だってお風呂入ってなかったから…」
「入っても入らなくても、紅葉の香りなのに変わりねぇだろ」
「…っ」
「……だが、やはりこのシャンプーの方が良いな」
「………はい」


僅かに緩んだ頬で小さく頷いた。まだ緊張で強張っている紅葉の身体を支えたまま、ぐっと引き寄せる。それに逆らうことなく、紅葉も腕の力を緩めた。そして優しく重なる唇。
ようやくキス出来たことに満たされていく。何度も何度も、ついばむようにキスを繰り返した。控えめに服を掴んでくる紅葉に抑えが効かなくなり、もっともっとと舌を出す。けれど紅葉の口は固く閉ざされていた。


「…口開けろ」
「……む、無理、です…っ」
「何でだ」
「………」
「嫌か?」
「っ、…い、やじゃ、ない…けど…っ」
「なら口開けろ。紅葉が足りない」
「〜〜〜っ、ば、ばかじゃないですか…!」
「うるせぇ」
「ん…っ」


赤い顔で文句を言おうとした紅葉の口を再び塞いだ。そして僅かに開いている隙間から舌を捩込む。
紅葉から漏れた鼻から抜ける甘い声に気分が良くなった。
昨日触れられなかった分を埋めるように深く、深く、歯列をなぞり隅々まで味わう。
くちゅくちゅと音を鳴らして逃げる舌を絡め取り、舌裏を舐めると肩に置かれていた紅葉の腕ががくがくと震え、ついに崩れた。限界かと名残り惜しくも口を離すと、紅葉はそのまま二宮の胸にへたりと倒れた。
やはり息は荒い。慣れていないその反応に口角が上がる。


「大丈夫か?」
「……っ」


答えられずに胸に顔を埋めた。そんな甘えるような仕草に優しく頭を撫でる。
何度も繰り返すその手にドキドキとしていた鼓動は段々と落ち着きを取り戻し、眠くなかったはずが安心して瞼が落ちそうになる。二宮の温もりに包まれ、心地良い。まだ、話していたいのに。


「…寝るか」
「……全然、話して、ない…」
「また明日もウチに泊まるんだから話すのはそのときでも良いだろ」
「…………はい」


少し嬉しそうに頷いた紅葉の髪に口付けを落とし、紅葉が立ち上がってから自分も立ち上がった。そしてベッドへと向かっていくと、紅葉もちゃんとついてくる。先にベッドへ入り、場所を開けると、紅葉は何の迷いもなくそこへ寝転んだ。そんな紅葉をいつものように後ろから抱き締める。


「……………ん?」


そこで気付いた。気付いてしまった。自分の行動に。
今自分は何をしているのか。何故普通に二宮のベッドに入っているのか。何故一緒に寝ているのか。何故抱き締められているのか。途端に頭の中はパニックを起こす。


「〜〜〜〜〜っ!!」


慌てて二宮から離れようとしたが、二宮の腕はしっかりと回っていて逃げ出せない。


「どうした」
「っ!!」


耳元で聞こえた声に身体がびくっと反応した。低く優しい声音。僅かに耳に息がかかり、顔が真っ赤に染まる。先ほどソファで感じた安心が嘘のように心臓が破裂しそうだ。


「紅葉?」
「っ!しゃ、喋らないで、下さ、い…!」
「どうしたんだ?」
「〜〜っ」


二宮が喋るたびに、耳に直接吹き込まれるような感覚にぎゅっと目を閉じた。そのせいで余計に声と心音が脳へ響いてくる。こんな気持ちで寝れるはずがない。なんの拷問だと唇を噛み締めた。


「大丈夫か?」


こんなときに限って先ほどからずっと優しい声音だ。紅葉は大きく息を吸うと、再び暴れて身体の向きを変えた。そして二宮の胸に縋り付く。


「…紅葉…?」


これで耳への直接攻撃は免れる。それだけでかなり安心出来た。けれど次に紅葉を襲うのは、二宮の香りだった。


(い、良い香りがする…!)


風呂上がりの二宮の香りに頭がくらくらした。暖かく抱き締められて、香りに包まれて、優しい声音で名前を呼ばれる。
落ち着く気持ちとは裏腹に心臓は激しく鼓動しっぱなしだ。


(やっぱり寝れるわけない…!)


何やら様子のおかしい紅葉に首を傾げた。
そういえば、いつもは先に紅葉が寝てしまって、その後にベッドへ運んでいたのを思い出す。強張った身体にこの反応、緊張しているのだと分かった。
それを解すように優しく頭を撫でる。


「そんなに緊張するな。何もしねぇよ」
「……っ」
「…嫌か?」
「…だ、から…っ、ずるい…!」


消え入りそうな声に目を細める。
嫌ではないと分かっているが、紅葉の口から聞きたい。恥ずかしがる姿も愛おしいからこそ、何度もそう問いかけてしまう。


「……嫌、だったら…っ、そもそも、二宮さんの家に、と、泊まりになんて…来ない、し…」
「…そうか」
「た、ただ、…は、…はずか、しい…!」
「…お前のペースでいいから…慣れろ」


頭を撫でていた手が背中に回り、そっと抱きしめられる。再び包まれた温もりに緊張しつつも少し安心して。


「………」


二宮の言葉に、こくりと僅かに頷くのが精一杯だった。その髪から覗く紅葉の真っ赤な耳に、今すぐ食らい付きたいのを我慢し、二宮は静かに深呼吸をする。

そしてしばらくすると、紅葉の身体から力が抜けていった。


「…紅葉?」


呼びかけるも返事はない。あれだけ緊張していたにも関わらず、人肌の温もりに安心して眠ってしまったようだ。
その穏やかな表情に頬が緩む。

しかし、またここからが問題なのだ。


「ん、…」
「………」
「…に…みゃ、さ…」
「…こいつ、本当は起きてんじゃねぇだろうな…」


ぎゅっと擦り寄られ、足が絡む。
毎度毎度、眠ると体温を求めてなのか抱きつかれる。腕も足も。密着する身体とたまに漏れる紅葉の言葉に、また新たな試練と葛藤が生まれるのであった。



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