双子の意地


対戦ブースに入り、床にどさっと無造作に鞄を置いた。そしてトリガーを起動し、パソコンを弄って相手を選択する。
転送準備が開始され、大きく深呼吸をした。

いよいよ、戦う。
今まで超えることの出来なかった、双子の兄と。


「……勝てない理由は、ない」


ぎゅっと拳を握り締め、紅葉は転送された。

転送された場所は、前に出水と共闘した場所だ。


「MAPも転送位置もランダムでこれって…」


思わず苦笑した。あのときは共闘したが、今日はその出水が相手なのだから。


「…まずは公平を探さないと」


そう呟いて踏み出そうとしたところで、少し離れた所から上空に向けてトリオンが放たれた。そして爆発する。


「…ここにいるぞ、って…?ほんとむかつく」


もちろん行かない手はない。紅葉はメテオラ が撃たれた場所へと跳んだ。
そして出水がいるであろう場所へ近付いてきた所で、その一帯にメテオラを放つ。
更地になったがそこに出水はいない。上空に弾が放たれてからそこまで時間は経っていない。遠くには行っていないはずなのに。


「………まさか…!」


気付いてすぐに後ろへ跳んだ。
瞬間、そこへ弾が集中する。直撃は免れたものの、爆発したそれに紅葉は吹き飛ばされた。


「…この…っ、さっきのも、今のも……っ、トマホーク…!」


建物にぶつかり瓦礫を払いながら立ち上がると、前の屋根に出水が姿を現した。その表情はにやりと笑みを浮かべている。


「…いやらしいことするよね」
「これが作戦だっての」
「いきなり合成弾使ってくるなんて、随分余裕ないんじゃない?」
「ばーか。サービスだよ」
「その余裕、絶対崩す…!」


紅葉が両手にトリオンキューブを浮かべると、出水も同じくトリオンキューブを浮かべた。


「「アステロイド!」」


同時に放たれた弾は全て相殺し合う。


「まあそうだよな」
「だったらこれでどうだ…!」


両手に浮かべたトリオンキューブを1つに合わせた。出水は顔を引きつらせる。


「おっまえこの距離でいきなり合成弾とか…」
「…サラマンダー!」
「しかも追尾かよ!」


メテオラとハウンドの合成弾。避けても爆発するのは分かっている。ならば。

出水は身を屈め、全体にシールドを張った。
弾がそのシールドに直撃し爆発したが、建物も一緒に崩れ、舞い上がる煙で何も見えない。


( こういうとき、絶対仕掛けてくる…! )


それも、真正面からではない。
いやらしい性格の出水が仕掛けてくるのは…


「こっち…!」


警戒していても反応が遅れた。迂回するように向かってきた弾にシールドを張る。
しかし1枚シールドは一瞬耐えるもパリンっと割れ、そのまま紅葉を貫いた。


「…っ、パイパーじゃない…!威力が…っ、コブラ…?」
「流石に1枚シールドじゃ防げねーだろ?」


瓦礫から姿を現した出水の身体は至る所からトリオンが漏れていた。しかしベイルアウトまではさせられていない。
紅葉はそのにやりとした笑みを見つめ、ギリっと奥歯を噛んだ。


「まずはおれの1勝だな」
「まだ1戦でしょ…!次はわたしが勝つ…!」


そう吐き捨てたと同時に、紅葉はベイルアウトした。あの状況でも的確にトリオン供給器官を狙った出水との戦闘。その戦いをしっかりと脳裏に焼き付けて。

どさりと飛ばされたベッドの上。感傷に浸る暇はない。まだ1戦目だ。すぐに起き上がり、紅葉は再び転送された。

◇◆◇

その戦いを見ていたギャラリーは合成弾の飛び合う射手同士の戦いに興奮していた。しかし、二宮は顔を顰める。


「なーんか、紅葉のやつ焦ってるように見えますね」


それに気付いた米屋がモニターから目を離さずに呟いた。冷静で落ち着いている振りをしていても、やはり今まで超えられなかった双子の兄との戦いに焦りを感じている。


「あ、やっぱり?紅葉ちゃんなんかオレたちとランク戦してたときと違うよね?」
「緑川にも気付かれるなんてまだまだだなー」
「オレ意外と観察眼鋭いんだよ!」
「へー?じゃあ紅葉が二宮さんに向けてる気持ちは?」
「?…………師匠として尊敬?」
「お子ちゃまめ」
「お子ちゃまじゃないよ!え?尊敬じゃないの?」
「駿、うるさい。黙って紅葉先輩の戦い見て」
「じゃあ双葉は分かるわけ?」
「………」
「ほーら分かんないんじゃん!お子ちゃまだね!」
「!お子ちゃまじゃない…!」
「はいはいそこまでな。お前らが言い争ってるうちに紅葉また負けたぜ」
「「!!」」


2人が慌ててモニターに視線を向けると、紅葉がベイルアウトする瞬間だった。出水は無傷で、先ほどよりもあっさり負けてしまったのが伺える。


「うっそ!?いずみん先輩無傷!?」
「…紅葉先輩と出水先輩にそんなに実力差があるとは思えません…」
「まあそうだろうけど、1番は経験の差じゃね?このままだと紅葉のやつ、本当に全敗だな」
「…また全敗するようなら、その程度のやつだってことだ」


静かに呟かれた言葉に視線が集まる。当人の二宮はモニターから視線を逸らさない。


「うわひっでー。それ二宮さんが言っちゃいます?紅葉かわいそー」
「紅葉が負けるとは言っていない」
「ん?どういうこと?」
「…紅葉は、その程度じゃねぇってことだ」
「ん??」


首を傾げる緑川と不思議そうな顔をする黒江。それを気にすることなく真っ直ぐにモニターを見つめる二宮に、米屋は苦笑した。


「なら、行かなくて良いんすか?紅葉のとこ」
「行く必要はない。あいつなら自分で気付く」
「随分と信頼しているようで」


その信頼に紅葉は応えられるのか。
3戦目を楽しみに、米屋は再びモニターに視線を向けた。

◇◆◇

「なんで…!!」


ドンっとベッドを叩く。先ほどよりもあっさりと負けてしまった。自分は強くなっているはずなのに。
悔しさにぎゅっと拳を握り締めた。
あと1回負ければ勝ち越しは出来ない。


「…次は、勝つ…!絶対…!」


焦る気持ちに気付かず、ただ勝つことだけを胸に。ばっと起き上がってベッドを降りた。しかしその際、床に無造作に置いていた鞄に躓きそのまま倒れる。
チャックが開きっ放しだった鞄の中身が散らばり、なんとも言えない気持ちに強く床を叩いた。


「……もう…なんなの…!」


散々な出来事に泣きたくなる。散らばった物を乱暴に掴んでそのまま鞄に押し込み、それを繰り返していると、ふと、ある一つの物が目に止まった。
そして、先ほどまでの乱暴な扱いが嘘のように、とても丁寧にそれを手に取った。

二宮から貰った、大切な香水を。


「………」


ゆっくりとそれを手首につけた。そのまますんっと香りを嗅ぐ。
焦っていた気持ちが一気に落ち着いて行くのを感じた。安心する香り。思い出していく、二宮との特訓。紅葉は大きく深呼吸をした。


「……ありがとうございます、二宮さん」


香水を胸に抱いた。また、前のように勝つことに捕らわれていた。だから、気付かぬ内に焦りを感じていた。


「……もう、大丈夫。わたしは、わたしの戦い方で…公平と戦います」


勝てない理由はないと言ってくれたあの人のためにも。このまま負けるわけにはいかない。

紅葉は香水を鞄に戻し、ゆっくりと立ち上がった。そしてパソコンを弄って転送準備をする。
3戦目。ドキドキと緊張している。それを落ち着ける香りに頬が緩んだ。

転送が完了し、紅葉は再び屋根の上へと足をつけた。目の前には余裕な表情を浮かべる双子の兄。けれどその笑みを受け、紅葉は真っ直ぐに出水を見つめ返した。


「…行くよ、公平」
「…おう、いつでもいいぜ」


紅葉の変化に気付き、出水は気を引き締めた。

◇◆◇

「お、なんか紅葉の動き変わったな」
「弾道も冴えてるね!」
「紅葉先輩、さすがです」


再び対等な動きで白熱しだしたランク戦に、周りが盛り上がる。モニターに映る紅葉を見つめ、二宮は小さく笑みを浮かべた。


「…行け、紅葉。反撃開始だ」


その言葉が聞こえたかのように、複雑な弾道のバイパーが出水を襲う。数はあるが、同じくらいのトリオン相手ではシールドをなかなか削れない。


「あれじゃ無駄撃ちだろ?やっぱりまだ焦ってんのか?」
「……いや」


恐らくあれは。


「目眩ましだ」


その直後、紅葉の弾が出水のシールドを割った。そして的確にトリオン供給器官を貫く。

最初に紅葉がベイルアウトさせられた、コブラだ。


「同じやり方で倒すとか…ほんと紅葉ちゃんって負けず嫌いだよね!」
「だな。紅葉、初めての1勝ってか」
「1勝くらいで満足するやつじゃねぇよ。あいつは勝ち越す気で出水と戦ってんだ」


そうは言いつつも、どこか嬉しそうで。
この中で紅葉の1勝に1番喜んでいるのは二宮なのではないかと苦笑した。

◇◆◇

紅葉の弾が出水を貫き、出水の身体からは大量のトリオンが溢れている。トリオン供給器官を狙い、確かにそこを貫いた。ベイルアウトまでもうすぐだ。


「…くっそ…同じやり方してくるとか、どんだけ負けず嫌いだよ」
「……公平限定だけどね」
「……どうだかな」


少し楽しそうに笑った出水はそのままベイルアウトした。飛んだ光を見て、勝利のアナウンスを聞いて、やっと出水に1勝したのだと実感する。

嬉しさにぶるっと身体が震え、鳥肌が立つようだった。どくどく鼓動する心臓は、今までに感じたことのない感情で。
小さく震える手を見つめ、ぎゅっと強く握り締める。


「……まずは……1勝…!」


震える声でそう口にした。1勝と言葉にするだけで嬉しさが溢れそうで、今すぐにでも二宮に報告しに行きたい。けれど、まだだ。
まだ勝ち越してはいない。目の前に転送されてきた出水を強気に見据える。


「…あと2戦…わたしが勝つよ」
「1勝したからって調子乗んなよ」


見つめ返され、同じようににやりと笑う。ここで調子に乗らずにどうするんだと言いたげに。


「次はこうは行かねぇぜ。経験の差を見せてやるよ」
「…確かに、経験では公平には及ばない…けど…、技術が劣ってるとは、もう思わない!」


そう言い切ってトリオンキューブを浮かべた。再びアステロイドの撃ち合いに弾を相殺し合うが、次々に新しい弾を撃ち出す。トリオンが多いことを最大限に利用した力押しだ。お互いの弾をお互いの弾に当てる。
簡単そうにやる2人だが、実際は神経が削れるものだ。一歩間違えればすり抜けた弾が自分を貫きにくるのだから。

技術はしっかりと学んだ。不器用な自分にも、分かりやすく、根気強く教えてくれた。丁寧に1つずつ、それぞれの弾を全て。
自分に出水のような才能があるとは今でも思っていないけれど、それが出水に勝てない理由にはならない。


「…随分、前向きになれたよね」
「あ?」
「公平に言ってない!」
「んだよ!今の状況でおれ以外に誰に………!お前…!まさか二宮さ…!」
「今のは違うばか!!」
「今のはってなんだよ!他になんかあったのか!?」
「い、今は関係ないでしょ!」
「関係ない話しだしたのお前だろ!」


あくまでアステロイドを撃ち合いながら。
過激な兄妹喧嘩に外では呆れた笑いしか出ない。


「「メテオラ!」」


同時にアステロイドを止め、今度はメテオラを撃ち出す。もちろん相殺はしたが、爆発に前が見えなくなった。


「毎回爆発で見えなくなるの面倒臭い…!」


離れていれば出水の格好の的だ。先ほどの撃ち合いで距離を把握しているはずなのだ、ここにいては危ないと、爆発で巻き上がる土煙に突っ込んだ。
遠くから狙い撃ちされるより、出水に接近して近距離で弾を撃った方が良い。
後ろで爆発した音が聞こえた。恐らく出水が狙ったのだろう。
ならば、今出水は無防備なはずだ。
煙を突っ切った所で、ようやく出水の姿を確認した。しかしその両手にはトリオンキューブが浮かんでいる。


( 待ち伏せ…! )
「トマホーク!」


合成した弾を紅葉に向かって撃ち出した。このまま行けば仕留められる。けれど、逆に出水を倒すのは今しかない。

紅葉はスピードを上げた。
全力で駆け抜けると、トマホークはギリギリのところで紅葉を直撃せず、真後ろで爆発した。その爆風に飛ばされ、紅葉は出水に突っ込む。


「っと、残念だったな、これで終わ……」


ふわっと、良い香りがした。


「アステロイド!」


一瞬動きが鈍った出水を見逃すことなく、紅葉は突撃したままゼロ距離でアステロイドを放った。避けることも出来ず、シールドを張る間もなく、出水の身体は貫かれる。

どさっと出水を下敷きに倒れた。すぐに起き上がろうとするも、下にいる出水はぽかんとしていて。紅葉は首を傾げた。


「……どうか、したの…?」
「………お前、良い匂いがする」
「!は、はあ!?」
「……くっそ…それもどうせ二宮さん関係だろ?むかつくな…」
「な、なななにいきなり…!」
「トリオン体に香水とかありえねーだろ!」
「タバコ咥えてる人だっているんだから別に良いでしょ!」
「色気付いてんな!」
「そ、そんなつもりじゃない!…ただ、落ち着く、ため…だから…」


すっと頬を染めた双子の妹に思わず舌打ちをした。まさかそれが原因で頭が真っ白になるとは思っていなかった。あの匂いがなければ確実に自分が勝っていた。

まるで、二宮が紅葉を助けたみたいではないかと不満が募る。


「……次は、もう動揺しねー」
「動揺…?」
「…次がラストだ。5戦目、負けねーよ」
「…わたしだって、負けるつもりない」
「…兄貴のプライドにかけて、お前に負けるわけにはいかねーんだよ」
「…公、平…」
「絶対におれが勝つ」
「……わたしだって、いつまでも公平の後ろにいるのは嫌。だから、絶対にわたしが勝つ」


小さく口角を上げた出水は、直後にベイルアウトした。それを見送り、胸に手を当て大きく深呼吸をする。

次が、今回最後の5戦目。
2勝2敗で向かえた、最後の1戦。

お互いのプライドにかけて。
意地にかけて。

絶対に負けられない


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