貴方に出会えたから

対戦ブースから離れ、二宮と紅葉は廊下を進む。前を歩く二宮と、後ろを歩く紅葉。

無言で進み続けていると、紅葉がピタリと立ち止まった。それに気付き、二宮も足を止めて振り返る。


「…どうした?」


ランク戦の結果を気にしてか、優しく声をかけた。俯いている紅葉の表情は見えない。


「………すみません、でした…」


絞り出されるように発せられた謝罪の言葉。先ほども聞いたが、先ほどよりも苦しそうで。


「…だから、謝る必要なんかねぇって言ってんだろ」
「…でも…っ、今までずっと…射手として指導してもらってたのに…!勝てなかった…!」
「今回は、だろ。明日は勝てるかもしれない。自分で言ってただろうが」
「それでも…!今回のランク戦は…絶対勝てる気でいたんです…!二宮さんに最終調整もしてもらって、応援もしてもらって、…助けて、もらったのに…!」
「負ける気でやる奴なんかいねぇよ。それに、今回負けたのは、俺のせいでもあるみたいだしな」
「!」
「…最後の動き、俺に影響された動きだったろ。それが出水に読まれていた。最終調整で戦ったのが仇になったな、悪い」
「に、二宮さんは悪くないです!二宮さんは、なにも…!」


拳をきつく握りしめて震える紅葉。これ以上は何を言っても無駄なことが分かった。それともう一つ、紅葉が必死に抑えている気持ちも。

二宮は俯く紅葉にゆっくりと近付き、そっとその身体を抱き締めた。


「…泣きたきゃ泣け。俺の前で我慢するな」


その言葉と、暖かい腕の中、そして優しく頭を撫でる仕草に、紅葉が必死に張っていた緊張の糸が切れた。様々な想いが一気に溢れ、ぶわっと涙が浮かぶ。


「…っ、…う…っ、く…っ…」
「よくやったな、紅葉。流石は俺の弟子だ」
「…ぅ…っ、ぁ、…うあああああああ…っ!」


ボロボロと涙を流し、ぎゅっとしがみついてくる紅葉を、何度も何度も撫で続けた。落ち着くまで、ずっと。

◇◆◇

出水と紅葉がランク戦をしてから数日後の遠征当日。
ランク戦の勝敗に2人の仲が拗れることはなく、紅葉は遠征艇の前まで出水を見送りに来ていた。あれからランク戦はしていないが、またいつかやることを約束している。
だから、素直に遠征を見送りに来ることが出来た。


「…まあ、大丈夫だと、思う、けど、一応、気をつけて」
「心配しなくてもちゃんと帰ってくるっつーの」
「心配なんかしてないし」
「素直じゃねぇなほんと」
「ほんとに心配なんかしてないから。…公平がやられるなんて、思ってないもん」
「!」
「……わ、わたしが勝つまで、誰にも負けないでよ!」
「おま、無茶言うなって」
「太刀川さんには勝てないもんね」
「うるせーな。いつか超えるから良いんだよ」
「A級1位、出水隊って?」
「ははっ、良いなそれ。そしたら紅葉も入れてやるよ」
「公平が隊長の隊とか嫌」
「このやろ」


出水は紅葉の頭を両手でぐしゃぐしゃと撫で回した。ぼさぼさになる髪に紅葉はその手を払いのける。


「ちょ…っと!ばか!やめてよ!」
「なんだよ?この前は嬉しそうに撫でられてただろ」
「そ、そんなの知らない!」
「おーい出水ー!そろそろ行くぞー」


遠征艇から太刀川の声が聞こえた。2人の視線はそちらに向く。
見ると、遠征部隊はもう遠征艇に乗り込んでいた。出水だけを残して。そろそろ出発だ。


「…じゃあ、行ってくるな」
「…うん」
「おれが遠征中のノートよろしく」
「うん、陽介に頼んどく」
「お前な…そこまでしておれにテストで勝ちたいか」
「そんなことしなくても次のテストでは勝つよ。優秀な先生がいるから」
「…師匠兼、先生かよ…」
「プラス、恋人、だな」
「「!!」」


突然聞こえた声に驚いて振り向く。もちろんそう答えながらやってくるのは二宮だ。


「…二宮さん…おれがいない間に紅葉に変なことしないで下さいよ」
「ちょ、な、なに言ってるの…!」
「変なことなんかするわけねぇだろ」
「二宮さ…きゃっ!」
「な…!」


二宮はすぐ傍までやってくると、紅葉の腰を抱き寄せた。そのまま口角を上げて出水を見据える。


「紅葉のことは任せて、安心して遠征行ってこい」
「…んのやろ…!」
「に、二宮さん!」
「おーーーい!いーずーみー!早くしろー!」
「分かってます!今行きますよ!!」


何度も呼びかける太刀川に八つ当たりし、出水は遠征艇に向かって足を進めた。


「こ、公平!」
「……なんだよ」


二宮からそっと離れ、出水を呼び止める。
不機嫌そうに振り向いた出水に、紅葉は頬を染めて小さく笑った。


「…いってらっしゃい」
「……ん、いってきます」


出水も同じように笑みを浮かべ、遠征艇に乗り込んだ。浮かび上がる遠征艇。開いたゲートの中へ消えるまでじっと見つめ、紅葉は大切な双子の兄を見送った。


「………二宮さん」
「…なんだ」


遠征艇を見上げていた紅葉は、くるっと二宮を振り返る。


「次は、公平に勝ちます」
「あまり気負うなよ」
「大丈夫です。…もう、大丈夫です」
「……そうか」


その表情を見て安心したように微笑む。
本当に、もう大丈夫そうだと。
だから、ずっと言おうと思っていたことを言おうと、二宮は真っ直ぐに紅葉の瞳を見つめた。


「二宮さん…?」
「…紅葉」
「は、はい!」
「……俺の隊に入れ」


予想外の言葉に固まる。
二宮隊に入れと、そんなこと言われるなど思っていなかった。隊に誘われること自体嬉しいのに、その相手が二宮だ。嬉しさも一入で。

けれど、答えは決まっていた。


「…すみませんが、お断りします」
「………そうか」
「…わたしは、チーム戦とか苦手で、今二宮隊に入っても迷惑になる。今の順位だって落とします」
「………」
「だから、その…」


迷いのない瞳で答えていた紅葉が、すっと視線をそらした。その頬は赤く染まっている。しかし意を決したように赤い顔で再び二宮を見つめた。


「こ、公平に勝って…!援護とかもしっかり出来るように…チーム戦も出来るようになったら……ま、また…!さ、誘って…ほしい、で、す…!」
「!」


尻すぼみになり俯いてしまった紅葉に、二宮は瞠目した。けれど、その表情に、言葉に、仕草に、全てに愛しさを感じ、すっと近付いて紅葉の顎を掬った。


「に、二宮さ…!」
「なら、待っててやるからさっさと強くなれ」
「…強く、して下さい…!」
「お前次第だな」
「つ、強くなります…!」


真っ赤な顔で、しかしはっきりと宣言した。
二宮は優しく微笑み、紅葉に口付けを落とす。触れるだけでゆっくりと離れ、また真っ赤になってあわあわ慌てるだろうと思ったが、顎から手を離すと、紅葉はそのまま二宮に抱き着いた。
顔が見られないように、ぐっと胸に擦り寄る。
予想外の行動にどきりと心臓が跳ねた。

今の紅葉の位置では心音がバレてしまうと珍しく焦る。引き離そうと肩に手を置くと、紅葉からぽつりと、小さな言葉が聞こえた。


「……二宮さんに出会えて…良かった、です…」
「…紅葉」
「二宮さんに出会ってから、わたしの全てが変わりました…今まで辛かったものが、全部、楽しく思えるくらい…」
「………」
「出会ってくれて、ありがとう、ございます………だいすきです」


小さく小さく呟かれた言葉。
二宮は目を細めた。そして愛しいものを扱うように、優しく抱きしめる。


「…俺も好きだ、紅葉」
「…っ」


ぎゅっと抱きしめられ、囁かれた言葉に身体が熱くなった。やはりまだ慣れない。
紅葉はそっと離れると、はにかむように二宮を見上げた。


「二宮、さん…今日もまた、指導お願いします」
「……ああ。しっかりついて来い」
「…はい!」


踵を返して二宮隊の隊室へ向かう二宮を、紅葉は追いかけた。

頬を染めたまま、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて。


end

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