原因

バタバタと廊下を走る音が聞こえ、迅は苦笑しつつ溜息をついた。


「「紅葉!」」
「2人とも、しーっ!」


激しく開いた扉と共に入ってきた二宮と出水に迅は口元に人差し指を当て、静かにするように咎める。
口を噤んだ2人の視線の先には、眠っている紅葉が機械に入る所だった。


「え…?ちょ、紅葉…大丈夫なんですか…?」
「うーん、今検査中」
「検査…?やはり体調か」
「体調というか、体質というか…でも改善出来るはずだから、今ちゃんと調べてもらってるんだよ。だからそんな心配しないでよ、二宮さん」


完全に安心出来たわけではないが、少しだけ安堵の息をもらし、紅葉を見つめた。


「全く、本当にこの小娘が原因なのか?」
「間違いないと思うよ」
「何故わしが立ち会わねばならんのだ」
「トリオンとかトリガー関係は鬼怒田さんでしょ?ちゃんと診てあげてよ」


不満気な鬼怒田は紅葉が入る機械から送られてきた情報を見るためにパソコンを覗き込んだ。そして眉を寄せる。


「む…これは…」
「何か分かったんすか!」
「なんなんだお前たちは!精密機械なんだからあまり近付くでない!」
「そんなことより紅葉は!」
「そんなこと!?」
「まあまあ鬼怒田さん。出水も落ち着いて」


両者を宥めると、鬼怒田は溜息をついてからまた真剣にパソコンを覗き込む。


「…確かに、原因はこの出水紅葉で間違いないようだな」
「原因ってなんの!」
「ええい!うるさいわい!」
「…大量に発生するゲートの原因、か」


二宮が静かに発した言葉に、全員の視線が集まる。鬼怒田はふぅっと溜息をついた。


「…今、出水紅葉の身体からはトリオンが漏れ出しておる」
「…トリオンが、漏れ出す…?」
「微量ながらトリオンが外に漏れ続けるせいで、近界民をおびき寄せたのだろう」
「…やっぱりね」
「え、ど、どういうことすか…!トリオン漏れ出すとか、近界民をおびき寄せるとか…意味分かんねぇ…!」
「…上手く戦えなかったり、すぐにベイルアウトしたりしたのはそれが原因か」
「うむ、確かにそれはトリオンが漏れ出しているのが原因だろう。自分の中にあるトリオンを上手くコントロール出来ず、体外へ漏れ出している。そのせいでトリオン切れが早くなり、少しの使用で ベイルアウトする。そんな所だな」
「生身で体調が悪そうだったのは?」
「普段は微量にトリオンが漏れ出しているが、何かのきっかけで大量のトリオンが一気に漏れ出したのだろう。急激なトリオン減少で体調不良になる場合もある。だがこやつは体内でのトリオン生成が早い。そこまで問題はないはずだ」
「よ、良かった…」
「何が良いものか!このままトリオンが漏れ続ければまた更に近界民をおびき寄せるのだぞ!」


鬼怒田の声に二宮は眉を寄せた。
恐らく紅葉のトリオンが漏れ出すようになったのは、自分のせいだと。

今まで蓋がされていた紅葉の中のトリオンを、トリガー臨時接続した際に開いてしまった。そうしなければ紅葉がここまでトリオンを使って戦えることはなかったかもしれないが、それでも少し罪悪感を覚える。


「…とりあえず、今後に起こることで城戸さんたちにも話したいことがあるから、会議室で説明するよ」
「…今後に起こることか。原因であるあの娘を地下に隔離でもすれば近界民も反応せんだろう」
「はぁ!?あんたふざけんなよ!」
「ふざけてなどおらん。もし一般市民を大勢犠牲にする大規模侵攻を引き起こすようなことになれば、その方法も厭わん」
「…っ」
「だーから2人ともバチバチしないでよ。一般市民に被害は出ないから大丈夫だって。それも含めて説明するから、ね」


再び迅に宥められ、出水はぎゅっと拳を握った。
大勢の一般市民とたった一人の双子の妹。
もしその2つを天秤にかけられたら自分はどちらを選ぶのか。
兄として、ボーダー隊員として、どちらを選べば良いのか。


「出水」


部屋を出て行く鬼怒田、迅。2人が出て行ってから二宮は出水に声をかけた。


「お前がそんな顔をする必要はない」
「…でも、おれ…紅葉と大勢の一般市民…どっちを選んで良いか分からない、です。おれは兄として紅葉を選びたい。…けど、A級1位のボーダー隊員として、紅葉を選ぶわけにはいかないとも思ってます…」


出水は苦しそうに俯いてぽつぽつと話し出した。こういう所は本当にそっくりだと、二宮は紅葉の影を重ねて小さく笑い、その頭をぽんっと叩く。


「だから、お前がそんな顔する必要も、そんなこと悩む必要もねぇよ」
「なに言って…」
「紅葉は俺が守るから安心しろ」
「………は…?」


にやりと口角を上げて告げられた一言。
何を言われたのか理解出来ずに固まっていると、二宮は再び出水の頭を軽く叩いて部屋を出て行った。それをぽかんと見送ったが、しばらくしてやっと我に返る。


「は、ちょ、はあぁぁぁぁ!?」


妹を奪う、というようないきなりの宣戦布告に出水は思わず声を上げた。そして慌てて二宮を追いかけようとしたが、ぴたりと立ち止まって静かに眠る紅葉を振り返る。


「…二宮さんじゃなくて、おれがちゃんと守ってやるからな」


優しい表情を紅葉に向け、出水は部屋を飛び出した。迅が見たこれからのことを聞き、紅葉を守るのは自分だ。
そう胸に誓って。

[ 28/41 ]


back