出水公平に出来た彼女@


二宮から貰った香水をつけてみた。
自分の好きな香りだった。それだけで気分が良くなる。そのせいか今日はかなり調子が良かった。
今日もまた二宮に送ってもらい、訓練の出来を思い出して紅葉は車の中で小さく笑う。


「随分と機嫌が良いな」
「最近調子良いですからね!」
「まあ、確かに今日はなかなかだったな」
「!に、二宮さんに褒められた…?明日はメテオラの雨が降りますね…」
「てめぇ、2度と褒めてやらねぇぞ」
「じょ、冗談ですよ!」


苦笑しながら窓の外に視線を向けると、すっと、窓の外に見知った人影が通り過ぎたのを視界に捉えた。思わず窓に張り付くように外を見たが、もう姿は見えなくなってしまった。


「今…」
「どうした」
「い、今…!公平がいた…!」
「出水が?」


一瞬だったが見間違えるはずはない。あれは確かに自分の双子の兄だった。


「…公平が…女の子と歩いてた…」
「こんな時間にか」
「…しかも同じ制服…てことは同じ高校の子…?」
「あの一瞬でよくそこまで見れたな」
「…楽しそうに話してた…」
「…どんな目してんだ」


腕を組んで真剣に考えている紅葉に、二宮は呆れた視線を向けた。二宮との会話が噛み合っているようで噛み合っていない。


「……また、告白されたのかな」
「よく告白されるのか」
「まあ、一応モテるみたいです」


やっと二宮の問いに答えた紅葉は、もう解決したような表情をしていた。


「ボーダーってだけでも割と人気ですし、かっこいいって思う人多いみたいです。陽介みたいに頭悪くないし、秀次みたいに取っ付きにくくないし」
「お前はどうなんだ」
「え?」


突然振られた自分への話題に驚いて二宮を向く。


「双子のお前も告白とかよくされてんのかって聞いてんだよ」
「……まあ、公平ほどじゃないですけど…たまに…」
「……ほう」


低くなった声に首を傾げる。


「二宮さん?」
「…それで、告白はどうしてんだ」
「…そんなのもちろん断ってますよ」


紅葉はシートに身体を沈めて真っ直ぐに前を向いた。


「…恋愛する気なんか、ないですから」
「ガキが何言ってやがる」
「…ガキはガキなりに色々あるんです」


二宮のガキ発言に唇を尖らせつつ、紅葉は続けた。


「公平だっていつも断ってますよ。でもあのばかは断り方も優しいし、断ったあとも送ってあげたりするから…だからたぶん今回もそのパターンじゃないですかね」
「不満そうだな」
「べっつに不満じゃないです。…ていうか!二宮さんが公平の話を広げないで下さいよ!」
「お前から言い出したんだろ」
「じゃあもう終わりです!」


むすっとする紅葉に二宮は小さく笑った。不満でも何でも、それを表に出す姿は年相応で。


「ほら、着いたぞ」


紅葉の家までの道程を覚えた二宮は、案内を聞かずに辿り着いた。そして家の前に止まる。


「すみません、今日も送ってくれてありがとうございます」


車を降りた紅葉はぺこりと頭を下げた。


「紅葉」


名前を呼ばれて顔を上げると、二宮と真っ直ぐに目が合う。


「良い香りだな」
「っ!!」


声もなく顔を真っ赤に染めた。二宮の香りに動揺しなくなったのに、今の言葉でまたドキドキと心臓がうるさく響く。


「じゃあな」


そんな紅葉の反応に口角を上げた二宮はそれだけ言うと、紅葉の返事も聞かずに車を走らせて行ってしまった。それを赤くなった顔のまま見送る。


「……なんでこのタイミングで言うかな…」


熱くなった顔をパタパタと手で仰いだ。こんな顔を家族に見られる訳にはいかない。特に双子の兄には。熱を冷ましてから紅葉は自宅への扉を開けた。

◇◆◇

昨日は良いことづくしだった。
今日もまた良いことがある気がしていた。しかし、大切なことを忘れていた。


「………あり得ない」


2人しかいない教室で紅葉は机に突っ伏した。


「これが現実なんだから認めろよ」
「陽介と2人で補習とかあり得ない!!」


そう、今日は赤点を取った者の補習の日だった。この教科で赤点をとったのは紅葉と米屋しかいないらしく、2人で並んで座っている。


「…あの光ですら赤点免れたのに…一生の恥だ…」
「いやお前さすがに酷すぎじゃね?」
「…秀次のあの憐れんだ目が忘れられない…」
「オレには手厳しい一言だったのに、紅葉には無言で憐れみの視線しかなかったもんな」
「…はあぁぁぁ」


深い深い溜息に米屋はケラケラ笑った。それにイラっとしつつも、手首に鼻を寄せてすんっと嗅ぐと、イライラが落ち着いていく。やはり良い香りだと、頬が緩んだ。


「そういえば、今日お前なんか良い匂いするな」
「本当?」
「おう。そのせいでなんか弾バカ不機嫌だったぞ?また香水がどうのとか二宮さんがどうのって」
「…公平のことはどうでも良いよ」


ぷいっと米屋から顔をそらした。少しご機嫌斜めになったようだ。


「その匂い香水なのか?」
「うん」
「二宮さんから貰ったとか?」
「うん!」


嬉しそうに笑う紅葉に、米屋は苦笑した。これは出水が不機嫌になっても仕方ないな、と。


「二宮さんと随分仲良くなったよな?最近よくあの人のとこ行ってるみたいだし。何してんだ?」
「……内緒」
「まさか紅葉ちゃんってばやらしーこと?」
「ちっがうばか!」
「お前も赤点取ったバカだからな?」


にやにやとする米屋に眉を寄せて口を噤んだ。赤点を取ったことは事実なので言い返せない。


「ま、紅葉が楽しそうで何よりだけどなー」
「…うん、楽しいかも」


再び嬉しそうに笑う紅葉に、米屋は呆れたように息をついた。


「弾バカといい、紅葉といい、恋すると同じ顔するなー」
「こ、恋じゃない!………って、え…?ちょ、ちょっと待って」


思わず噛み付いた紅葉だが、米屋の言葉をよく思い出して顔を引きつらせた。


「い、今…公平が恋って…言った…?」
「おー。………あれ、そういえばまだ気付いてなかったのか」
「な、なにに…?」


恐る恐る問いかける紅葉に、米屋は面白そうににやりと笑った。


「弾バカに彼女が出来たこと」
「………………はぁ!?」


ガタンっと席を立ち上がったと同時に、教室に補習担当の先生が入ってきた。


「ちょ、ど、どういうこと!?公平に彼女ってなに!?告白されただけじゃなくて?彼女?彼女なの!?」
「出水ー静かにしろー補習始めるぞー」
「い、いやそれどころじゃない…!」
「どんだけ重要なことなんだよ」


ケラケラ笑う米屋に紅葉はパニックだ。出水に彼女が出来た。そんなこと知らなかった。
一体いつから?誰と?どこで?
ぐるぐる考えると、昨日車の中から見かけた2人を思い出す。確かにあのとき2人は楽しそうだった。最近本部に顔を出す回数も少し減ったらしい。家に帰ってくるのも遅い。最近、あまり一緒にいない。思い当たることが多すぎて混乱する。


「とりあえず、話は補習終わってからな」
「陽介問題解けないんだから遅いでしょ!」
「見せてくれて良いんだぜ?」


にやりと笑った米屋に顔をしかめた。いつもなら絶対に見せない。米屋のためだと三輪にも言われている。だから普段ならば自分で頑張れと言うけれど。


「…バレないように見てよ」
「おう!さんきゅー紅葉!」


早く話を聞くためには仕方がない。自分にそう言い聞かせて配られたプリントを解き始めた。

◇◆◇

「トリオン兵に襲われてるとこを助けて告白された!?」
「おう」


無事に補習も終わり、本部への道を歩きながら話を聞いた。トリオン兵に襲われている女子を助けたら告白され、出水も普通に了承したと。そしてそれからラブラブだ、と。


「ちょ、え、はぁ!?」
「落ち着け紅葉ー」
「お、落ち着いてらんないよ!なんで告白了承してるの!?そんなことで!?」
「いやオレに言われても…ただ、弾バカも元々その子のこと気にはしてたみたいだしな」
「…同い年?」
「おう」
「可愛い?」
「まあ割と」
「性格は?」
「健気…かな?」
「なにそれ…!」


よく分からない感情が湧き上がり、その感情をどうして良いか分からない。


「…今日公平本部に行くって?」
「さあ?でも明日は休みだし、デートするって言ってたぜ?」
「はあ!?」


明日は土曜日だ。学校が休みで出水は非番。紅葉の頭は情報処理が追いつかない。そんな頭で考え出した結論。


「……明日、公平を尾行する」
「………は?」
「陽介、連絡するから」
「え、や、ちょっと待て?それはオレも一緒に尾行ってこと?」
「当然でしょ」
「いや何でだ」
「…彼女は公平に騙されてるよ!公平を好きだなんておかしい!」
「おーい、自分の家族になんてこと言ってんだ」
「だから2人の仲を確かめる!彼女は公平を好きだとしても、公平が本当にその彼女を好きなのかどうか!」


やはり双子の仲をこじらせたと思った。普通に兄に彼女が出来たことに嫉妬しているとしか思えない。


「明日公平がウチ出たら連絡するから」
「いやオレはいいって。あの2人の仲が良いのは学校で見てて知ってるからよ」
「わたしは知らないし見てない!」


それは最近二宮に夢中だったからだろ、なんてことはさすがに言えなかった。今の紅葉にそんなことを言えばアッパーカットぐらいかまされそうだ。


「…なんで…わたしに何も言わないの…」


不満そうな紅葉の表情が、出水の表情と重なる。お互い思うことは同じなんだな、と米屋は呆れたように笑った。


「やっぱお前ら双子はおかしいわ」


先に歩いて行った紅葉の背中に向けて呟いた。

◇◆◇

本部について米屋と別れ、紅葉は二宮隊の隊室へ向かった。そして気持ちを切り替えるために深呼吸をする。仄かに香った香水が気持ちを落ち着かせた。


「よし、今日も頑張ろう」


気持ちを切り替え、いつも通り扉を開ける。補習があって遅くなったせいで今日は犬飼たち二宮隊が全員揃っていた。


「お疲れさまです」
「あ、出水ちゃんだ、お疲れー」
「今日は遅かったね」
「うん、ちょっとね。二宮さんは?」
「さっき太刀川さんと鉢合わせて何か言い合いしてたよ」
「…二宮さんも子供じゃん…」


小さく呟いた瞬間、後ろからすぱんっと頭を叩かれた。


「いたっ」
「誰が子供だ」


その声に冷や汗を流す。やばい聞かれていた、と。


「…お疲れさまです」
「今日が補習だったか?」
「……ええ、まあ」
「え?出水ちゃん補習だったの?」


面白いオモチャを見つけたように笑う犬飼に顔をしかめた。知られたくない相手知られしまったのだ。


「色々あったんです」
「へえー?」
「紅葉、悪いが今日は訓練は無しだ」
「え?」
「急遽防衛任務が入った」
「…そう…ですか…」


明らかに落ち込んだ紅葉の頭を二宮はぐしゃぐしゃと撫でた。


「明日は非番だ。1日指導してやる」
「!ほ、本当ですか!」


顔を輝かせた紅葉だが、そこであることを思い出す。明日、何をしようとしていたか。


「あ、明日…」
「どうした?」


出水の彼女を確かめるための尾行と、二宮との1日訓練が天秤にかかる。
出水のデート、二宮と訓練、その2つがぐるぐると頭を巡った。出水のことが気になる。デートを尾行したい。けれど訓練もしたい。二宮と一緒にいたい。


「予定があんのか?」
「予定というか…その…」


紅葉は唸った。どちらも明日しか出来ない。どちらも次いつくるか分からない。


「おい、紅葉」


出水と二宮、兄と師匠、デートと訓練。ぐるぐるぐるぐる考え、紅葉はぱっと顔を上げて二宮を見つめた。


「二宮さん!明日一緒にデートしましょう!」
「………」
「「は?」」
「え…!デート…!」


呆気にとられる3人と、口元を押さえて頬を染める氷見。それぞれの反応に紅葉はぽかんとしたが、自分の失言に気付いて慌てて訂正をした。


「ち、違う!言葉が足りなかった!あ、明日!公平が彼女とデートするらしいんです!わたしは公平に彼女がいるのなんて知らなかった…!」
「………」
「だから二宮さん!明日一緒に公平のデートを尾行しましょう!」


言い直した言葉に、二宮は明らかに不機嫌そうに舌打ちをした。辻は呆れたように溜息をつき、氷見は苦笑する。そして、犬飼は面白そうに目を輝かせた。


「出水兄に彼女?デートの尾行?なにそれ楽しそう!俺も行きたい!」
「じゃあ犬飼先輩も一緒に行きましょう」
「犬飼も、じゃねぇよ。俺は行くなんか言ってねぇぞ」
「えー?二宮さん行かないんですか?」


面倒な奴が敵に回ったと再び舌打ちをする。


「俺は訓練するかっつってんのに、どうして出水の尾行なんかしなきゃいけねぇんだ」
「だって楽しそうじゃないですか」
「楽しそうじゃねぇよ」
「わたしも楽しむつもりはありません!バレないように2人の仲を確認しないと…!」


3人のやり取りに、辻と氷見はそれを見つめるしか出来ない。


「出水ちゃん、前より明るくなったと思わない?」
「それは…まあ多少は。二宮さんといると確かに…」
「楽しそうだよね」
「…ひゃみさん、今問題なのはそこじゃない」


確かに明るくなって楽しそうになったが、今はそこを問題にはしていない。双子の兄のデートを尾行するって思考はどうなんだ、とツッコミたいが、今口を挟めば確実に飛び火する。下手をすれば自分も尾行メンバーに参加することになってしまう。それは面倒だ。絶対に避けたい。
恐らく紅葉と犬飼は出水の尾行に行くとして、二宮は結局どうするのかと視線を向けた。
嫌そうに眉を寄せてはいるが、たぶんあのままなら2人に説得されて一緒に行くのだろうと分かってしまった。


( …出水は兄のことが気になるけど、二宮さんとも一緒にいたいって思ったんだろうな。だからってその提案はどうなんだ )


相手が紅葉でなければ二宮は絶対に行くことはないだろう。馬鹿馬鹿しいと一蹴するのが目に浮かぶ。けれど、二宮は眉を寄せて不満を言いつつも、紅葉の話を聞いている。紅葉に甘いんだか厳しいんだか分からない自分の隊長に申し訳ないと思いつつ、辻は大きな溜息をついた。

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