不思議の国の…?

「太刀川さん!」
「ん?どうし………」


ぱたぱたと駆けて太刀川隊の隊室へ飛び込んできた春は、嬉しそうに太刀川の名を呼んだ。そしてそんな愛しい恋人に名を呼ばれ、太刀川はどら焼きを咥えたまま振り返り、春の姿を捉えた瞬間に固まる。


「今年は不思議の国のアリスをモデルに仮装してみたんですけど…どうですか…?」


ひょこひょこと白く長い耳を揺らし、照れながらも問いかける。アリスの格好ではなく、白兎をモデルにした服装はとても春に似合っていて。太刀川は何も言葉を発せずにただただ白兎の春を見つめる。目に焼き付けようと穴が開くほどに。


「太刀川さん…?」
「…アリスも絶対似合うだろうけど、ウサギも良いな…」
「!あ、ありがとうございます!」


春は照れたように、けれど嬉しそうに笑いながら太刀川に向かって両手を出した。


「太刀川さん、トリックオアトリートです!」
「……」


トリートオアトリート。その意味を考えた少しの沈黙後、太刀川は咥えていたどら焼きを口の中に押し込み飲み込んだ。ぽかんとする春に背を向け、残っていたどら焼きもばくばくと全て平らげてしまう。


「え、えっと…太刀川さん…?」


もごもごと大量のどら焼きを頬張る姿が可愛いとときめきつつ、その行動の意味が読めずに首を傾げた。
春が小首を傾げるとそれに連動して白い耳が揺れ、可愛さが倍増する。むくむくと沸き起こる襲いたいという気持ちを抑え込みながら、口の中のものをごくりと全て飲み込んだ。


「よし。悪いな春、菓子ねぇんだ」
「え、今どら焼きが…というか、よしって言いましたよね?」
「菓子ねぇからいたずらだな!仕方ねぇもんな!ってことでいたずらしてくれ」
「えぇ!?」


にやりと笑った太刀川に春は顔を真っ赤に染める。いたずらする気など毛頭なかった。この格好を見てもらって、お菓子をもらってイベントは終わりだと、自分の中ではそう思っていたのに。はわはわと慌てる姿はまさに兎のようだった。


(そういやアリスの白兎ってなんかずっと焦ってるやつだよな。もうそのまんまだな…)


頬杖をついて1人焦る春を見つめる。可愛いと襲いたいという2つの思いが頭を埋め尽くす。


「…襲いてぇ…」
「…!」
「あ」


無意識に思っていたことが口に出てしまい、春はぴたりと止まって赤い顔で太刀川を見つめる。その表情がまた太刀川を煽った。


「…襲っても…良いですよ…?」
「…………は…?」


真っ赤な顔から発せられた予想外の言葉に瞬きを繰り返した。浮かれすぎてついに幻聴が聞こえてしまったかと思ったが、そうではないことは春の表情が物語っていて。


「ウサギですし、オオカミに襲われるのは…仕方ないですから…好きにして、良いですよ…?」
「…っ!」


大きく目を見開き、頬を赤く染める春を見つめる。けれど、次に春から発せられた言葉は予想外のものだった。


「……なーんちゃって」
「………………はぁ!?」
「すみませんウソです!」
「ちょ、おまっ!この雰囲気であいつらの名言言うなよ!」
「本当に襲われちゃったら明日が大変だって私のサイドエフェクトがそう言ってます!」
「その台詞1番腹立つな!つかお前サイドエフェクトねぇだろ!」
「ふふっ」
「あ、こら待て!春!」


楽しそうに笑いながら春は逃げるように隊室を飛び出して行った。太刀川も隊室を飛び出し、春を追いかけた。廊下を走る春のその姿はまさにアリスに出てくる急いでいる白兎のようで、長い耳やふわふわな尻尾に目がいってしまう。


「なんでうちの春はこんなに可愛いんだ…!」


追いかけながら頭を抱えた。今すぐに抱き締めたい衝動に駆られて足を早める。


「待て春!人のことからかいやがって…!」
「太刀川さんが言ったんですよ!いたずらして良いって!」
「なら俺もいたずらしてやる!」
「私お菓子持ってます!」
「いらねぇ!いたずらさせろ!」
「それハロウィン関係ないですよ!?」
「じゃあお菓子貰っていたずらする!」
「…っ」


子供のような言い分に可愛いと思ってしまう。決して本人には言えないが、こんなに可愛いならいたずらされても…そう思って走りながら振り返った所で緩めそうになった足を再度早めた。


「太刀川さん!凄く悪い顔してますよ!?」
「いたずらするんだから当然だろ!」
「どんないたずらする気ですか!」
「そりゃあ……」
「や、やっぱり言わなくていいです!」


勝手に想像して頬を赤く染めた。やはり捕まる訳にはいかない。これからまだ他の人にもお菓子を貰いに行く予定なのだから。


(太刀川さんにこの格好を早く見てもらいたいからって最初に会いに来たのは失敗だった…!)


喜んでもらえたのは嬉しいけれど、それとこれとは別なのだ。


「止まれ春!」
「嫌です!」
「隊長命令だぞ!止ーまーれー!」
「…ぅ……む、無理ですーー!!」


騒がしく廊下を駆ける2人の姿を目撃し、隊室に向かう途中だった出水は呆れたように溜息をついた。


「去年のハロウィンも追いかけっこしてなかったっけ?」
「してたね〜」


同じく隊室に向かう途中だった国近は微笑ましそうに春たちを見つめる。


「不思議の国のアリスの白兎だから追いかけられるのも仕方ないよ〜」
「………え、待って柚宇さん。それだと太刀川さんがアリスになるんすけど…」
「あ、それなら不思議の国の太刀川さんだね!」
「そこじゃないから!!」


アリスな太刀川を想像してげんなりとする出水に対し、国近は楽しそうだ。


「まあでも、オオカミが白兎を追いかけてるようにしか見えないよね〜」


太刀川のトリガーに獣耳を設定しようかと本気で思案している国近に苦笑しながら、出水は再び追いかけっこをしている2人を見つめた。


「確かにオオカミと白兎に見えるけど…」


一旦言葉を区切り、呆れたように笑う。


「おれにはただのバカップルにしか見えないすけどね」


追いかける太刀川も逃げる春もどこか楽しそうで。そんな2人を見たらそう思わずにはいられなかった。


「おれも仮装してお菓子貰いに行こーっと」
「じゃあ出水くんにはチェシャ猫を設定してあげよう!」
「アリス繋がりなんすね」
「どうせなら太刀川隊は不思議の国のアリスコンセプトで行こうかね〜」
「春が時計ウサギでおれがチェシャ猫で…」
「私はハートの女王様!それで唯我くんは芋虫でどうかな?」
「いやせめて唯我は帽子屋に……ってちょっと待って、その配役だと本当に太刀川さんがアリスになるんだけど!?」
「隊長だし主役じゃないと!」
「キャラ考えて!?」
「ハロウィンは目立ってなんぼだよ!」
「そんな悪目立ちしたくないですよ!」


そんなこんなで不思議の国の太刀川隊はボーダー内でとても有名になり、白兎はアリスの皮を脱いだオオカミに美味しく食べられたとか食べられてないとか。

end

ーーーーー
オチの投げやり感というか諦めた感が物凄い…
あんまりハロウィン感ないけど太刀川隊は仲良くコスプレして欲しいー!って願望と色々影響された結果の産物。
時計ウサギって書いたり白兎って書いたり統一感なくなったけどとりあえず夢主ちゃんはウサギのコスプレ!!


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