負けたとかの話じゃなく


テスト返却後、今までに見たことのない点数に紅葉は、絶望した。
しかしだからと言って二宮に報告に行かないわけにもいかず、紅葉は答案用紙を持って二宮隊の隊室前に立ち尽くしていた。


「…どうしよう…これ負けたどうこう以前の問題だよね…」


一応“二宮さん"と書いた文字は消した。それはもう念入りに。よく見ても見えないくらいに。だからそこに心配はないが、やはり問題は点数。
半分より前から解答欄が1つずつズレていたせいで点数は悲惨だ。更には他の4教科も集中出来ず、点数は良いとは言えない。


「……二宮さんのお陰で理解は出来たけど、二宮さんのせいでこんな悲惨な点数だよ…」


はぁっと溜息をついた。二宮のことを考えていたせいでテストに集中出来なかったなど、そんな言い訳など言えるはずもない。


「……憧れが強すぎて、考えちゃうんだよね」


昨日出水に言われた言葉を思い出し、呟いた。
二宮のことを好きなのか、と。そう問われてすぐに否定した。そんなことあるはずないと。


( わたしを見てくれて、わたしの話を聞いてくれて、わたしのために勉強を教えてくれた。そんな人、初めてだった。だからそう思っただけなんだ… )


喜びに鼓動した心臓も。上昇した体温も。全て、勘違いだ。気のせいだ。
自分を見てもらえた嬉しさに、そう錯覚しただけだと自分を納得させた。


「…お前はどうしていつも隊室に入らない」
「っ!!」


いつぞやのときのように、後ろから声をかけられて同じようにびくりと肩を跳ねさせる。


「…に、二宮さん…」
「テスト返されたんだろ。どうだった、3勝出来たのか?」


にやりと問われた言葉が胸に突き刺さった。やはり当然勝ったと思っている。紅葉は気まずそうに頬をかいた。

◇◆◇

二宮隊の隊室へ入り、お互いに向き合って座る。犬飼たちはまだ来ていないようで、紅葉は溜息をついた。


「…どういうことだ」
「…だから、公平には全敗して、更には1つ赤点とりました」
「……どういうことだ」


先ほどよりも怒りのこもった低い声で繰り返される。どうもこうも、そういうことなんだと言いたいが、そんなこと言える雰囲気ではない。


「俺が教えてやってどうして出水に負けてんだ。それ以前に赤点とはどういうことだ」
「…ご、ごめんなさい…」
「謝れなんて言ってねぇだろ。答案用紙見せろ」
「……え?」
「今日返されたテスト全部見せろって言ってんだ」


言われると予想はしていた。紅葉は気まずそうに5枚のテストを出す。それを見た二宮の顔が不機嫌そうに歪んだ。


「……解答欄ズレてほぼバツじゃねぇか」
「はい…」
「最後確認しなかったのか」
「しました…けど、時間なくて…」
「何でここだけ空欄なんだ。全て埋めろと教えたはずだ」
「そ、こは…」


そこからズレた解答。何故空欄なのかと聞かれても答えられるはずがない。


「…えっと…その…」
「大体、こっちは何で時間足りてねぇんだよ。1つの問題に時間かけ過ぎるなと言ったはずだ」
「はい…」
「他のも書ききれてないとこばかりだな。一体テスト中、何をしていた」
「………普通にテストです」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。どうせまた出水のこと考えて余計な時間使ってたんだろ」
「…考え事は、してました…けど…公平のことじゃないです…」
「俺が教えてやったテストよりも大事な考え事か?そんなものがあるなら言ってみろ」


二宮はかなりご立腹だ。言葉がいつもよりキツく感じ、紅葉は縮こまるしかない。
けれど、考えていたことを言えと言われた。これは素直に答えるべきなのか、誤魔化すべきなのか。紅葉は必死に頭を回転させる。


「意地張ってんじゃねぇよ。どうせ出水のことだろ」
「…それは、違います」
「お前がそれ以外に何を考えるっていうんだ」


流石にその言葉にイラっときた紅葉。確かに自分が悪いのだが、さっきから酷すぎではないのかと段々不満が溜まってきている。


「…公平のことじゃ、ない…」
「こんな点数とるなんて俺が教えてやったのは時間の無駄だったな」
「無駄じゃ、ない…!」
「だったらどうしてこうなったか、ちゃんと考えろ」


その言葉に、ついに紅葉は我慢出来なくなり、バンっと机を叩いて立ち上がった。


「二宮さんのせいです!」
「あ?」


ドスの効いた声で睨まれたが、紅葉は引き下がらない。負けじと見つめ返す。


「二宮さんのせいです!二宮さんがわたしに優しくするから!公平以外の話を聞いてくれるとか言うから!わたしといるの、楽しいとか言うから…!」


目の奥が熱くなり、涙目になっても紅葉は続ける。


「射手やれとか言うから、それが楽しみだとか言うから…!だから…!テスト中、二宮さんのことばっか考えちゃって…!全然、集中出来なくて…!」


うっすらと頬を赤く染めたまま、キッと二宮を睨みつけた。


「全部二宮さんのせいです!」


一気に言いきり、紅葉は息を乱してぜぇぜえと呼吸する。その姿と言葉に二宮は瞠目した。


「……それは」


二宮は静かに呟いた。紅葉は呼吸を落ち着け、ゆっくり二宮を見上げる。瞬間、心臓がどきりと跳ねた。そのまま目を離せなくなる。

二宮が、とても優しい瞳で紅葉を見つめていたから。


「…それは、」


再び繰り返した二宮に、紅葉はドキドキと鼓動する心臓のまま、その続きを待つ。そして、二宮の口が開かれた。


「紅葉が俺を好きだということか」


疑問ではなく断定の言葉で。
紅葉は目を丸くして何回か瞬したあと、慌てて否定した。


「ば、な、ち、違います…!確かに二宮さんのことは良い人だと思うけど、そ、そういう意味じゃ…」
「そういう意味とは?」
「…だから、恋愛感情とかじゃないってことです!」


そう否定した紅葉に、二宮は小さく笑った。そして立ち上がり、紅葉に近付いていく。


「に、二宮さん…?」
「恋愛感情の好きじゃない?ならどうしてテスト中に俺のことばかり考えてんだよ」
「そ、れは…二宮さんに憧れているからで…」
「憧れ、な」


近付く二宮に思わず後退ると、伸びてきた手に腰を引き寄せられ、一気に距離が近付いた。


「っ!」
「憧れた相手にこうされると、そんな顔をするのか?」


頬を染める紅葉に、二宮は楽しそうに問いかけた。密着する身体に、紅葉の心臓はばくばくと早鐘を打ち、上手く言葉を発せない。


「どうした、紅葉?」


するりと頬を撫でられ、そのまま顎をすくわれる。


「俺への気持ちは、何だって?」


強気な笑みを浮かべたままの二宮に、からかわれていることなど分かっている。けれど、身体は思うように動かず、鼓動もおさまらない。どんどん体温は上昇していき、二宮から目が離せなくなる。


「…あ、憧れ…っ、です…!」


それでも紅葉は言い切った。
絶対に恋ではない。もう叶わないものは作りたくない。だから、絶対に憧れだ。
その思いで振り絞った声と、赤く染まる頬に、二宮は小さく笑った。


「そうか」


その言葉の意味はなんだったのか。
二宮は優しい瞳で紅葉を見つめ、顎に手を添えたまま顔を近付ける。



そして、紅葉に口付けを落とした。

[ 10/41 ]


back