天才と非才の双子

無数に降り注ぐメテオラの雨。それを必死に逃げるように避けながら走る。足を止めればすぐに仕留められてしまう。

「おいおいどうした紅葉、逃げてるだけじゃ勝てないぜ? 」
「…んの弾バカ…!」

にやりといやらしい表情を浮かべる出水に、紅葉は踵を返した。今度は出水に向かうように弾を避けながら走る。もちろん全て避けられる訳もなく、かすった弾に徐々にトリオンを削られた。

「そろそろ終わりにするぜ!」
「それは、こっちの台詞だよ…!公平!」

高く飛び、出水にスコーピオンを振り下ろす。

「いや、終わりなのはお前だ、紅葉」
「っ!」

攻撃が出水に届く前に、紅葉は後ろから身体を撃ち抜かれた。いつの間にか出水が放っていたバイパーだ。

「惜しかったな、紅葉」
「…思ってもいないことを…」
「まあそう言うなって」
「うるさい弾バカ!」
出水の前で膝を付き、ベイルアウトを待ってるように見せかけた紅葉は、出水が紅葉の頭をぽんっと撫でた瞬間、振り払うようにその腕を切り落とした。

「てっめ…」
「油断大敵だよ、お・に・い・ちゃ・ん」

紅葉はにっこりと張り付けた笑みを浮かべたままトリオン漏出過多でベイルアウトする。

「あんにゃろ…」

腕を押さえて出水は光を見送った。

◇◆◇

ドサッと訓練室のベッドに飛ばされた紅葉は大きく溜息をついた。

「……10戦やって、わたしは公平の片腕落とすぐらいしか出来ないのか…」

しかもそれも、出水が紅葉相手に油断しているからだ。これが本気のランク戦ならばそんなヘマはしないだろう。

「……なんでこうも違うのさ」

今まで双子の兄である出水より優れたことなどなかった。
勉強も、運動も、ボーダーでも。全て出水が先を行っている。自分がどれだけ追いかけても追いつけない。隣に並ぶことすら出来ない。

「…もう!」

紅葉はガバリと起き上がった。こんなのいつものことだ。いつまでもこうしていられないと、勢い良く部屋を飛び出す。

「わっ!」
「…どんな勢いで出てくんだ」

飛び出した瞬間、人にぶつかった。
しかし結構な勢いでぶつかったにも関わらず、言葉は厳しいが優しく抱き止められる。
ゆっくりとその相手を見上げると、

「あ…二宮、さん…」
「また負けたようだな」
「っ、どうだって良いじゃないですか…」

どんっと二宮を押して離れる。

「お前は攻撃手向きじゃないだろ」
「…そんなことありません」
「実際、そのせいでB級止まりだ」
「関係ありません」
「何にこだわっている?」
「だから!二宮さんには関係ない!」

紅葉はキッと二宮を睨んだ。二宮は動じずに見つめ返す。その冷静な瞳に紅葉は落ち着くためにゆっくりと息を吐き、高ぶった感情を抑えた。

「別にこだわってなんかいません。ただわたしは公平に勝つために戦ってる。公平に勝てる可能性が1番高いのがトリオンの差が関係ないアタッカーなんです」
「アタッカーじゃなくたって勝てるだろ。実際他の奴には…」
「A級とか、他の人とか関係ない…!他の人に勝てたって、公平に勝てなきゃ意味がない…!」
「…随分と出水に執着しているな」
「…執着、か…。そうですね。公平に勝てなきゃ、わたしがいる意味がないですから」
「意味?」

紅葉は自嘲するように笑って額に手を当てた。

「双子で天才の兄と落ちこぼれの妹がいたら、そんなの天才がいれば良いじゃないですか。落ちこぼれなんか、必要ない。一緒に産まれたのに、少しわたしが遅かっただけで全部公平が持って行ったんです。わたしがいる…意味がない」
「馬鹿なこと言ってんな」
「…本当、ばかですよね。そんなこと分かってます。……けど…!」

ぐっと強く握った拳は震えている。
二宮は静かに紅葉の言葉を待った。

「昔からずっとそう思ってたんです…!今更前向きに考えを改めるなんて出来ない。…だからわたしは公平に勝つ。…絶対に」

そう言いながらも表情は辛そうに歪んでいる。
絶対に勝とうと思う気持ちと、絶対に勝てないと思う気持ちがあるのだろう。
出水と比べなければ紅葉は強い。
落ちこぼれなどではない。しかしそれを言ったところで紅葉にとって意味はない。紅葉が超えたいのは出水なのだから。天才の兄というのがコンプレックスになり、自分を卑下してしまう。

周りと自分、出水と自分。

その違いもちゃんと分かっているのに、自分の力を認められない。そんな頑固な紅葉に二宮は小さく笑った。

「全く、馬鹿な奴だな。まあお前ならそのうち勝てるだろ。出水より見所がある」
「え…」
「じゃあな、紅葉」

それ以上は何も言わず、ぽんっと頭を撫でて二宮は去って行った。
振り返らずに廊下を進んで行く二宮を、紅葉はぽかんと見つめる。

今、二宮は何と言ったのかと。

「…公平より、見所がある…?」

そんなこと初めて言われた。
いつもいつも天才の兄ばかりが評価されていたのだから。例え慰めるための嘘だとしても、その言葉に嬉しくなってしまう。あの個人総合2位であり、出水よりも強いNo.1射手の二宮に見所があると言われたのだ。頭では分かって否定していても、心が躍ってしまうのは仕方がない。
紅葉は嬉しそうに笑い、小さくガッツポーズをした。

「おーい!紅葉ー!飯行こうぜー!」

遠くから聞こえた出水の声に、紅葉は振り向いた。

「うん!今行く!」

超えたい相手であり、とても大切な双子の兄である出水の元へ走った。

今はまだ勝てない。
けれど絶対、天才と呼ばれる兄に勝ってやると意気込んで

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