知らない気持ち


好きに話せば良いと言われてから数日間、紅葉は二宮にたくさんのことを話し続けた。学校のこと、テストのこと、休日のこと。今までは話さなかった、出水とは全く関係ない、自分自身のことを。
二宮を見かける度に走り寄って行くその姿に、周りは好奇の眼差しを向けていた。

そして今日もまた、二宮と紅葉は廊下で話しをしている。それを少し離れた所で見る3人。犬飼、辻、氷見も、同じように好奇の目を向けた。


「最近どうしたの?あの2人は」
「本当に…最近仲良いですよね」
「仲良いというか……どういう関係なんでしょう」


皆が疑問と思っていたことを口にした辻に頷く。


「…ていうかさ、出水ちゃんってあんなキャラだったっけ?いつも不機嫌そうなイメージだったんだけど」
「不機嫌ってわけではないですけど、冷めてるだけじゃないですかね。あまり誰かと楽しそうに話すっていうのは見たことないですし」
「私も、出水ちゃんはクールなイメージでした…」
「クールはないんじゃない?まあイメージしかないのは仕方ないよ。兄貴の方が印象強いしねー」


3人がそう言って紅葉たちの方へ視線を向けると、紅葉はとても楽しそうに話をしていた。それを見て驚く。


「え、何で楽しそうなの?」
「出水ちゃんがあんな風に笑ってるの初めて見ました…!」
「ええ、俺も初めて見ました。あんな表情するんですね」
「しかも二宮さん相手に」
「何を話してるんでしょう?」


2人の会話までは聞こえない。けれど、楽しそうに話していたかと思えば、いきなり悲しそうになる。更に眉を寄せ、不機嫌そうになった。そしてまたぱっと楽しそうに話し出す。珍しい人物の百面相に3人はまたも驚く。


「……ますます会話が気になってきたんだけど」
「私も…」
「二宮さんと出水が話すことなんて……出水兄のことぐらいしか思いつきませんけどね」
「じゃあ兄貴の自慢話とか?」
「そんなキャラじゃないですね」
「二宮さんの方は…どうなんでしょう?」


犬飼たちから二宮の背中しか見えず、表情が見えない。余計に気になってしまい、3人はモヤモヤしていた。

一方、紅葉たちの方では二宮が眉を寄せていた。


「……8割型出水の話が出てるぞ」


確かに最初は紅葉の話だった。
しかし、話の内に出水の名前が出てくることが多くなっている。


「………仕方ないじゃないですか。クラス一緒だし登下校も家でもボーダーでも公平といるんですから…」
「兄離れしろブラコン」
「ちっが!違います!兄妹なんですから仕方ないじゃないですか!」


学校の話題では出水が。
登下校中の話題でも出水が。
家での話題でも出水が。
更にはボーダー内のことでも出水の話が出てくる。
自分のことを話すと自ら言ったはずなのに、出水のことから離れられない。


「…公平以外の話は難しいですね…」
「もっと他にあるだろ。出水から離れろ」
「………」
「…お前は普段どんな高校生活送ってんだ」


二宮は呆れたように紅葉を見つめた。不機嫌そうに唇を尖らせる紅葉は他に何かないかと思案する。


「………あ、そういえば。この前、太刀川さんとランク戦しました」
「…………それで」


トーンの下がった声音を疑問に思いつつ、紅葉は内容を思い出して眉を寄せながら続ける。


「もちろん負けました」
「だろうな」
「それは仕方ないと思ってます。…けど…その後の言葉が…!」


『弱いなー出水妹。お前攻撃手向いてないぞ?』


「…ですよ!?なんか色々ムカつきました…!」
「まあ、お前が攻撃手に向いてないのは確かだな」
「そんなことないです!」
「最近勝星0の奴が何言ってやがる」
「な、なんで知ってるんですか…」


紅葉が攻撃手になって、C級からB級に上がるまでは順調だった。しかし、B級になってすぐに躓いた。
元々運動能力も高くないせいか、周りの人間離れした動きの攻撃手たちについていけていないのだ。
だからB級に上がってからは勝ったり負けたりだったが、最近は本当に勝星がない。


「噂になっていたからな。出水妹が負け続けていると」
「………A級の人とばっかりランク戦やってるからですよ」
「この前、那須隊の攻撃手に負けたと聞いたが?」
「………」


事実なので言い返すことが出来ない。


「いい加減、自分に向いているものくらい見つけたらどうだ」
「……攻撃手以外、なにがあるって言うんですか…」
「色々あるだろ」
「あとはトリオン量の差が如実に出る!それでわたしが公平に勝てるわけない!公平は…天才なんですよ…」


またいつもの紅葉の表情に戻る。
天才の兄と、自分を比べて引け目を感じている表情に。
はぁっと溜息をつき、二宮が紅葉に手を伸ばそうとすると、その場にそぐわない声が響いた。


「あ、本当に2人で話してるんだね」
「……迅」
「……迅さん」
「ちょっと、2人とも視線が冷たい!」


あからさまに嫌そうに振り向いた2人の視線の先にいたのは迅。迅がこの2人に声をかけるのも珍しく、異様な3人組の集まりになっている。


「本当にってなんですか」
「いや、なんか噂になってたからさ」
「噂?」
「そう。個人総合2位と出水妹が2人で何か企んでるって」
「名前じゃないのが腹立つ」
「全くだな」
「いやいやお2人さん。そこじゃないでしょ…」


二宮匡貴と出水紅葉ではなく、お互いに呼ばれたくない言い方で噂をされていて気分の良いわけもなく、2人は顔をしかめている。しかし、迅が言いたかったのはそこではない。


「二宮さんと紅葉なんて珍しい組み合わせだよね?おれは初めて見たし。2人で一体何の話してるの?」
「…え…、えっと…」


迅の何気ない問いかけにどくりと跳ねた心臓。
こうやって聞かれたときのために、紅葉自身のことを話すようにしていたが、やはり内容は出水のことばかりで。2割程度話していた自分の話などすっかり頭から飛んでしまった。ただただ動揺して口籠る。そんな紅葉に迅が首を傾げると、二宮が大きな溜息をついた。2人の視線が二宮に向く。


「…テスト対策だ」
「え?」


二宮から発せられた言葉に迅は更に首を傾げた。紅葉もきょとんと二宮を見つめる。


「紅葉の高校はもうすぐテストだからな。それの対策をしてやってたんだ」
「…二宮さんが…?」
「何だその目は」
「いや、二宮さんが人に物教えるとか出来るのかなーって」
「てめぇそんなに蜂の巣にされたいか」
「ははっ、冗談だよ。確かに二宮さん頭良いしね。教え方はどうか知らないけど、これは正しい選択かもしれないよ」
「当たり前だ」


平然と答える二宮に、紅葉は目を丸くしたまま何も言えない。


「…………あ、そうか。そういうことね」


2人を見つめた迅は、不確定ながらも存在する未来を見て静かにそう呟いた。


「まあ、噂だから気になってただけだよ。邪魔してごめんね、2人とも」
「さっさと行け」
「はいはい。それじゃ紅葉、テスト頑張れよー…ていうか、気をつけなよ」
「え、あ、は、はい…?」


何やら意味深な言葉と笑みで手を振って去って行く迅に疑問を抱きながらも見送り、姿が見えなくなってから紅葉はようやく口を開いた。


「……ありがとう、ございます」
「お前がさっさと答えないからだ」
「………だって…」


俯いた紅葉に、二宮は手を伸ばし頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「…二宮さん?」
「…ああ言った以上、テストで酷い点数とったらどうなるか分かってるな」
「!…じゃ、じゃあ!…本当に、教えて下さいよ、勉強…」
「ランク戦の時間減るぞ」
「別に良いです。わたしそんなに戦闘バカじゃありません…!」
「……なら、明日から隊室へ来い」
「!」
「見てやるよ、勉強」
「あ、ありがとうございます!」


紅葉は期待の眼差しで二宮を見上げた。小さく笑う二宮に、ドキドキと胸が高鳴る。


( あ、れ…? )


何故こんなにも胸が高鳴っているのか。こんなこと、今までになかったことだ。


「二宮さーん、そろそろ防衛任務ですよー」


後ろから聞こえた犬飼の声に、二宮は紅葉の頭から手を離した。


「あ…二宮さん…!」


離れる温もりに名残惜しさを感じ、紅葉は思わず二宮を呼び止める。しかし、何故呼び止めたのか自分でも分からない。
紅葉は少し悩んだあと、言葉を待つ二宮へ視線を向けた。


「明日から…よろしくお願いします…!」
「ああ」


その言葉を聞いてまた心臓が跳ねた。
喜びでドキドキと鼓動する。
けれど、喜びだけでないことも感じていた。犬飼たちの元へ去って行く二宮の背を見送り、紅葉は胸に手を当てる。


「……なに、これ…」


嬉しいのは確かだ。
二宮が自分のために勉強を教えてくれると言ったのだから。けれど、何故こんなにもドキドキと鼓動が早くなるのか。
何故あのとき名残惜しさを感じたのか。
何故二宮を引き止めたのか。
分からないことは多いが、この早くなる鼓動は心地良かった。


「……明日も、会える」


無意識に口から出た言葉の意味に気付くことなく、紅葉は笑みを浮かべた。

明日もまた、色々話せる、と。

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