見えた未来は


「…なんなの…」


ベイルアウトで飛ばされたベッドの上。攻撃を受けたわけではない。
アステロイド2発と、初めてのトマホークを撃っただけだ。それなのにトリオン切れでベイルアウトしてしまった。
自分自身で何故なのか分からないことに混乱する。


「…なん、で…なんでなんでなんで…!」


分からないことが困惑に変わり、困惑が苛立ちに変わり、苛立ちは恐怖に変わった。


「…やだ…っ」


ずっとこのままになってしまったら、普通に戦うことなど出来ない。せっかく今まで指導してもらったのに、それが全て無駄になってしまう。そんなのは、絶対嫌だった。


「……やっぱり、トリガーが、おかしいん、だよ…、きっと…そう、だよね…わたしじゃなくて…トリガー、だよね…?」


そう思わないと不安と恐怖で押し潰されそうだった。
何かあったら来いと冬島が言っていたことを思い出し、理由を説明してもう1度ちゃんとトリガーを見てもらうために立ち上がる。


「っ!」


立ち上がった瞬間に歪んだ視界。足に力が入らなくなり、その場に崩れる。震える手に、乱れる呼吸。苦しくなる胸を押さえた。


「…わたし、が…おかしいの…?」


トリオン体のときに感じた違和感よりも強い。生身の方が辛さも倍増する。額に浮かんだ汗を拭い、床についた手をぎゅっと握りしめた。


「…ち、がう…!わたしじゃない…!…はや、く、見てもらおう…トリガー、見て、もらえば…絶対…大丈夫だから…!」


壁を支えにゆっくりと立ち上がる。がくがく震える足に鞭を打ち、なんとか前に進み、冬島隊の隊室を目指した。

◇◆◇

突然呼び出され怒鳴り散らされ、迅は笑うしかなかった。


「あー…そんなこと言われても…」
「こんなに立て続けにゲートが発生しているのが見えていなかったのか!」
「ゲートが発生するのは警戒区域内だったし、対処しきれない数じゃないですから。そこまで言う必要はなかったかなーと」
「こんなに多く発生しているのに言う必要がなかっただと!?」
「いやこんなに発生してるのまでは見えてなかったですって」


怒鳴る鬼怒田に迅は乾いた笑いをもらしながら頬をかいた。しかしそこへ忍田が疑問を浮かべる。


「ここまで発生するのは見えていなかったのか?」
「あ、いや、正確には見えてましたけど、こっちになる確率はかなり低かったんで。おれが1番はっきり見えたのは少し多くゲートが発生する程度でした」


「…低い確率の未来、か」
「おれもまだ原因は分かってません。市街地まで確認してきましたけど、そっちは何の異常もないみたいなんで、一般市民への被害は心配しなくて大丈夫だと思います」
「…以前のイレギュラーゲートに、数日前の密集して発生した門、そして今回の複数のゲート…調べる必要があるな」
「迅、引き続き街や本部の周りを警戒して見てくれ」
「りょーかい。この実力派エリートが原因突き止めてみせますよ」


軽く引き受けて会議室を出た。そして小さく息をつく。


「…原因を見れれば改善作も見つかるけど、何が原因か見当もつかないな」


ゲートが開く所しか見えない。本部付近にゲートが開くことを考えると、本部内に原因があるようにも思えるが、そうなると遊園地でのイレギュラーゲートでの説明がつかなくなる。


「…さーて、どうするかな」


思案しながら足を進めると、壁に手をつきながら辛そうに歩く紅葉の姿を見つけた。いつもと様子の違う紅葉に慌てて駆け寄る。


「おい紅葉?大丈夫か?」


支えるように肩に手を置くと、紅葉は驚いたように顔を上げた。


「!!」


真っ直ぐに視線が交わり、見えた未来。
本部を中心に警戒区域一帯に発生するゲート。
大量の近界民と応戦するボーダー隊員たち。

そして、涙を流してボーダー本部の屋上に立ち尽くす紅葉。

その後に見えた未来に迅は顔を歪めた。
しかし様々な未来が見える。まだ確定したわけではない。迅はガシッと紅葉の肩を掴んだ。


「な、なんですか…?」
「…原因はお前だったんだな」
「え…?」
「とりあえず精密検査だ。その後に上層部に報告する。それから後は今後の対策だな」
「は?え、ちょ…」
「よーし、とりあえず医務室行くぞ」
「迅さ…きゃあ…っ!」


トリオン体の迅に小脇に抱えられ、荷物のように運ばれる。突然のことに混乱しつつも紅葉は暴れた。


「い、一体なんなんですか!セクハラ!セクハラです!」
「いやー、本当はお姫様抱っこにしたかったんだけどさ。何故かそうしたときだけに発動するセコムがあるから」
「意味分かんないです…!下ろして下さい…!」
「はいはい暴れないでね。ていうか紅葉、さっき辛そうだったけどもう大丈夫なの?」
「……あ、そういえば…」


いつの間にか頭痛も眩暈もないことに気が付いた。迅と出会ってからすぐにだるさがなくなっていた気がする。
自分の身体に起こる異変が分からず、暴れるのをやめて大人しくなると、迅は優しく微笑んだ。


「…紅葉、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「…迅さん…」
「ただ、おれの言うこと1つだけ聞いて?」
「?なにか…見えてるんですか…?」
「うん、まあね」


迅は紅葉を抱えたまま医務室を目指し、少し真剣な表情になる。どうしても変えたい未来のために。


「紅葉。これから少し、大変になると思う。けど、何があっても…本部の屋上に行かないって約束してくれ」
「…本部の、屋上…?」


本部の屋上など行ったことがない。
なのにどうしてそんなことを言うのか、迅から言葉の続きを待つ。


「何があっても、だよ」
「…よく、分からないですけど…了解です」
「………こりゃ行くな」
「は?いや行かないですって」
「…はいはい」
「ちょっと迅さんなんなんですか!ていうか下ろして下さい!わたし自分で歩けます!」
「はいはーい、急ぐから暴れないでね」
「迅さん!?」


足を早めた迅に抗議するも全く耳を貸す気はないようだった。ぎゃーぎゃーと喚く紅葉に苦笑し、すっと目を細める。


( …こっちが変えられないなら、もう1つの方を変えるしかないか )


見える未来を全て話して説明してしまえば、恐らく紅葉はパニックになる。そうすれば、あの見えた未来が現実になるのが早まってしまう。それは避けたい。
どうにか最善にするために対策を練らなければ。


( …とりあえず、みんな余計なことはしないでくれよ )


紅葉含め、数人を思い浮かべながら苦笑した。

◇◆◇

フリーの隊員が使う部屋にも、二宮隊の隊室にも紅葉がいないことに少し焦りを感じつつ、二宮は紅葉を探していた。早く紅葉を見つけ出し、確認しなければいけないことがある。
本人はトリガーの調子が悪いと言っていたが、本当にそれだけなのか。何か他に理由があるのではないか。


「…ちっ、どうして俺に何も言わないんだ」


不満や抱え込んでいることを話させてきたつもりだ。それを聞くことで、紅葉も心を開いていった。だから自分には何でも話すと思っていた。
それなのにこのザマだ。


「…紅葉、どこにいる…」
「あれ?二宮さんどうしたんすか?」
「出水…?」


自然と早歩きになった二宮を出水が引き止めた。この様子じゃ紅葉のことを知らないだろう。けれど聞かずにはいられなかった。


「出水、紅葉がどこにいるか知っているか?」
「紅葉?いや、知らないすけど…」
「…そうか」
「…紅葉に何かあったんすか?」


いつも生意気で余裕な表情を浮かべている出水が、紅葉のことになると余裕をなくした表情を浮かべる。
その表情が、出水の双子の妹である紅葉と重なった。思わず顔が綻び、頭を撫でようと手を伸ばす。
しかしその手は出水にパシッと叩かれ避けられた。


「…二宮さん、おれにその顔するのやめてもらえません?」
「何?」
「いや、たぶん自覚ないんでしょうけど、二宮さんたまにおれに対して、紅葉に向けてる表情と同じ表情してるんすよ」
「……?」
「本当に自覚ねぇんだ…」


数時間前に紅葉の調子はどうかと話していたとき、ふいに表情を和らげた二宮に撫でられたときは驚いて何も言えなかったが、再び撫でられそうになったことと、その向けられる表情に確信した。
しかし二宮は分かっておらず、どこかきょとんとしている。そんな姿に出水は呆れたように乾いた笑いをもらした。


「…それより、紅葉がどうしたんすか?」
「…姿が見当たらない」
「そりゃ二宮隊じゃないんすからどこでも行くでしょ」
「…普段ならそれでいいが、今の紅葉は少し様子がおかしいんだ」
「…様子が、おかしい…?」
「…もしかしたら、体調が悪いかもしれない」
「体調って…でも家じゃ別にどこも悪そうじゃなかったすけど…」
「俺もはっきり分かっているわけじゃない。だが、嫌な予感がする」
「………」


二宮の言葉に出水が眉を寄せると、廊下を歩いてくる緑川から気になる言葉が聞こえた。


「いやだからさー!迅さんが紅葉ちゃんを抱えて走ってたんだってば!」


ふと聞こえた話し声にピタリと止まる。


「迅さんが紅葉を抱えるって意味分かんねえって」
「オレだって分かんなかったよ!だからどうしたのか聞いたのにまた後でってはぐらかされたの!しかも医務室には近づくなって言うし…」
「「おい」」
「!」


二宮と出水の低い声に緑川はびくりと跳ねた。悪いことなどしていないのに怒られるような雰囲気だ。


「迅が紅葉を連れて行ったというのは本当か」
「え?あ、う、うん…そうですけど…」
「迅さんがなんで…どこへ向かったんだ?」
「…たぶん、医務室かな…?」
「医務室…?」
「なんで医務室に連れてかれてんだよ!」
「オレは知らないよ!」
「2人して中学生相手にマジになるとか…っ」


笑いを堪える米屋を相手にしている暇はない。二宮と出水は即座に医務室へと足を進めた。


「おーい、弾バカ。紅葉調子悪いのか?」
「今からそれを確かめに行くんだよ!」


振り向くことなく吐き捨て、二宮と出水の姿は見えなくなってしまった。


「…紅葉ちゃん大丈夫かな…」
「まあ、迅さんがいるなら大丈夫だろ。もしやばかったらここの医務室じゃなくて病院だろうしな」
「…オレも様子見に行こうかな」
「近付くなって言われたんだろ?それに、オレはあの2人と紅葉のいる修羅場とか行きたくねぇわ」
「修羅場?何が?」
「…いや、何でもねぇよ。それよりランク戦しようぜ。紅葉に負けっぱなしは癪だしな!」
「ランク戦!やるやる!よねやん先輩にも負けないからね!」


すぐに思考がランク戦に向いた緑川に呆れつつ、対戦ブースへ向かった。
医務室へ向かった二宮と出水、そして紅葉に何もないことを祈って。

[ 27/41 ]


back