仲直りとそれから


真っ直ぐに見つめられ、告げられた一言。


「わたしは、射手として公平に勝つよ」


こんなにも自信に満ち溢れている紅葉の言葉は初めて聞いた。出水は目を丸くして紅葉を見つめる。


「公平と同じポジションの射手で勝つことで、この醜い感情はなくなると思ってる」
「…ずっと、そんなこと考えてたのかよ」
「…うん。ずっと、公平に勝てない自分に劣等感を抱いてた。……でも、勝てないって諦めるのは、もうやめる」


勝ちたいと思う反面、どこかで勝てないという思いがあった。自分は兄のように天才ではない。才能はない。
けれど、そうやって言い訳するのはやめようと思った。そんな思いは、勝つまで指導してやると言ってくれた師匠に失礼だから。


「だからこれからも二宮さんに射手として教えてもらう。公平を超えるために、公平に教えてもらうわけにはいかないから」
「……紅葉…」
「………いきなりこんなこと言って、ごめん。でも、ずっと言わなきゃって思ってた。わたしが公平に抱いてる気持ち、隠してきてたけど…言わなきゃって」


ついに話した心の内。
こんな気持ちを話してどんな反応をされるか不安でドキドキと見つめながら出水の反応を待つと、出水はゆっくりと口を開いた。


「……紅葉がおれに嫉妬するなんて、意味分かんねぇけど…」


出水はにやりと口角をあげた。そして余裕な表情で紅葉を見つめ返す。


「おれに挑んでくるっていうなら、いつでも受けて立ってやるよ」
「……むかつく」


お互いに見つめ合い、ぷっと吹き出して笑った。
嵐山の言う通り、兄は自分の気持ちをしっかりと受け止めてくれた。いつも通り、いつもの調子で。だから自分もいつも通りでいられる。
気まずさのなくなったその雰囲気にどこか安心した。今まで抱えていたことをちゃんと伝えられて、気持ちもスッキリと。
二宮の言葉と、嵐山の後押しのお陰だ。色々な人に助けられているな、と目を細める。


「ま、二宮さんに教わったとしてもおれに勝とうなんて100年はえーよ」
「油断してるとあっという間に追い抜かすから」
「やれるもんならやってみろ」
「むかつ……、…そうそう、射手を公平に教わらないのはもう1つ理由があるんだよね」
「は?なんだよ?」


挑発するようににやりと口角を上げていた出水を紅葉はじとっと睨んだ。


「そういう余裕面する公平に教わるなんて癪だから絶対に嫌」
「なんだとこの野郎…」


べーっと舌を出す紅葉に出水は口元の笑みを引きつらせた。素直になったが素直になりすぎて言わなくていいことまで言いすぎだと。
だがそれでも、黙って抱え込まれるよりは断然良い。


「そんなむかつく公平を倒すために今から二宮さんのとこ行ってくる」
「一言余計だっつの。てか二宮さんとこ今日防衛任務じゃねーの?おれ今日は防衛任務ないし、訓練付き合ってやっても良いぜ?」
「…公平とはまだやらない。わたしが勝てると思ったら挑むから」
「……そっか」


出水は穏やかに笑って紅葉を見つめた。隠さずに本心をありのままに話してくれることが嬉しい。例えそれがどんな想いだったとしても。


「じゃあ、また後で」
「おう」


紅葉が出水の横を通り過ぎようとしたところで、すぐにピタリと立ち止まった。隣で立ち止まった紅葉に出水は首を傾げる。


「どうした?」
「…あー……えっと…」


いきなり歯切れの悪くなった紅葉。先ほどまでの真っ直ぐな言葉は何だったのかと笑いが漏れそうだった。


「…ちゃんと、言ってなかったと、思って…」
「なにをだよ」
「…だから、…その……」


紅葉は言いづらそうに目をそらし、眉を寄せた。その頬はうっすらと赤く染まっていく。そしてぽつりと呟いた。


言いすぎて、ごめんなさい。


小さく小さく呟かれた言葉に出水は一瞬固まるが、目をそらして頬を染める紅葉に胸が暖かくなった。そしてにかっと笑い、紅葉の頭に手を乗せる。
驚いて顔を上げた紅葉の額に、自分の額をこつんっと当てた。


「おれの方こそ、言いすぎてごめんな」
「………うん」


心から嬉しそうに笑う出水の笑顔につられ、恥ずかしさから眉を寄せていた紅葉も笑顔を浮かべた。
兄妹揃って、年相応の純粋な心からの笑みを。

◇◆◇

こんこんっと鳴ったノックの直後、二宮隊の隊室の扉を開けた人物を慣れたように迎え入れる。


「紅葉ちゃんお疲れー」
「お疲れさまです」


入ってきた紅葉は軽く頭を下げると、真っ直ぐに二宮の元へ向かった。


「紅葉、俺たちは今から防衛任務だ。だから今日は…」
「二宮さん」


二宮の言葉を遮るように紅葉は二宮の名を呼んだ。今までにない感情を宿した紅葉の瞳に少し驚く。


「どうした」
「…さっき、公平に話してきました。…わたしが、思ってることを…思ってた、ことを」
「…そうか」
「……ありがとうございます」
「礼を言われる意味が分からねぇな」
「…えっと」
「礼を言うのは出水に勝ってからだろ。それまで終わりじゃねぇんだ」
「……はい」


表情を和らげた紅葉に二宮も小さく笑う。犬飼たちに話している内容は分からないが、それでも雰囲気がいつもより柔らかいことに3人は微笑んで顔を見合わせた。


「公平に勝つとも宣言してきたんで、絶対に勝ちます」
「…良い目をするようになったな」


きょとんとした紅葉の頭をぽんっと撫で、そのまま扉に向かう。


「紅葉。なら今日は実戦を積む。防衛任務についてこい」
「………は!?」
「おおー!紅葉ちゃんが二宮隊と防衛任務ですか?それ楽しそー」
「え、た、楽しそうとかそういう…!に、二宮さんなに言ってるんですか!?」
「お前しばらくフリーで防衛任務出てねぇだろ。だから近界民にビビるんだよ」
「うぐ…」


確かに1人で近界民を相手にしたときに怯んだことは事実なので反論出来ない。


「とりあえず射手としての実戦経験も大切だ。基礎は教えてやったんだから戦ってみろ」
「た、戦ってみろって言われても…わたしまだチームとしての戦い方とか分からないんですけど…」
「そんなこと分かってる。お前にフォローやアシストが出来るとは思ってねぇよ。周りは気にしなくて良いから好きに戦え」


貶されているような、優しい言葉をかけてもらっているような。なんとも言えない微妙な気持ちだ。
けれど今フリーの紅葉にとってこんな機会は滅多にない。射手の実戦経験を積めるのだから。


「紅葉ちゃんにフォローされるほど俺たち弱くないから大丈夫だよ」
「…犬飼先輩、誤射したらすみません」
「うん、それはする気満々の発言だよね」
「…いーえ」
「ははっ、そんな怒らないでよ、冗談だからさ」


むすっとする紅葉に犬飼が笑うと、辻は溜息をついた。それを見て氷見も苦笑する。


「俺たちはフォローしない方が良いですか?」
「ああ。ベイルアウト出来る三門市内だからな。氷見は紅葉のサポートを中心に頼む」
「了解です」
「よし、行くぞ」
「了解」
「りょーかい」
「りょ、了解…よろしくお願いします…」
「近界民が現れるかは分からないけど、紅葉ちゃん頑張ってねー」
「…1発で仕留めます」
「それは近界民のことかな?俺のことかな?」


あくまでにやにやと楽しそうな犬飼に、隙があったら本気で当ててやろうと胸に誓い、二宮たちの後を追った。

◇◆◇

「こちら出水、目標地点到着しました」


警戒区域内で辺りを見回しながら通信をする。


『そこで待機だ。近界民が現れたらすぐに応戦しろ』
「…了解」
『出水ちゃん、ちゃんとサポートするからそんなに緊張しないで?』
「ありがとう、氷見」
『やられてもベイルアウトするだけだから大丈夫だよ。そしたら俺たちがちゃんと倒すし』
「…辻、わたしがベイルアウトしたら間違えて近界民ごと犬飼先輩斬って」
『了解。任せろ』
『ちょっとー俺にバッチリ聞こえてるんですけどー』
『お前らうるさいぞ。辺りに警戒しろ』


二宮の一喝に全員ピタッと黙る。
そして紅葉が大きく深呼吸すると、氷見から通信が入った。


『ゲート開きます!位置は…出水ちゃんの真上です!』
「!!」


氷見の言葉に慌ててその場を飛び退いた。
頭上で開いたゲートからバムスターが現れ、先ほどまで紅葉がいた場所に落下した。けれど突然現れた近界民にも前より心は落ち着いている。紅葉はトリオンキューブを浮かべた。


「アステロイド!」


動きの鈍いバムスターに避けられることもなく、核を貫いた。アステロイドはもう使いこなせているとほっと息をつく。
だが安心している場合ではない。紅葉の側に次々とゲートが開き、バムスターが現れた。


「防衛任務ってこんなだったっけ…」


そう思いながらもどんどんアステロイドを撃ち、倒していく。実戦に慣れるために他の弾も使おうとごくりと唾を飲み込んだ。


「…リアルタイムで弾道を引く…か。…よし」


あまり覚えていないが、そのときの感覚を思い出してトリオンキューブを浮かべる。


「…行け、バイパー…!」


脳内の弾道通りに進んだかのように見えたが、思ったよりもかなりズレてバムスターを掠めた。思う通りにいかない弾にぐっと眉を寄せる。


「…まだまだ練習が必要か」


最初の頃よりコツは掴めているが、まだまだ上手くは扱えない。その後に色々弾を試してかなりのバムスターを倒したところでふと気がついた。


「…減って…なくない…?」


かなり倒したはずだが、辺りのバムスターは先ほどよりも多い。高く跳んでメテオラの雨を降らせ一掃する。近くの屋根に着地し小さく息をつくと、氷見から少し焦った通信が入った。


『出水ちゃん!ゲートが開くよ!』
「また…?」


目の前に現れたゲートに顔をしかめる。
防衛任務はこんなにたくさんの近界民と戦うものだったかと。


『出水ちゃんの周りに複数のゲート開きます』
『さっきから紅葉ちゃんのとこばっかりじゃない?』
『俺の方は何も異常ありません』
『…どういうことだ』


こんなにゲートが立て続けに開くのも珍しいが、一ヶ所に集まりすぎている。確かに紅葉のトリオン量は多いが、それでも二宮より少なく、出水と同じくらいだ。玉狛のトリオン怪物より多いわけではない。それなのにこのゲートの発生率。
もしかしたら、遊園地にイレギュラーゲートが発生したことと何か関係があるのだろうか。


『…氷見、紅葉の場所を教えろ。流石に様子が変だ』
『了解です。視覚情報として送ります』


視覚情報として表示された地図には近界民に囲まれている紅紅葉。


『犬飼と辻は引き続き辺りを警戒していろ。紅葉の援護には俺が行く』
『『了解』』
「私1人でも大丈夫です。バムスター相手には負けませ…」
『またゲートが開きました』
「……き、きりがない…」
『すぐに行く』
「……すみません」


ここで意地を張っても仕方がない。二宮が来るまで色々試すには良い機会だ。


「さっきのメテオラは特に調節しなかったけど、爆発の範囲を広げてもっと広範囲に攻撃した方が効率が良いかな…」


そう思い立ち、高く跳躍した。そしてトリオンキューブを浮かべる。


「最大出力で…!」


メテオラを撃ち出そうとしたその瞬間、手元に浮かぶトリオンキューブが不自然に歪んだ。


「…え…?」


そして撃ち出されることなくその場で爆裂する。もちろん避けることなど出来るわけもなく、紅葉は吹き飛ばされて勢いよく落下し、地面に突っ込んだ。


「…っ、な、なんで…?」


爆発で右肩から全て吹き飛んでいる。起き上がり、損傷箇所を確認すると、噴き出すトリオンはいつもより激しくどんどん減っていた。


「…トリオン供給器官じゃないのに、このトリオンの漏れ方なに…?メテオラも勝手に爆発するし、トリガーの故障…?」
『出水ちゃん、ダメージ大きいけど大丈夫?』
『何があった』
「…すみません、ちょっとトリガーの調子が悪いみたいで…もうすぐベイルアウトするかもしれません」
『トリガーの調子?ベイルアウトは出来るのか?』
「あ、そうか…」
『もうすぐそっちに着く。出来るならベイルアウトしても構わん』
「了解です。…もう少し、足掻いてみます」


トリオン漏出を少しでも抑えようと右肩を抑えた。そのまま迫っていたバムスターと距離を取る。


「…メテオラがダメなのかな。だったら地道に倒して行くしかないね」


そう呟いて周りにたくさんのトリオンキューブを浮かべた。


「ハウンド!」


全弾がバムスターへ向かったが、全て途中で消滅する。


「また…!」


やはりトリガーの故障か。そう思った所で紅葉のトリオン体が活動限界を迎えた。いつもならもっと保つはずなのに、こんなにも早く。


「…すみません、ベイルアウトします」


悔しさからぐっと拳を握り、紅葉はそのままベイルアウトした。無事にベイルアウト出来たことに二宮は小さく息を吐く。
そしてその光を見送りながら、バムスターを前にトリオンキューブを浮かべた。

◇◆◇

ベイルアウトして飛ばされたのはフリーの隊員が使うマットの上だった。天井を見つめながら右腕を額に乗せる。


「…なんか、くらくらする…」


自分の体調が悪いからトリガーを上手く扱えなかったのだろうか。


「…とりあえず、トリガーは見てもらおう。それで異常がなければ……わたしの自己管理だよね…」


自己管理出来ていないことに深い溜息をつく。色々考えすぎて体調など気にしていなかった。


「…別に熱っぽいとかないのに…悩みすぎなのかな」


少し休んだ方が良いのかもしれない。
そうは思っても、早く出水に勝つためには時間が惜しい。それに、射手の特訓は今とても楽しいと感じている。


「……休んでる暇なんかないし、もったいない」


二宮と一緒にいられる貴重な時間。
そこまで考えて慌てて起き上がる。


「ち、違う違う!な、なに考えてるのばか…!射手として特訓する貴重な時間でしょ…!」


そう自分に言い聞かせて立ち上がり、二宮隊の隊室へ向かった。
自分がベイルアウトした後の状況を聞き、そのあとにトリガーを見てもらおうと。

一瞬目の前が歪んだ気がしたのは、きっと気のせいだろうと


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