次の段階へ


「アステロイド!」

「メテオラ!」

「バイパー!」

「ハウンド!」


紅葉が撃ち出した弾を、二宮はじっと見つめた。全て仮想空間の近界民に直撃し、撃破しているが、紅葉はドキドキと二宮の反応を待つ。
どんなダメ出しがきても良いように構えていると、二宮はふと表情を和らげた。


「まあ、形にはなってきたな」
「!」


予想外の言葉に大きく目を見開く。
トリガーに異常なしと言われてから数日、特に何か問題があるわけでもなく、射手の指導を受けてきた紅葉。
そして今日も二宮に指導してもらうために隊室へやってくると、紅葉は早速今までの成果を見てもらっていた。

評価はまさかの高評価。キツイ言葉を覚悟していたため、嬉しくてたまらない。しかしここではしゃぐと、調子に乗るなと言われるのは目に見えている。何とかその喜びを抑えた。


「なんだ、嬉しくねぇのか」
「……喜んだら二宮さん絶対調子乗るなって言うと思って」
「分かってんじゃねぇか」
「………」


にやりと口角を上げた二宮に、なんて理不尽な人だと眉をひそめた。


「だが、かなり上達したのに間違いはねぇよ。そこは自信持っても良い」
「…あ、ありがとう、ございます」
「まだ出水には程遠いがな」
「分かってます!だったらさっさと次のステップで指導して下さい!」
「てめぇそれが教わる態度か」
「……すみません、思わず」


紅葉はそっと自分の口を押さえる。
そんな紅葉に溜息をつき、二宮は思案するように口元に手を当てた。そして思い付いたように紅葉に視線を向ける。


「紅葉、なら次のステップだ」
「!は、はい!」
「合成弾と他の奴との模擬戦、どっちが良い?」
「…え…?」


突然出された2択。
紅葉はパチパチと数回瞬きした。


「だから俺が合成弾教えてやるのと、実戦経験積むためにいろんな奴と模擬戦するのどっちが良いかって聞いてんだよ」


何故か強く言われたことに不満だが、紅葉は腕を組んで思案する。
合成弾は射手ならではだ。強力なのは知っているし、もちろんやりたいと思っている。だが、早く他の人とも模擬戦はやりたいと思っていた。緑川とも約束したばかりなのだから。
少し思案するも、やはり答えは決まっていて。紅葉はそっと二宮を見上げた。


「……合成弾が、良いです」
「意外だな。興味はあると思っていたが、お前は早く他の奴と模擬戦したいのかと思っていた」
「…確かに早くいろんな人とも戦ってみたいですけど、やっぱり、その、射手といえば合成弾、ですし、えと、こ、公平も使ってるし、だから、その、」


合成弾ならばまた二宮に指導してもらえるから。

そんな言葉が過ったが言えるわけがない。


「まあ、どうせいつかは教えるつもりだったんだ。どっちが先でも良かったから選ばせたが、合成弾が使いたいなら先に教えてやる」
「あ、ありがとうございます!」


合成弾という響きと、また二宮に新しいことを指導してもらえるということに喜びを感じ、紅葉は目を輝かせた。
静かに喜ぶ紅葉に気付き、二宮はふっと笑うと、再び口元に手を当てて思案する。
やけに様になるその姿をぽけっと見つめていると、ぱちっと二宮と視線が交わった。どきりと跳ねた心臓と連動するように視線をそらす。


「なんだ、言いたいことでもあんのか?」
「…い、いえ」
「あるなら言え」


特に言いたいことがあったわけではない。ただ見惚れていたなど口が裂けても言えない。


「今なら質問も受け付けてやる」
「今だけですか…」
「いつでも答えがもらえると思うな」
「……そうですね」
「聞きたいことがあるなら今のうちだぞ」
「いきなりそんなこと言われても、聞きたいことなんて……」


そこまで言って、ちらっと二宮の唇に目が止まってしまった。一瞬にして思い出したあのときのことに全身が一気に熱くなる。


( ちょ、や、やばいやばいやばい…!ばか…!なにいきなり思い出してるの…!なんで今…!ていうかなんでは二宮さんの方だよね!?なんで、あのとき…! )


早くなる鼓動と熱くなる頬。
カーッと赤くなる顔を隠そうとして俯くと、二宮は首を傾げた。


「紅葉?どうした?」
( どうしたとかもうむかつく…! )
「紅葉?」
「!?」


顔を覗き込むように近付かれ、紅葉は慌てて二宮と距離をとった。今至近距離は非常に困る。
けれどそんな紅葉の気持ちなど知るわけもなく、二宮は眉を寄せた。


「なんなんだ」
「……」


なんなんだはこちらの台詞だ。紅葉は俯いたまま眉を寄せる。
あのときのことを掘り返せば、またぐるぐると考えてしまう。それに、遊園地でのときのように気まずい雰囲気になる可能性もある。
今が楽しい。何も深く考えず、ただ二宮と一緒にいて、射手の指導をしてもらえるのが。


( …あれは、からかわれただけだよ。だから、考えたらダメ……なかったことにすれば良い )


そう思えば悩まずに済む。ただ少し、胸が苦しくなるだけだ。


( …どうかしてるよ。これは恋じゃない。憧れなんだから、苦しいとかおかしい… )


何度も何度も自分に言い聞かせる言葉。
それを噛み締めてぎゅっと胸を抑えた。


「…予定変更だ。合成弾は後にする。まずは他の奴と模擬戦してこい」
「え!?」
「そんなごちゃごちゃ考えてる奴が合成弾なんか出来るわけねえだろ。ただでさえ不器用なんだから模擬戦して頭空っぽにしてこい」
「…戦ってる間も戦略とか作戦とか考えたりすると思うんですけど」
「うるせぇ」
「理不尽!」


やはりこの距離が良い。ごちゃごちゃ考えていたことが馬鹿らしくなった。今のまま、あのときのことに何も触れなければ良い。そう自分に言い聞かせて。


「とりあえず、今まで負けた奴らに挑んでこい。それで勝ち越せるようになったら合成弾教えてやるよ」
「……わたしが今までに負けた人たちが、一体何人いると思ってるんですか…」


A級だけでなくB級にもかなりの人数負けているのだ。


「だから全員に勝って来いって言ってんだろ」
「……二宮さんが勝てない太刀川さんにも負けてるんですけど」
「………」
「いたっ」


ぴくりと眉を動かした二宮に無言で頭を叩かれた。トリオン体のため痛みはないが、反射的に声を上げてしまう。もちろん叩かれたことには不満なので、頭を押さえてじとっと二宮を睨んだ。


「…なら7人だ」
「7人?なんでまたそんな微妙な…」
「1週間以内で7人に勝ってこい」
「い、1週間で7人って、1日1人ですか!?」
「1日1人とは言ってねぇだろ。最低はそうだが、早いに越したことはねぇよ」


簡単に言うが簡単なことではない。
今まで負けた7人の隊員たちに、1週間以内で勝って来いと。
A級の緑川や米屋に勝つのも容易ではないし、荒船や村上もいる。射手として自分よりも強い那須も。
難しいその条件に紅葉は眉を寄せた。


「A級1位に勝とうとしてる奴がそんな顔してんじゃねぇ」
「そ、それはそうですけど、まだちょっと今まで負け続けた人たちに勝つ自信がない…というか…」
「俺が勝って来いって言ったのは、お前がそれなりに勝てる実力になったからに決まってんだろ」
「え…?」
「勝てない勝負に出さねぇよ。お前が知恵を振り絞って死ぬ気で戦えば7人くらい余裕のはずだ」
「…っ、そ、その知恵を振り絞って死ぬ気で戦うのが難しいんですけどね」


嬉しい言葉を素直に受け入れられずに捻くれて返す。けれど二宮は気にした様子もなく、続ける。


「誰でもいい。7人に勝てたら合成弾を教えてやる」
「……分かりました。1週間で必ず7人に勝ちます…!」


二宮が勝てると言った。ならばきっと勝てる。それに、合成弾を教えてもらうためだ。紅葉は手のひらを見つめ、ぎゅっと拳を握り締めてから意を決したように二宮を見上げると、ふと、優しい表情を向けられた。


「その方が良いな」
「?なにがですか?」
「俺はその目をしてる方が好きだって言ってんだよ」


ばくんっと激しく跳ねた心臓。
一瞬にして全身の血が沸騰したようだった。

好き。

たった2文字の言葉でこんなにも動揺している自分に嫌気がさす。自分自身を好きと言われたのではなく、気持ちが変わって強くなった瞳を好きだと言われたのだ。自分じゃない。自分のことじゃない。前を向いたこの気持ちのことだ。それだけだ。


「お前さっきから何考えてんだ」


何度も二宮の言動に黙って考えて込んでしまう紅葉に、二宮は呆れ混じりに呟いた。
全部二宮のせいだと大声で叫びたい気持ちを抑え、紅葉は大きな溜息をつく。


「…わたしにも、色々考えることくらいあります」
「要領が良い方じゃねぇんだからあまり悩んでんじゃねぇよ」
「………だったら、悩ませること言わないで下さい…」
「何?」
「………いえ、何でも、ありません。…すみません」


そう言って踵を返した。対戦ブースへ向かうために。


「おい、紅葉」


名前を呼ばれて扉の前でゆっくりと振り返った。


「…紅葉、お前は俺の………俺の、弟子だ。…自慢の弟子だ。胸を張って戦って、勝って来い」
「!」


自慢の弟子。その言葉に沈んでいた心が躍った。二宮に認めてもらえた気がして。
その嬉しさに、何やら複雑そうな顔をする二宮に気付く余裕などなかった。緩む頬をなんとか抑え、紅葉は二宮に向き直る。


「二宮さんの弟子として恥じない戦いをしてきます!それで必ず7人に勝ってきますから!」
「…ああ」
「二宮さんの自慢の弟子だって、胸を張って戦います!いってきます!」


緩む頬を最後まで抑えることは出来ず、紅葉は珍しく嬉しそうに笑顔を浮かべて隊室を出ていった。
そんな後ろ姿を見送り、二宮は誰もいない隊室で大きな溜息をついた。


「…何言ってんだ俺は」


自慢の弟子と、その言葉はもちろん間違いではない。紅葉は攻撃手の頃と違い、かなり実力を身につけたのだから。
しかし、言いたかったのはそういうことではなかった。


「……そろそろ、ちゃんとしねぇとな」


紅葉が7人とのランク戦に勝ち、合成弾を教えたら、出水と戦わせる前に言わなければいけないことがある。ずっと言う機会を逃してここまで来てしまったが、これ以上は自分のためにも、紅葉のためにも、黙っているわけにはいかない。
ちゃんと、言わなければいけない。

大切なことを。

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