始まる新しい日々


犬飼たちの前で何てことしてくれるんだ、と文句を言うも上手いこと丸め込まれ、紅葉は二宮隊の訓練室にいた。そこで紅葉は、二宮からトリガーを受け取る。


「射手用のトリガーだ。起動してみろ」
「…………」
「起動しろ」
「………はい」


紅葉は渋々と返事をし、深呼吸をした。そしてトリガーを強く握り締める。


「…トリガー、起動」


トリオン体になっても何の違和感もない。いつも通り、何も変わらない。けれど、いつも通りスコーピオンを出そうとしても、やはり出なかった。セットされていない証拠だ。


「……射手、か…」
「とりあえず、トリオンキューブ出してみろ」
「…は、い…」


両の掌を見つめ、紅葉は集中した。すると、ゆっくりと小さなトリオンキューブが出現する。キラキラと輝く小さなそれに、紅葉は目を見開き、輝かせた。


「出た…」
「当たり前だろ。これが基本だ」
「……わたしにも、こんな綺麗なものが出せるんだ…」


掌に浮かぶトリオンキューブに、紅葉は小さく微笑んだ。今まで出水が出していたキラキラと輝くトリオン。それが自分にも出せる。たったそれだけのことに喜びを感じた。小さなトリオンキューブだが、それでも紅葉にとっては大きな一歩だった。そんな紅葉を見て二宮は小さく笑い、その頭をぐしゃぐしゃと撫でた。驚いた紅葉の手からトリオンキューブが消える。


「何こんなことで集中乱してんだ。常にそのくらい維持出来るようにしとけ。でないと攻撃する間もなくやられるぞ」
「は、はい…」
「もう一度出してみろ」


そう言われ、再びトリオンキューブを出す。
一度出して慣れたお陰か、先ほどよりは大きなキューブだ。二宮はそれをじっと見つめる。


「…もしかすると、お前…」
「なんですか?」


紅葉が二宮の方を向くと、またトリオンキューブが消えた。慌ててトリオンキューブを作り出すと、今度は先ほどよりも一回り以上大きい。


「…やはりな」
「だからなんですか……っと…」


消えかけたトリオンキューブを必死に維持した。不器用な紅葉にはそれだけでなかなかに難しい。


「確かに不器用だが、お前は銃手や射手向きだ」
「え…?」


今度はついにトリオンキューブが消えた。紅葉は不思議そうに二宮を見上げる。


「紅葉、お前はトリオン量が少ないわけじゃない。トリオンコントロールが下手くそなだけだ」
「…下手くそ…」
「最初に出したトリオンキューブより、さっき出していたトリオンキューブの方が遥かに大きい。お前はそれを無意識にやっていた」
「…そうですか…?分からなかったですけど…」
「だから無意識だっつってんだろ」
「………」
「トリオンキューブは個人のトリオン量を測るには丁度いい。それが最大になるからな」
「…最大…?今わたしが出したの…公平より全然小さかった…」


しゅんっと俯いた紅葉は、出水のことを思い浮かべた。記憶の中の出水が出していたトリオンキューブは、いつもこれよりも遥かに大きい。


「まだトリオンコントロールがちゃんと出来てねぇから小せぇんだよ」
「……なんか一々言い方がキツいんですけど…」


溜息をついた紅葉は、自分の掌を見つめた。今までずっとトリオン量が少ないと思っていたのだ。トリオンコントロールのせいだなどと、いくら二宮にそんなことを言われても信じられない。


「……トリオン量、か」


自分なりの最大でトリオンキューブを浮かべると、ようやく出水の出すトリオンキューブに近付いた。しかしまだ程遠い。出水の普通が、紅葉にとっての最大。その事実に目を伏せた。


「…やっぱり、トリオン少ないですよ」


悲しげに笑った紅葉に溜息をつき、二宮は紅葉の手首を掴んだ。二宮が触れたことに驚き、トリオンキューブが一瞬だけとても大きくなり、そして消えた。紅葉はうっすらと頬を染めて二宮を見上げる。


「な、な、なん、ですか…!」
「何を吃ってんだ」
「い、いきなり二宮さんが掴むからです!」


触れられている手首が熱くなっていくような気がして、その手を払おうとしたが、しっかりと掴まれていて離れない。その行動と紅葉の表情に気付き、二宮は口角を上げた。


「照れてるだけか」
「て、照れてなんかないです!びっくりしただけです!」
「なら何で今も逃げようとしてんだ」


静かに離れようと試みているが、二宮の手は離れない。


「お前に、自分の本当のトリオン量を見せてやるから大人しくしてろ」
「本当のトリオン量…?」
「トリオンコントロール下手くそな奴がいきなり最大のトリオン出せるわけねぇだろ。お前のさっきのは最大じゃねぇよ」
「………」


そう言いながら、二宮は紅葉の手をしっかりと握った。手首から手に移動したことに更に動揺するが、大人しくしてろ、と低く不満そうに言われ、仕方なく大人しくなる。

トリガー臨時接続。

機械的な音声が聞こえた。身体に少し違和感を感じた気がしたが、突然頭上に巨大なトリオンキューブが浮かび上がり、紅葉は驚いてそれを見上げた。この大きさのトリオンキューブは見たことがある。いつも、見ている。

太刀川隊のランク戦で出水が全攻撃するときに浮かべていたトリオンキューブだ。出水が絶好調のときのトリオン量。その大きさのものが、出水のトリオンほどの大きさのものが今、紅葉の頭上に浮かんでいる。


「こ、れは…二宮さんのトリオンですか…?」
「違う。俺がお前のトリオンを使って出しているだけだ」
「わたしの…トリオン…?これが…」


自分で出したときよりも遥かに大きいトリオンキューブに目を丸くした。二宮が引き出した自分のトリオンは、出水と同じくらいある。
今までずっとトリオン量でも負けていると思っていたが、そんなことはなかった。トリオン量は、出水に負けていない。

唯一、天才の双子の兄に負けていないものがあった。


「…公平と、同じくらいのトリオン量…」


溢れそうな嬉しさに、紅葉は思わず繋がれた手をぎゅっと握った。驚いたのは今度は二宮の方だ。視線を落として紅葉を見つめると、とても嬉しそうな顔をしている。その姿に小さく笑った。


「随分と積極的になったもんだな」
「…え…?」


訳が分からずきょとんと二宮を見上げると、不敵な笑みを浮かべた二宮と視線が合う。すると、二宮が手を目線の高さに持ってきた。


「紅葉の方から手を握ってくるなんて、随分と積極的になったな」
「…っ!!いや!これは…!」


ようやく何のことを言っているかが分かり焦って離そうとするも、二宮がしっかりと掴んでいて離れない。紅葉の体温は上がっていく。


「…少しは自信持てたか」


慌てる紅葉とは真逆に、二宮は落ち着いた声音で問いかけた。突然の問いかけに紅葉は眉をひそめる。


「…自信…?」
「お前は自分に自信がなさすぎる。そこは兄貴と正反対だな」
「天才の兄がいて自信持てる方が少ないんじゃないですか…」
「天才の兄なら妹もそれくらい実力があってもおかしくない。双子なら尚更だ」
「………」
「勉強では出水に勝てるって確かな自信を持てただろ。だから射手としても自信持ってやれっつってんだよ。俺が鍛えてやるのに自信のないままじゃ、いつまで経っても公開出来ないからな」


紅葉はぽかんと二宮を見上げた。


「お前は自信を持って良い。お前もちゃんと、出水に負けない才能も実力もある」
「…、…二宮、さん…」
「まだまだトリオンコントロール下手くそで足元にも及ばないがな」
「ちょ、上げといて落とすのやめて下さい!」


とくんっと跳ねた心臓が、続いた言葉に途端に落ち着いた。ときめき損ではないかと唇を尖らせる。


( と、ときめき損ってなに…!別にときめいてなんかないよ…! )


更に眉を寄せると、二宮が呆れたように息をついた。


「何拗ねてんだ。褒めてやってんだよ」
「…褒められた気がしないんですけど」
「お前が捻くれてるからだ」
「捻くれてるとか!それ二宮さんに言われたくない!」
「てめぇ俺が捻くれてるって言いてぇのか」
「むしろ自分が捻くれてないって思ってるんですか!」


眉をひそめた二宮は紅葉の頬を摘み上げた。


「トリオン体だから別に痛くないです」
「お前、ここが二宮隊の訓練室だって忘れてねぇか?」
「え?」


すると、二宮は訓練室の設定を弄りだした。瞬間、紅葉の頬に痛みが走る。


「っ!!いったい!痛い!な、なんで!」
「痛覚レベル上げたからな」
「は!?この人ばかじゃないの…!」
「あ?」
「ちょ…!ば…っ!い、いーたーいー!痛いですってば!」
「てめぇまた馬鹿って言おうとしたろ」
「このタイミングで痛覚レベル上げるとか、言われても仕方ないんじゃないですか!」
「赤点とった馬鹿に言われたかねぇよ」
「…ぐ…」


理由はどうあれ本当のことなので、反撃出来ずに口を噤んだ。ぱっと二宮の手が離される。紅葉は頬を押さえて離れたが、二宮が再び設定を弄るとすぐに痛みは消えた。


「遊んでる暇はない。さっさと訓練を始めるぞ」
「やり始めたの二宮さん…!!」


不満を言うが二宮は聞いていない。紅葉ははぁっと溜息をついた。完全に二宮のペースでもうすでに疲れている。しかし、射手としての訓練を二宮と一緒に。それだけで胸がドキドキと高鳴った。


( …なんだろう…すっごく楽しみ、かも… )


紅葉は小さく笑みを浮かべた。


( というか、なんかもうすでに楽しいかも…!)


不満だったり怒ったり遊ばれたりしたが、それら含めて全て楽しいと思えている。
自信を持てと慰められ、双子の兄にも負けていないと褒められ、ちゃんと自分を見てもらえている。完全に素でいる自分を、見てもらえている。あの二宮に。

兄の真似をしなくても、追いつこうとしなくても、普段の自分を、見てもらえている。そのことが何よりも嬉しい。


「まずはアステロイドからだ」
「………」
「おい紅葉、聞いてんのか。早く来い」
「……はいはい!今行きますよ!」


声音は少し不満気に。しかし表情は、とても楽しそうに笑っていた。

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