相談相手はNo.1攻撃手

「これで終わり…!」
「…っ!」


那須のバイパーをなんとかかわし、今までの戦いで身につけた視線誘導でのハウンドで那須を貫いた。
結果、6-4でなんとか紅葉は那須に勝利する。

緑川、熊谷、犬飼、辻、荒船、黒江、那須。何度かトリガーの調子が悪いのか、上手く扱えないときもあったが、これでようやくノルマだった7人に勝ち越すことができ、紅葉はほっと息をついた。


「紅葉ちゃん、最後のハウンド凄かったわ」
「…玲みたいにリアルタイムでバイパーの弾道引ける方が凄いと思うけど」
「でも勝ったのは紅葉ちゃんだもの」
「…ありがとう」


ブースから出てすぐに那須に褒められ、紅葉はうっすらと頬を染めた。自分よりも技術も経験もある那須に勝てたことや褒められたことが嬉しくないわけがない。


「これで今まで負けた7人に勝ったから、次はやっと合成弾だ…」
「合成弾なら私が教えようか?」
「ううん、大丈夫。教えてもらうって、約束してるから」


嬉しそうな紅葉の表情に、那須は微笑んだ。最近の紅葉はよくこういう表情をする。まるで、


「恋する乙女みたいね」
「へ!?」


驚いて那須を見つめるも、にこにこと笑うだけで。紅葉はあわあわと慌てた。


「こ、恋する乙女って、な、なにいきなり…!」
「だって紅葉ちゃん、最近そういう表情するんだもの」
「そ、そんな表情してない!」
「きっと思い浮かべてる相手はいつも同じなんだろうなーって」
「べ、別に二宮さんのことなんか思い浮かべてない…!」
「うふふ、私は二宮さんだなんて一言も言ってないのに紅葉ちゃんったら」
「!!や、ち、ちが…!玲…!」


頬を染めて怒る紅葉に、那須はくすくすと笑った。本当に分かりやすい人だと。


「…なんで、わたし、二宮さんとか言っちゃったんだろう…」
「思い浮かべたのが二宮さんだったからじゃないかしら?」
「…に、二宮さんに、こ、恋…なんて…」


紅葉はぶんぶんと頭を振った。
二宮は師匠で、ただの憧れだ。恋ではない。
自分が好きなのは、昔からずっと、今でも、初恋相手である嵐山だけだ。そう思っても頭に浮かぶのは二宮の姿で。


「…なんで」

自分でも分からなくなった。歪んだ紅葉の表情に那須は心配そうに顔を覗き込む。


「紅葉ちゃん?大丈夫?」
「…うん、ごめん」
「悩み事があるなら聞くよ?」
「………いや、大丈夫。ありがとう、玲」


浮かべられた笑顔は無理のしているもので。
けれど大丈夫という紅葉に無理に話を聞くことは出来ない。


「…無理はしないでね?」
「…うん。ありがとう。それじゃあ玲、またね」
「ええ、またランク戦してね」
「…出来れば玲とはやりたくないから気が向いたら…」
「ふふっ」


苦笑する紅葉に那須は微笑んだ。そして手を振って紅葉を見送る。
最近ずっと楽しそうにしていたのに、たった一言であんなにも表情を曇らせてしまう。それでも前より明るくなったことに変わりはない。
自分では相談相手になれないとしても、いつかその悩みがなくなるように願いながら、那須は自分の隊室へと足を進めた。

◇◆◇

那須と別れて二宮隊の隊室へ続く廊下を歩く。7人に勝ち越したことを報告し、合成弾を教えてもらうために。
それだけで悩んで沈んでいた気持ちが吹き飛んだ。二宮に合成弾を教えてもらえる。また指導してもらえる。その喜びが強い。
しかしそれがまた悩みの種となり、足が止まった。


「……なんで、こんなに喜んでるの…」


合成弾を教えてもらえるから。そうだと思いたいが、それならば先ほど那須の誘いを受ければ良い。合成弾が使いたいだけなら那須も使えるのだから。けれど自分は、二宮に教えてもらいたいと思っていて。


「…憧れてるから、その人に教えてもらいたい…それだけ、だよね…?」


自分自身に問いかけるも、答えは出ない。
またぐるぐると考え出した思考を、頭を振ることで消した。


「…わたしは、嵐山さんが好きで、二宮さんに……憧れてる。それだけ、だよ」


それ以上でもそれ以下でもない。そう結論付け、紅葉は足を踏み出した。


「ぶっ」
「っと」


今まで俯いていたせいで踏み出した瞬間に人にぶつかる。顔を抑えて見上げると、そこには紅葉が苦手とする人物が首を傾げていた。


「なんだよ出水妹、いきなり進むからびっくりしたぞ」
「…太刀川さん…」


会って早々、嫌いな呼び方で呼ばれ、紅葉は顔をしかめた。気持ちを切り替えて進みだしたのに、いきなりこんな人と出くわすとは。


「なんか悩んでたみたいだから声かけてやろうと思ったのに」
「…出来れば太刀川さんには声かけてほしくないです」
「なんだとー?」
「ちょ…!」


上からぐしゃぐしゃと頭を撫でられ髪を乱される。不快で抵抗しようとしたが、何故太刀川に頭を撫でられるのは不快なのか考えてしまった。二宮に撫でられるのは、心地良いのに。
ぴたりと動きを止めた紅葉に、太刀川は首を傾げた。そして手を離す。


「どうした?」
「……いえ」
「悩みがあるなら聞いてやるぞ」
「結構です」
「素直じゃないなぁ、お前」
「太刀川さんには本音しか話してないので全力で素直のつもりです」
「俺には素直とか出水妹は俺が好きなのか!」
「…なんでこの人がA級1位なの…!」


苛立ちを拳に込めて強く握りしめた。
単位取れなくて留年してしまえと呪いを込めて。


「でも悪いな、出水妹。俺にはもう相手がいるからお前の気持ちには答えられねぇよ」
「むかつ……ああ、そういえば太刀川さん、恋人がいるんでしたっけ」


こんな人によく恋人なんて出来たものだと呆れて溜息をつく。世の中には自分が理解出来ない好みの人間がいるものだと。


「おう!いるぞ!すげー可愛い恋人だ!」
「…嬉しそうですね」
「そりゃあな!」
「……好きな人へ抱く気持ちって…どんなものですか…?」


あまりに嬉しそうに話す太刀川に、つい問いかけてしまった。自分が今、悩んでいること。その答えを太刀川が持っている気がして。


「どんなものって…良いものだぞ?」
「…苦しくないんですか…?辛くないんですか…?もう嫌だとか、思わないんですか…?」


どこか必死な紅葉に、太刀川は顎に手を当てた。そして記憶を辿る。


「…そりゃ苦しいときも辛いときもあったが、それは俺が自分の気持ちを認められなかったからだな」
「…自分の気持ちを、認められなかった…?」
「おう。俺はそいつが好きなのに、どこかで否定してた。これは恋じゃないって」
「………」
「けど、それを認めたら苦しさなんか一切なくなったな。絶対に俺のものにするってことばっか考えてたぞ」
「……どうして、認められたんですか…?」
「んー…どうしてって言われても…好きが溢れたからとしか言えねぇよ。誰にも渡したくないって思うようになったきっかけなんて、たぶんみんな簡単なものだぞ」


軽い言葉なのに、何故か重みがあった。
今の紅葉が求めている答えを、やはり太刀川は持っている。それを言葉に出来ないだけで。
そこではっとした。今まで質問をしていて、太刀川の答えを聞いていて、思い浮かべていたのはずっと、二宮のことだった。
好きな相手の、嵐山ではなく。
憧れている、二宮で。
余計に分からなくなった。


「…太刀川、さん」
「ん?」
「…わたし、好きな人が、いるんです」
「おー!そうなのか!誰だ?」
「…っ、え、えと、…あ、嵐山さん…なんですけど…」
「また正反対の性格のやつを好きになったもんだな!」
「…そう、ですね。それは自分でも思います。……でも、太刀川さんが話してる間、思い浮かんだ人は、嵐山さんじゃなくて……憧れてる人を、思い浮かべてました…」
「憧れてる人?」
「……わたしは、二宮さんに憧れてます。射手として指導してくれる師匠ですから。二宮さんと一緒にいると、楽しくて、ちょっとしたことが、嬉しくて…でも、苦しくて…辛くて…色々ごちゃごちゃ考えちゃって……一緒にいたいのに、いたくないって矛盾した気持ちになるんです…。でも、嵐山さんといると、そんなにごちゃごちゃ考えない…安心する…とは違うかもしれませんけど、太刀川さんが言っていたような気持ちとは、少し違って…」


自分の気持ちが自分で分からない。
太刀川の言ったことが、分かるようで分からない。
そう呟いた紅葉に、太刀川は思案するように唸った。そしてはっとしてからぽんっと手を叩く。


「それって、逆なんじゃね?」
「え…?」


ぽかんと見つめる紅葉に、太刀川は1人納得したように頷いた。


「うん、きっとそうだな」
「なにがですか…?」
「だから、好きな人と憧れた人、逆なんじゃねぇの?」
「………は…?」
「いやだから!お前が憧れてるのは嵐山で、好きな奴が二宮なんじゃねぇのかって言ってんだよ」


今度は言葉も出せずにぽかんと太刀川を見つめた。

憧れた相手が嵐山で、好きな相手が二宮。

そんなわけない。そんなわけないのに、何故かすっと納得出来てしまい、動揺する。


「好きな相手といるのは楽しいけど、色々ごちゃごちゃ考えて苦しくなるときもある。その分、憧れた相手は嫌われたらとか嫉妬とかそういう変なこと考えたりしねぇから楽なんだろうな。俺も忍田さんといるとすっげーテンション上がるけど、やっぱ好きな奴といるときとは違うぞ」
「……え、あ…わ、わた、し…」
「何動揺してんだよ?簡単なことだろ?お前は二宮が好きで、正反対の性格の嵐山に憧れてる。なんも変なことなんかねぇじゃんか」
「…で、でも…!嵐山さんは、わ、わたしの、初恋の人で…!二宮さんは、師匠で…!」
「関係ねぇだろ?」
「…っ」
「初恋相手がいようとなんだろうと、いつ誰を好きになるかなんて分かんねぇんだ」


太刀川の言葉なのに、何故かすんなり納得出来て。自分が自分の気持ちを認めたくないだけなのだと、気付かされた。


「…わたしは…二宮さんの、ことが…」
「趣味悪ぃと思うけど、人それぞれだからな」
「…それ、太刀川さんの恋人にも言ってあげたいですね」
「それは俺の恋人の趣味が悪いってことか」
「…わたしも人のこと言えないみたいなんでノーコメントで」


どこか吹っ切れたような表情で苦笑する紅葉に、太刀川も表情を緩めた。難しい顔をしていない。どうやら悩みは解決したみたいだと。


「…太刀川さん、ありがとうございます」
「なんだよいきなり」
「太刀川さんのお陰っていうのは少し不満ですけど、気付けたのは、太刀川さんのお陰ですから」
「お前は一々一言余計だな!」


素直に太刀川のお陰というのは少し気恥ずかしくて。紅葉は小さく深呼吸をした。


「…たぶんわたし、二宮さんのこと、好きって…認めたくなかったのは…今の関係が、崩れるって思ったから、です」
「…おー。その気持ち、ちょっと分かるな」
「でも太刀川さんは1歩踏み出したんですよね?」
「…まあ、色々あってな」
「……変わるのは、怖いけど……わたしが1歩踏み出しても…大丈夫かな…」


自分へ向けられる気持ちが優しいことは分かっていた。周りと少し対応が違うことも。ずっと、気付かないふりをしていた。
けれど、自分の気持ちの整理がついた今、それに向き合える。
あのときキスされた理由も、今なら聞ける気がした。
例え本当にからかわれていただけだとしても、少しでも自分に対して特別な気持ちを抱いてくれているなら、それだけで良い。そう思えた。


「大丈夫だろ。あいつお前といるときはいつもと違うしな」
「………」
「なんだよ照れてんのか?」
「…う、うるさいです…」
「ははは」


照れ隠しにパンチすると、笑いながらあっさりそれを受け止められる。
思いがけなく相談に乗ってもらったことにもう1度だけ小さくお礼を言い、紅葉は再び二宮隊の隊室へ向かった。
頑張れよー、と間延びする声を背中で聞きながら。



隊室へ向かう足が軽い。
二宮に会うのが楽しみで仕方ない。
早く、会って話したい。
そして、ちゃんと自分の気持ちを伝えよう。
自分が思っている気持ちを。
二宮に対しての気持ちを。

素直に伝えよう。

高鳴る胸を押さえた。もう、苦しくない。
しばらく進むと、二宮隊の隊室の前で二宮の姿を見つけた。それだけで胸が弾む。
単純な自分に呆れつつも、思わず笑みが溢れた。


「いた…!二宮さ…」


弾んだ声は最後まで言葉にならずに止まった。
目の前の出来事に大きく目を見開く。


いつも自分へ向けられているはずの、穏やかな表情をした二宮が、双子の兄の頭を撫でていたから。

ぎゅむっと、心臓を鷲掴みされたような痛みが走る。

何故か、泣きそうに苦しい。
苦しいのに目が離せなくて。
そこしか、見えなくて。
見たくない見たくない。二宮のあんな表情を。あの表情は、自分へ向けてくれるものだと思っていた。自分にだけ向けてくれるものだと。
自分だけだと、勝手に、そう思っていた。
けれど今、その表情と優しい視線は、自分ではない双子の兄に向けられていて。


「…あ、はは…」


額に手を当て、自嘲するように笑った。すーっと気持ちが冷めていく。落ち着いて、頭が冷静になっていく。


「……ああ、そっか」


やっと分かった。

二宮が自分へ向けていたあの表情も、気持ちも、自慢の弟子だと言ってくれたあの言葉も。
全て、自分へ向けられるものではなかった。


「…なんで、考えてなかったんだろう。浮かれて、ばかみたい…」


才能のある天才射手が手に入らないから、双子である自分が選ばれた。
やはりあのときのことはからかわれているだけだと分かった。
天才射手の双子の妹だから。女だったから。たったそれだけだ。

歪んだ表情と視界。
頭は冷静で、心がそれを否定したがっていたが、出された答えは簡単だった。やはり自分は、




「…公平の、代わりだったんだ」




今までの中で1番、すんなり納得出来た答えだった。

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