間に合え

「やっぱりいた…!二宮さん、出水!2人とも何してるの…!このままだと…っ、紅葉が…!」


珍しく焦っている迅に、二宮と出水は同時に視線を向けた。
紅葉。その名前を聞いて反応しないわけがない。


「ああもう2人ともどうして医務室にいるかなー!おれここには来ないようにってちゃんと言ったよね!?」
「……了承した覚えはない」
「……おれも、気になって…」
「紅葉バカも大概にしてよ!ええっと、2人が医務室にいて紅葉がいないってことはつまりあの未来か…?いやでもそっちは確率が…」


頭を抱えてぶつぶつと言い出した迅に、2人は詰め寄った。この焦りようは、紅葉に何かあるのか、と。


「迅さん!紅葉になんかあるんですか!」


会議後、2人には各隊への言伝を頼んだ。その際に医務室へは行かないようにと釘を刺したのだが、見事に2人とも医務室へ行ってしまい、未来が最悪へと進みつつある。
そのことを話すべきか話さないべきか。
それすらも悩んでいる時間はない。


「…考えてる時間もないな。二宮さん!二宮さんは今すぐ屋上に向かって!」
「屋上?どうして俺が…」
「そこに紅葉がいるかもしれないからだよ!とにかく急いで!」


迅に急かされ、二宮は屋上へ向かって走り出した。紅葉がいるかもしれない、理由はそれだけで充分だ。2人きりでちゃんと話さなければいけないことがある。
ちゃんと誤解を解かなければ、言いたいことも言えない。
急ぐ理由は分からないが、早く紅葉の元へ行くために廊下を走った。

そんな二宮の背中を見つめ、出水は焦ったように追いかけようとすると、迅がその肩を止めた。


「紅葉がいるならおれも行かないと…!二宮さんだけに任せられねぇよ!」
「屋上にいるって決まってるわけじゃない。しらみつぶしに探してる時間はないから可能性の高い場所を言ったんだ。だから出水、お前は外に出ろ」
「外…?」
「外で米屋たちと合流して本部の周辺で紅葉を探してくれ。もし外に出てるならそんなに遠くには行ってないはずだ」
「……分かりました」
「あ、それから。もしイルガーが本部へ向かってたら全力で落とせ」
「おれがですか?いやでも下から本部の高さにいるイルガー落とすのはさすがに…」
「何がなんでも落とすんだ、太刀川さん使っても良いから。もしイルガーが現れた場合は、紅葉は屋上にいる。…二宮さんが間に合ったとしても、イルガーが本部に突撃でもしたら…意味がなくなる」
「ど、どういうことすか!間に合うとか…!意味がないとか…!」
「詳しく説明してる時間はないんだ。とにかく外で紅葉を探して保護。イルガーが現れたら全力で撃墜。良いな」
「……了解です」


迅の瞳を真っ直ぐに見つめ、出水は頷いた。迅が見えている未来。そこで紅葉が危険なことは分かった。だったら理由はどうでも良い。とにかく紅葉を救うために迅の言われた通りにするだけだ。
出水は外へ向かって走り出した。米屋たちと合流するために。
そんな出水を見送り、迅は口元に手を当てて思案した。考えている時間はないが慎重にならなければ。


「さーて、どの未来で動いてるんだ…?地下にいる可能性のためにそっちはおれが…」
「あ!迅さーん!」


悩む迅に底抜けな明るさの声がかかった。驚いてそちらに視線を向けると、隊服姿の緑川の姿が。そこでまた新たに未来が見えた。
恐らくそれで確定だ。


「よくやった駿!」
「え?何が?」
「お前がいれば紅葉が助かる可能性は格段に上がる」
「紅葉ちゃん?紅葉ちゃんがどうかしたの?」
「紅葉を助けるために今すぐ外に出て出水に合流しろ。そこで出水を援護してやってくれ」
「いずみん先輩を援護?…うーん、よく分からないけど、迅さん何か見えてるんだよね!ならオレその通りに動くよ!」
「頼んだぞ、駿」
「了解!」


ビシッと敬礼した緑川は急いで出水を追って廊下を走っていった。これで良い未来へ行く可能性がかなり高くなった。
あとは、本人たち次第だ。
隊員たちにはたくさんの近界民を倒してもらい、出水たちが上手くやって、二宮が間に合えば。全て良い方向へと流れる。


「頼むよ、みんな」


自分は自分の出来ることをしなければと、迅は踵を返した。

◇◆◇

本部の外へ出た出水は入り口のすぐ近くにいた三輪隊に合流し、簡潔に状況を説明した。そして近界民を倒しながら紅葉を探すが、大量の近界民に集中して探せないことに苛立つ。
そんな出水に気付いてか、一緒に紅葉を探していた米屋は苦笑した。


「そんな苛立つなよ、弾バカ。威力が無駄にたけーって。そんなんじゃトリオン保たなくて紅葉を見つけても守ってやれねーぞ」
「おれのトリオン量なめんな。こんなんじゃまだまだなくなったりしねぇよ」
「だからと言ってそんな戦い方をずっと続けていれば、肝心な時にトリオン切れになるぞ。もう少し冷静になれ、出水」


出水の焦りを感じてか、三輪も続ける。その通りだが、気持ちをぶつけずにはいられない。早く紅葉を見つけて保護しなければ。
早く、早くしなければ、何か大変なことが起こる気がしている。イルガーが現れるならさっさと現れてくれと、ぎりっと奥歯を噛み締めた。


「…?…紅葉…?」


ふと、どこかから紅葉の悲鳴が聞こえた気がした。それを米屋たちに問う前に、上空にゲートが発生し、イルガーが現れる。


「!!イルガー…!ってことは…紅葉は屋上か…!」
「おい弾バカ!…おっと、」


急いでイルガーの真下に移動した出水を追いかけようとしたが、目の前にモールモッドが現れて道を塞がれる。槍を構えると、後方からの射撃がモールモッドの核を直撃した。


「陽介、出水を援護しろ」
「へいへい、了解!」


道を塞ぐモールモッドを三輪の銃が撃ち抜き、米屋の通り道を作る。その道を抜け、先に行ってしまった出水を追いかけた。

しばらくして出水に追いつくと、本部からの集中射撃にイルガーが落ちる所だった。


「お、なんだ。イルガー落ちたじゃん」
「…これで大丈夫なのか?」


落ちるイルガーを見つめていると、再び上空に開いたゲートからイルガーが現れた。このイルガーも本部に向かっている。


「おいおいマジか」
「今度はおれが撃ち落としてやるよ!」


出水は両手にトリオンキューブを浮かべると、上空のイルガーに向かって撃ちだした。


「アステロイド!」


真っ直ぐイルガーに向かうも、アステロイドは届かずに途中で消滅した。距離が遠すぎる。


「くそ…!」


本部からの射撃はない。恐らくトリオンの充填中なのだろう。だから自分が撃ち落とさなければ。再びアステロイドを撃ち出すも、やはり届かない。


「だーくっそ!」
「おい弾バカ落ちつけって」
「落ち着いてられるか!…そうだ太刀川さん!柚宇さん柚宇さん、太刀川さんどこにいる?」
『んーとねー、太刀川さんならちょうど出水くんがいる反対側で楽しそうに戦ってるよー』
「あの人マジ使えねー!」
「お前ひでーな…」
「迅さんも太刀川さん使えとかこれじゃ使えねーじゃん…!せめてグラスホッパーだけでも…」


そこではっとした。太刀川がいなくても落とせるのではないかと。


「おい槍バカ、お前グラスホッパーセットしてるか?」
「いや?してねーよ?」
「攻撃手マジ使えねー!!」
「紅葉関わってるからって荒れすぎだろ」


呆れたように顔を引きつらせると、本部の入り口から手を振って走ってくる人物の姿を視界に捉えた。


「あれ?緑川じゃね?」
「緑川…?グラスホッパー!」
「どういう解釈だよ」
「おーい、いずみん先ぱーい、よねやん先ぱーい!」


近付いてきた緑川の肩をガシッと掴んだ。驚いた緑川はパチパチと瞬きをする。


「緑川!グラスホッパーでおれを上に飛ばせ!」
「え?いきなりどうしたの?」
「良いから早くしろ!時間ねーんだよ!」
「……迅さんはいずみん先輩を援護しろって言ってたし、うん、分かった!どこまで?」
「あれを落としたい。出来るだけ上まで頼む」
「緑川、オレも一緒に頼むぜ」
「了解!任せてよ!」


直後、2人が上に跳んだのを確認し、その足元にグラスホッパーを飛ばす。2人がグラスホッパーを踏んだあと、再びグラスホッパーを飛ばしてどんどん上へ。
しかし半分まで行った所でイルガーはもう本部に突撃してしまいそうだった。


「いずみん先輩!間に合わないよ!」
「だったらこっから撃ち落としてやる…!」
「おい弾バカ」
「あ?」


最後のグラスホッパーを踏んで跳んでいる中、隣の米屋が槍を振りかぶった。それの意図を理解してにやりと笑う。


「思いっきり飛ばせよ、槍バカ!」
「飛ばして下さい、だ、ろ…!!」


バットのように槍をフルスイングし、それを出水の足場にグラスホッパーよりも早く上に飛ばした。


「しっかり決めろよ、お兄ちゃん」


何が起こっているかは分からないが、イルガーを撃ち落として紅葉を救えるのは、今は出水だけだろうと思えた。
勢いよく飛ばされた出水は本部の半分を越えた。ここからならイルガーにも届く。


「おれが守ってやるからな、紅葉」


大切な双子の妹を守るために、何がなんでもイルガーを撃ち落とす。もう一度そう決意した。攻撃しても一撃で撃ち落とさなければ意味がない。そのためには核を攻撃するしかない。


「メテオラ、プラス、バイパー…!」


上へ跳んでいた勢いがなくなり、落ちる瞬間、出水は合成弾を即座に完成させ、撃ち出した。


「トマホーク!!」


撃ち出した弾はイルガーへ向かっていき、途中で急激に向きを変えて核のある口の中へ。

そして、イルガーが本部に激突する直前、出水のトマホークが自爆モードで強固になったイルガーの核を、硬い外殻ごと破壊した。爆発して落ちるイルガーと共に出水もそのまま落下する。


「……後は、頼みますよ……二宮さん」


屋上にいるのは紅葉と、そこへ向かった二宮だろう。屋上で何が起こっているかは分からないが、後は二宮に任せるしかない。
不本意だが、二宮なら大丈夫。きっと、どうにかしてくれる。
自分の自慢の妹、紅葉が選んだ人物なのだから。
出水は小さく笑みを浮かべ、そのまま落ちていった。

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