大きくなり続ける劣等感


「おーい弾バカ兄妹」
「「誰が弾バカだ槍バカ」」


米屋は同じクラスの出水たちに声をかけた。同時に同じテンションで返されるこの光景は珍しくない。


「ていうか陽介。わたしと公平を一括りで呼ばないで。それにわたしは弾とは一切関係ないから」
「おー悪りぃ悪りぃ」
「それ毎回言ってる」
「いやだってお前ら呼ぶときその方が楽じゃん?」
「だったら出水って言えばいいだろ?」
「それもやだけど」
「何でだよ!お前出水紅葉だろ!」
「公平と一括りってのが嫌だ」
「可愛くねぇ奴だな…この天才のお兄様と同じなんだから有難く思えよ」
「むっかつく…」
「はいはい仲良いのは分かったから」
「「うるさい槍バカ!」」
「…本当に仲の良いことで」


米屋は呆れたように呟きながら紙パックのジュースをすすった。そして2人を呼んだ本題に入る。


「お前ら今日も本部行くだろ?」
「おう、もちろん」
「まあ、一応」
「じゃあ3人でランク戦しようぜ?トリガー交換して」
「お!なんだそれ面白そうだな!今日は任務もないし、やるか!」
「………わたしはいいよ」


乗り気な2人に、紅葉は静かに答えた。


「何でだよ?たまにはいろんなトリガー使って戦ってみるのもきっと楽しいぜ?」
「なにで戦ったって楽しくないし」
「そう言うなって。紅葉が射手とかになったら本当に弾バカって呼べ…」


ガタンっと大きな音を立てて紅葉は席を立ち上がった。そしてそのまま教室の外へと向かっていく。昼休みはもうすぐ終わるというのに。


「おい、紅葉!」
「……射手なんか、絶対やらない」


紅葉はそう呟いて教室を出て行ってしまった。それを2人は何も言えずに見送る。


「あいつ大丈夫か?」
「……さあな。…けど、紅葉はボーダーに入ったときからずっと射手のトリガーは使わないんだよ。他は色々試してたのに」
「………なるほどな」
「あ?何がなるほどなんだよ」
「いや?今日やっと確信しただけ」
「何を」
「そりゃ秘密だっての。それより、もう授業始まるのにあいつ出てっちまったぞ?放っておいて良いのか、お兄ちゃん?」
「…うるせぇ、気持ち悪りぃこと言うな」


そう言いながらも出水は立ち上がった。そして紅葉と同じように教室の外へと向かう。
「どーこいくんだ?」
「………腹痛いから保健室」
「おー、いってらしゃい。風強いから風邪引くなよー」
「………」


出水も紅葉が向かったであろう屋上に行くことはお見通しだ。米屋はにやりと笑いながら手を振った。
完全にバレていることに出水は少し頬を染めながら、しかし顔をしかめて教室を出て行った。機嫌を損ねてしまった大切な双子の妹の所へ。

◇◆◇

昼休みが終わる時間に、屋上に人は残っていなかった。
紅葉はフェンスに寄りかかってからその場にずるずると座る。


「…射手なんか、出来るわけない」


先ほどの会話を思い出して呟いた。


「公平が天才射手なんだから、わたしがやる必要ないでしょ。……わたしが、出来るわけないし」


トリガーの中でも射手は難しいものだ。だから扱う者が少ない。そんなトリガーを自分で使いこなせるとは思えなかった。

しかし、ボーダーに入隊したとき、紅葉が興味を惹かれたのは射手だった。自由に弾道を引いて自由に弾を操る射手は、とてもやり甲斐のありそうなトリガーだと思ったのだ。
けれど、出水も同じように射手に興味を持った。トリオン量が天才と言われ、戦闘センスも評価されていた出水は迷わずに射手を選び、紅葉すぐに射手という選択肢を捨てた。

天才の兄と同じ土俵に立つことを恐れて。


「……あれが唯一楽しそうだと思ったんだけどな…。同じことして勝てるわけないもん…」


出水と同じように同じことをやれば、何でも差が出来てしまう。だから自分なりに工夫するようになった。昔からずっと、そうやってきたのだ。


「……見所がある、か。二宮さんはわたしのなにを見てあんなこと言ったんだろう」


先日のことを思い出したが、やはりあれは励ますための言葉だったのかという結論に至った。自分が何かで出水より優れているものなどないのだから。


「………でも、絶対に超えてみせるけどね」


ボーダーでならそれが叶うと信じている。紅葉はぎゅっと拳を握り締めた。


「…ていうか、絶対陽介にバレたよね…あいつ変な所で鋭いし…最近ほんとダメだなぁ……まあ、公平にはバレてないだろうから良いけど…」


すると、屋上の扉がゆっくりと開き、現れたのは出水だった。紅葉は一瞬驚いたものの、声をかけることなく視線を空へ向けた。
出水は何も言わずに紅葉の隣へ歩み寄り、そのまますとんっと座った。そしてお互いに無言のまま、薄暗い曇り空を見上げる。
しばらくすると、授業開始のチャイムが鳴り響いた。


「2人してサボったらなにか言われるんじゃないの?」
「槍バカがなんとかしてくれるだろ」
「そうだね」


そしてまた沈黙が続くと、少し冷たい風が吹いたせいか、くしゅんっと紅葉がくしゃみをした。
出水は何も言わずに学ランを脱ぎ、紅葉の頭からパサっとかぶせる。


「…公平風邪引くよ」
「紅葉とは鍛え方が違うんだよ」
「それを自分の隊長の前で言える?」
「あの人は化け物だから論外」
「なにそれ酷い」


紅葉は小さく笑った。
そしてかぶせられた学ランをぎゅっと握り締めて羽織る。


「…ありがと」
「おう」


他人なら気まずい沈黙も、相手が相手なので気まずくはならない。むしろ沈黙が心地良い。
ぼーっと空を見上げ、そこでふと気付く。出水は何しにここに来たのかと。もしかして自分が感じている気持ちに気付かれてしまったのかと恐る恐る隣を伺うと、何やら言いたそうにもごもごとしていた。


「…なに」
「……いや、急に思い出したんだけど…」
「なにを」
「……………お前、いつから二宮さんと面識あったの」
「え?」


思いもしなかった問いかけに紅葉はきょとんと出水を見つめる。何を言うかと思えばそんなことか、と。


「この前、おれとランク戦終わったあとに話してたろ。紅葉と二宮さんが話してるのなんか初めて見たぞ」
「あー…ま、まあ…あんまり、は、話さないから、ね…」
「なに吃ってんだよ」
「べ、別に」


紅葉は勢い良く視線をそらした。怪しむような出水の視線が突き刺さるが、目を合わせる勇気はない。
二宮と話すことと言えば、大抵が出水のことだ。紅葉が出水に対してどう感じているのかをいつも一方的に愚痴ってしまうのを、二宮は興味なさそうに、けれどしっかりと話を聞いて返事をくれる。
それに甘えて溜め込んでいたものや抱え込んでいたものを吐き出すのが自然と日課のようになっていた。

そんなことを出水に話せるはずがない。
紅葉は必死に言い訳を考えるが、他に二宮と話す話題など見つからなかった。


「………最近のニュースとか…?」
「絶対嘘だろ」
「じゃあ学校のこととか…?」
「それも絶対ない。ていうかじゃあって何だよじゃあって!そもそも何で疑問系!?」
「もう公平うるさい!なんだって良いでしょ!秘密だよ秘密!」
「何でだよ!何か言えないやましいことでもしてんのか!?」
「してない!ていうかあんたはわたしの彼氏か!」
「大事な妹を心配して何が悪い!」
「っ…」


そんなことを言われてしまっては紅葉に反論の言葉はない。
「……つ、強くなるためにはどうすれば良いか、とか…話してるだけだよ」
「二宮さん射手なのに?」
「戦術はどのポジションの人の意見でも参考になるからね。太刀川さんに聞いても感覚的過ぎて分からなさそうだし」
「……まあ、あの人は本能で戦ってるし…」
「だから次に強い二宮さんに聞くのは普通でしょ」
「……そうだけど、おれは太刀川さんの方が分かりやすいけどな」
「…公平も感覚派だからでしょ」


紅葉はこてんっと出水の肩に頭乗せた。


「公平は太刀川さんみたいな人が合うけど、わたしはそうじゃない。わたしと公平は…違うんだよ」
「お前は二宮さんみたいな理論派ってか?そうは思えな…」
「………」
「紅葉?」
「そうそう、そういうこと!だからなにも心配することないよ」


ばっと立ち上がった紅葉を、出水は不思議そうに見上げる。一瞬悲しそうな表情を見た気がするが、今はいつものような表情だ。


「そろそろ戻ろう。風邪引くよ」


手を差し伸べてきた紅葉はいつも通りで。出水はその手を取った。


「学校終わったらランク戦しようぜ」
「だからやらないって…」
「普通にだよ。おれは射手でお前は攻撃手で」
「……それなら良いよ。今日こそ勝ってやるから」
「ばーか。妹に負けられるかよ」


2人は拳を合わせた。


「そういえば公平なにしにここに来たの?」
「あー…なんだっけ?」
「いやわたしに聞かれても」
「…なんか、お前が元気なさそうだったから気になった…」
「っ!」
「気がしたけど気のせいだな!行こうぜ」
「う、うん」


出水に対する引け目は、昔よりもどんどん大きくなっている。そのせいか、段々隠せなくなっているのに紅葉自身が気付いていた。

大切で大好きな双子の兄との関係は崩したくない。
だから、この気持ちは隠し続けなければならない。

紅葉は出水の背中を追いかけながら、ぎゅっと拳を握り締めた。

[ 3/41 ]


back