お・泊・ま・り(3日目?)

3日目の朝、目を覚ました紅葉の目に最初に入ったのは、優しそうな表情をする二宮だった。

またそのことに焦るも、昨日の朝と同じように宥められ、抱き締められる。

ゆったりとした温かい朝の時間を、2人は寄り添って過ごした。



そして時間になり、二宮と紅葉は一緒に家を出た。二宮の家に荷物を置いていくのに気が引け、全ての荷物を持って学校へ向かった。

◇◆◇

学校へ着き、教室へ入ると、何故か別のクラスのはずの仁礼と熊谷が待ち構えていた。嫌な予感に顔を引きつらせる。


「来たな紅葉!」
「今日は逃さないわよ」
「な、なに…」


昨日会わないように逃げたせいか、2人に両側から腕を掴まれた。逃げられない。


「紅葉、ちゃんと答えてもらうぞ!二宮の家に泊まりってどういうことだ?」
「どういうことって…」
「ていうか、その荷物…!昨日も泊まってたの!?」
「マジか!」
「だ、だったらなに!」


改めて泊まっていたと言われると恥ずかしくなってしまう。紅葉の頬はうっすらと染まった。


「ちょ、紅葉!詳しく!詳しく教えろ!」
「だから詳しくって言われたって別に何も…」


そこでふと、昨日のキスのことを思い出した。いつもと違う、触れるだけではない深いキス。思い出して顔が熱くなった。もちろん紅葉のそんな反応を女子2人が見逃すはずもなかった。


「何かあったんだな!?」
「紅葉!詳しく教えなさい!」
「〜〜〜〜っ」


あれを詳しくなんて恥ずかしくて死にそうだ。絶対に言うまいと口を閉ざす。


「だんまりか紅葉!聞かせろよ!」
「気になるでしょ!」
「………っ」
「…こうなったら、仕方ないな」
「…そうね」
「……?」


2人はにやりと笑みを浮かべた。こういう表情をする人は、大抵余計なことしか考えていない。紅葉は眉を寄せた。


「よし!今日は女子会だ!泊まりだからな!」
「………はぁ!?」
「学校終わったら玲の家に集合よ」
「ちょ、な、なにそれ!?なんでいきなり…!玲だってそんなの困るでしょ!」
「玲からの提案よ。紅葉が口を割らないようなら家に連れてくるようにって」
「…なんでそれわたしに拒否権ないの…」


微笑みながら提案した那須の姿が簡単に想像出来た。紅葉は溜息をつく。


「ちなみに、ひゃみとみかみかにも連絡しといたからな!」
「……何で学校違うのに…」
「みんな紅葉のこと心配してるからね」
「…それは本当に心配なの?」


ただ面白がっているようにしか思えない。現に両側の仁礼と熊谷はどこか楽しそうだ。


「とーにかく!学校終わったらソッコーで那須んちに集合な!紅葉はもう泊まる準備万端だし良いだろ!」
「いや、本部行かないと…」
「今日は二宮隊は防衛任務だから二宮いないぞ!」
「あ、そ、そうだったんだ…」
「だから今日は本部は行かないで玲の家にね!あたしたちは準備してから行くから紅葉は先に玲の家に行ってるのよ」
「………」
「もし来なかったらボーダー内に紅葉が二宮の家に泊まってるって言いふらすからな」
「ちょ、やめてよ!」
「それが嫌ならちゃんと来いよ!」
「脅迫だ…」
「はっはっはー!何とでも言えー!じゃあまた後でなー!」


そう声を高らかに、仁礼は教室を出て行った。それを見送り、紅葉は大きな溜息をつく。


「あの子は紅葉と遊べるのが楽しみなだけなんだから、そんな顔しないであげなよ」
「…分かってるよ。最近みんなとはあんまり話してないし、楽しみと言えば楽しみだけど…」


一体何を聞かれるのやら怖い。特に那須が。
恐らく味方は氷見と三上だけだろう。それでも、やはり楽しみで。熊谷を見送ったあと、紅葉は小さく笑った。

◇◆◇

そして放課後。
HRが終わった直後に仁礼がやってきた。逃げるつもりはなかったが、あまりの早さに苦笑する。


「よーし!紅葉!那須んち行くぞ!」
「あっれー?今日は彼氏様の家じゃないのか?」
「うるさい」
「ちゃんと連絡しておかねーと彼氏様不機嫌になっちまうぜ?」
「連絡…そっか、一応連絡しとかないと」


米屋に言われて気付き、紅葉は携帯を取り出した。そして簡潔に文章を打ち、送信する。


「…これで良いかな」
「なら行くぞ紅葉!那須んちにしゅっぱーつ!」
「いや光は支度してきなよ」
「後でしてくるって!とりあえず紅葉を引き渡さないと安心出来ないだろ?」
「…引き渡す…」
「くまは後からくるって言ってたから先に行くぞ!」
「はいはい」


仁礼に連行されていく紅葉は呆れながらも少し嬉しそうで。とりあえず本部で犬飼に報告するか、と米屋はにやりと笑った。

◇◆◇

仁礼と紅葉は途中でコンビニに寄り、たくさんのお菓子を買って那須の家へ向かった。そして先に帰っていた那須に家に入れてもらう。


「いらっしゃい、2人とも」
「ちゃーんとお菓子いっぱい持ってきたからな!」
「ふふ、ありがとう仁礼ちゃん」
「…B級2位は随分貰ってるんだね」


コンビニで気になるお菓子やらデザートやらを片っ端から買い漁る仁礼に、思わず自分の財布を確認したが、何も言わずに払うその姿にB級上位の余裕を感じた。
ただのぐうたらな奴ではないのだと改めて実感する。


「くまちゃんはもうすぐ来るって言ってたわ」
「ひゃみとみかみかは防衛任務が終わったら来るって言ってたぞ」
「そっか」
「紅葉に色々問いただすのは全員集まってからだな」
「………」
「そのために集まったんだものね」

2人に良い笑顔を向けられ、紅葉は大きな溜息をついた。

◇◆◇

そして夜、那須の家に全員が集まった。
那須、熊谷、仁礼、氷見、三上、紅葉。今日の女子会メンバーだ。久々の集まりに少しワクワクしている。2人ずつでお風呂に入り、全員で夕飯を食べ、全て終わらせて円になるように布団に入った。
お風呂上がりの服装に溜息をつかれたのは仕方がない。

さて、ここからが今回の本題だ。


仁礼はばんっとみんなの目の前にスケッチブックを出した。手にはマジックペンを持っている。紅葉が首を傾げていると、スラスラと何やら書き出した。


「さーて!本日の議題に入るぞ!」


スケッチブックには大雑把な字で【本日の議題、紅葉が二宮の家に泊まった件について】そう書かれていた。


「…議題…」


女子会で本日の議題など初めて聞いた。乾いた笑いをもらす。


「何笑ってんだ紅葉!紅葉のことだぞ!」
「あ、うん…」
「そ、それで!出水ちゃんは二宮さんと、その、どこまでいったの!?」
「え、どこまでって…」
「キスは!?」


味方だろうと踏んでいた氷見と三上に詰め寄られる。恋する乙女は必死だった。


「き、キスは…結構前に…」
「結構前!?い、いつ!?」
「初キスはどっちからだ!?」
「…え、っと…前のテスト終わった後…に…二宮さんから…」


そのときのことを思い出して枕に顔を埋めた。あのときはまだ、二宮への気持ちに気づかない振りをしていたときだ。そのときからたぶん、自分は二宮のことが好きだったんだろうと思わず頬が緩んだ。
その表情を見た女性陣は顔を見合わせる。
その頃からそんな関係ならば、もしかして、と。


「じゃ、じゃあ…二宮の家に泊まって…やったのか?」


全員が聞きたかったことを仁礼が直球に問うた。紅葉の答えをごくりと喉を鳴らして待つ。しかし、紅葉はこてんっと首を傾げた。


「なにを?」
「な、何って…!そんなの決まってるじゃない!だって紅葉と二宮さんはそういう関係なんでしょ!?」
「いつも隊室でいちゃいちゃしてるし…!」
「氷見待ってそれは誤解生むから」
「私も紅葉ちゃんと二宮さんが廊下で一緒にいるの良く見かけてたよ…!」
「それはまあ、よく一緒にはいるけど…」
「そんなことより!二宮とは寝たのか!?」


またも直球に問うたのは仁礼だ。那須だけが楽しそうに微笑んでいる。


「い、一緒に……寝てた、みたい…だけど…」


その答えに女性陣は顔を覆った。きゃーっと声をあげている。紅葉は頬を染めてまた枕に突っ伏した。


「ど、どうだったの!?」
「どうって…暖かかったけど…」
「寝てたみたいって、最初からそんな過激に…!?」
「……ん?いや普通に優しかったよ…?」
「い、痛くなかった…?」
「痛い…?なにが?」


そこで話が噛み合っていないことに気がつく。全員が顔を見合わせた。そこでようやく那須が口を開いた。


「紅葉ちゃん、二宮さんと一緒に眠っただけ?」
「え?そうだけど…」
「はぁ!?じゃ、じゃあやることやってないのか!?」
「ちゃんとお風呂入ったしご飯も食べたよ」
「違う!バカ紅葉!」


仁礼は頭を抱えて転げ回り、熊谷たちも大きな溜息をついた。これは自分たちが期待しているものはなさそうだ、と。


「なんだよ…お泊まりとか言うからそういういろんなの期待してたのに…」
「本当よね…紅葉がここまで鈍感だったなんて…」
「まだ出水くんとお昼寝したりしてるくらいだからね…」
「隊室では二宮さんがいつもグイグイしてるから、2人きりになったらもっと凄いと思ってたのになぁ」
「………みんなは何を期待してるの」


紅葉は全員にじとっとした視線を向けた。


「期待ってそりゃ、彼シャツとか?」
「…っ」


途端にぶわっと赤くなった紅葉に全員の目が輝いた。先ほどまでの落胆が嘘のように。


「彼シャツ…!し、したのか…!?」
「お風呂上がりに彼シャツ着たの!?」
「に、二宮さんだからやっぱりワイシャツとか…?」
「…身長差…羨ましい…」
「……彼シャツっていうか…その…まあ…初日は何も準備してないのに連れて行かれたから…着替えなくて…だから…貸してくれただけで…」


女性陣はまたきゃーっと盛り上がる。これだ、こういうのを聞きたかったのだ。


「やるな二宮!素直じゃない紅葉に彼シャツ着させるにはそういう手があったか!」
「策士ね…!」
「さすが隊長…」
「…で、でも、それで何もなかったの…?」
「何も…あー…髪拭いてもらったかな…」
「なんだそれ本当に二宮か!?」
「やだ何この惚気…!」
「そ、それで!?」
「……………気付いたら朝だった」


ある意味予想通りのオチに全員肩を落とす。紅葉が寝ることが好きなのは知っている。だから頭を触られて眠くてそのまま寝てしまったのであろうことも。
さすがにこれは二宮に同情するしかなかった。


「…二宮さん、よく我慢したわね…」
「出水ちゃんのこと大切なんだね」
「大切にされてて良かった…」
「良くねーよ!そこで手を出さないなんて男じゃねーだろ!」
「いや寝てる相手に手出したら最低じゃない?彼シャツ着た紅葉を前に2日間も耐えるなんて、二宮さん男前だと思うけど」
「か、彼シャツ2日間も着てないから!」


彼シャツ彼シャツと恥ずかしくなってきてしまい、紅葉はばっと顔をあげた。その反応に全員の視線が集まる。


「昨日はちゃんと自分の服着てたし」
「なんだよもったいない!」
「……ねぇ、紅葉ちゃん。自分の服って、もしかして…」
「これ」


今着ている服を示した。予想通りと言えば予想通りだが、何も言えない。しーんっと静まり返った。複雑な顔をしている仁礼たちを尻目に、那須は無言でにこにこと微笑みながら静かに立ち上がった。
そして自分のタンスを開け、何かを取り出して紅葉に差し出す。


「玲?」
「紅葉ちゃん、明日も泊まるんでしょう?」
「え、あ、うん…たぶん…」
「なら、明日はこれ着てくれる?」
「これ…玲のパジャマ?」
「ええ、これ持っていって?あげるから」
「いやいいよ、わたしパジャマあるし…」
「持っていって?」


圧のかかった声音。にこにこしながらも逆らえない言葉に紅葉は思わず頷いた。


「あ、ありがとう…?」
「ふふ、応援してるわね」
「ありがと、う…?」


よく分からずに那須の服を受け取った。お互いに細身で身長差もないために着れないことはない。可愛らしい服を見つめる。


「…可愛い」
「これで二宮も我慢出来ないだろ!」
「彼シャツに我慢出来たんだからこれも大丈夫じゃない?」
「ていうか、みんなは二宮さんが我慢出来ない方が良いんだね」
「2人が幸せになれるならそれが1番良いけど…」
「幸せ…昨日ご飯作ってもらって幸せだったよ!」


途端にぱぁっと顔を輝かせた紅葉に一同驚く。しかし仁礼はそれを逃さずに携帯のシャッターをきった。


「よっしゃ!」
「いやなんで撮るの」
「アタシのコレクションってのもあるけど、紅葉のレア写真は揺すれるからな」
「誰を!?」


今までに一体何枚撮られていることやら。悪用はされていないようだからと溜息をつくだけに終わる。


「それで、ご飯作ってもらった?作ったんじゃなくて?」
「うん」
「女子力…!」
「う、うるさい!友子に言われたくない!」
「紅葉…言うじゃない…」
「紅葉ちゃんもくまちゃんも、そこが可愛いと思うわ」
「二宮さんは意外と面倒見良いから、きっと紅葉ちゃんのために作るの楽しいんじゃないかな?」
「そうそう!作ったものを美味しいって食べてもらえると嬉しいから!」
「女子力の塊たちに言われてもな?」


仁礼の言葉に2人は大きく頷いた。それは女子力があるから言えることだろう。
そんな姿に那須はくすくすと笑った。


「じゃあ逆に紅葉ちゃんが作ってあげたら二宮さんは喜ぶんじゃないかしら?」
「え…わたしが…?」
「おお!それ良いな!そしたら二宮もイチコロだ!」
「何でも言うこと聞いてくれそうよね」
「みんなの中の二宮さんの認識って…」
「…あ、そういえば…」
「氷見?どうしたの?」


何かを思い出したのか、氷見は気まずそうに頬をかいた。


「今日、すっごく二宮さん機嫌悪かったよ?」
「え、何で?」
「出水ちゃんから一言だけメールが入っててそれから繋がらないって」
「あー…メール送ったあとに光に没収されたから…」
「だって折角の女子会なのに二宮から連絡来たら台無しだろ?ちゃーんと電源切ってあるから安心しろ!」
「…明日会ったら何か言われそう」
「うーん…たぶん言われるんじゃないかな?」
「氷見はわたしが玲のウチに泊まるって言ってくれなかったの?」
「ごめんね?犬飼先輩に言うなって口止めされちゃって…」
「いやそもそも何であの人が知ってるの」


昨日から情報が漏れすぎだ。真っ先に疑うのはもちろん決まっている。


「…明日、陽介に問いただしてやる」
「そんなことより!機嫌の悪い二宮をどうするかだな!」
「そうね…機嫌悪いままに紅葉に手を出されたら困るし…」
「でも、普通のキスだけしかしたことないなら、いきなり手を出すことはないんじゃないかな…?」
「普通の、キス…」


昨日のいつもより激しいキスを思い出し、頬を染めてそっと唇に手を添えた。そしてまたその反応は早急に察知される。


「まさか…!紅葉…!」
「もう深いのも経験済み…!?」
「〜〜〜っ」


真っ赤になって枕に突っ伏した紅葉に、再び興奮した尋問が飛び交うのであった。

−−−−−−−−
〜おまけ〜

大学から本部へ向かおうとしたとき、二宮の携帯が鳴った。表示は紅葉で思わず顔が綻ぶ。
しかし、その文面に眉間にシワが寄った。


『今日は泊まり行きません』


たった一言。それだけが送られてきた。
何かしてしまっただろうかと必死に思案するが何も思い当たらない。
今朝も機嫌は良かったはずだ。
確かに起きたときに何度もキスはしたが、それを嫌がっているようには見えなかった。
1人ぐるぐると考える。
そして連絡することにした。考えて分からないのだから。

電話もかけるも、何故か電源が入っていない。携帯がみしっと音を立てた。


「なんなんだ…」


昨日のキスのことだろうか。くてんくてんになった紅葉を放って風呂へ向かったのが悪かったのだろうか。けれどそのことについては何も言われなかった。それではないはず。
そのときの紅葉の反応を思い出してしまい、口元を押さえた。

一緒にはいたいが、1日空いたのはある意味良かったのかもしれない。2日まともに寝ていないのだ、今日紅葉が家に泊まらないのであれば安心して眠れる。
そうすれば変な気も起こさずに済むはずだ。

今日は防衛任務で遅くなるから、1人で待たせることもない。とりあえず本部で会えれば良いと、二宮は本部へ向かった。


そこに紅葉が来ていないことを知り、今日はもう会えないということに、戻りかけた機嫌が再び急降下する。


「あ、紅葉ちゃんなら…」
「ひゃみちゃん、しーっ」
「え?」
「今日は女の子たちでお泊まり会の日なんでしょ?」
「は、はい…そうですけど、どうして犬飼先輩がそれを…」
「優秀な情報源がいるからね。それより、そのこと二宮さんには内緒ね」
「でも、かなり機嫌が悪いようですよ?」
「うん、楽しいよね」
「………」
「ちょっと我慢させた方がこの先楽しいじゃん?だから内緒、ね?」
「……はぁ…」


イライラする二宮を犬飼はニヤニヤと見つめるのであった。



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