コロッケの日

「二宮さん!二宮さんのコロッケってそんなに美味しいんですか…!」
「お前まで何なんだ…」


隊室へ1人で訪れてくるなど珍しい。そう思ったのも束の間、春から飛び出したのはそんな言葉だった。


「今日出水先輩が二宮さんのコロッケが美味しかったって言ってて…!それ聞いた太刀川さんが二宮さんのコロッケ食べたいって…!」
「どんな天変地異が起ころうとあいつに作ることはねえから安心しろ」
「でも二宮さんの美味しいコロッケってレベル上がっちゃって…!私が作ってもこんなものか、とか思われそうです…」


隊室に来て早々に落ち込んだ春に溜息をつく。


「太刀川の野郎なら、お前が作ったってだけで喜ぶだろ」
「でも作るなら美味しいものを食べてほしいです…」
「あいつに味が分かるとは思えねえけどな」
「とにかく!二宮さん!美味しいコロッケの作り方教えて下さい!」
「………は?」


春の瞳はどこまでも真剣だった。


◇◆◇


二宮に直接料理を教えてもらうことは出来なかったが、コツは教えてもらえた。なんだかんだとやはり優しいと小さく微笑む。


「あ、太刀川さん!」


隊室へ戻る途中に太刀川を見かけ、春は嬉しそうに走り寄った。


「おー、春」
「隊室も対戦ブースも逆ですよ?どこか行くんですか?」
「おう、ちょっと二宮のとこにコロッケ作ってくれって頼みに行こうと思っ……春はついてくるなよ!?出来るだけ二宮との接触は避けろ、いいな!」
「え、あ、は、はい…」


今しがた会ってきたばかりなど口が裂けても言えない。口を噤んでこくこくと頷いた。
しかしそこではっとする。二宮の所にコロッケを作ってくれと頼みに行く。確かに太刀川はそう言った。


「に、二宮さんにお願いしに行くんですか…?」
「おう!あの出水が絶賛したコロッケだからな!きっと絶対美味い!今まで食べたことがないくらい美味かったとか言ってたしな!」
「………」
「春?どうした?」


楽しそうに話す太刀川に、春は頬を膨らませた。その表情に太刀川は首を傾げる。


「…二宮さんのじゃなきゃダメなんですか…?」
「ん?」
「私が頑張って二宮さんのより美味しいコロッケ作るので…!その、私のじゃ、ダメですか…?」


膨らませた頬は元に戻り、不安げな瞳が太刀川を見上げた。必死なその表情に太刀川は目を丸くする。何と返して良いか迷っていると、春は更に続けた。


「今日!今日作ります!美味しいのすぐに作りますから…!」
「春?お前なに必死になってんだ?」
「だ、だって…!太刀川さんが凄く美味しいものを食べたら、…私の料理、絶対口に合わないです…」


自分で言っていて悲しくなってきた。
料理が下手な訳ではないが、料理上手からすれば劣ると思っている。太刀川の口に合うようにと練習はしているが、太刀川はいつも美味い、と一言言うだけで。不安だった。


「……」
「春」
「…はい」
「俺は美味いもん好きだが、春の料理が1番好きだぞ?」
「…え…?」


見上げた太刀川はにかっと笑っていた。


「春が俺のために作ってくれてるの、1番美味いに決まってんだろ?」
「い、1番…ですか…?」
「おう、1番だ」


ぽすんっと頭を撫でられ、春は頬を染める。大きな手に雑に撫でられるのが心地良い。


「まあ二宮の美味いコロッケは食いたかったけどな」
「………」
「でも春が作ってくれんなら我慢するって。今日、俺の家で、作ってくれるんだろ?」
「え!?」


太刀川の家で、など一言も言っていないが、にやりと笑みを浮かべた太刀川に否定することは出来なかった。もちろん、最初から拒否するつもりもない。


「…今日、お邪魔して良いんですか…?」
「おう。つーか泊まってけ」
「…!はい!」


久しぶりの泊まりに春は顔を綻ばせた。最近あまり話せていなかったが、泊まりならばたくさん話せる。それが嬉しい。


「材料なんもねえや」
「じゃあ帰るとき買物して帰りましょう!」
「だな。マジでなんもねえし、ちょっと多めに買い溜めしねえと」
「また冷蔵庫空っぽなんですか?家でもちゃんと食べて下さい!」
「春が毎日俺んちで作ってくれれば良いんだけどな」
「へ!?」
「まあそれは追い追いか」
「え、た、太刀川さん…!それはどういう…」


深読みし過ぎだと自分で思いつつも、顔の熱が収まらない。赤くなった頬で太刀川を見上げた。
そして視線が交わると、太刀川はにやりと笑った。


「まあ、とりあえず高校卒業したら同棲ってのは考えとけよ」
「!?」
「防衛任務ねえし、帰るか」


ぽすぽすと再び頭を撫でられ、太刀川は先に歩いて行ってしまう。それをぽかんと見送り、春はぶわっと顔を真っ赤に染めた。

同棲。その言葉が頭をぐるぐると巡る。もちろん嬉しい。そこまで考えてくれていることにも嬉しくなった。


「ま、待って下さい!太刀川さん!」


考えとけと言われるまでもない。
誰に何と言われようと、答えは当然、
Yesなのだから。


End

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