双子の距離感


言わなかったのは多少は悪いと思っている。
けれど言ってないことがあるのは同じだったわけで。しかし、やはり自分が強く言いすぎたと自覚もある。


「はぁぁぁぁ…」


昼休み。双子の兄がいない教室で紅葉は大きな溜息をついた。


「お?ガチ喧嘩、今回は紅葉から折れたのか」
「…よくよく考えればわたしが無駄に突っかかったせいだって思ったから」


むすーっとしたままの紅葉に米屋は笑った。そして紅葉の前の席に座る。


「喧嘩の原因は?」
「……わたしが間宮隊抜けたこととかポジション変えてることとか話してなくて、なんで言わないんだって言ってきた公平にわたしが逆ギレした」
「恋人かよ」
「…うるさい」


束縛の強い彼氏と彼女か、と呆れたが、本人たちは至って真面目なので苦笑しながら話を続ける。


「昨日はどうしたんだよ?」
「わたしは本部で二宮さんのとこ行って、公平はたぶん防衛任務だった」
「で?」
「口きいてない」
「やっぱりなー」


ケラケラ笑う米屋に眉を寄せた。
昔から喧嘩したときは口をきかなくなることを知っていての反応だ。


「でも自分が悪いと思ってんならさっさと謝れよ?」
「………」
「どした?」
「……ちょっと今回は謝りづらい」
「いつもだろ」
「ち、違う…。今回は、ちょっと言いすぎたから…」


話す必要がないと思っていたし、何より話したくない気持ちもあった。
B級下位の素人射手の自分と、A級1位の天才射手と比べられたくないから。
だから問われて我慢出来ずに言わなくていいことまで言ってしまった。


「……謝りづらい」
「紅葉が素直に謝れば弾バカなんかころっと許すだろ」
「ころっと許すって意味分かんない…」


紅葉がはぁっとまた溜息をついたところで、出水が戻ってきた。チラリと視界に紅葉を入れるも、すぐにふいっとそらして他の友達の元へ歩いていく。その後ろ姿を見つめ、米屋は苦笑した。


「こりゃお兄ちゃん相当ご立腹だな」
「……うん」
「これ以上拗れる前に早く謝っちまえよ」
「………うー…」


唸り声を上げて机に突っ伏す紅葉に、苦笑しながらその頭を叩いた。

◇◆◇

結局学校では謝れず、出水は米屋と共に先に本部へ行ってしまった。どっちの味方だ、などとは言えず、自分も本部へ向かうために席を立った。


「おー!紅葉!」
「今から本部か」


教室を出てすぐに三輪と仁礼に遭遇した。


「あ、うん。光と秀次も?」
「ああ」
「おう!じゃあたまには3人で本部行くか?」
「うん、そうだね」
「俺も構わない」
「よーし!それじゃ本部行くぞー!」


三輪と仁礼と3人で本部に向かうのは久し振りだ。学校を出て本部へ向かう道を歩いていると、三輪が呆れたように口を開いた。


「また喧嘩しているのか」
「………まあ」
「なんだよまた兄妹喧嘩か?」
「…………うん」


今日の出水たちを見ていて分かってしまったのだろう。紅葉は眉を寄せて頷く。


「そういえば今日見かけた出水は機嫌悪そうだったなー」
「ああ。俺の所にきた出水もかなり機嫌が悪かったぞ」
「…うん。…今回は…わたしが悪い…と思う…」
「なら早く謝れ」
「……分かってるよ…」
「紅葉が甘えればころっと許すだろ!」
「…陽介も言ってたけど意味分かんないって。…はぁ…本部でちゃんと謝るよ…」
「今日は太刀川隊の防衛任務はないはずだからな」
「ちゃんと仲直りしろよ!」
「…うん、ありがとう」


三輪も仁礼も自分たちの仲を心配していることが伝わってくる。自分のためにも、心配してくれている友達のためにも、早く謝らないといけないな、と小さく息をついた。

◇◆◇

本部について隊室へ向かう三輪と仁礼と別れ、紅葉は1人緊張しながら太刀川隊の隊室を目指していた。


「……謝るって、謝れば良いんだよ、ね。…でも、なにを謝れば良いんだろう…。隊を抜けてたこと?射手をやってたこと?変に突っかかったこと?」


心当たりが多すぎて唸り声を上げる。
ここで開き直ってしまうと、どれも謝る必要なんかない、となってしまうが、そうなるとまた余計に拗れることになるのは分かりきっている。今回は絶対に出水からは折れないということも。
だから、今回は自分が謝らなければいけない。


「……やばい。本当にどう謝れば良いか分からないかも…秀次か光か陽介に聞いとけば良かった…」


はぁっと溜息をつくと、後ろから肩をぽんっと叩かれた。ゆっくり振り向いて視界に捉えた人物に肩を跳ねさせる。


「あ、嵐山さん!?」
「一昨日ぶりだな!」


にかっと笑った嵐山にどきりと跳ねた心臓。
しかし一昨日のことを思い出し、慌てて頭を下げる。


「お、一昨日はちゃんとお礼も出来ずにすみませんでした…!」
「お礼?」
「えと、助けてもらって…」
「紅葉を助けたのは二宮さんだろう?俺は紅葉に人々の避難を頼むことしか出来なかったからな!」
「で、でも、わたしが近界民とあまり戦わずに済んだのは嵐山さんのお陰ですから…!あ、ありがとうございました…!」


深く頭を下げると、律儀だな、と笑う声が聞こえた。その声に頬が熱くなる。


「そういえば、出水と喧嘩していたみたいだが…仲直りは出来たか?」
「い、いえ…まだ…」
「ははっ、そうか!本当に仲が良いんだな!」
「え…?」


仲直りしていないと答えたのに何故、と、紅葉は首を傾げた。嵐山は笑顔で紅葉を見つめる。


「よく言うだろ?喧嘩するほど仲が良いって」
「…は、はあ…」
「俺の妹と弟が双子なんだが、よく喧嘩しているぞ?それを見るたびに仲が良いと嬉しく思うな!」
「…そんなものですか…?」
「ああ!だから出水と紅葉はとても仲の良い兄妹だと思っているぞ!」
「……そう、ですか…」


仲の良い兄妹。間違ってはいないと思っている。けれど。


「仲が良いんだから、紅葉が素直に謝れば出水も必ず許してくれる!そういうものだ!」
「……わたしが、兄妹に向けるべきじゃない醜い感情を抱いていても…ですか…?」
「醜い感情?」
「……すみません、なんでもないです」


自分は何を言っているのか。嵐山にまでそんなことを話す必要はない。二宮だけに相談していればいいことだと頭を振る。


( …二宮さん、だけに… )


二宮はいつも紅葉を気遣う言葉をかけてくれるが、本心ではどうなのか。この醜い嫉妬という感情に嫌悪感を抱いてはいないのか。急に、不安になってきた。


「醜い感情にも色々あるが…」


話題を終わらせようとしたにも関わらず、嵐山はその話題を続ける。


「たぶん、紅葉の気持ちは醜い感情なんかじゃないと思うぞ」
「え…?」
「よく分からないが、紅葉と出水は仲が良い。それは良く分かる。そんな兄妹の片方が醜い感情を抱いているようには見えないな」
「………」
「紅葉が醜い感情だと思っているだけで、普通のことなんじゃないか?」
「…普通の、こと…」
「もし不安なら、その気持ちを出水に直接話してみれば良い!そうすれば気持ちもスッキリするだろう!」
「え、えと…そうかも、ですけど…」
「紅葉が何を言ったとしても、出水は全て受け入れてくれる!それが兄妹というものだ!」
「………はい」


真っ直ぐな嵐山の言葉に、紅葉ははにかんだ。



「あれ、紅葉と嵐山さん」
「………」


そこから少し離れたところで米屋と出水が2人を見かけた。出水はむすっと顔を歪める。


「そんな意地張ってないで許してやれよ?」
「………」


何も答えない出水に呆れたように溜息をついた。そして嵐山たちに視線を向け、疑問に思ったことを口にする。


「そういや、何か紅葉の雰囲気違くね?なんか柔らかいっていうか…素直?っていうか…」
「……ああ、初恋相手だからな」
「……………は?」


突然の予期せぬ言葉に米屋はパチパチと瞬きして出水を見つめた。けれど、出水は表情を変えることなく紅葉たちを見つめている。


「嵐山さんは、紅葉の初恋相手だからな」
「………はぁ!?え、ま、マジ!?」
「マジだよ。なんで今ウソつく必要あんだよ。驚きすぎだろ」
「いやいや、お前こそ随分冷静だな?」


あれだけ妹に拘る出水が初恋云々にやけに冷静なことに恐怖すら覚える。


「冷静って…まあ、昔のことだしな」
「紅葉の初恋相手とか聞いてお兄ちゃん何もしなかったのかよ?」
「何も出来ねぇだろ。相手はあの嵐山さんだぞ」
「…確かに、目の付け所がないな…」
「非の打ち所な」
「ああ、そうそうそれそれ」


出水ははぁっと呆れたように溜息をついた。ケラケラ笑った米屋は更に続ける。


「じゃあ紅葉は絶賛片想い中なわけ?」
「……どうだろうな」
「なんだよ?そこまでは知らないってか?」
「……紅葉は、嵐山さんに告白しようとして出来なかったんだ」
「怖気づいたのか?」
「……告白する寸前で、嵐山さんに止められたんだよ」


あのときのことは忘れない。
嵐山に告白する人物が多く、それに便乗して紅葉も告白すると聞いて、我慢出来ずに様子を見に行った。


『あ、嵐山さん…っ、わ、わたし、嵐山さんのことが…!』
『紅葉。今紅葉が言おうとしてる言葉は、俺に向けて言うものじゃない』
『…あらしやま、さん…?』
『俺に言っちゃダメだ。その言葉は大切なものだから…』


あのとき、何故嵐山がそんなことを言ったかは分からない。ただ、紅葉が傷付いていたことしか。


「………」
「弾バカ?どうした?」
「…いや、何でもない。おれからはこれ以上言えねぇよ。…紅葉のことだしな」
「あー、そだな。んで?お兄ちゃんはあそこで初恋相手と話してる妹と話してこなくて良いのか?」
「………」


再びむすっとした表情になった出水。
米屋は呆れたつつもその背中をどんっと押した。


「意地張ってないで話してこいよ」
「…ちょ、おい…」


転びそうに前に出ると、紅葉も嵐山に背を押されて出水の方へとやってきた。お互いに顔を合わせて気まずそうに黙り込む。
謝らなければ。紅葉は口を開こうとするも、なかなか言い出せない。


「………」
「……あ…え、と……」


まさか双子相手にここまで気まずくなる日がこようとは。紅葉は前で組んだ手を弄る。


「…あの、さ」
「………」
「……あの…」


隊を抜けたことを黙っていてごめん。
ポジション変えて射手をやってることを黙っていてごめん。
なにも相談しなくてごめん。
言い過ぎてごめん。

言いたいことはたくさんあるのになかなか言葉に出来ず、あー、だの、うー、だのと意味のない言葉ばかりが音になる。


「………こう、へい」
「……なんだよ」


やっと口を開いた出水の声は明らかに不機嫌で。また怯んでしまう。


「……っ…」
「……用がないなら行くぜ」


すっと横を通り過ぎる出水を引き止められずにいると、紅葉ではない人物が出水の前に立ちはだかる。


「出水!紅葉はお前に言いたいことがあるんだ!ちゃんと聞いてやってくれ!」
「…嵐山さん…」


出水は眉をひそめた。


「おれたちの問題なんで、嵐山さんは口出さないでくれますか」
「だったら、兄ならちゃんと妹の話に耳を傾けてやれ」
「………」
「紅葉はお前に話そうと頑張っているんだぞ!兄であるお前がそれを聞いてやらなくてどうするんだ!」
「兄兄って…紅葉はおれが兄貴面するの嫌みたいなんで」
「出水!」
「あ、嵐山さん…!」


2人の言い合いを遮るように紅葉が間に入った。


「すみません、嵐山さん。…2人で、話させて下さい…」
「…分かった」


心配そうにしていた嵐山はふっと表情を和らげ、紅葉の頭をぽんっと撫でた。小さく、大丈夫だと声をかけてそのままその場を去っていく。それを見て米屋もその場を静かに去る。残されたのは双子の兄と妹。気まずい沈黙が続く。
ごくりと唾を飲み込み、紅葉は出水に向き直った。


「……公平」
「………」
「………ごめん」
「……なにがだよ」
「…いろいろ…話さなかったから…」
「おれには言いたくなかったんだろ」


不機嫌さを隠そうともせずに出水は冷たく言い放つ。いつもなら、またここで突っかかってしまう。
けれど、ここでちゃんと話そうと思っていた。

自分の気持ちを。


「…言いたくなかったよ。公平には」
「……お前…っ」
「わたしは……公平に嫉妬してる」
「…?」


小さく息を吐き出す。こんなに面と向かって真面目に自分の気持ちを話すのは初めてだ。


「…わたしは、今まで公平に勝ったものがない。勉強でも運動でも、ランク戦でも…なんにも勝ったことがない」
「……おう」
「…だから…なにか1つでも勝ちたいと思った。間宮隊を抜けたのは、わたしには合わないし、このチームじゃ太刀川隊には勝てないと思ったから。それに、射手をやることを強要されたのが何より嫌だったしね。でもそんなこと、公平には言いたくなかった」
「…なんでだよ」


紅葉は小さく深呼吸をした。

今、言わなければ。自分が抱いている感情のことを。


「…公平に……公平に、嫉妬して劣等感を抱いてるなんて、知られたくなかったから」


双子の兄に嫉妬して、劣等感を感じて、比べられるのが嫌で、自分が惨めだった。そんなこと、話したくなかった。


「射手になって公平と比べられたら、もっとその気持ちが大きくなると思ったから、射手はやりたくなかった。それで…攻撃手に拘った」
「…じゃあ、なんで今は射手やってんだよ…」
「……二宮さんと賭けをして、負けたから。それで嫌々射手をやり始めたの」


最初は嫌々だった。けれどやればやるほど、射手の楽しさにハマっていった。攻撃手のときより、可能性を感じることが出来た。


「……でも今は、射手が楽しいと思ってる。……射手として、公平に勝ちたいと思ってる」


紅葉は真っ直ぐに出水を見つめた。


「わたしは、射手として公平に勝つよ」


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