賭け


ペナルティを設けられてから数日、紅葉は着々と射手をやる回数を増やしていった。けれども確実に出水の話は減っている。


「それにしたって射手って……テスト終わったら憂鬱だな…」


テストが終わったらペナルティだった射手が待っている。一体もう何回やることになっているか紅葉は把握出来ていないが、二宮はしっかりと覚えているのだろう。
しかし、それでも二宮の所へ行くのはやめなかった。話を聞いてもらえる上に、自分といて楽しいと言われたのだ。嬉しくないはずがない。
それに、紅葉自身も二宮といるのは楽しかった。


「…早く、戻ってこないかな」


今日は二宮が防衛任務だ。終わってから勉強を教えてくれると言われ、紅葉はそれまで時間を潰すために対戦ブースへ来ていた。しかし今日に限ってバカ2人はいない。
いつまでもランク戦ばかりで勉強しない2人に三輪がついにキレ、連行して行ったのだ。


「本当に今日に限って…」


最近ボーダーであまり出水と話していない。それどころか、二宮以外とあまり話をしていないのだ。だから今日は久しぶりにランク戦でもと思っていたのだが、仲の良い隊員はいない。


「…どうしようか…」
「あ!紅葉ちゃーん!」
「……はぁ」


どうするかと腕を組んで悩んだ紅葉は、遠くから大きな声で名前を呼ばれた。人懐っこく生意気な馴染みのある声。紅葉は思わず溜息をつく。


「ちょっと紅葉ちゃん、溜息つくなんて酷いんじゃない?」
「…駿。先輩をつけなさい」
「えー?だっていずみん先輩って呼んだら一緒になるから嫌って言ったの紅葉ちゃんでしょ?」
「そこでどうして紅葉先輩にならないわけ?」
「だって紅葉ちゃんオレより弱いし?」
「………」
「いたっ!ひどい!」


思わず額にデコピンをかました。トリオン体なのだから痛みはないはずなのに、何を言っているのだと紅葉は溜息をつく。

緑川が紅葉にこういう態度なのはいつものことだ。けれど先輩を先輩と思わず、対等に話せることは案外気が楽だと思っている。


「紅葉ちゃんはテスト大丈夫なの?」
「一応勉強してるからね」
「いずみん先輩と?」
「まさか。一緒にやったことないよ」
「ああ、だからいつもいずみん先輩にテストでも勝てないって言ってたのか」
「…駿、誰がそんなこと言ってた?」
「え?よねやん先輩だけど」
「そっか、ありがとう駿。…陽介覚えてろ…」


大事な所では気を遣えるくせに、ペラペラと余計なことを話している米屋に怒りを覚えた。


「テスト大丈夫ならさ!オレとランク戦しよ!」
「わたしも相手探してたし、良いよ」
「やったー!紅葉ちゃんとランク戦久しぶり!」


嬉しそうにブースへ走っていく緑川に、紅葉は小さく笑った。


「生意気だけど、可愛いとこはあるんだよね」


出水と米屋と一緒にいたせいで、A級の知り合いは増えた。その中でも緑川にはかなり懐かれたものだと思う。


「紅葉ちゃーん!早くー!」
「はいはい、今行くよ」


緑川に急かされ、紅葉はブースへ入った。

◇◆◇

対戦の結果。もちろん紅葉は惨敗で。


「相変わらず紅葉ちゃん弱いよねー」
「うるさいガキ…」


まぐれで何本かとることは出来たが、それでも負け数は相当だ。緑川の動きは全く予測出来ず、身体もそれに反応出来ないため、紅葉は攻撃手として緑川には程遠いと感じた。そこでふと、太刀川や二宮の言葉が頭を過ぎる。


「…ねぇ、駿」
「なに?」
「わたしって…攻撃手に向いてないと思う?」
「うん!」
「………」


力一杯元気よく頷かれ、紅葉は無言で緑川の頭を叩いた。


「いった…くはないけど何するのさ!」
「あまりにもムカついたから」
「酷い!オレ聞かれたから答えただけなのに!」
「迷いなさすぎでしょ!わたしそんなに向いてないわけ…?」
「向いてないと思うよ?だからいずみん先輩みたいに射手でもやれば良いのに」
「…うるさい」
「ツインシューターとかかっこ良くない?」
「……公平1人で充分強くて戦えるんだからそういうの必要ないよ」


太刀川に言われ、二宮に言われ、更には緑川にも言われた。流石に認めざるを得なくなる。
攻撃手に向いていないと。


( それじゃ、どうしろっていうの…攻撃手向いてない。トリオン量は元々負けてる…!わたしには、なにもないってこと…? )
「紅葉ちゃん?」
「ごめん、なんでもない。…じゃあ駿はどうしてわたしとランク戦するの?手応えない相手はつまらないでしょ」
「え?ポイント稼ぎ?」


ぴくりと眉を動かした紅葉は無言で踵を返して歩き出した。緑川は慌てて紅葉の腕にしがみつく。


「嘘だよ嘘!怒んないでよ紅葉ちゃん!」
「だったら怒らせること言わないで」
「ごめんって…紅葉ちゃん単純で面白いからつい」
「あんたに単純とか言われたくない!」


緑川の言葉にどんどん不機嫌になっていく紅葉。流石にこれ以上はやばいと感じた緑川は苦笑した。


「紅葉ちゃんとランク戦する理由なんか1つだけだよ」
「なに」
「オレは紅葉ちゃんとランク戦するの楽しいもん。紅葉ちゃん何に対してもいつも必死だから、いつ追い抜かれるかってドキドキするんだよね!」
「え…?」


予想外の言葉にぽかんとする。しかし緑川は続けた。


「今回だってオレから何本かとったでしょ?あのときも凄いワクワクしたし!いずみん先輩たちだってよく言ってるしね」
「公平たちが?」
「うん!オレと同じ理由!紅葉ちゃんとランク戦するの楽しいからやってる。それだけ」


真っ直ぐな緑川の言葉を聞き、紅葉は小さく笑って緑川の頭を撫でた。


「本当に生意気だね、駿」
「えー!オレ今良いこと言ってなかった?」
「言ってた。だから生意気」
「紅葉ちゃんそれ理不尽!」


ぶーぶーと文句を言う緑川に紅葉は笑った。


「ありがとね」
「え?何が…」
「紅葉」


緑川が何のことかを聞き返そうとすると、それを遮るように紅葉の名前が呼ばれた。2人はそちらを振り返る。


「あ、二宮さん!お疲れさまです」
「……お疲れさまでーす」


先ほどまでのテンションとは逆になり、紅葉は嬉しそうに、緑川は警戒しながら挨拶をした。


「防衛任務終わったんですか?」
「ああ」
「じゃあ早速お願いします!それじゃ、またね駿」
「え?う、うん…バイバイ…?」


最後に頭をぽんっと撫でて二宮の元へ走って行った紅葉を、緑川はぽかんと見つめた。


「…何遊んでやがる。先に予習しとくとかいう選択肢はなかったのか」
「予習済みです」
「ほう、なら教える必要はないな」
「よ、予習したから出来てるか見て下さいよ!」
「ならさっさと行くぞ」
「はい!」
「今日は何回あいつの名前が出るか楽しみだな」
「今日は絶対言いませんから!」


2人で去っていくその姿を見送り、緑川は顔をひきつらせた。


「…うっわ…紅葉ちゃんあの人とあんな風に話せるとか……オレは絶対無理だな…怖…」


しかし2人はとても仲が良さそうに見え、緑川は首を傾げる。


「…紅葉ちゃんがあんなに楽しそうなの初めて見たけど、どういう関係だろう?」


悩んでも分からない。二宮と紅葉の接点など思いつくはずもなかった。


「んー……ま、いっか。今度いずみん先輩に聞いてみよーっと」


そう言って緑川は新たな対戦相手を探し出した。

◇◆◇

二宮隊の隊室へやってきてすぐに勉強にとりかかった紅葉。確実に理解力は高まっている。これならばかなり良い点数が取れるのではないかと自信がついてきた。


「この調子なら秀次にも勝てちゃうんじゃないかな」
「随分と大きく出たな」
「そのくらい自信がつくほど感謝してるんですよ」


いつも劣等感ばかりだった紅葉が、自分に自信を持ち始めている。その変化に二宮は小さく笑う。


「あ、無理だと思ってるんですか」
「いや。お前はやり方が悪い不器用なだけで、ちゃんと教えてやれば出来る奴だからな」
「…っ、あ、ありがとうございます…」


相変わらず褒められ慣れていない紅葉は、少しのことですぐに頬を染めて照れる。その反応が二宮には面白く、楽しかった。


「そこまで自信があるなら、賭けでもするか」
「賭け?」


紅葉は不思議そうに首を傾げた。


「学年トップクラスの秀次も狙えるとか言うくらいだ、当然出水よりも高い点数が取れるんだな?」
「そ、それはもちろん…」
「なら、5教科中3教科出水に勝てたらお前の勝ち。3教科勝てなかったら俺の勝ちだ」
「今回は余裕ですね。わたしが勝ったら何かしてくれるんですか?」
「そうだな…今まで溜まってた射手をやる回数をチャラにしてやる」
「!!」


紅葉はガタリと立ち上がった。パチパチと何回も瞬きして二宮を見つめる。


「ほ、本当ですか…」
「ああ。今まで勝ったことないのに勝てたんなら、それくらいの褒美はあっても良いだろ」
「やった…!」
「ただし、負けたら射手にポジション変更しろ」
「え…?」


嬉しさにガッツポーズをしていたが、再び二宮へ視線を向ける。


「射手に、ポジション変更…?」
「今まで出水の話を出した回数じゃない。完全に射手になれってことだ」
「…わ、たしが…射手に…」
「なんだ?出水に勝てる自信がないのか?」
「あ、あります!二宮さんに教えてもらったんですから負けません!」


真っ直ぐに見つめられ、一瞬驚く。今までではないくらい、強い瞳になった紅葉に。


「なら、決まりだな」
「わたしの勝ちが決まりです」
「ああ、そうなると良いな」
「……二宮さん、なんか優しいですね…変なものでも食べました?」
「………」


二宮は無言で紅葉の頬をつねって引っ張った。


「い、いひゃいいひゃい!!にのみひゃひゃん!」
「優しくしてやってんだよ。なんだその言い草は」
「ご、ごめんにゃひゃい!」


ぱっと手を離され、自分で頬を押さえた。言葉は優しかったが行動は容赦なかったせいで、頬がヒリヒリと痛む。


「俺が教えてやったんだ。負けるとは思ってねぇよ」
「二宮さん…」
「紅葉が射手をやらないのは残念だがな」


二宮が一瞬悲しそうな顔した気がした。しかし、本当に一瞬で。そんなわけないと、紅葉は気のせいと思うことにした。
自分が射手をやらないからと、二宮が残念がるはずはない。また、からかわれているだけだと。


「…テストまでもう少し、お願いします」
「ああ。勝たせてやるよ」


嬉しい言葉のはずが、勝ったらもう二宮とこうやって時間を過ごすことがないのかと、少し寂しくも感じた。テストが終わって出水に勝ったら、紅葉は二宮と話す口実がなくなる。


( 口実って…なに… )


自分の考えに更に疑問を抱いた。二宮と話すのは出水のこと。それを誤魔化すために今はテスト対策ということになっている。だが、テストが終わったら次はどうしようと。そんなことを考えている自分がいた。


( …二宮さんと話したいから……口実を考えてる…? )


最初に話し出したときと方向性が変わっているのに驚いた。
天才の兄と落ちこぼれの妹。その関係に苦しくなり、溜め込んだ劣等感に気付いた二宮が吐き出し口となっていた。出水の愚痴を聞いてもらうために二宮と話していた。
けれどそれを他の人にバレたくなくて、二宮に自分の話をすることにした。出水の話題をなくして、自分の話を。

しかし、気付いてしまったのだ。

それならば、相手は二宮でなくても良いと。
けれど、二宮が良い思っている。二宮ともっと話したいと思っている。そんな自分の感情に、紅葉は困惑した。


「おい、紅葉。次の問題だ」
「は、はい…!」


そんなことを二宮に言えるわけもなく、紅葉は教材に向かった。

きっと、何かの勘違いだと信じて。

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