自覚した事実は代用品

二宮と出水が別れたのを確認し、紅葉は大きく息を吐き出した。また気持ちを切り替えなければと。
トリオン体なのに感じた先ほどの目眩は気持ちのせいだろう。紅葉はもう1度深呼吸をして二宮隊の隊室へ入った。


「……おつかれ、さまです」
「紅葉か、7人に勝ち越せたか?」


にやりと向けられた表情に動揺することもなくなった。これは、本来自分へ向けられる表情ではないのだから。


「…勝ち越せました。駿、友子、犬飼先輩、辻、荒船先輩、陽介、玲に」
「そうか、良くやったな。流石は俺の弟子だ」
「……っ」


嬉しいはずのその言葉が、今は苦しいだけだった。


「どうした?」
「……いえ」
「そうか。なら、約束通り合成弾を教えてやる」
「……はい、お願いします」


自分の目的は双子の兄を超えること。
そのために二宮に特訓をしてもらっている。それ以外の感情なんていらない。
なのに浮き立つ心に嫌気がさす。二宮に教えてもらえることが、一緒にいられることが、苦しいけれど、嬉しい。


( ……いつもと、同じだよ。気にすることなんてない。公平と比べられることなんて、慣れてる )


二宮が出水を求めているのなら、自分がそれに答えればいい。そうすれば、少しでも二宮は自分自身を見てくれるかもしれない。
そんな希望を捨てられなかった。


「行くぞ、紅葉」
「…はい」


双子の兄を越えて自分を見てもらえばいい。潰れそうな気持ちを無理矢理前向きに考え、訓練室へ向かう二宮の後を追った。

◇◆◇

「だからそうじゃねぇって言ってんだろ。何度言えば分かる」


合成弾を教えてもらうも、ごちゃごちゃする頭で生成するのは困難だった。上手く合成出来ずに消滅する。何度も何度も、成功しない合成弾を繰り返した。


「余計なこと考えてる暇があったら集中しろ」
「…分かってますよ…!けど、上手く出来ないだけで…」
「ちゃんと理解してねぇからだろ」
「してます!だから必死にそれをやろうと…」
「必死になり過ぎだ。ただでさえ余裕ない戦い方してんだからもう少し力を抜け」
「…やってます」
「出来てねぇから言ってんだよ」
「…っ」


やはり、自分では答えられない。二宮の期待には、答えられない。
自分は出水公平ではないから。
合成弾をやめ、だらりと両手を下ろした。


「……仕方、ないじゃないですか」


仕方ない。出来ないのも、期待に答えられないのも、優秀じゃないのも、余裕がないのも、必死過ぎるのも。仕方がない。


「何?」
「わたしはなんでも器用にこなす公平とは違う…。わたしが上手く出来ないのなんか、仕方ない…」
「まだそんなこと言ってんのか。出水は関係ねぇだろ」
「関係なくなんかない!!」


今までなら抑えられる気持ちだった。けれど自分の想いを理解してしまった今、我慢することは出来なくて、全てが溢れ出す。


「二宮さんは…っ、公平を見てる…!」
「何を言っている」
「わたしに公平を重ねてる…!!」
「紅葉?」
「みんな…っ、みんなそうなんだ…!わたしを見ないで、わたしの中に公平を見てる…!双子だから同じくらいの実力だろうって…っ、わたしに、公平の強さを求めてる…!」


天才の双子。そう思われている。
けれど双子の兄である出水を基準に比べられることが苦痛でしかなかった。
そんな中で、二宮だけは自分を見てくれていると思っていた。出水公平の双子としてではなく、紅葉として見てくれている。そう、思っていた。なのに、


「二宮さんは違うと思った…!わたしを見てくれてると思った…!けど…!やっぱり二宮さんも…っ、公平を見てる…!」
「そんなわけあるか。俺はちゃんとお前を…」
「だからわたしに射手をやれって言ったんですか…?太刀川隊にいる公平は手に入らないから代わりにわたしでいいやって…?」
「おい紅葉、いい加減にしろ」
「わたしは公平じゃない!公平みたいに、強くない…!天才じゃ、ない…っ!わたしと公平を比べ、な…いで…っ」
「紅葉!」


がくんっと崩れた身体を二宮はすぐさま支える。
ぐらぐらと歪む視界と痛む頭。トリオン体なのに呼吸が荒くなり、汗が噴き出すようだった。
二宮が名前を呼ぶも、紅葉に答えられる余裕はない。すると、本部内にゲート発生の警報が鳴り響いた。


「こんなときに…」
「っ、すみません…だい、じょうぶです…」


ゆっくりと立ち上がる紅葉を支える。少しフラついたが、痛みも悪寒も一瞬で今は何ともない。軽く頭を振るといつも通りに戻った。


「体調でも悪いのか?」
「……いえ、少し目眩がしただけです…すみません…」
「……」
「…二宮隊、防衛任務ですよね。わたしも行きます」
「今倒れかけた奴を連れていけるわけないだろう」
「もうなんともないので大丈夫です」
「ダメだ」
「行きます」
「紅葉」
「外で近界民を相手にした方が深く考えなくて済みます。だから、きっと合成弾も成功すると思います」
「………」
「連れて行って下さい」


いつもと違う瞳で真っ直ぐに二宮を見つめる紅葉。連れていくのも心配だが、ここに1人で残していくのも心配だった。二宮は大きな溜息つく。


「……俺から離れるなよ」
「………はい」


二宮と2人きりだから色々考えて合成弾が上手くいかないだけかもしれない。だから近界民を相手にすれば余計なことは考えずに合成弾に集中出来る。そう自分に言い聞かせ、訓練室を出て行った二宮を追いかけた。

◇◆◇

「…またこんなにゲートが…」


外に出ると、ボーダー本部付近にたくさんのゲートが開いていた。そこから次々に近界民が出てくる。


「…またか。犬飼、辻、俺は紅葉と行動する。お前らは2人で対処しろ」
『犬飼りょーかい』
『辻、了解』
「紅葉、行くぞ」
「…はい」


二宮に続いてネイバーの元へ向かう。二宮の周りに四角錐のトリオンが浮かんだ。そのままそれは数体の近界民を貫く。


( …やっぱり凄いな…わたしも続かないと )


紅葉の周りにトリオンキューブが浮かび、それをバムスターに向けて打ち出した。


「!?」


しっかりと撃ち出された弾。けれど、異常を感じた。
普段撃ち出されるアステロイドより、遥かに威力が高かったから。
バムスターを貫いても勢いが弱まることなく、建物を貫き、地面に直撃した。


( …威力を強くしたわけじゃない…またトリガーの異常…? )


手のひらを見つめて眉を寄せた。


「紅葉!ぼさっとするな!」
「!は、はい!」


再びアステロイドを浮かべ撃ち出した。けれどまた予想以上の威力でバムスターを貫く。


「トリオンを抑えろ。無駄に威力を込めすぎだ」
「……分かって、ます…!」


分かっているけれど、制御が出来ない。混乱する頭を冷静にしようと大きく深呼吸をした。


「…威力が強くなるなら、思いっきり強いの撃ち込んでやる…」


前みたいに暴発するわけでも消えるわけでもない。威力が高いだけだ。なら合成弾を作るのに何の問題もない。


「…メテオラ、プラス…バイパー…!」


両手にそれぞれのトリオンキューブを浮かべ、それを1つに合わせる。
二宮からやり方は教わった。コツも教わった。例え自分が才能のない不器用だとしても、出来ないはずはない。

出来なければ、双子の兄を越えられない。自分を、見てもらえない。


( …そんなのやだ…っ )


2つのキューブを合わせ続ける紅葉に、周りの近界民たちが紅葉に向かって進んで行く。


「…合成弾を試すのか」


それを援護しようと近界民の気を引くために攻撃を仕掛ける。しかし近界民に弾が直撃しても、近界民は二宮を見向きもせずに紅葉へ向かっていった。


「!…やはり紅葉を狙っているのか…?」


三門市外のイレギュラーゲートも、防衛任務での大量の門>ゲート発生も、今の近界民たちも、全て紅葉がいるときだ。そしてまさに今、近界民たちは紅葉を狙っている。

原因は紅葉にある。

そうは思ってもその理由までは分からない。


「…どういうことだ」


二宮が視線を向けた先には、合成弾を練り続ける紅葉の姿。近界民たちが迫っているが、初めての合成弾にやはり時間がかかっている。


「…もう、少し…!」
「紅葉!撃て!」
「簡単に言ってくれます、ね…っ!」


少しの怒りを込めた瞬間、合成弾が綺麗に1つのキューブに変化する。完成に喜ぶ間も無く、紅葉は目の前に迫るバムスターに向けて撃ち出した。


「トマホーク!!」


目の前のバムスターに直撃し、中から爆発した。バムスターを貫いた弾はそのまま進み、急激に方向を変えて他の近界民たちをどんどん貫いていく。
次々に近界民を破壊していくトマホークがようやく消えたときには、周りに敵はほぼいなくなっていて。
予想以上の威力に驚き、二宮が紅葉に視線を向けると、ちょうど紅葉がベイルアウトする瞬間だった。


「…うそ、でしょ…」


トリオン切れにより紅葉の身体にヒビが入り、そのままベイルアウトする。


「 ベイルアウトだと…?」


本部へ飛んでいく光を見送り、二宮は眉を寄せた。
アステロイド2発とトマホーク1発。
それだけでトリオン切れ。紅葉のトリオン量でそんなことがあるはずがない。やはり何か原因がある。

紅葉がベイルアウトしてから、前と同じようにゲートの追加はない。
後は犬飼たちや他の隊員たちに任せて大丈夫だろうと、二宮は急いで本部へ向かった。

何か、嫌な予感を感じて。

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