兄妹喧嘩


自分とは比べ物にならないほどの技術と威力。そしてあっという間に、二宮は残りの近界民を全て倒した。
二宮の強さを間近に感じ、改めてNo.1射手の実力を実感する。


「大丈夫か」
「は、はい」


腕から漏れるトリオンを抑えながら紅葉は頷いた。


「遅くなって悪いな」
「え、ど、どうして二宮さんが謝るんですか…私の方こそ…その、油断してすみません…」
「初めての実戦にしては上出来だ。油断したのも自覚があるなら良い」
「……ありがとう、ございます…」


ぽんっと頭を撫でる手に視線を逸らしながらも、消え入りそうな声でお礼を言った。しっかりと聞き取った二宮は小さく笑う。


「とりあえずこれで全部か」
「他は片付いたんですか?」
「ああ。嵐山隊も来ていたからすぐに片付いた」
「っ、そう、ですか」
「まさか三門市外でイレギュラーゲートが開くとはな」
「…ですね。公平と二宮さんのトリオンに引き寄せられたとか?」
「お前もいるしな。だが、それだけで三門市外に門が開くとは考えづらい」
「……ですよね」
「それを考えるのは上の仕事だ。先に客の避難を…」
「紅葉!!」


黒いコートをなびかせ、焦ったようにやってきたのは出水だ。紅葉と二宮の前に降り立つ。


「公平…」
「紅葉、お前、なんでこんなとこにいんだよ…」
「!…え、えっと…」
その瞬間、近界民の残骸から小さく蠢く姿を確認した。ラッドだ。気付いた3人はすぐ様ラッドにアステロイドを撃ち、貫いた。
否、正確には2人が。紅葉が撃ち出す準備をしたときには、すでに出水と二宮がラッドを貫いていた。浮かんだトリオンキューブを見つめ、ぎゅっと拳を握る。実力差を間近に感じて。


「…お、まえ…なんで…?」


紅葉が浮かべるトリオンキューブに出水は瞠目した。攻撃手のはずの紅葉が、何故、と。すぐにトリオンキューブを消したがもう遅い。


「紅葉…?お前、攻撃手じゃないのか…?それになんだよその服…」


その言葉に、しまったと思わず顔をしかめた。


「…なんで、射手やってんだよ…なんで、間宮隊の隊服じゃねぇんだよ」
「………」
「最近誰とも模擬戦しなかったのって射手になってたからか?隊服だって、その服は模擬戦のときだけだと思ってたのに、なんで隊服違って…」
「とっくに抜けてるから」
「…は?」
「間宮隊は随分前に抜けてる」
「なん、だよそれ…!おれ聞いてねぇぞ!」
「…一々公平に言う必要ないでしょ」
「お前な!…しかも射手だよな…?もしかして最近二宮さんといるのって二宮さんに教えてもらってんのか!?」
「…だったらなに」
「今まであんだけ射手嫌がってたくせになんでいきなり…!まさかそのまま二宮隊に入るつもりじゃ…」
「違う」
「じゃあなんで射手やってんだよ!最近は二宮さんとずっと一緒だし、今日だってそうだろ!こんなとこに二宮さんと来てる…!おれ何も知らねぇぞ!」
「………」
「おい紅葉!」


がしっと腕を掴まれて迫られると、紅葉はそれを振り払った。


「もううるっさい!!なんでもかんでも公平に言う必要ないでしょ!?なんでわたしがやること全部報告しなきゃいけないわけ!?」
「心配してるからに決まってるだろ!」
「それって心配とかじゃなくて公平が勝手に兄を気取りたいだけじゃないの?」
「は…?」
「わたしにばっかなんで言わないんだとか言ってさ…!公平だってわたしに言ってないことあるでしょ!?わたしばっかり責めないでよ!」
「おい、やめろ」


叫ぶように言い合いをする双子を止めに入る二宮。兄妹喧嘩だと思えばいいが、どこか雰囲気が違うのを感じ取った。それに、周りの人々が不思議そうにこちらを見ている。避難させるのが先だ。


「…確かにおれだって話してないことはあるけど、ちゃんと話すつもりでいる」
「………」
「それに、紅葉はおれに言ってないことたくさんあるだろ」
「…だから、なに。たくさんあるからなに?数の問題なの?」


なんとか落ち着こうとしている出水と違い、いつもよりもやけに突っかかる紅葉は止まらなかった。


「わたしがどの隊に入ろうと抜けようと、攻撃手でも射手でもなんでも…!公平には関係ない!わたしのやることに一々口出ししないで!!」
「お前…っ!」
「やめろって言ってんだろ」


紅葉に掴みかかろうとした出水の肩を押さえる。そこへようやく遅れて嵐山たちがやってきた。
睨み合う2人とそれを止める二宮を見て全員疑問符を浮かべたが、米屋だけが何かに気付き、すぐに2人の方へ足を進める。


「はいはい、お前らそこまでな」
「………」
「………」
「近界民は倒したけどそれで終わりじゃねーだろ?お前ら少しは周り見ろよ?」
「…分かってる」
「……くそっ」


米屋の言葉に2人は睨み合う視線を外した。お互いにお互いを見ようとしないまま、人々の方へと進んでいく後ろ姿を見送り、米屋は大きな溜息をついた。


「やれやれ、今回はマジもんだな…」
「どうした?」
「いつも通りの兄妹喧嘩じゃないの?」


後から寄ってきた犬飼も問いかける。すると、米屋は呆れたように笑った。


「まあ、兄妹喧嘩っちゃ兄妹喧嘩なんすけど、今回は割とガチなやつすよ。いつもみたいに小学生レベルの言い合いじゃないし、たぶんしばらく口きかなくなるんじゃないすかね」
「喧嘩して口きかないとか充分子供っぽいけどね」
「はは、そうすね。けど、本人たちは本気なんすよ。何が理由でこんな喧嘩になったんだか…あーっ、これまた面倒くせぇなー」


ガシガシと頭をかく米屋に犬飼は少し楽しそうで。二宮はじっと双子の背中を見送った。

何が理由で。

確かに、何が理由だったのか。紅葉がいつもより出水に突っかかったせいだが、何故そこまでになったのか。側にいながら分からなかった。


「二宮さん、俺たちも避難の誘導手伝います?」
「…ああ」
「了解。じゃあ先に行ってますよ」


心配そうに紅葉の背を見つめながら、本部の手伝いがくるまで誘導するために犬飼を追った。

◇◆◇


「つまり、ラッドがいたと?」

あれからイレギュラーゲートが開いた所に居合わせた紅葉たちは、本部の会議室へと集められていた。そこであのときの状況を報告する。


「…たぶんそいつが原因じゃないですかね」


どこか不機嫌そうに報告する出水だが、幹部たちは今回のゲート発生に唸り声を上げるだけだ。


「…そうか。非番の日に態々すまない。君たちのお陰であの場にいた人々に被害が出ずに済んだ。感謝する」


表情を和らげてお礼を言う忍田に全員が軽く会釈をした。2人の兄妹を除いて。


「今日はもう大丈夫だ。ありがとう」
「いえいえー、それじゃオレはランク戦でもしてくっかな。弾バカ兄妹はどうする?」
「「…いい」」


いつもなら突っかかってくるはずが、2人とも低いテンションで一言返した。やはり今回は簡単に仲直りは無理か、と苦笑する。


「予定もなくなっちゃったし、俺で良ければ付き合うよ」
「お!マジすか?犬飼先輩とランク戦とか初めてすね」
「前からやってみたいと思ってたからね。それじゃ二宮さん、俺は行きますね」
「またな弾バカ兄妹。ちゃんと仲直りしろよ」


2人にぽんっと肩を叩かれ、双子は眉を寄せた。そして米屋たちは会議室を出ていく。


「そうだ、嵐山隊は私と来てくれますか?今回の広報の映像まとめをしたいので」
「分かりました!」


根付に連れられ、嵐山隊も出ていく。残された出水兄妹と二宮。両側の双子は見るからに不機嫌で。思わず溜息をついた。


「行くぞ」


ぱしっと双子の頭を叩くと、双子は渋々といったように二宮の後に続き会議室を出た。
隊員たちが出ていった会議室で、鬼怒田が大きな溜息をつく。


「今回ラッドがいたにせよ、何故そこに現れてしまったのかが疑問だな」
「ええ。いくら出水と二宮のトリオンが多いとはいえ、2人が同じ場所にいるだけで引き寄せられるはずがない。それならば今までもこういうことはあったはずだ」
「…何か、他に原因があるか」
「調べてみないことには分からんが、何か他に原因があるのなら放っておくわけにはいかん」
「また同じように三門市外や警戒区域外に門が開いてしまうのは困りますからね」


新たに出てきた問題に、幹部たちは頭を抱えた。

◇◆◇

会議室を出てから二宮も双子も無言で歩き続ける。ぎゃーぎゃー騒いでいないのが珍しい。二宮は溜息をつき、足を止めて振り返った。


「俺は隊室へ戻る。お前らはどうするつもりだ」
「……おれは、帰ります」
「そうか。紅葉、お前は?」
「……指導、お願いします」
「っ、なんで…!…くそ…!」


出水はキッと紅葉を睨んだが、紅葉は出水に視線を向けることはなかった。出水は苛立ちを隠しもせずに吐き捨て、振り返ることなく進み、角を曲がって行った。
紅葉はずっと俯いたままで。二宮はその頭をぽんっと叩いた。


「……なんですか」
「何はお前だ。一体どうした」
「…なにが、ですか…」
「いつもの言い合いかと思えば、そうじゃなかっただろ。どうしてあんなに突っかかったんだ」
「………」
「……言いたくねぇならいい」


すっと手を離して踵を返すと、ぐいっと服を引かれた。らしくない行動に少し驚いて顔だけ振り向く。


「……わたし、は……っ」
「………」
「わたしは……っ、公平に、勝てますか…?」
「紅葉…?」
「わたしはこのまま射手を続けて…!公平に勝てるようになりますか…!」


俯いたまま服を握る手が震える。


「二宮さんに指導してもらって、基礎から教えてもらって、色々出来るようになって…!それでわたしは勝手に強くなってるって思ってた…!いろんな弾も使えて、強くなってるって…!でも…!」


泣きそうに震える声で訴えるように、紅葉は二宮の服をぎゅっと強く握りしめた。


「全然そんなことなかった…!実戦では二宮さんに助けてもらわなきゃダメだった…!ラッドがいたことに気付いたタイミングはみんな同じだったのに…っ、わたしだけ出遅れた…!公平は咄嗟のことにも的確にあんな小さいラッドを仕留めた…!わたし、は…!わたしは…!」


そこで二宮はやっと気付いた。
紅葉が出水にやけに強く突っかかっていた理由に。

また、劣等感が顔を出してきてしまったのだと。


「近づいてるって、思ってたのに…改めて公平は自分と違うって思い知らされました…!このまま射手として続けてても…勝てる気がしない…!」
「…まだお前は始めたばかりなんだから勝てねぇのは当たり前だろ」
「勝てないのはずっとです…!ずっとずっとずっと!公平に勝てたことない!…なんにも…勝るものがない…!射手はセンスなのに、わたしが射手で公平に挑もうなんて間違ってたんだ…公平に…センスで勝てるはず、ない…」
「お前はまず自分に自信を持て」
「これだけ差を見せつけられて…!自信が持てるわけないじゃないですか!」
「センスはあるだろ」
「…っ、無責任なこと言わないで下さい!どこにあるって言うんですか!?」
「バドがお前の横を通り過ぎたとき…」


叫ぶような紅葉と違い、二宮は冷静に話しだした。紅葉が初めて実戦をしたときのことを。


「お前は咄嗟にバイパーの弾道を変えていたな」
「…え…?」
「…自覚なかったか」
「…バイパーの、弾道を…?」
「リアルタイムで引いていたんだ」
「……でも、それは咄嗟のことで…今やれって言われても出来な…」
「咄嗟で出来るなら、慣れればちゃんと思い通りに出来るようになるだろ」
「………」
「…なら言い方を変える」
「…?」


恐る恐る見上げる紅葉を、二宮は振り返り、その不安げな瞳をしっかりと見据えた。


「出来るようになるように、俺が指導してやる」
「……まだ、わたしに教えてくれるんですか…」
「まだも何も、お前が出水に勝てるようになるまで教えるつもりだ」
「……そんな日、来ないかもしれないのに…」
「俺が指導してやるのに勝てねぇわけねぇだろ」
「わっ」


乱暴にぐしゃぐしゃと頭を撫ぜる。
余計なことを考えられないように。


「……勝て…ますか…?」
「勝てない理由がねぇよ」
「だって公平は天才ですよ…」
「お前はその双子だろ。俺はお前に才能があると思ったから射手をやらせてんだ」
「……公平、みたいに…?」
「出水公平みたいにじゃなく、出水紅葉に、だ」
「………」
「ごちゃごちゃ考えてんじゃねぇよ。良いから自信持て」
「……ふふっ、良いから自信持てって、なんですかそれ」


やっと表情を和らげて笑った紅葉に、二宮は目を細めた。なんとか気持ちはいつも通りに戻ったようだと。内心でほっと息をつく。


「…二宮さん」
「なんだ」
「……すみません。…ありがとうございます」
「…ふ、意味分かんねぇよ」


最後にぽんっと撫でて踵を返した。向かうのは自分の隊室。


「行くぞ、紅葉。勝てるようになるまで死ぬ気で付いて来い」
「……はい!」


勝てるようになるまで。
自分が、いつか勝つと信じてくれている。
彼が言うのなら、自分はいつか今まで超えられなかった兄を超えられる。そう思えた。
単純な自分に苦笑しながら、紅葉は二宮の後を追いかけた。

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